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四半世紀ぶりのゼネコン一斉捜索に想う 不意打ちが功を奏する

村山 治

 東京地検特捜部と公正取引委員会が12月18、19日の2日間にわたり、合同で鹿島、清水、大成、大林組のスーパーゼネコン4社を強制捜査した。緊張した面持ちで捜索に入る係官らのテレビ報道を見て1993年から翌94年にかけて特捜部が摘発したゼネコン汚職事件を思い出した。

 茨城、宮城両県の知事とゼネコンの首脳らを県発注工事にからむ贈収賄の罪で起訴。さらに、鹿島の依頼で公取委員長に調査中の談合事件の告発見送りを迫ったあっせん収賄罪で中村喜四郎元建設相を起訴した。スーパーゼネコンを含めゼネコンの経営陣が軒並み刑事被告人となった。

 摘発のきっかけは、公共事業利権のドンといわれた故金丸信・自民党副総裁の脱税事件だった。その裏付け捜査で、金丸氏に裏金を提供していたゼネコン各社を捜索し、国会議員や知事らに対する資金提供を裏付ける資料を押さえた。

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 JR東海側が発注したリニア新幹線の「名城非常口」(名古屋市)の工事で大林組がJR東海の社員から工事の上限価格を聞き出した偽計業務妨害事件が入口になった。容疑事実は異なるが、金丸事件当時の状況と今回の事件はよく似ている。

家宅捜索を終えて大林組本社を出る東京地検特捜部の車両=9日午前2時19分、東京都港区、酒本友紀子撮影
 大林組の偽計業務妨害事件についてマスコミ各社は、ほぼノーマークだったようだ。12月8日午後から特捜部が関係先の捜索に入ったが、検察担当記者は夜まで気づかなかった。他の持ち場の記者からゼネコン関係者が「特捜のガサが入った」と騒いでいるとの情報が寄せられ、走り回って大林組と特定した。

 一応、各社とも9日午前2時過ぎ、押収物の搬出の様子を写真に撮るのには成功したが、捜査関係者の口は固く、捜索容疑をなかなか特定できなかった。JR側の業務を妨害したとする容疑を特定したのは翌9日の夕刊締め切りぎりぎりだったという。

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 「青天の霹靂」ということわざがある。晴れた空に雷が鳴るように、突然、不意打ちを受けたという意味だ。その日、検察担当記者の多くは、そういう気分だったのではないか。

 24年前の1993年3月6日、金丸氏が脱税容疑で逮捕された時もまったく同じだった。検察担当記者は、着手前夜、「何もないよ」という特捜幹部の言を信じ、一緒にテレビゲームを楽しんだ。かく言う私も、金丸事件の捜査指揮にかかわる検察幹部と6日午前1時まで一緒に酒を飲んでいながら、まんまとごまかされ、岡山の知人の結婚式に出席した。逮捕の一報は、足を伸ばした徳島の実家で知った。

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 不意打ちを食うと、マスコミ側は動揺し、記者に大動員をかけて関係先を取材する。それは、当時も今も、同じだ。情報がとれないと、疑心暗鬼になる。記事の扱いも自然と大きくなる。容疑の中身と事件の背景がわかってくるにつれ、特捜部の存在感は高まる。24年前の事件では防御の固いゼネコン側が、次々落城した。

 今回は、特捜部の急襲を受けた大林組が、他のスーパーゼネコンと受注調整していた事実を認め、さっさと、公取委に課徴金減免申請をした。

 2006年1月施行の改正独禁法で導入された課徴金減免制度は、談合などの違反行為を自主申告した事業者には最大5社まで課徴金が免除、減額されるほか、公取委の調査開始前に最初に届け出た1社は、刑事告発されない。

 談合捜査では各社の担当者による共謀の立証で苦労するものだが、大林組の「裏切り」で他3社も抵抗するのは難しくなるのではないか。不意打ちが功を奏し、捜査側にとっていい方向に転がり出している。

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 今回の検察の「保秘(秘密保持)」は徹底していた。マスコミは、「きょう強制捜査」などの見出しで前打ち記事を出すことに精魂をかける。取材競争の勝ち負けが一目瞭然となるからだ。一方、検察側は、強制捜査の着手前に捜査情報が漏れると物的証拠が隠滅されたり、関係者に自殺されたりするなど捜査に支障が出るのを恐れる。

 それゆえ、記者に前打ちをさせないため、歴代の検察幹部は大事件の強制捜査着手前に「ない、ない、絶対ない」と平気でうそをついてきた。さらに、取材をかく乱するため、いろんな手口を考える。手ごろな事件に直前になって着手し、マスコミの関心をそちらに向けるのもそのひとつ。

 今回、特捜部はコンピューター開発会社「PEZY」の斉藤元章社長を5日に逮捕した。スーパーコンピューターという先端技術開発の世界を舞台に、巨額の補助金をだまし取ったと検察が見立てた事件だ。政権中枢にコネクションを持つ元民放記者と関係が近く、大物政治家の関与も噂されていた。当然、記者の関心はこの事件に集中し、数日にわたって続報記事が紙面、画面を飾った。そのさなかの大林組捜索だった。

 「やってくれたな」。思わず、にやりとした。ここまでは特捜検察の面目躍如だ。

 事件は生き物。PEZY事件が大した事件でないという意味ではない。筋のいい証拠が出てくれば、こちらも大化けする可能性はある。

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 さて、今回のゼネコン事件。舞台は、リニア新幹線総工費9兆円の巨大プロジェクトだ。安倍政権の後押しで、国債発行で資金をまかなう財政投融資を使って3兆円が投入される。建設の関連工事はこれまで22件が発注され、捜索を受けた4社はこのうち3~4件ずつ計15件を受注しており、自社が希望する工事などについて事前協議し、受注調整をした疑いが持たれている。利権の底知れぬ深さを感じる。

