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国際建設・インフラ契約約款FIDICとは何か

宇野 伸太郎

国際建設・インフラ契約約款FIDICとは何か

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
宇野 伸太郎

1 はじめに

宇野 伸太郎(うの・しんたろう)
 2002年東京大学法学部卒業、2003年弁護士登録、2010年カリフォルニア大学バークレー校ロースクール卒業(LL.M.)、2011年ニューヨーク州弁護士登録、2014年英国仲裁人協会フェロー(FCIArb)、シンガポール仲裁人協会フェロー(FSIArb)、2015年クアラルンプール仲裁センター(KLRCA)仲裁人、インドネシア仲裁委員会(BANI)仲裁人。
 現在西村あさひ法律事務所シンガポールオフィス共同代表・パートナー。
 新興国を中心とした世界のインフラ需要の増加を見据え、日本企業によるインフラ輸出の拡大が叫ばれているが、海外の建設・インフラプロジェクトにおいて発注者と請負者が交わす工事請負契約で頻繁に用いられているFIDICという契約約款をご存じであろうか。FIDIC約款は、高層ビル、発電所、プラント、病院、学校、水道、鉄道、地下鉄、空港、橋梁、高速道路、トンネルなどの建設プロジェクトで広範囲に使用されており、日本のODAプロジェクトでもFIDIC約款が採用されることはとても多い。

 FIDICとは、フランス語で、Fédération Internationale des Ingénieurs-Conseilsの略であり、英語ではInternational Federation of Consulting Engineers、日本語では国際コンサルティング・エンジニア連盟と訳されている。FIDICは、建設に関するコンサルティング・エンジニアの団体であり、1913年に設立された。現在、スイスのジュネーブに本部を置き、世界で100近くのコンサルティング・エンジニアの団体が加盟している。日本では、一般社団法人海外コンサルタンツ協会(ECFA)が加盟している。

 FIDICの活動は、コンサルタント・エンジニアリング業界における国際的な業務の質やサステナビリティの向上、業界の地位の向上、ビジネス倫理の促進、若手の教育などを目的とするが、特に有名なのは、国際的な建設・インフラプロジェクトにおける請負契約等の契約約款の作成である。レッドブック、イエローブック、シルバーブックなど色の名前(各冊子の表紙の色)で呼ばれる契約約款が世界各国で建設インフラ工事契約で用いられている。

2 FIDIC契約約款の種類

 FIDICの契約約款は、1957年に最初の約款が公表された。現在では、10以上の契約約款が公表されており、その主要な契約書は下記の通りである。

  1.  レッドブック(Conditions of Contract for Construction For Building and Engineering Works Designed by the Employer)
     レッドブックは、請負者が施工のみを担当し、設計は発注者側が行う請負契約である。エンジニアという発注者から起用されるコンサルタントが工事監理などの重要な役割を担う。最新版は1999年であるが、その前のバージョンである1987年版も一部では使用されている。
  2.  ピンクブック(MDB版) (Conditions of Contract for Construction For Building and Engineering Works Designed by The Employer, Multilateral Development Bank (MDB) Harmonised Edition)
     ピンクブックないしMDB版と呼ばれる契約書である。これは国際協力機構(JICA)、世界銀行、アジア開発銀行、アフリカ開発銀行などの国際開発金融機関(Multilateral Development Bank)が融資する建設・インフラプロジェクトで使用されるための建設請負契約である。
     レッドブックと同様、請負者は施工のみを行い、設計は発注者側が行う。
     またレッドブックと同じく、発注者に起用されたエンジニアが契約管理を行う。ピンクブック(MDB版)は最新版が2010年版である。レッドブックをベースとしているが、その後の実務の進展におけるベストプラクティスを取り入れて、契約内容が改訂されている。
     世界銀行等による契約であるため、贈収賄について厳しい規定が置かれているのも特徴である。なお、FIDICは著作権管理に厳格な団体であるが、ピンクブックについては、国際開発金融機関とFIDICとの間のライセンス契約に基づき、無料でオンラインで入手可能である。
  3.  イエローブック(Conditions of Contract for Plant and Design Build For Electrical and Mechanical Plant, and For Building and Engineering Works, Designed by the Contractor)
     イエローブックは、請負者が設計及び施工を行う請負契約である。レッドブックと同じく、発注者に起用されたエンジニアが契約の管理において重要な役割を担う。1999年に公表され、現在でも最新版である。
  4.  シルバーブック(Conditions of Contract for EPC/Turnkey Projects)
     シルバーブックは、EPC(Engineering Procurement Construction)/ターンキー工事の請負契約であり、請負者が設計及び施工を行う。イエローブックとの違いは、建設工事に伴う多くのリスクが請負者側の負担となっており、発注者からすると工事代金及び工期について確実性が高いという点にある。また、契約管理のためのエンジニアはいない。1999年版が第一版であり、現在でも最新版である。
  5.  ゴールドブック(Conditions of Contract for Design, Build and Operate Projects)
     ゴールドブックは、DBOと言われる設計・施工・運営一括発注(契約)方式のプロジェクトのための契約である。請負者は、設計・施工を担い、建物が完了した後は、一定期間その運営を担うことが想定されている。2008年に第1版が出され、現在も最新版である。
  6.  グリーンブック(Short Form of Contract)
     グリーンブックは、簡易工事の契約条件書であり、契約内容がシンプルで短いことが特徴である。1999年に第1版が出され、現在も最新である。

