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出光興産の公募増資の差し止めを認めなかった仮処分決定を読む

遠藤 元一

出光興産の公募増資に対する差止め仮処分決定の概要と企業法務への影響

 

東京霞ヶ関法律事務所
弁護士 遠藤元一

1 注目を集めた差止め仮処分決定

遠藤 元一(えんどう・もとかず)
 東京霞ヶ関法律事務所 弁護士
 東京大学卒業、第二東京弁護士会所属、立教大学法科大学院(非常勤講師)、税務大学校(非常勤講師)。
 一般社団法人GBL(グローバルビジネスロー)研究会理事、日本内部統制研究学会理事等。
 昭和シェル石油(以下「昭和シェル」という)との合併問題から始まった出光興産株式会社(以下「出光興産」という)と創業家との対立はこの夏、公募増資をめぐる紛争が裁判所に持ち込まれて一気に緊張が高まり、先鋭化した。出光興産が7月3日に4800万株の公募増資で約1400億円を調達すると発表したのに対し、創業家は翌4日にこの公募増資の差止めを求める仮処分を申し立てた。同月18日に東京地裁は差止めの請求を却下し、翌19日に東京高裁も創業家の即時抗告を棄却し、差止めに係る法的手続は決着した。

 上場会社の経営の支配権をめぐる公募増資の差止めを争点とする上記の裁判例の判断枠組みを分析し、企業法務に与える影響等を検討することは有用であろう。現時点では仮処分決定の全文は公表されていないが、創業家がウェブサイトで開示している決定抜粋(http://idemitsu-rinen.jp/)と報道機関向けに裁判所が作成した決定の要旨(複数の報道機関から入手)をもとに、仮処分決定の概要を分析し、企業法務に与える影響を検討する。なお、東京高裁決定は主に東京地裁決定を踏襲し理由付けを補足するにとどまるため、地裁及び高裁の決定を併せて「本決定」と称して検討を行う。

 なお、本稿は、旬刊経理情報8月20日・9月1日合併増大号に「出光興産の公募増資に係る地裁・高裁決定の概要と影響」と題して掲載された拙稿と一部重なるところがある。

2 公募増資における「著しく不公正な方法」の意義と主要目的ルールの採用

 本決定は、第1に、公募増資について会社法210条2号の「著しく不公正な方法」に当たるか否かの判断枠組みにつき、第三者割当による募集株式の場合と同じ判断枠組みを採用することを初めて明らかにした点に重要な意義がある。

 すなわち、本決定は、会社法210条2号の「著しく不公正な方法」とは「不当な目的を達成する手段として用いる場合」をいうと解し、これに該当する場合として、主要目的ルール、つまり資金調達や経営陣による支配権の維持・確保など、取締役会が公募増資を決定した目的・動機としてありうる複数の目的や意図のうちどちらが主要な目的なのかを検討し支配権の維持・確保の目的・意図が優先する場合、差止めを認めるという考え方を採用した。また、その要件として、

  1. 会社の支配権について争いがある、
  2. 支配権を争う特定の株主の持ち株比率を低下させ、自らの支配権を維持・確保することなどを、
  3. 主要な目的として新株発行する

と整理している。これは、ベルシステム24事件(東京高決平成16・8・4金判1201号4頁)の一審である東京地裁決定(平成16・7・30金判1201号9頁)が掲げ、不公正発行が争点とされた第三者割当に関する多くの裁判例が踏襲している要件を大筋で公募増資にも適用したものである。

 もっとも、従来の裁判例で2.の要件として通常用いられてきた文言は「持株比率に重大な影響を及ぼす」というものだったが、出光興産の決定はこれと文言が異なる。公募増資による創業家の持分比率の低下は、最大でも約7%程度であり、その数字だけを見るならば、本件新株発行により重大な不利益を受けるおそれがあるといえるか微妙とも考えられるが、持分比率が3分の1超から3分の1未満に低下すると、創業家のみでは特別決議を阻止できなくなるという重要な変化が生じる。この変化が生じることで2.の要件を満たすという結論を導くために上記のように文言を修正したと推測される。

 つまり、本決定は、持株比率に生じる数値上の低下率で形式的・絶対的に判断するのではなく、従前創業家が有していた影響力の実質的な低下に着目して実質的・相対的に判断することを意図している。ここまでは先行裁判例(クオンツ事件[東京地決平成20・6・23金判1296号10頁])でもみられるが、次章3で触れる経営支配権をめぐる争い・経営支配目的の実質的な認定手法を採っていることも併せると、裁判所の今後の判断にあたっては、主要目的ルールが適用される局面がこれまで以上に広範囲になる余地があるようにも考えられ、留意が必要である。

