愛知県がんセンター「治験プロトコールに違反した抗がん剤投与」(2)
2018年01月02日
Y子さんが名古屋市内の病院で子宮筋腫と診断されたのは1988年4月19日のことだった。同月28日にその切除手術を受けた際、卵巣に悪性腫瘍が見つかったため、左右の卵巣と子宮の全摘手術が行われた。術後、同病院の医師から愛知県がんセンターの婦人科を紹介されたY子さんは5月16日に同センターを受診し、婦人科部長のO医師の診察を受けた。Y子さんは5月20日に同センターに入院し、その4日後の24日を皮切りに、計6クールの抗がん剤投与を受け、9月23日に死亡した。
のちに名古屋地裁が認定する抗がん剤の投与経過は以下の通りである。投与量はY子さんに実際に投与された量である。254Sの投与は、第1クールでは単独、第2クールと第3クールは承認済みの他の抗がん剤との併用、第4クールと第5クールでは単独、最後の第6クールでは再び他の抗がん剤との併用だった。254Sの投与は計11回で、累積投与量は1105ミリグラムにのぼる。
クール | 投与日 | 薬剤名と投与量 |
---|---|---|
第1クール(単剤) | 5月24日 | 254S=140ミリグラム…① |
第2クール(併用) | 6月 7日 | 254S=140ミリグラム…② |
6月 8日 | 254S=75ミリグラム……③ | |
ブレオマイシン=15ミリグラム | ||
6月 9日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
6月11日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
第3クール(併用) | 6月27日 | 254S=75ミリグラム……④ |
ブレオマイシン=15ミリグラム | ||
6月28日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
6月29日 | 254S=75ミリグラム……⑤ | |
6月30日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
7月 1日 | 254S=75ミリグラム……⑥ | |
第4クール(単剤) | 7月21日 | 254S=150ミリグラム…⑦ |
第5クール(単剤) | 8月11日 | 254S=150ミリグラム…⑧ |
第6クール(併用) | 9月 6 日 | 254S=75ミリグラム…⑨ |
ブレオマイシン=15ミリグラム | ||
9月 7日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
9月 8日 | 254S=75ミリグラム…⑩ | |
9月 9日 | ビンブラスチン=4ミリグラム | |
9月10日 | 254S=75ミリグラム…⑪ |
こうした抗がん剤の投与によって、Y子さんの体には大きな変化が現れる。
その後、濃厚血小板7単位が輸血されたが、7月21日に行われた7回目の254S投与の影響で、8月4日には3万2千となった。その1週間後の8月11日に8回目の投与が行われ、12日後の8月23日の血小板数は8千となった。
8月24日と30日にそれぞれ濃厚血小板10単位が輸血され、9月1日の血小板数は5万1千となるが、以後の検査ではいずれも2万を切った。しかし、それ以降、血小板の輸血は行われず、9月16日に新鮮血2単位、翌17日に同じく新鮮血4単位が輸血されただけだった。
血小板は血液の止血に重要な役割を果たす成分だ。その減少はただちに出血傾向をもたらす。Y子さんの体に現れた症状は看護日誌に次のように記録されていた。
7月14日 | 「胸部打ったところやや腫脹が見られる」「採血部位皮下出血」 |
8月15日 | 「硬便にて出血、出血に注意」 |
8月19日 | 「坐薬挿入時出血、打撲しないように話す」 |
8月22日 | 「下肢をさすりながら、点状の出血斑をながめている。いつから出てきたのかわからない。化療後の血液状態も丁度悪化時期にさしかかろうとしている」 |
9月17日 | 「水様便が中等量、血液のようなものがほんの少し混じっていた」 |
9月18日 | 「こげ茶の粘血便多量に排泄あり」「こげ茶粘血便排泄あり」「紙オムツを裏返すと血液が浸透している」「排便8回で粘血便」 |
9月19日 | 「午前中に比べ、粘血便の量が増量しており、色調も最初は茶色~暗赤色だったものが、より血性に近くなっているようである」「消化管からの出血」 |
前述したように、第Ⅰ相試験の結果、254Sには骨髄機能を抑制するはたらきがあり、特に、止血成分である血小板を減少させる副作用があることがわかっていた。そのため、第Ⅱ相試験では、骨髄毒性を考慮して、1回当たりの投与量や投与間隔などがプロトコールで細かく規定されていた。具体的には、「100mg/㎡を1回量として、4週間の間隔で投与する。4週間経過後に血小板数が10万以上に達していない場合には、更に2週間経過後にこの条件を充足することを確認した上で投与する。そして、投与から6週間経過しても10万に回復していない症例では、5万以上であれば減量して投与する。5万以下であれば投与を中止する」旨が記されていた。O医師が、こうしたプロトコールの規定を無視して254Sを使用したことは、投与経過とカルテ記載の血小板数の推移に照らせば一目瞭然だが、O医師は
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