 これらの中で、実際のプロジェクトで特に使用頻度が高いのは、1999年に出されたレッドブック、イエローブック、シルバーブックの3つの契約約款、及び、ODA案件でよく用いられるピンクブック(MDB版)である。

 ピンクブックは、レッドブックをベースに改良を加えたものである。イエローブック、シルバーブックもレッドブックと契約の構造は非常に似ている。いずれも契約が1条から20条であり、設計責任の部分、リスク負担に関する条文、エンジニアについての規定以外は条文内容もかなり類似している。したがって、レッドブックを理解すればその他のブックについての理解は容易となる。

3 国際建設プロジェクトでFIDIC契約約款が使われる理由

 海外の建設プロジェクトで、FIDICの契約約款がよく使用される理由は、一つに、発注者と請負者との間で公平なリスク分担がされており、公平性が高い内容という点が挙げられる。つまり、FIDICは発注者、請負者のどちらにも属さない、コンサルタント・エンジニアの団体であり、発注者・請負者どちらにも中立的であると言える。

 次に、FIDICは、世界銀行やJICA等の国際開発金融機関が融資を行うインフラプロジェクトでよく使用されており、特に、新興国での使用率は高い。新興国では、自国の建設契約約款が存在しない国も多く、FIDICをまねた契約が民間プロジェクトでもよく用いられている。

 また、FIDICは、当初から世界の様々な国で用いられることを前提に作られており、準拠法の違いや法制度の違いなどに柔軟に対応できる内容となっている。この点で、特定の国での使用のために作成された契約約款とは異なる。

 さらに、FIDICが用意する契約約款の種類は豊富であり、請負者が施工だけを担う契約、設計施工、EPCターンキー、DBOなど、需要に応じた多数の種類の契約約款が用意されており、使い勝手がよい。

