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美容医療の消費者被害を防ぐ改正特定商取引法施行で何が変わるか

森田 多恵子

美容医療をめぐるトラブルと法改正の状況

西村あさひ法律事務所
弁護士 森田 多恵子

1 はじめに

森田 多恵子(もりた・たえこ)
 2003年、京都大学法学部卒。2010年、ペンシルベニア大学ロースクール卒業。2004年、弁護士登録(第一東京弁護士会)。2011年、ニューヨーク州弁護士登録。2011年~2013年、三菱商事株式会社法務部に出向。
 昨年末、大手美容クリニックで顔のたるみを取る手術を受けた70人余りが、事前の説明にはなかった強い痛みや顔の腫れが出たなどとして賠償を求めていた裁判で和解が成立したというニュースが広く報道された。美容医療に関する苦情やトラブルには、満足のいく結果ではなかったという患者の主観的な面からなされる苦情もあるが、近年、施術による危害、不適切な勧誘や説明不足、解約時のトラブル等に起因する消費者問題も増えている。国民生活センターの発表資料によると、全国の消費生活センターに寄せられる美容医療サービスに関する相談は近年2000件程度で推移しているとされる(注1)

 このような状況下、平成29年12月1日に美容医療を特定商取引法の対象とする政省令改正が施行された。改正対象は美容医療以外の項目にも及ぶが、本稿では美容医療との関係に絞って紹介する。

2 改正の経緯

 特定商取引に関する法律(以下「特商法」)は、訪問販売や通信販売、継続的なサービス提供契約等、その取引の形態や性質から消費者トラブルが生じやすい7種類の取引類型について、トラブル防止のために事業者が守るべきルールを定め、クーリングオフ等の消費者保護の規定を設けている。7種類の取引類型の一つである「特定継続的役務提供」は、エステティック、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、及び結婚相手紹介のサービス契約を対象としていたが、美容医療は対象とされていなかった。今回の改正により、特定継続的役務提供の新たな類型として美容医療サービスの契約が追加され、特商法施行令及び特商法施行規則の定める要件を満たした場合に、特商法の各種規定の適用を受けることとなる。

3 改正法の対象となる美容医療とは

 (1) 対象となる役務

 いわゆる美容医療のうち、図表1記載のものが特商法の対象になる(特商法施行令別表第4、特商法施行規則31条の4各号)。育毛、増毛、歯列矯正、涙袋形成、豊胸施術等は、消費生活相談の件数等を踏まえ、現時点では対象には含まれていない。

図表1

役務内容方法
脱毛 光の照射又は針を通じて電気を流すことによる方法 レーザー脱毛
にきび、しみ、そばかす、ほくろ、入れ墨その他の皮膚に付着しているものの除去又は皮膚の活性化 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法 ケミカルピーリング
皮膚のしわ又はたるみの症状の軽減 薬剤の使用又は糸の挿入による方法 ヒアルロン酸注射
脂肪の減少 光若しくは音波の照射、薬剤の使用又は機器を用いた刺激による方法 脂肪溶解注射
歯牙の漂白 歯牙の漂白剤の塗布による方法 ホワイトニングキットを用いたホワイトニング

(消費者庁取引対策課「平成28年改正特定商取引法について」より筆者作成)

 (2) 期間、金額

 特定継続的役務提供は、長期・継続的な役務の提供と、これに対する高額の対価を約する取引で、指定役務ごとに、政令で「特定継続的役務提供」に該当するための期間と金額が定められている。美容医療の場合、1ヶ月超の期間にわたり、且つ、5万円超の契約を締結するものが対象になる。仮に、病院での治療が1回限りであっても、1ヶ月を超えて無料でアフターサービス等を提供するとしている場合は、「1ヶ月」の要件を満たすことになる(特定継続的役務提供(美容医療分野)Q&A(以下「Q&A」)問3)。

 コース契約を締結せずに、その都度、複数回にわたって1ヶ月・5万円の範囲内で治療及び支払いを繰り返すケースでは、治療の継続について消費者が自由に選択することが可能である場合には、特定継続的役務提供に該当しない範囲で新たな契約が繰り返されているものと判断されるが(Q&A問1)、治療の継続について消費者を拘束する事情が存在し、消費者の選択の自由が妨げられていると認められる場合には、複数の契約が実質的に一体であると判断される(Q&A問2)。

 これを具体的に見てみると、単に治療の方針・見通しを伝えたり、経過観察を行うために消費者に来訪を要請したりすることは、それ自体で直ちに実質的に消費者の選択の自由を妨げていることにはならないが、「次回も来院しなければ後遺症が残る可能性がある」「当院でなければ治療できないので、他の病院にいっては駄目」と告げる等、消費者に対して継続的に治療を受けることを事実上強制するような場合や、高額の初期費用を徴収しており、当該費用がその後の複数回にわたる治療の対価の一部であると判断される場合、定期的に経過観察を行うと称して、その後長期にわたって継続的に来院・治療を行うことを消費者に事実上強制していると認められる場合等は、実質的に消費者の選択の自由を妨げていると判断される可能性がある(Q&A問2、2-1、2-3)。

