2017年10月09日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
若林 耕
2004年から中国での生活を開始
変革が更なるイノベーションを巻き起こす状況に
その後しばらく中国を離れ、昨年から再び中国での生活を始めたところであるが、特に今年に入ってから、中国社会の「変革」のスピードは筆者の想像を超えたものになりつつある。市民の「日常生活のスタイル」が目の前で変わっていくのを肌で感じている。
「変革」とは、簡単に説明すると、格安スマホの登場による全国的なスマホの普及と電子決済サービス等の浸透という条件が揃ったことが、更に新しいビジネスモデル、サービス等を生み出し続ける状態となっており、中国の(特に都市部に暮らす)人々の生活スタイルはどんどん利便化され、刺激に溢れたものになりつつある。
「アリペイ」等の電子マネー決済が一気に浸透したことで、スマホ(決済アプリ)が一般市民の財布代わりとなっている。街はシェアリング自転車に溢れ、手配から決済まで一貫した配車アプリが管理するカーシェアリングが浸透し、今や傘やスマホ充電器等に至るまでのシェアリングエコノミーの実験場と化している。出前アプリ・サービスの進化により、スターバックスのカフェラテ1杯から鼎泰豊の小籠包まで、家にいながら熱々のうちに味わうことができる。と、挙げ始めると切りがない。
「スローガン」からより現実的な「国家戦略」の時代に
思うに、最近の中国の「変革」の様相は決して偶然の現象ではなく、明確な国家戦略の下に推し進められているものである。中国では、今も昔も国家としてのスローガン(例えば、「和諧社会」等)が分かりやすく提唱されることが多い。それとは別に国家戦略にかかわるものとしては、5年毎に経済・社会計画が公表されるが、最近では国家主席や国務院(日本の内閣に相当)が個別に、重要な国家戦略目標を公表することが増えている。もちろん、全ての国家戦略が公表されるというわけではない。
最近の中国の国家戦略は、「一帯一路」の中国経済圏構想に代表されるように、対外的には多くの面で中国経済圏の拡大と次世代技術分野での覇権取得に向けられているように思われる。実際にも、中国政府は、人工知能、音声認識技術、自動運転技術等の次世代技術分野への中国国内投資を積極的に支援しており、中国ブランド、中国スタンダードをグローバルスタンダードとして確立するという明確な国家戦略のもとに支援プロジェクトが実施されている。
話は変わるが、筆者は以前から欧米の現代アート(近代美術以降)に関心があり、中国での生活においても中国の現代アートについても興味をもってみている。中国は次世代技術分野と同様、現代アート分野においても、単なるアートの消費市場として終わらないという積極的な国家戦略をもってつとに取り組みつつあるように感じている。
特に中国において、根本的には現代アートは国家・政治体制・社会通念との対峙性を抜きにしては語れない。後述するように中国が現代アートを消極的にみるのではなく、一つの重要な国の産業として認識し、取り組み始めたということは、他の分野に比してもチャレンジングだと思われる。
中国現代アートの成り立ち
1989年以前には、北京郊外に、芸術家グループがアンダーグラウンド的に住み着いた、地図にもない地区があったらしい。ただ、2006年頃までには取り壊され、北京郊外には(古い工場地帯を利用した国内外のギャラリーの集まる)「798芸術区」や「草場場」と呼ばれる、地元の国有企業により管理された「芸術区」が市内等も含めて急増するようになる。その後、これらの「芸術区」は飲食店等も増え、観光地化・商業化が一気に進む。過激なアングラアートは影を潜め、中国をわかりやすく記号化しただけの「レッドポップ」と呼ばれる作品が急増したのもこの時期である。中国には、「芸術区」は全国的に拡大しているものの、これまでのところ中国の現代アートを意義付ける代表的作品を網羅的にコレクションする公共の現代アート美術館は存在せず、多くは欧米の財団やコレクターのコレクションとなっていた。
「アート産業」へのシフト
上述したように、現代アートは時に社会・政治体制批判ともなりうる要素をはらんでいるが、現在の中国において実はもはや主流ではない。上海や北京ではアートフェア等の数多くのアートイベントが開催され、多くの人々が「アンディ・ウォーホル」や「バスキア」といったアメリカ人作家の高額なポップアート作品を購入する。
また、オークション会社Christie’sやSotheby’sは上海に既にオークションハウスを構えており、今年9月に開催されたChristie’sのオークションでは、前年の売上を35%上回る総落札額1480万米ドルを記録したという。これまでアジアではほとんど香港で開催されてきた現代アートのオークションであるが、今後は徐々に上海や北京での開催も増えていくことが予想される。
最後に
これまでの「資本主義=現代アート」という観念はもはや過去のものとなりつつある。「商品」(作品)、「価値付」(オークションでの取引、美術館での展示会等)、「マーケット」(コレクター、美術館等)のあるところには、現代アートという産業が誕生し、それは国・地域の経済や歴史と一体となって、国の文化としての厚みにも繋がるものであると思う。また、実際にもこれまでであれば日を浴びるはずのなかった有望な若手中国人作家の作品が、中国国内で鑑賞できるようになれば、たとえ商業主義との批判を差し引いても、意義深いターニングポイントとなるように感じる。また、今後10年単位の長い目で見れば、数世紀にわたり欧米中心で動いていた現代アート産業に対し中国がそのチャイナスタンダードをもってどこまで食い込んでいくのか非常に楽しみである。
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