3 経営支配権をめぐる争い・経営支配目的の実質的な認定

 本決定は、第2に、持株比率や公募増資を形式的にみるのではなく、交渉の経緯その他の事情をもとに、創業家と経営陣とが会社の経営支配を争う関係にあり、経営陣に支配権の維持・確保という不当な目的が認められるとして、実質的に踏み込んだ判断をしている。

 確かに、本件新株発行は、戦略投資目的での資金調達や数ヵ月後に弁済期が迫る返済資金の調達を目的とし、形式的にも公募増資の方法で行うため、目的・形式をみると経営陣と創業家との間に経営の支配を争う関係を認めることは容易でないように思われる。

 しかし、本決定は、

  1. 本件新株発行を行う旨を公表するまでの、昭和シェルとの合併について出光興産経営陣と創業家の協議等の経緯を比較的詳細に認定したうえで、創業家、経営陣とが「昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の可否を中核として」「それぞれを支持する株主を巻き込んで」「実質的に」会社の支配権について争う関係があると認定し、さらに、
  2. 創業家が公募増資前の持株比率を維持するために既に保有する資産(公表された資料によると約98億円)の他に必要となる370億余円の調達は不可能であること、
  3. 合併による経営統合が失敗した場合に昭和シェル株式を市場価格より高値で取得する決議を行った経営陣が善管注意義務違反を追及される可能性があること

等を論拠に、経営陣に「支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置く目的」があり、かつ、それは「一種の権限濫用行為を誘発する不当な目的」であると認定した。

 公募増資の形態をとれば経営支配権の維持・確保目的の認定を免れることができるというふうに考えることは今後難しくなるだろう。たとえ公募増資という形式をとっても、裁判所が様々な事情を考慮して経営支配権をめぐる争いや経営支配目的を認定する可能性があることを前提として慎重な対応が求められることになろう。また、本決定では直接的な説示やそれを窺わせる箇所は見当たらないが、

  1. 社外取締役が経営者から独立した外部の視点で、公募増資による資金調達の必要性・合理性につき多面的に検討し、質疑応答等を通じて取締役会での決定の合理性を担保し、さらにはその過程に信認を与えたり、
  2. 経営陣から独立した第三者から新株発行による資金調達の必要性及び相当性についての意見を取り付けたり

すること等も、経営支配目的あるいは不当な目的との認定を避けるためには有用と考えられる。

4 戦略投資と借換え資金とで分かれた資金調達目的の必要性・合理性

 ⑴ 本決定は、第3に、資金調達目的につき、経営陣に「支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置く目的」(不当な目的)が一応あるので、会社(経営陣)側は、本件新株発行計画の策定の経緯や合理性について十分な説明をする責務を負う(財務体質改善の必要性や外的要因の存在、引受審査資料及び有価証券届出書の調達資金の使途の記載のみでは、資金調達の必要性・合理性は認められない)としたうえで、戦略投資について資金使途ごとに本件株式発行による資金調達の必要性・合理性を検討し、いずれの資金調達目的についても本件新株発行の必要性・合理性に疑問が残るとした。

 最近の裁判例は、事案の特質に則して、具体的な資金計画の有無・内容等や資金調達方法の合理性等を厳密に審査する傾向があり、本決定はその傾向を踏襲している。しかも、支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置く(経営支配目的)との不当な目的が認められているため、出光興産側に、資金調達の必要性・合理性という正当な目的を根拠づける事実を明らかにする事実上の疎明責任が課されているのと異ならない状況となっている。そのため、出光興産側が主張した多様な戦略投資(概要、次の❶~❹に分類)について、❶取締役会での正式な決議を経ていない工場の建設資金の調達目的には必要性がないことはもちろん、❷既に設立済みの会社への出資金、建設済み施設の運転資金確保のための出資・貸付目的、❸数年前に検討された事業施設の建設資金の調達目的も、既に検討済みのはずで現時点での必要性等の説明(疎明)ができない(❷❸)、❹今後数年間にわたり進める事業(過去2年進めてきた事業もある)に係る設備投資・開発投資・研究開発・関連費の調達目的も、現時点で一括調達の必要性等の説明(疎明)はできないなど、❶~❹のいずれも必要性・相当性の疎明がなく、本件新株発行による資金調達の必要性・合理性には疑問が残るとされたことはやむを得ないのかもしれない。

