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中国「芸術産業」国家戦略を現代アート好き弁護士が見る

若林 耕

中国と日本を往復する現代アート好き弁護士が垣間見た中国の「芸術産業」国家戦略

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
若林 耕

1.中国は今、社会が内部から巻き起こる変革と刺激に満ちあふれている

 2004年から中国での生活を開始

若林 耕(わかばやし・こう)
 1999年3月、一橋大学法学部卒。2001年3月、一橋大学大学院法学研究科中退。2002年10月、司法修習(55期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)。2002年から2005年まで小野総合法律事務所勤務。2004年から2005年まで北京語言文化大学にて中国語研修。2006年1月、当事務所入所。2016年5月から北京オフィス 首席代表。
 筆者は、2016年5月から北京オフィスの首席代表としての認可を受けて以降、中国(北京、上海など)と日本を毎月何往復かする生活を続けている。それ以前にも中国には中国語留学も含めて5年以上滞在しており、2004年以降の中国(北京)の生活も知る。その当時、周辺では北京オリンピックや上海万博に向けて都市としてのインフラ設備は整い始めていたが、物価上昇を感じることはあっても市民の「日常生活のスタイル」が大きく変わっているような感覚はなく、中国が「世界の工場」から巨大市場に変貌しつつあるということも肌で感じるよりは、報道されるデータ等を通じて何か間接的に知らされているような時期であったと思う。

 変革が更なるイノベーションを巻き起こす状況に

 その後しばらく中国を離れ、昨年から再び中国での生活を始めたところであるが、特に今年に入ってから、中国社会の「変革」のスピードは筆者の想像を超えたものになりつつある。市民の「日常生活のスタイル」が目の前で変わっていくのを肌で感じている。

 「変革」とは、簡単に説明すると、格安スマホの登場による全国的なスマホの普及と電子決済サービス等の浸透という条件が揃ったことが、更に新しいビジネスモデル、サービス等を生み出し続ける状態となっており、中国の(特に都市部に暮らす)人々の生活スタイルはどんどん利便化され、刺激に溢れたものになりつつある。

 「アリペイ」等の電子マネー決済が一気に浸透したことで、スマホ(決済アプリ)が一般市民の財布代わりとなっている。街はシェアリング自転車に溢れ、手配から決済まで一貫した配車アプリが管理するカーシェアリングが浸透し、今や傘やスマホ充電器等に至るまでのシェアリングエコノミーの実験場と化している。出前アプリ・サービスの進化により、スターバックスのカフェラテ1杯から鼎泰豊の小籠包まで、家にいながら熱々のうちに味わうことができる。と、挙げ始めると切りがない。

 「スローガン」からより現実的な「国家戦略」の時代に

 思うに、最近の中国の「変革」の様相は決して偶然の現象ではなく、明確な国家戦略の下に推し進められているものである。中国では、今も昔も国家としてのスローガン(例えば、「和諧社会」等)が分かりやすく提唱されることが多い。それとは別に国家戦略にかかわるものとしては、5年毎に経済・社会計画が公表されるが、最近では国家主席や国務院(日本の内閣に相当)が個別に、重要な国家戦略目標を公表することが増えている。もちろん、全ての国家戦略が公表されるというわけではない。

 最近の中国の国家戦略は、「一帯一路」の中国経済圏構想に代表されるように、対外的には多くの面で中国経済圏の拡大と次世代技術分野での覇権取得に向けられているように思われる。実際にも、中国政府は、人工知能、音声認識技術、自動運転技術等の次世代技術分野への中国国内投資を積極的に支援しており、中国ブランド、中国スタンダードをグローバルスタンダードとして確立するという明確な国家戦略のもとに支援プロジェクトが実施されている。

2.現代アートにおける中国の国家戦略

 話は変わるが、筆者は以前から欧米の現代アート(近代美術以降)に関心があり、中国での生活においても中国の現代アートについても興味をもってみている。中国は次世代技術分野と同様、現代アート分野においても、単なるアートの消費市場として終わらないという積極的な国家戦略をもってつとに取り組みつつあるように感じている。