 (3) 目的

 特商法の対象となる美容医療は、「美容を目的とするもの」に限られる(特商法施行令別表第4)。図表1に記載された方法によるものであっても、例えば、悪性のほくろの除去は、美容を目的とするものではなく、特商法の対象にはならない(Q&A問4)。外科手術後に手術痕の治療のためにレーザー治療を行う場合も、全体として見れば患者の健康な状態の回復のために行われるものであり、美容を目的とするものには当たらない。もっとも、手術後一定期間が経過し、患者の健康状態が回復した後に、傷跡の見た目が気に入らない等の理由で新たに治療を受けたときは、「美容を目的とするもの」に該当し得る(Q&A4-1)。

4 改正により何が変わるか

 美容医療が特定継続的役務提供に含まれることで、例えば、次のような点に違いが出てくることになる。

 (1) 書面交付義務

 医療法では、「患者を入院させたとき」の書面交付義務はあるが、記載内容は、患者の氏名、主治医の氏名、症状・病名、推定される入院期間等とされ、治療費や契約解除に関する事項の記載義務はない(医療法6条の4第1項、医療法施行規則1条の7)(注2)。これに対して、特商法の対象となると、特定継続的役務提供について契約を締結する「前」には、当該契約の概要を記載した書面(概要書面)を、契約の締結「後」には、遅滞なく、契約内容について明らかにした書面(契約書面)を交付することが必要になる。概要書面、契約書面の記載事項には、中途解約やクーリング・オフに関する事項、支払わなければならない金銭の額(概要書面では概算額)、支払時期・方法も含まれる(特商法42条1項、2項、特商法施行規則32条1項1号、33条1項、2項)。

 (2) クーリングオフ、中途解約

 医療法には、民事上の特別な解約ルールは定められていないが、特定継続的役務提供に該当する場合には、法定の書面交付を受けた日から起算して8日以内であれば、消費者は事業者に対して、書面により契約の解除(クーリング・オフ)をすることができるようになる(注3)。既に使用又は消費した場合を除き、美容医療を提供する事業者が販売、代理又は媒介をした「関連商品」(いわゆる健康食品、化粧品、マウスピース(歯の漂白のために用いられるもの)及び歯の漂白剤、医薬品・医薬部外品(美容を目的とするもの))の販売契約も、併せて解除することができる(特商法48条1項、2項、特商法施行令14条、別表第5第2号)。事業者としては、法定書面の交付がなされていない場合、クーリング・オフ期間が起算しないため、いつまでもクーリング・オフの可能性が残る点に注意が必要である。

 なお、クーリング・オフ期間の経過後においても、消費者は、将来に向かって特定継続的役務提供の契約(関連商品の販売契約を含む)を中途解約することができる。中途解約時に事業者が消費者に対して請求し得る損害賠償額等の上限は法定されている(特商法49条1項、2項、5項、特商法施行令15条、16条)。

 (3) 意思表示の取消し

 特商法では、事業者による不実告知や重要事実の不告知により消費者が誤認して契約した場合における意思表示の取消権についても定められている(特商法49条の2)。重要事項の不実告知や不告知による取消権は、消費者契約法にも定められているが、特商法では、①故意の不告知について、「重要事項又は重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ」るという要件(消費者契約法4条2項参照)がない、②関連商品の販売契約も解除できる等、現行の消費者契約法より取消対象となる範囲は幾分広いといえる。

5 医療広告

 特定商取引法の改正に先立ち、平成29年6月には、医療広告規制に関する医療法改正もなされている。医療法施行規則やガイドラインも平成30年1月11日までパブリックコメント手続に付されており、医療法の改正と共に、平成30年6月1日からの施行が予定されている。

 従来、バナー広告にリンクさせたりするもの等を除き、インターネット上の病院等のホームページは医療法上の「広告」には該当しないものとされていた。しかしながら、消費者委員会の建議(注4)を受け、医療法の規制対象である「広告」の概念を拡張し、医療機関のホームページも広告に含められることとなった。この点、従来から、厚生労働省「医療機関のホームページの内容の適切なあり方に関する指針(医療機関ホームページガイドライン)」により、「内容が虚偽にわたる、又は客観的事実であることを証明することができないもの」や「内容が誇大なもの又は医療機関にとって都合が良い情報等の過度な強調」等は「ホームページに掲載すべきでない事項」とされていたが、あくまで、同ガイドラインは「関係団体等による自主的な取組を促すもの」という位置づけで、同ガイドラインに基づく行政指導がなされるに留まっていた。しかしながら、医療法の改正により、美容医療を含む医療機関のウェブサイト等についても、虚偽広告や、誇大広告(注5)、他の病院等との比較広告等の不適切な表示が禁止され、中止・是正命令及び罰則の対象となることとされた。

 なお、平成29年8月24日には、厚生労働省から、医業等に係るウェブサイトの監視体制強化事業の開始が発表されており、ウェブサイトの監視体制の強化により、美容医療サービスを提供する医療機関等のウェブサイトの適正化につなげ、消費者トラブルを減少することが目指されている。

6 最後に

 相次ぐ法改正を受け

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