 ⑵ 他方、本決定は、昭和シェル株式取得のための借入金の借換え目的での資金調達については、戦略投資とは対照的に、資金調達の必要性・合理性を比較的簡単に認めている。

 注目されるのは、「他に資金調達手段があるからといって直ちに、本件新株発行による資金調達の必要性・合理性が失われるわけではない」、「金融機関からの借入れや社債発行により賄うことが合理的であるとして新株発行により調達する必要性・合理性を否定するに足りる疎明資料はな(い)」との説示に表われているとおり、本決定が、既存株主の持株比率を変動させる新株発行以外に、株主に与える影響がより少ない手段(Less Restrictive Alternatives)が存在しないことを債務者(発行会社)側で疎明する必要はなく、新株発行という選択肢の必要性・合理性がないことを差止めを求める債権者(株主)側が疎明する必要があるとする点である。

 ここでは、第1に、企業側は資金調達の必要性についての疎明責任のみを負うことでよいかが問題となるが、第三者割当の裁判例では、資金調達の必要があることが認定されると、調達方法の選択は原則として取締役会の判断を尊重する傾向が強い(現在の超低金利下では金融機関からの借入れによる資金調達に要するコスト負担はそれほどの金額とならないと考えられ、株式発行により既存株主の権利を希釈化するよりも合理的であるとの判断もありうるが、本決定が株式発行と借入れの選択肢とを比較・検討していないのは、資金調達の必要性が疎明されれば、――差止めを求める株主側が新株発行による調達が不合理であることを疎明しない限り――調達方法の選択については取締役会の判断を尊重する帰結ともいえる)。また、調達目的の有無は、①使途に実体があるか、②その使途が合理的か、そして③資金調達方法として新株発行は相当なものかというステップで行われ、実際は③は殆ど審査されないとの指摘があり、本決定は、これと平仄を合わせているようにも思える。また、借換え資金を劣後ローン契約で調達する予定が金融機関側から同一条件での貸付けを拒否された経緯の1つとして創業家が経営統合問題に強硬に反対する態度を鮮明にした経緯にも触れており、創業家の対応が本決定の判断枠組みに何らかの影響を与えている可能性もあるのかもしれない。

 第2に、戦略投資での資金調達の必要性・合理性が否定された522億余円については、「自らを有利な立場に置く目的」のみが認められるのであるから、主要目的ルールを待つまでもなく、522億余円の範囲で本件新株発行による資金調達は認められないのが論理的な帰結ではないかという疑問も生じる。この点、本決定は、本件新株発行による調達金額が借換えのために必要な資金が1590億円に満たないため、戦略投資に優先的に充てる予定の522億余円も含め本件新株発行の全体につき借換えのための資金調達の必要性・合理性を認めている(当然のことながら、出光興産側も、全額を借換えのために必要な資金であるとの仮定的主張をしていると推測される)が、借換え目的での資金調達が最優先ではなく、戦略目的での資金調達に充てることが認められない場合に仮定的に借換え目的での資金調達に充てるということ自体、資金調達の必要性・合理性を疑わせる事情の1つと評しうるのではなかろうか。

 第3に、返済金の借換えのための資金調達の名目があれば、新株発行による資金調達の必要性・合理性が認められるとなると、企業であれば何らかの借入があるのが通常であるから、借入れがある企業にとっては、借換え名目で新株発行による資金調達の必要性・合理性が認められやすい状況となる。しかし、これは戦略投資での資金調達について必要性・合理性を厳格に吟味する姿勢とあまりにも不均衡ではなかろうか。

 以上のように本決定の枠組みには検討を要する点があるように思われるが、企業としては本決定を前提とした対処策を講じるほかはない。戦略投資での資金調達目的が厳格に審査され、必要性・合理性が認められる範囲が限られるため(株式発行による資金調達の必要性・合理性が認められるのは、機関決定を経て今から着手する事業計画に関して現時点において調達が必要な金額に限られよう)、戦略投資ではなく、既存債務の借換え等目的での事業計画に力点が置かれることになろう。