 24年前のゼネコン汚職摘発当時、日本には政官業がからむ利権構図があり、「鉄のトライアングル」と呼ばれた。政治家は、巨額の建設予算を確保し、建設業界が談合で利益を確保できるよう、財務省や監督官庁の建設省に睨みを利かし、取り締まり機関の公取委が独禁法の運用強化をしないよう圧力をかける。それに対し、建設業界は、政治家に選挙資金と票を提供し、建設省や発注官庁の運輸、農水省などから官僚の天下りを受け入れる。三者三様に利益を得るが、何も知らない多くの国民は損をする。「政官業による税金収奪」の構図だった。発注元の官庁側が受注調整の音頭をとることも常態化していた。

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 ゼネコン汚職事件では、特捜部の捜査で、ゼネコンから巨額の裏金が金丸氏ら有力国会議員や自治体の首長に流れていたことが判明した。「汚職の海」の様相だった。特捜部は、象徴的な事件に絞り込んで知事2人を摘発。国会議員へのカネの多くは政治資金規正法違反の疑いがあったが、手をつける余裕はなく、中村議員の事件だけを摘発した。ゼネコン各社の談合の存在も認識していたが、立証が難しいとみて摘発は見送った。

 発注者が関与する「官製談合」を摘発する法律はまだ十分には整備されていなかったが、この事件で恐れをなした旧建設省の出先機関などは「官製談合」から手を引くことになった。しかし、検察がゼネコン談合自体には手をつけなかったこともあり、その後もゼネコン業界は性懲りもなく談合を続けてきた。

 状況が変わったのは、公取委が課徴金減免制度を導入を決めてからだ。制度施行直前の2005年12月、ゼネコン業界は突然「談合決別宣言」をし、その後、表面上、談合は姿を消していた。今回の特捜部の捜査で、ゼネコン業界がまたしても談合に手を染めていたことが明らかになった。それを暴いた意味は大きい。

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 2010年に発覚した大阪地検の証拠改ざん事件で世論の強い批判を浴びて以来、検察は元気がなかった。裁判所は検察の訴追ストーリーと関係者の供述証拠を一層厳しく見るようになった。特捜事件では逮捕後の取り調べは録音録画のもとで行うことになった。検察は委縮して政界事件や大型経済事件の摘発に消極的になった。

 事件がなくなったわけではない。報道や国会で政治家のスキャンダルが取り上げられるたびに、「検察は何をしているのか」との批判が広がっていた。

 この点も、24年前と似ている。金丸脱税事件着手前、検察は、東京佐川急便の社長から5億円の闇献金を受けた金丸氏を政治資金規正法違反で摘発したが、本人の取り調べを見送り20万円の罰金刑で捜査を終結したことで、「強い者に弱い検察」と凄まじいブーイングを浴び、庁舎玄関の看板に黄色いペンキをぶっかけられた。

 あのときは、国税当局の情報提供で金丸氏を脱税容疑で逮捕し、それに続くゼネコン汚職事件の摘発で国民の信頼を取り戻したが、今回もそうなるのか、はまだわからない。スーパーゼネコン捜索で存在感は取り戻したが、国民が期待するゼネコン利権の真相解明をできるかは今後の捜査次第だ。

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 特捜部は久々にスポットライトを浴びたが、その立役者の一人は9月に特捜部長に就任した森本宏検事といってよい。公取委と特捜部は今年春、今回の談合の端緒をつかんだとされるが、森本部長が就任して捜査のピッチが一気に上がった。

森本宏・東京地検特捜部長=東京地検提供
 特捜部が金丸氏の5億円闇献金事件を摘発した1992年に検事に任官。特捜部が防衛事務次官らを逮捕した防衛庁汚職事件(2007年)では捜査の中核を担い、特捜部副部長時代にはオリンパスの粉飾決算事件(2012年)や医療法人「徳洲会」グループの公職選挙法違反事件(2013年)などを手がけた。一方、内閣官房副長官秘書官や法務省刑事課長、同総務課長など行政畑も歴任。将来の検察のエースと目されている。

 特捜部副部長当時の部下は「新聞の経営破綻記事を見てその会社の資料を取り寄せ、数チームで分析を競わせ、そこから贈収賄事件につなげた。捜査センスは抜群だった」と話す。

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 24年前のゼネコン汚職事件当時の検察は、独禁法での談合摘発には冷淡だった。公取委が告発を目指して調査した埼玉県の談合組織の事件についても「立証が困難」などの理由で初めから告発を受ける気はなかった。それゆえ、当時の梅沢節男委員長は、その状況を利用して罰金値上げ法案を自民党に飲ませる代わりに告発を断念するとの「取引」を成立させた。

 その途中経過で中村議員がゼネコンの依頼で梅沢委員長に告発をやめるよう圧力をかけ、それをあっせん収賄事件で切り取ったのが中村事件だった。

 今回は、公取委が大林組の課徴金減免申請を受けると、合同で捜索した。公取委の杉本和行委員長が他機関とのコラボに積極的とはいえ、かつての検察では考えられなかったことだ。森本検事は9月の部長就任会見で「関係機関との連携を深めつつ、独自捜査も進められる態勢。これまでと捜査手法は変化しているが、新しい時代に対応できるよう取り組んでいく」(毎日新聞)と話した。それを地で行った形だ。

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 大阪地検の証拠改ざん発覚直前に小沢一郎元民主党代表の秘書だった石川知裕衆院議員を政治資金規正法違反で起訴して以来、政治家起訴はな

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