2017年10月11日
西村あさひ法律事務所
弁護士 有松 晶
会社法については、平成26年6月20日に大きな改正法案が国会で成立し[2]、コーポレートガバナンスが強化されるなどして耳目を集めたが、以上の点は当該改正の際にも検討対象とはされておらず、未だなお議論が尽くされていない面があると思われる。そこで、本稿では、以下、会社法462条1項が定める自己株の譲渡人における譲渡代金相当額の返還義務の成立範囲について、特にその主観的要件を再考する。
会社法462条1項は、自己株取得の場合(会社法461条1項2~4号)のみでなく、剰余金の配当の場合(会社法461条1項8号)など、同様に財源規制の対象となる会社法上の他の行為について、一律に、「前条第1項の規定(注:財源規制)に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者…(略)…は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う」と定めている。この返還義務を負う「当該行為により金銭等の交付を受けた者」の主観的要件については、「分配可能額を超えることにつき善意の株主」も含まれるか否かが盛んに議論されているが、画一的・一律な債権者保護・会社資金の回復のため、株主の善意・悪意にかかわらず会社法462条1項の返還義務が成立するとの見解が有力である[3]。しかし、株式会社の実務上、株式会社が自ら自己株取得の名義人となる場合のみでなく、各種の事情から、形式的には、例えば社員持株会などの第三者が株式の譲渡を受けることとなっているが、その譲渡代金は株式会社が負担する(株式会社の計算で取得する)ため、株式取得の名義人と計算主体とが一致しないという場合が少なからずあるようである。このような場合には、株式の譲渡人においては、そもそも、株式の取得が株式会社の計算において行われているという認識すらないことが少なくない。
自己株取得規制の適用との関係では、形式的には第三者名義での取得でも、会社の計算による株式取得である以上、自己株の取得としての規制を受けるというのが通説・判例である[4]。したがって、第三者名義でも会社の計算で自己株が取得された場合、財源規制(会社法461条1項)の適用を受けることになり、分配可能額を超えた金額で株式が取得されていれば、財源規制(会社法461条1項)に反する自己株取得として会社法462条1項の適用を受けることなる。そうすると、他方で、同規定により株式を譲渡した株主は、その善意・悪意にかかわらず受領金銭の返還義務を負うと解される以上は、少なくとも文理上は、株式取得が株式会社の計算によって行われていたことすら知らない株主に対しても、受領金銭の返還請求が可能と解する余地があることになる。しかし、このような解釈は妥当であろうか。
このような場合、株式の譲渡人においては、そもそも、自己が会社法462条1項の「当該行為により金銭等の交付を受けた者」に該当すると認識できないため、会社法462条1項に基づき返還請求を受け得る立場にあることについて何らの予測可能性もないことになる。そのような株式譲渡人は、そもそも、株式会社において自己株取得の財源規制が遵守されているか否かにつき留意すべき立場にあることすら認識できない。その点に注意を向ける契機がなかった株式の譲渡人に対して、譲渡代金の返還義務を課すことは、会社法462条1項の画一的・一律な債権者保護・会社資金の回復という目的を考慮しても、あまりにバランスを欠くのではないであろうか。自己株取得の場合には、特に、以下のような特殊な点があることを踏まえれば、なおさらである。
すなわち、一方的に金銭等を受給するだけの剰余金配当の場合とは異なり、自己株取得の場合には、譲渡人は、譲渡代金を受領することと引き換えに所有していた株式を失っている。しかし、会社法462条1項では、片面的に株式譲渡代金の返還義務のみが定められており、本来同時に解決されることが望ましい譲渡株式の返還の処理については株式会社に何も義務づけていない。したがって、譲渡代金の返還請求を受けた株式譲渡人は、(交渉の余地がある状況であれば)譲渡株式の返還交渉の負担も負うことになる。また、返還請求が株式譲渡時から何年も経てから行われた場合には、株式会社の経営・資産の状況が大きく変化している可能性も高く、そもそも、受領金銭の返還請求を受けた時点では、当該株式会社の株式を保有することに魅力を感じなくなっていることも考えられる。このような理由から、株式の返還を受けることではもはや当時失ったものを補填できない場合や、株式会社において取得した自己株をすでに処分してしまっていて、自己株の返還そのものが容易でない場合もあり得るであろう。このような場合には、譲渡人は、一方的に金銭的な負担を負うことになる。自己株取得の場合に特有のこのような負担や義務内容の片面性を考慮すれば、少なくとも、自己の株式譲渡行為が、株式会社の財源規制の対象となるという事実についてすら善意であった株式譲渡人については、財源規制への注意義務を観念する根拠に乏しく、そこまでの負担を課す前提を欠くため、会社法462条1項に基づく譲渡代金返還義務の適用対象外となると解すべきではないであろうか。
条文上は主観的要件について明記されていないものの、このような解釈論は、以下述べるとおり、現状の判例・学説等の状況を踏まえても可能と思われる。
(1) 主観的要件に係る議論の状況