5 公募増資における主要目的ルールの判断

 本決定は、第4に、経営陣が自らを有利な立場に置く目的と資金調達目的とが併存する場合にどちらが主要目的かを、

  1. 公募増資による新株発行は、
    ㊀引受証券会社が、割当先への配分については公正を旨とする日本証券業協会の自主規制に従い割当を行うこととされ、特定の投資家による応募額も上限の定めがある等から、取締役の意図とは無関係に割当が決定され、割当先が取締役の意向に従って議決権を行使する保証がなく、
    ㊁取締役に反対する株主・第三者も割当を受ける可能性がある、
    ㊂取締役に反対する株主が公募増資後、市場で売りに出された株式を市取得する可能性もあること等から、
    ㊃第三者割当増資の場合に比して、取締役に反対する株主らの支配権を減弱させる確実性が弱い(類型的に資金調達の規模も制限される)、
  2. 経営陣が、本件新株発行後、株主の意向を確認することができるまでは、創業家の反対を押し切って、昭和シェルとの合併承認議案を目的とする臨時株主総会を招集する可能性は高くない、
  3. 借入金の弁済期までに返済資金を用意する必要性が高い

ことなどから、経営支配目的が主要目的とは認められないと判断した。

 公募増資では、新株発行の割当てにおいて公正さが担保され、新株発行の規模が限定的であるため、取締役に反対する株主らの支配権を減弱させる確実性が弱いという1.㊃を主な理由として、自らを有利な立場に置く目的(経営支配目的)が主要目的と認定され難いことが本決定で示されたことは、今後、新株発行や新株発行を絡めたM&A戦略の予見可能性を高めるものとして重要である。もっとも、1.が重要なのは言うまでもないが、2.3.も総合考慮して経営支配目的が主目的であるとの認定を避けることができているのであって、公募増資の枠組みだからといって安易な対応は禁物であろう。

 公募増資は、多様な企業の資金調達手段として利用されることには積極的に評価できる面もある。日本証券業協会が平成26年6月17日に公表した「我が国経済の活性化と公募増資等の一層の機能強化に向けた取組みの状況と今後の対応」に記載された、株主の理解を得るための方策、公募増資の合理性等の開示促進、増資目的・使途等のわかりやすい開示促進、必要性・相当性の確保と資本政策等についての開示促進、公募増資の数値基準の策定等についての検討も、今後は要請されよう。

6 「株主の意向を確認することができるまでは、」の含意について

 経営陣側が今後、どのように行動し、経営統合に向けて合併決議議案を目的とした臨時株主総会の開催に着手するかが注目されるが、その際、本決定が5章2.で「本件新株発行後、株主の意向を確認することができるまでは、」と説示したことのインプリケーション(含意)をどう汲み取り、どう対処するかの検討が重要である。

 なぜ裁判所が主要目的ルールを採用しているかにつき、短い審理期間の中で支配権争いについての価値判断を行うことは困難であり、主要目的ルールが支配権争いについての価値判断を伴う政策判断を回避する役割を発揮するため、裁判所が同ルールに依拠してきたと理解する学説がある(もっとも、買収防衛策の差止めの判断に際して正面から価値判断を示した例外的な裁判例―ニッポン放送事件[東京高決平成17・3・23判時1899号56頁]もある)。この学説が説くところを前提とすると主要目的ルールを採用した本決定も、公募増資の差止め仮処分により創業家と出光興産の経営陣との支配権争いに最終的な決着をつける意図はなく、仮処分決定差止めとは別個に改めて出光興産の株主が自主的・自発的に決すべきと考えているのではないかと推測される。

 そもそも株主にとって、合併による経営統合は、出光興産が属する事業の現況、将来性、今後の見通し等、定量面、定性面にわたる様々な事情を十分に収集し、その情報を分析、評価して慎重に判断することが望ましい。合併・経営統合について株主が適正に判断するためには、法的紛争が終了した直後のいわば「有事」に近い状態ではなく、冷静な「平時」の状況が必要であり、経営陣側には、株主に上記のような環境を確保することが求められる。

 本決定が「株主の意向を確認することができるまでは、」との文言を付記したのは、このような環境の整備を出光興産側に促したと捉えるべきである。

 では、株主の意向をどのように確認するか。株主の意向を確認する方法について本決定は何も語っていないが、出光興産側が、公募増資実施後に株主への事後説明(仮処分決定後の創業家との交渉経緯なども含む)、希釈化した企業価値の回復に向けて対応策を検討し、対応策が具体化すれば当該時点での適時開示を行うなど、既存株主の利益に配慮した措置を一定期間続けることが必要であろう。そのうえで、ウォールストリート・ルールに委ね、あるいは、会社法が定める事項や定款で定める決議事項ではないけれども、合併・経営統合の是非についての株主意思を確認するための株主総会を開催することも選択肢の1つではないかと考えられる。