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契約の雛形(ひながた)をどうつくり、どう生かすか

佐当 郁

雛形の話

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
佐当 郁

 1.雛形とは

佐当 郁(さとう・かおる)
 1993年3月、東京大学法学部卒。1998年4月、司法修習(50期)を経て、弁護士登録(第二東京弁護士会)。2000~01年、邦銀系証券会社出向。2001年より当事務所で勤務。2004年、米国Northwestern University School of Law修了(LL.M.)。2004~05年、米国ニューヨークのAllen & Overy法律事務所勤務。2005年8月、当事務所復帰。2007年1月、当事務所パートナー就任。
 世の中で契約が締結される際に、あるいは弁護士が契約をドラフトする際に、いわゆる「雛形」が準備されることがある。ここでは、この雛形について少し整理して考えてみたい。

 まず、弁護士的な発想として、「雛形」の分類を試みる。思い浮かぶ分類の要素としては、(a)変更を予定するか、それ自体は変更を予定しないものか、(b)当事者双方が参照可能なものか、当事者の一方が独自に準備するものか、といったものが挙げられると思われる。

 第一に、ある種の取引の奨励等のため、あるいは、当事者間の適切な利害調整の例を示す趣旨で、標準的な様式として雛形が提示されることがある。前者の例として、日本ローン債権市場協会(JSLA)がシンジケートローン契約書の雛形として公開する「コミットメントライン契約書」「タームローン契約書」等が、また、後者の例として、国土交通省が提示する「賃貸住宅標準契約書」等が挙げられる。これらは、当事者双方が参照可能な形で提供されるものであり、また、あくまでも標準的な内容を示すものであって必要に応じて内容の一部が変更されることも想定されている。以前に公表されていた銀行取引約定書の雛形や、現在公表されている民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款等も、この分類に属するのではと思われる。

 第二に、雛形というよりも基本契約と呼ぶ方が適切とも思われるが、上記同様に当事者双方が参照可能な形で提供されるものの、内容の変更を想定しないものがある。例えば、デリバティブ取引を行う際に使用される「ISDA Master Agreement」等である。「ISDA Master Agreement」は各デリバティブ取引に共通の事項を合意するものであり、それ自体は変更を想定しないが、「Schedule」と呼ばれる書面にて他の内容が別途合意され、さらには「Confirmation」と呼ばれる別書面にて案件毎の経済条件等が合意される。ISDA Master Agreementを使用することで、契約締結へのコスト低減が可能であり、また、紛争の可及的な回避にもつながる。また、この類型の雛形の使用により、法律関係自体の画一的な処理が可能となる場合もあり、例えばISDA Master Agreementの場合、それを用いた当該当事者間の全取引につきネッティングと呼ばれる一括処理が可能となり、信用リスクの把握が容易化されることが企図されている。

 以上は、当事者の双方に「雛形」が示され、当事者双方がそれを参照したうえで、内容の変更につき交渉し、あるいは締結如何の判断をするというものである。これに対し、第三の類型として、一方の契約当事者により内部的に、ドラフティングの負担の軽減のため、あるいは重要条項の欠落を回避し内容の正確性を維持するため、雛形が作られる場合が挙げられる。

 ところで、同じく負担軽減や正確性確保等の趣旨で、法律事務所においても雛形的なものが準備されることがある。弁護士の仕事は紛争処理に限られず、契約書作成のような(紛争)予防的なものもあるが、契約書作成を考えた場合には特に、“先例”が重要な意義を持つ。契約書作成を依頼される場合、一からフリーハンドで契約書を作成するのは困難な作業であり、何よりも非効率的である。そこで、各弁護士や法律事務所全体で、雛形作りや先例の整理が行われることがある。そこで集積される情報は、業務上重要なノウハウと考えられる。