上記のとおり、会社法462条1項の対象に「分配可能額を超えることにつき善意の株主」も含まれるか否かについては盛んに議論されているが、自己がそもそも株式会社に自己株を譲渡し、「当該行為(注:財源規制の対象となる自己株取得)により金銭等の交付を受けた者」に該当するとの認識すらない株主に対しても会社法462条1項が適用されると解すべきか否かについては、議論が少ない。もっとも、この点に明示的に言及し、「会社以外の名義による買付については、善意の売主を保護することが必要である」と、善意の売主保護に配慮すべきと説く学説が中にはある一方[5]、自己株取得であるとの認識すらない株主に対してもなお会社法462条1項が適用されるべきであると明示的に述べる説は見当たらない。
なお、上記のとおり、会社法462条1項の返還義務は、分配可能額を超える自己株取得の場合のほか、違法配当の場合も一律に対象とするが、違法配当の場合には、自己株取得の場合とは異なり、配当を受けた者が、交付された金銭が配当であるとそもそも認識していないケースは基本的に考えにくい。したがって、以上のように、自己がそもそも株式会社に自己株を譲渡し、「当該行為により金銭等の交付を受けた者」に該当するとの認識すらない株主については、会社法462条1項の適用対象外であると解しても、そのような場合は主に自己株取得の場合[6]に限られる。そのため、画一的・一律な債権者保護・会社資金の回復の実現という会社法462条1項の趣旨・目的の達成を阻害することにはならず、同規定の趣旨・目的との兼ね合いでも、あり得る解釈論といえると考えられる。
(2) 自己株取得規制の適用範囲との関係
一方、自己株取得規制の適用範囲との関係では、確かに、「第三者の名義による取得であっても、それが会社の計算によりなされていれば、自己株の取得としての規制を受ける」というのが通説・判例とされている[7]。
しかし、当該解釈論は、少なくとも直接的には、「株式の取得が実質的には会社の計算によりなされるのかどうか」について常に自ら認識しているはずである株式会社に対して、「取得名義にかかわらず、会社の計算で取得する場合には、自己株取得の手続規制及び財源規制を守る必要がある」ことを明らかにしているに過ぎないと思われる。
会社の計算により株式が取得されたことを認識できないまま第三者に株式を譲渡した者が、会社法462条1項に基づく返還請求を受ける場合、株式会社の側では、その譲渡がされた際に、会社の計算により第三者名義で自己株を取得したことを認識しながら、自己株取得の財源規制を守らなかったことになる[8]。このように、上記解釈論が要請する財源規制を株式会社が遵守しなかった場合に、その株式会社に対して自己株取得規制を及ぼすべきであるということと、その際に、自己株取得の事情を何ら知らない株式譲渡人に対してまで、会社法462条1項に基づく返還請求権の行使を許すべきか否かとは、別の問題であり、上記解釈論から直接的に結論を導くことはできないと考えられる。実際に、上記解釈論をもとに、この点まで踏み込んだ議論をする学説は見当たらない。少なくとも、上記解釈論のみでは、「会社の計算により株式が取得されたことにつき善意の株式譲渡人に対しても会社法462条1項の返還請求権が認められる」ことの根拠としては弱いと思われる。
なお、上記解釈論の明文上の根拠は、会社法963条5項1号(株式会社の取締役・監査役等に科される会社財産を危うくする罪)の定め方(「何人の名義をもってするかを問わず、株式会社の計算において不正にその株式を取得したとき」)にあるとされるが、会社法963条5項1号も、「会社の計算によりされた第三者名義の取得である」ことを当然認識しているはずの取締役・監査役に対して、自己株取得規制を遵守しなかったことの責任を定める条項に過ぎない。
また、上記解釈論を支持したとされる裁判例(松山地判昭和42年7月10日判時501号95頁)も、自己株取得が原則として禁止されていた旧商法下で、第三者への株式の譲渡人が自ら、「会社の計算で取得されるため実質的には禁じられている自己株取得だから無効」と株式の譲渡を拒んだ事例において、「形式的には他人の株式取得名義であるため会社が自己株を取得するには当たらない場合であっても、実質的に会社の計算において株式が取得される場合には、原則として法の禁止を及ぼすべきものである」旨を判示したものである。したがって、この裁判例も、株式の譲渡人が実質的には会社の計算による株式取得であると認識している状況下で、会社に対して、自己株取得規制の遵守を要請しているに過ぎず、会社の計算による取得であることについてそもそも認識がなかった譲渡人へも会社法462条1項に基づく返還請求権が可能かについて判断を示すものではない。
以上のとおり、「第三者の名義による取得であっても、それが会社の計算によりなされていれば、自己株の取得としての規制を受ける」という解釈論を前提としても、なお、会社の計算により株式が取得されたこと自体につき善意の株式譲渡人については、会社法462条1項の返還請求権の適用対象外とする解釈論は、理論的にも矛盾なく成り立つと解される。
会社法では、自己株取得について、その自由化とともに、剰余金の配当とパラレルに、分配可能額による財源規制を付すこととなり、財源規制に違反する自己株取得に対しても、包括的に、違法配当と同様の規定がそのまま適用されることとなった。その結果、取引の安全の保護の観点から、違法配当の場合よりも深刻な問題が生じ得る自己株取得の場合について、慎重な議論が抜け落ちてしまっているように思われる[9]。
取引の安全の保護の観点からよりバランスをはかる上では、以上のとおり、少なくとも、会社の計算により株式が取得されたこと自体につき善意の株式譲渡人に
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