2018年01月03日
西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原 多
更に、(ウ)家族内に有力な承継者がいたとしても、少数株主への配慮は別途必要になる。特に少数株主への対応は、株主間で見解の対立(以下仮に「家族内マグマ」という)が生じたときに議論がなされがちであるが、本来は事前に株主間あるいは家族間において一定のルール(家族憲章)を決めておくことが適切な場合もある。しかし現実には、かかるルールの取決めは多くなされているわけではない。そこで、当該ルールを定めることによるメリット及びその留意点について簡単に解説していくことにしたい。
(1) 中小企業の現状
これも周知のことであるが、旧商法は公開会社(ここでは株式に譲渡制限の付されていない会社という意味で用いる)を一つの原則形態と考えており、公開会社においては所有(株式)と経営(役員構成)の分離が図られている。
これに対して、中小企業の多くは、非公開会社(ここでは株式に譲渡制限が付されているという意味で用いる)であり、そこでは所有と経営の分離よりも、所有と経営の一致が重視される傾向にある。
この基本的構造は、旧商法改正後の会社法においても継承されている(但し、会社法はより柔軟な構造形成を目指していると思われる)。
もっとも、この基本的構造を維持するにあたっては、家族内マグマが眠っている可能性がある点に留意が必要である。
なぜなら、所有と経営が一致しているということは、多数株主たるオーナーが株式の大部分及び経営全般を掌握している(当然のことながら、取締役の選任・解任権は原則として株主総会の過半数によって決定されるからである)ということであり、その結果、(ア)少数株主の意見は反映されにくいこと、(イ)少数株主の権利は軽視されやすいこと、(ウ)経営者の能力が適切かどうか判断しにくい状態にあること、(エ)結果として少数株主の母体であるファミリーの意向が反映されにくいこと、等の問題点が背景事情として存在するからである。
勿論、オーナー経営者、特に創業者は「自分が作った会社であるから自分が株式の多数を握るのは当然であるし、経営者も自分で決められる」と考えがちであるが、かかる考え方が企業価値等に及ぼす影響には注意が必要である。すなわち、オーナー経営者としては、(ア)会社は株主全員の資産であること、(イ)会社は社会的公器としての側面も有すること、(ウ)会社の成長においては家族の協力も当然に存在したこと、(エ)何よりも家族内マグマが爆発しては企業価値を損ねかねないこと、といった諸点に特に注意する必要がある。
そこで、このうち特に(エ)の「家族内マグマ」が爆発することを未然に防ぐためには、家族憲章を事前に作成し、家族内のトラブル発生を回避すると共に、仮にトラブルが発生した場合の解決ルールを定めておくことが肝要である。この点、海外においてはこのような仕組みが長年機能している。
(2) 家族憲章のポイント
家族憲章を作成するにあたって重要なことは、「所有と経営」という概念に加えて「家族」という概念が加わることである。つまり、企業は「家族の理念」を実現する存在であり、その実現のために、株主たる家族は所有権(株主権)を適切に行使し、また、時にはその実現のために相応しい人物が経営を司るべき場合がある、ということである。
そのため、家族憲章策定に当たっては、以下のコンセプトを家族としての共通理解としておくことが望ましい。
それでは、そのような家族憲章を具体的にどのように作成すべきであろうか。
この点、一つの方法としては、株主間協定をベースに作成することが考えられる。株主間協定は、会社法の定めにない任意の契約であるが、実務上は頻繁に使われており、一般的には、(ア)議決権の行使に関するルール(いわゆる議決権行使契約は債権的には有効と解されており、近時、後述のとおり、一定の範囲では強制履行も可能と解する裁判例が登場している)、(イ)役員の選解任及びモニタリングに関するルール、(ウ)株主間協定を解除する場合の各当事者の保有持分の処分に関するルール(そのバリュエーションは多岐にわたるが、一般的には先買権、共同売却権、売却時の価格に関するルール(価格の算定方法や評価人の選定方法等)等が取り決められることが多い)、(エ)紛争が起きた場合の解決ルール等が定められることが多い。
家族憲章を作成するにあたっては、これらに加えて、(オ)家族の理念に関する共有、(カ)家族メンバーの教育に関するルール、(キ)家族と企業との関わりに関するルール(ファミリーオフィスを含む)等を規定しておくことが考えられる。
もっとも、かかる憲章も、その法的有効性が万全な訳ではない。そもそも株主間協定に関する判例自体も少ない中、実務的な慣習と裁判例の結論とが乖離しているケースもまま存在する。
例えば、現在では議決権拘束契約の有効性を肯定するのが通説であるが、東京高裁平成12年5月30日判決は、(議決権拘束契約の一方当事者である原告X1との関係では)「約18年間の長きにわたって議決権の行使に拘束を加える右の約定は・・・その有効性には疑問があ」り、少なくとも相当期間である10年を経過した後においては、もはや本件合意には拘束されない旨、判示している(勿論、この判例に対しては学説からの批判が強い)。
また、名古屋地裁平成19年11月12日決定は、議決権行使禁止の仮処分事件において、(契約書の文言の観点から仮処分には消極的な態度を表明するも、傍論において)「債務者が、…本件議決権を行使してはならないという不作為義務を負うといえる場合でも、原則として、本件議決権行使の差止請求は認められないが、株主全員が当事者である議決権拘束契約であること、契約内容が明確に本件議決権を行使しないことを求めるものといえることの二つの要件を充たす場合には例外的に差止請求権が認められる余地があるというべきである」旨判示しているため、株主間協定なり、家族憲章をドラフトする際には、これら近時の裁判例の存在にも十分留意すべきである。
更に、家族憲章(契約形態にすることもあれば、基本理念の確認に留まる場合もあろう)を作成する際には、(ア)関係者のどこまでを対象範囲とするか、(イ)不断に変化していく経済状況・家族状況・経営状況をどのように反映していくか、(ウ)紛争解決条項を設けるとしても、家族経営企業としては極力紛争が存在すること自体を外部に表明したくないのが通例であるが、その点をどのようにフォローしていくか、等々が、実務上問題となるであろう。
このように、家族憲章は古くて新しい問題であるが、既に存在する法律上のツールを上手に組み合わせることによって、ある程度は家族内マグマを鎮める効果を有する。他方で、家族・一族の秘密事項はその性質上、外部に開示されにくいため、サンプル等を収集することが困難な側面も有する。
もっとも、家
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