 前置きが長くなったが、ここで題材にするのは、上記第三の類型での雛形である。また、会社の契約担当者の方々の元で使用される雛形につき少し詳述してみたい。

 2.雛形の効用

 契約には類型がある。例えば、売買契約、賃貸借契約、金銭消費貸借契約といった類型である。また、売買契約は何を売買するか、賃貸借契約は何を賃貸するかにより、さらなる類型化が可能である。金銭の貸付を行うという意味では共通の金銭消費貸借契約にしても、1回のみの貸付か数回分割で貸付を行うか、あるいは、締結時に貸付実行されるか借入人が必要とする時点で貸付実行される形態かといった形で、様々な類型がありうる。

 契約は、当事者間の交渉の結果であって内容は千差万別であるが、類型毎に不可欠な枠組みがあるのも事実であり、それらは時として当然過ぎて通常の交渉の中で取り上げられず、あるいは類型特有の技術的な取決めであって交渉の必要がないものもある。このような、自然体でドラフトしていると忘れられがちな事項を漏らさず織り込み、また契約完成への効率性を高める点に、雛形作成の重要な効用があると思われる。

 3.雛形の内容

 では、雛形の内容はどうあるべきか。契約実例から案件固有の部分を削除すれば雛形ができるのであって、雛形の内容は特段考慮する必要がないかというと、そう簡単な話ではない。

 そもそも案件固有かどうかという判断自体難しい場合もあるが、案件固有な部分を抽出できたとしても、案件固有な複数の部分が相互に関連し、統一的な選択が想定される場合もある。ある程度の量であれば、選択肢を設けて注意書きを付する等で対応可能であるが、多くなると、雛形は複雑化し、ドラフトの際に難儀な思いをすることになる。

 上記の選択肢の設定を含め、雛形の内容をどの程度詳細にしておくかという問題は、その雛形がどのように使用されるかという点にかかってくる。全てを自動化し、付記された解説に従って選択し、案件個別の日付や金額を記入しさえすれば契約が完成するレベルのものを作ろうとすると、選択肢の数は膨大になって雛形が複雑化し、他方で、最小限の条件以外の事項を作成者の手に委ねるとすると、雛形自体の複雑化はある程度回避できるものの、雛形本来の役割を果たさなくなるおそれも出てくる。

 4.雛形の数

 このような考慮をしつつ雛形を作成するうちに、同じ契約類型の中での雛形の分岐という方向性が生じる。売買契約であれば、その目的物が動産か不動産かにより雛形を分け、金銭消費貸借契約であれば、資金使途や担保物により分化した雛形を準備する、といった類である。

 雛形の数を増やしても、選択的記載を完全になくすことは難しく、また、数が多くなりすぎれば、数ある雛形のどれを選択するかという別の選択肢も出てくる。結局のところ、効率性を確保し正確性を維持するという雛形の効用が最も発揮されるのは何かという観点から、雛形の内容や雛形の数を決めていくほかないと思われる。

 5.終わりに

 以上、契約の雛形につき、企業の中での雛形のあり方という形で述べた。ただ、弁護士として雛形の作成を依頼されることもあり、上記は、そのような依頼を受けた場合の弁護士の悩みでもある。

 雛形を使用する方も様々である。勤続年数の長短や社員としての熟練度とは別の話として、当該契約を取り扱う部署に配属されて間もない方にとっても、雛形の効用が発揮されなければならず、むしろそのような場合にこそ雛形の意義があるとも考えられる。その点を考えていると、雛形は複雑化し、解説部分が多くなりがちになる。

 また、雛形数を増やすことなく雛形上の選択肢を減らそうとすると、規定内容を汎用化する(つまり、多くの場合に対応可能な文言にする)ことになるが、汎用化が過ぎると、出来上がった契約自体が読みづらいものとなることもある。

 さらに言えば、雛形を使用する方には、契約のドラフトをする立場、ドラフトされた契約書を確認する立場等がありえ、それぞれの立場により理想的な雛形が変わってくることもある。

 弁護士として依頼を受けた場合、時として両立しないこれらの事項を併せて考慮しつつ、雛形を作成していくことになる。ただ、“契約”という形で予め合意するのは後の揉め事を防ぐためなのであって、従って、当事者が内容を十分に理解したうえで契約締結ができるように、何よりもまず、完成後の契約内容が分かりやすいものであることが優先されるべきであろう。