4 FIDICレッドブックの特徴

 FIDIC契約のうち、最も基本形であるレッドブック(施工のみの契約)の特徴について、特に日本の標準的請負契約と比較して重要な点を説明する。

  1.  工期及び遅延損害金
     工期、つまり工事が完成する時期については、工事開始から何百何十何日後というように決められる。工期に遅れると、請負者は遅延損害金を支払わなければならない。遅延損害金は、一日あたり契約代金の0.05%などという形で決められる。例えば、契約価格が100億円であり、契約代金の0.05%の遅延損害金を定められた場合、1日あたり、500万円の遅延損害金となる。遅延損害金を請求するために、発注者は、工事完成が遅れた日数のみを立証すればよく、工期の遅れについて請負者に責任があったかなどを立証する必要はない。請負者は、遅延損害金を免れるためには、工期の延長を申請しなければならない。
  2.  工期の延長
     請負者の責任ではなく工期が遅れる場合、請負者は工期の延長を申請することができる。FIDICは、請負者の責任ではない事情について、かなり具体的に列挙しており、例えば、①工事変更の場合、②例外的な悪天候の場合、③発注者による土地引き渡しが遅れた場合など多数の工期延長事由を明記している。
     工期の延長は、このような工期延長の事由が発生した場合に、自動的に得られるものではなく、請負者が所定の期間内に工期の延長を求める通知をするなど、契約の定める手続きを履践しなければならない(下記10.参照)。
  3.  支払い
     レッドブックでは、工事の代金については、数量積算方式が採用されている。数量積算方式とは、契約文書の一つであるBill of Quantities(数量明細書)において、各工事項目ごとに単価(一単位あたりの代金の金額)が記載されており、この単価と実際に施工された各工事項目の数量を積算して代金を算出する方法である。支払いについては、原則毎月の出来高払いであり、エンジニアが期間中に実施された工事について計測を行い、その実施数量と数量明細書に記載された単価を乗じて、出来高の金額が査定される。
  4.  エンジニア
     エンジニアは、発注者から起用され、プロジェクトの施工監理、契約管理等を行うコンサルタントである。工事の施工に関して請負者に指示を出したり、工事期間中の様々な決定事項について承認、同意を与えたり、支払いや工事の完成等について査定して、証明書を発行したりする。また、請負者が行った工期延長や追加コストのクレームについて、第一次的な決定を行うのもエンジニアの役割である。
  5.  設計責任
     レッドブックでは、設計は発注者側の義務であり、請負者は設計義務を負わない。しかし、請負者側が設計業務を行うイエローブック及びシルバーブック、あるいは、レッドブックでも例外的に一部請負者が設計業務を行うと定められる場合には、請負者はfit for purpose(目的適合義務)という重い義務、つまり、工事目的物が最終的に企図されていた目的を達成しなければならないという厳格な義務を負うことになる。
  6.  工事変更
     発注者側は、引き渡しに至るまで、工事の変更を命じることができる。工事の変更とは契約締結時に予定されていた内容から工事の内容を変更、増加、減少等させるものを含む。工事変更が命じられた場合、請負者は原則としてそれに従わなければならない。工事の変更があった場合、請負者は工期の延長及び追加の代金を求めることができる。
  7.  実質的完成と瑕疵通知期間
     工事は工期までに完成させ、完工検査を受け、引き渡さなければならないが、その時点で100%完成している必要はなく、マイナーな未完成部分があってもよい。これは実質的完成(substantial completion)と呼ばれる。引き渡しがあると、そこから瑕疵通知期間(defect notification period)が開始される。瑕疵通知期間は、通常1年や2年という期間であり、この間に請負者は未完成の工事を完成させ、そして、発注者側から指摘された瑕疵や不具合を修理しなければならない。瑕疵通知期間が終了した以降は、発注者は、契約上は瑕疵の修補を請求することができない。しかし、工事が行われる国の法律により、法定の瑕疵修補期間が定められている場合は、適用ある法律に従って瑕疵修補を求めることができる。
  8.  ファイナルアカウント
     引き渡しが終わり、瑕疵修補期間が終わると、ファイナルアカウントが作成され、請負者は、当該工事における残りすべての支払を請求することになる。したがって、最後の支払いは、引き渡し及び瑕疵修補期間が終わってからであり、建物の引渡しと同時に支払いがなされると定める日本の建設請負契約とは異なる。
  9.  リスク負担
     リスク負担について詳細かつ公平な分配の規定を置くのはFIDICの特徴の一つである。リスク分担についての基本的発想は、経験豊富な請負者によっても予見できないもの、コントロールできないものは発注者リスクとなっている。例えば、例外的な気象条件、予見不可能な地中障害物などの物理的条件、地震・火山・台風などの天災、テロや暴動、戦争、内戦などがそれに該当し、発注者がリスクを負担する。他方、FIDICの約款でも、シルバーブック(EPCターンキー契約)では、請負者が多くのリスクを負担し、気象条件や地中障害物なども、請負者のリスク負担となっている。発注者のリスク負担のイベントが生じた場合、請負者は、工期延長、追加コスト等を請求することができる。
  10.  クレームの手続的条件
     請負者は、工期延長、追加コストなどの請求(クレーム)を行う場合、契約の定める手続きを履践しなければならない。特に重要なのは、クレームの根拠となる事象が生じた場合、28日以内に、エンジニアに工期延長等のクレームの権利行使を通知しなければならず、この通知を怠った場合は、請負者は権利を失うとの定めである。このような厳しい期限と失権規定は、紛争の種となっており、28日の通知期限の起算点はいつか、通知があったのかなかったのか、そして、通知がない場合に失権するという厳しい規定が契約準拠法の下で有効なのかなどがよく争われている。
  11.  紛争解決
     FIDICの紛争解決は、複数階層の紛争解決方法が規定されている。工期延長、追加コストなどのクレームに対しては、エンジニアが決定を行い、このエンジニアの決定について不服があれば、第一の紛争解決手続きとして、DAB(Dispute Adjudication Board:紛争裁定委員会)に付される。DABは、建設エンジニアリングのバックグラウンドを持っている裁定人が、簡易迅速に紛争解決を行う紛争解決制度である。DABの決定に対して不服がある当事者は、仲裁の開始を求めることができる。その場合でも、両当事者はまず和解交渉を試みることが義務づけられ、一定期間経過後、初めて仲裁に進むことができる。
  12.  贈収賄についての厳しい規定
     贈収賄について厳しい規定を置くのもFIDICの特徴である。請負者側が、当該プロジェクトに関して利益を得るために贈賄した場合、発注者は契約を解除することができ、その場合、請負者は解除によって生じた発注者側の損失を負担しなければならない。請負者が起用する下請け会社や納入業者が贈賄した場合でも、発注者による解除権行使の対象となるという厳しい定めとなっている。ピンクブックでは、贈収賄に加え、詐欺的、強圧的、共謀的行為も解除の対象となっている。