 特に中国において、根本的には現代アートは国家・政治体制・社会通念との対峙性を抜きにしては語れない。後述するように中国が現代アートを消極的にみるのではなく、一つの重要な国の産業として認識し、取り組み始めたということは、他の分野に比してもチャレンジングだと思われる。

 中国現代アートの成り立ち

 1989年以前には、北京郊外に、芸術家グループがアンダーグラウンド的に住み着いた、地図にもない地区があったらしい。ただ、2006年頃までには取り壊され、北京郊外には(古い工場地帯を利用した国内外のギャラリーの集まる)「798芸術区」や「草場場」と呼ばれる、地元の国有企業により管理された「芸術区」が市内等も含めて急増するようになる。その後、これらの「芸術区」は飲食店等も増え、観光地化・商業化が一気に進む。過激なアングラアートは影を潜め、中国をわかりやすく記号化しただけの「レッドポップ」と呼ばれる作品が急増したのもこの時期である。中国には、「芸術区」は全国的に拡大しているものの、これまでのところ中国の現代アートを意義付ける代表的作品を網羅的にコレクションする公共の現代アート美術館は存在せず、多くは欧米の財団やコレクターのコレクションとなっていた。

 「アート産業」へのシフト

 上述したように、現代アートは時に社会・政治体制批判ともなりうる要素をはらんでいるが、現在の中国において実はもはや主流ではない。上海や北京ではアートフェア等の数多くのアートイベントが開催され、多くの人々が「アンディ・ウォーホル」や「バスキア」といったアメリカ人作家の高額なポップアート作品を購入する。

今年11月で第4回目となるウエストバンドでの大規模アートイベント「WEST BUND ART & DESIGN」のメイン会場の様子(2014年9月筆者撮影)。日本を含め各国の著名ギャラーが参加する。
 アメリカが国家戦略として「ウォーホル」「ジャクソンポロック」らの現代アーティストを育成し、批評家が価値づけして売り出してきたように、中国も現代アートを国家戦略として捉え、中国人作家の育成・価値付けを行おうと考えても全く不思議ではない。私は、今や中国は上海をニューヨークやパリ、ロンドンと同レベルの現代アートの商業地として育て上げることを構想し、実行していると考えている。その第一歩となるのが、上述したシンボリックな公共の現代アート美術館の設立と中国人アーティストの作品の展覧・出版等を通じた活動である。この点、香港で2019年以降に「M+」というアジア最大規模の国公立現代アート美術館がオープンするのを皮切りに、上海のアート最先端地区といわれるウエストバンド(西岸)エリアでは、「Art West Bund」という現代アート美術館が2018年頃に完成する予定である。同美術館は、フランスの「ポンピドーセンター」の協力を得て、中国の現代若手作家の応援、有望な中国作家作品の購入等を本格的に開始すると言われている。

 また、オークション会社Christie’sやSotheby’sは上海に既にオークションハウスを構えており、今年9月に開催されたChristie’sのオークションでは、前年の売上を35%上回る総落札額1480万米ドルを記録したという。これまでアジアではほとんど香港で開催されてきた現代アートのオークションであるが、今後は徐々に上海や北京での開催も増えていくことが予想される。

 最後に

 これまでの「資本主義=現代アート」という観念はもはや過去のものとなりつつある。「商品」(作品)、「価値付」(オークションでの取引、美術館での展示会等)、「マーケット」(コレクター、美術館等)のあるところには、現代アートという産業が誕生し、それは国・地域の経済や歴史と一体となって、国の文化としての厚みにも繋がるものであると思う。また、実際にもこれまでであれば日を浴びるはずのなかった有望な若手中国人作家の作品が、中国国内で鑑賞できるようになれば、たとえ商業主義との批判を差し引いても、意義深いターニングポイントとなるように感じる。また、今後10年単位の長い目で見れば、数世紀にわたり欧米中心で動いていた現代アート産業に対し中国がそのチャイナスタンダードをもってどこまで食い込んでいくのか非常に楽しみである。