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八田進二教授「東芝問題の対策を誤ると日本の監査制度は10年遅れる」

「東芝はなぜセカンド・オピニオンをとらなかったのか?」

加藤 裕則

 青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科の八田進二教授(68)が今年3月をもって同大学を退職する。会計と監査研究の第一人者として、倫理面を中心に実務にも大きな影響を与えてきた。それでも、大企業による会計不祥事は後を絶たず、昨年は東芝と監査法人が対立し、監査のあり方が問われた。八田教授はこの対立について、「監査に関するあらゆる問題を提起した。この対策を誤ると日本の監査制度は世界から10年は遅れる」と言う。

八田 進二(はった・しんじ)
 慶應義塾大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学、博士(プロフェッショナル会計学)。現在、金融庁企業会計審議会委員、金融庁「会計監査の在り方に関する懇談会」メンバー、日本ディスクロージャー研究学会理事、日本公認会計士協会・監査問題協議会委員などを兼任。
 ――昨年、原発メーカーで東芝子会社のウェスチングハウスをめぐり、東芝経営陣とPwCあらた監査法人が正面から対立しました。綱川智社長は記者会見で「見解の相違」と説明しています。これでいいのでしょうか。

 「監査人は期中、十分な説明と根拠を持って指導すべきだ。およそ現行制度では、監査人が行う監査については同品質だとの前提のもと、監査報告書の読者は最終的な監査意見に対して、それを無批判で受け入れなければいけない。基本的に口を挟むことはできない。一方で、監査意見を出す前段階において経営者が専門的に正しい意見を求めようとするのは当然の行動だ。今回、なぜ、セカンド・オピニオン(注1)をとらなかったのか残念でならない。セカンド・オピニオンは日本公認会計士協会の『倫理規則』の20条に定められている。いくつかの条件もあるが、今回の東芝の案件は、セカンド・オピニオンにちょうどいいケースだった」

 ――東芝の件では、適正意見を求めて監査法人を代える動きが報道され、「オピニオン・ショッピング」との批判も出ました。

 「その動きが報道されたのは、PwCあらた監査法人がまだ意見を出していない監査未了の状態でのことだった。この段階では、『オピニオン・ショッピング』にはあたらない。最近の企業会計は見積もりなど将来の予測が重視されて複雑化しており、だからセカンド・オピニオンがあってもいいはずだ。この実例はないようだが、今後は、監査に対する緊張感を与えるためにも活用することを検討すべきだ。財務諸表の数値はあくまで暫定値と考えるべきで、絶対などはあり得ない。そこをメディアの人たちにわかってほしい」

 ――今回、本当に限定付適正意見でよかったのでしょうか。

 「限定付適正意見を出したPwCあらた監査法人の監査報告書の中で、除外事項とされたのは『6522億6700万円の相当程度ないしすべての金額』と表現されている。これはおかしい話で、倫理違反にあたると考える。意見限定として除外するならば、具体的な金額を特定しなければいけない。そうでないと、どこまでが正しいのか、読者(投資家)が判断できない。また、この表現からすれば、6千億円前後と読める。その場合は東芝の連結売上高の1割ほどにあたり、会計上の『重要性』も『広範性』もあるはずで、そうなると不適正意見しかない」

 ――財務報告に係る内部統制報告書についてPwCあらた監査法人は不適正意見を出しました。

 「この場合、財務報告に係る内部統制ができていないということを意味する。つまり、通常の監査前の段階で信用できないということ。つまり、監査でいえば、有効な内部統制を前提とする現行の試差による監査ができないということにつながる。通常の監査ができないようでは、監査の前提が満たされていないということで、監査法人は辞任しなければならない。PwCあらた監査法人はここにおいても倫理違反の可能性が見受けられる」

 ――昨年暮れ、日本取引所自主規制法人のトップが雑誌などで、監査法人のアカウンタビリティー(説明責任)を求めました。

 「現行制度では監査法人には厳しい守秘義務が課させているので、簡単ではない。実際に沈黙を保った。ただ、東芝側にも残念なことがあった。昨年10月の株主総会で株主から『会計監査人から直接、話を聞きたい』という動議が出たが、議長を務めた綱川智社長はこれを会場にはかったうえで拒否した。どちらに対しても、これでいいのか考えてほしい」

 ――現在、金融庁で検討されている監査法人の強制的交代(ファーム・ローテーション)についてどう考えますか。

 「議論のあるところだ。米国では事実上、できない状況になった。欧州では、抜け道はたくさんあるにしろ、この制度をスタートさせた。確かにもはや荒唐無稽な話ではない。ただ、契約を継続できない状態で監査人のモチベーションが上がるだろうか。また、その会社の事業や財務に精通するには2、3年はかかる。問われているのは、監査の品質を保つことだ。その点でいえば、米国を中心に議論が本格化しているAQI(注2)が本当に機能すれば、ローテーションをしなくともよいといった理解もありうる。」

 ――オリンパスの損失隠しもあって不正リスク対応基準もできました。今の会計監査業界をどのようにみていますか。

 「これまでいろんなパターンの不正に遭遇して、みな経験値を高めている。これに対し、正しい対応がとられなければ日本の会計監査は用なしになる。剣が峰だ。気になるのは、日本公認会計士協会の危機意識の薄さ。監査の信頼性回復に向けてやるべきことは沢山あるはずだ。被害者ではないのだ。もっと気概と覚悟を持ってほしい」
 「東芝の問題もまだ終わっていない。PwCあらた監査法人は内部統制に対して不適正を出しており、その状態で今期の監査を始めている。どういう結論になるのか見届けたい」

 ▽注1、セカンド・オピニオン:日本公認会計士協会の倫理規則第20条の注解17では「会計事務所等所属の会員が、現任会員の依頼人からの求めに応じ、特定の取引等における会計、監査、報告又はその他の基準若しくは原則の適用について意見を表明することをいう。」と定義されている。
 ▽注2、AQI:Audit Quality Indicatorsで「監査の品質の指標」と訳される。監査人を選任・評価するための監査品質の指標となるもので、米国など各国で導入が模索されている。日本でも検討が始まっているが、有価証券報告書における監査報酬の公開や、日本公認会計士協会による上場会社監査事務所登録制度などAQIに該当する報告が事実上、行われているとの意見もある。昨年12月には同文舘出版から「監査品質の指標 AQI」(町田祥弘編著)が出版されている。