5 海外の建設・インフラプロジェクトで紛争が多い理由

 FIDICの契約約款は膨大な量であり(レッドブックで70頁程度)、発注者と請負者の権利義務・リスク分担が非常に詳細に定められている。このような長大で詳細な定めを置く理由としては、国際建設インフラプロジェクトでは、紛争が発生する確率が高いということがあげられる。

 紛争が多い理由は以下の通りである。建設契約では、建物の建設や土木工事など特定の工事(work)を決められた期限内に完了することが求められる。工事内容は二つとして同じものはなく、また、技術の進歩が早いため、実績の少ない新しい材料や工法が用いられることも多い。建設プロジェクトには、元請け施工業者、エンジニア、下請け施工業者、資材供給業者など多数の当事者がそれぞれ独自の任務を持って参加し、重層的な契約関係が構成されている。プロジェクトの施工には巨額の資金を要し、工事・調達代金の支払いの他、保証金(ボンド)・留保金、工事保険など債権債務関係が複雑に絡み合う。携わる人々は、言語・宗教・文化的背景を異にする様々な国から様々な業種の人が集まり、コミュニケーションや相互理解に困難が生じやすい。

 特に土木工事の場合など少なからぬプロジェクトは、外部から疎外された厳しい自然環境下で行われ、労働者の配員や機材の調達に苦労するほか、事故や自然災害の危険にもさらされている。新興国など政情不安な地域では大きな政治変動・市場変動に巻き込まれるリスクも高い。現場を掘削すれば、事前調査では探知できなかった地中の障害物や遺跡などが発見されることも多々ある。

 さらに、建設プロジェクトは数年から10年程度という長期間にわたって行われるため、その期間中、自然災害や経済情勢の変化など何が起きるのか契約時に予測するのは不可能である。したがって、建設プロジェクト期間中に想定外の出来事が生じ、当初見積もっていたスケジュールが遅れ、工事費用が増加し、あるいは工事の変更が求められるいうことが高頻度で生じ、これが紛争につながっていく。

6 FIDICの2017年版

 FIDICのレッドブック、イエローブック、シルバーブックについては、2017年に、18年ぶりの改訂版が出される予定である。現時点ではイエローブックの改訂内容についてのみ改訂案が公表されているが、1999年版をベースに、それに大幅な改訂が加えられ、分量として1.5倍以上の増量になる(イエローブック1999年版は63頁であるのに対し、2017年版は108頁)。レッドブックとシルバーブックの改訂についてはまだ改訂案も公表されていないが、イエローブックと同様に大幅な増量になると言われている。

 FIDICの新しいバージョンは、1999年版について、実際のプロジェクトで使用される中で指摘された不具合を改善し、また様々なプロジェクトで使用されているベストプラクティスを導入するほか、プロジェクトの管理についてより詳細な手続きを定めるなど、重要な変更点が多い。
これらの新バージョンは、当初本年6月に正式に公表されるとの予定であったが、遅れており、現時点では本年12月の予定となっている。

 新しいバージョンが発行されても、実際の建設プロジェクトで使用されるのはもう少し先になると予想されるが、新バージョンを理解するには、まず現行の1999年版を習得した上で、変更点を学ぶというプロセスが望ましいと思わる。

7 結語

 インフラ輸出の促進として、日本企業による海外のインフラ・建設プロジェクトの受注強化は重要な政策課題ともなっている。しかし、海外インフラはリスクが非常に高く、大きな赤字となっているプロジェクトも珍しくない。

 海外インフラプロジェクトのリスクマ

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