2018年02月05日
今年6月から施行される予定の司法取引。東京地検特捜部と公正取引委員会が捜査、調査中のリニア中央新幹線の工事受注をめぐるスーパーゼネコンの談合事件が、その「予行演習」の舞台となっているのではないか、と指摘する声がある。確かに、独占禁止法の課徴金減免制度と組み合わせると、そう見えなくもない。
暴力団や外国人犯罪組織による組織犯罪のほか、贈収賄や独占禁止法違反など経済犯罪も適用対象となる。独禁法違反では、個人だけでなく法人も対象になる。捜査側は取り調べを補強する有力な武器と期待する一方、無実の人を犯罪に巻き込む危険性も指摘されている。
「今回のゼネコン談合事件の捜査は、事実上、司法取引の予行演習だったのではないか」と指摘するのは、独禁法やゼネコンの内情に詳しい元検事の弁護士だ。
この弁護士がゼネコン関係者から聞いたところによると、昨年12月8日、特捜部は、偽計業務妨害容疑で大林組本社などを家宅捜索するとともに、大林組はじめ大成建設、鹿島、清水建設の受注営業担当者らを一斉に任意で聴取した。
検事は、偽計業務妨害容疑の裏付けの一環として、各社の受注経緯を質した。その取り調べの内容から、各社の担当者は、特捜部がリニア中央新幹線工事の受注をめぐり4社が独禁法違反の談合をしていた疑いがあるとみている、と受け止めた。
報告を受けた4社の首脳らは、疑心暗鬼になった。検察が独禁法違反の疑いを持てば、いずれ、公取委の本格調査が始まるのではないか――。担当者が会合を持って協議するなど外形的には談合を疑われても仕方のない状況もあった。
独禁法違反の談合に問われると、公取委から巨額の課徴金を科せられるうえ、担当者と法人が刑事告発され、刑事罰を受ける恐れもあり、ダメージが大きい。一方で、公取委が談合調査で動く前に自主申告し、受理されると、課徴金と告発を免れる可能性があった。
時間をかけて調査すれば、争う余地があるかもしれないが、他社が「どうせ摘発されるなら」と、公取委に駆け込んでしまうと、1位は取れない。減免のチャンスがあったのに、申告せず、課徴金をまるまるとられると、「経営の怠慢」として株主から損害賠償訴訟を起こされる恐れもある。
「その前に、早く申告しよう」との意識が働くものだ、とこの弁護士はいう。
結局、大林組と清水建設は、談合があったことを法人として認め、大林は公取委が特捜部と合同で捜索する昨年12月18日よりも前に、清水は捜索後に、それぞれ公取委に談合の事実を申告したとみられる。
両社の申告が、弁護士のいうような理由によるものか、社内調査で談合事実を確信してのものかは、定かではない。
課徴金減免を求めて公取委に談合の事実を申告したゼネコンは、検察に対しても、公取委に対するのと同じように談合の事実を認めざるを得ない。
公取委に談合を申告したゼネコンと特捜部が直接、取引したわけではないが、課徴金減免制度を介在させることによって「仲間の罪を供述する代わりに、本人の罪を軽減する」という「司法取引」が成立したように見える。
これからの捜査や、起訴した場合に公判で、大林、清水の個々の社員が否認する可能性は否定できないが、当面、特捜部は、4社の共謀の立証を求められる事件で、すべての社を敵に回すことなく、2社だけを攻略すればよいことになった。これは、捜査側にとってありがたい状況だ。
「予行演習」説を語る弁護士は、「よく練られた捜査だ。ツキもある。やはり森本さんは『もっている』」と話す。森本宏特捜部長は法務省刑事局時代に刑事手続改革にもかかわった。「司法取引」の活用にも意欲的と伝えられる。
ちなみに、司法取引施行前に検察が被疑者と司法取引をすれば裁判所で違法として証拠排除される可能性もあるが、被疑者側の心理を読み、減免制度利用に誘導して捜査に協力させるのは、従来の刑事手続きでも許容範囲だと思われる。
司法取引導入が決まってから、企業顧客の多い大手弁護士事務所などは、司法取引が実際にどう運用されるか、研究してきた。その中で、独禁法違反事件については、実は「司法取引の成立は難しい」との見方が強かった。
独禁法96条(専属告発)は、独禁法違反の訴追は公取委の告発を条件とすると定めている。独禁法違反の告発事件については、起訴権を持つ検察より、告発権を持つ公取委が主導権を持つ、とする規定だ。それゆえ、検察は、公取委の告発を受けてから捜査を開始するのが通例で、検察が先に独禁法違反の情報を得た場合でも、公取委にその情報を提供し、公取委の調査と告発を待ってから捜査を行ってきた。
その公取委にとって、独禁法違反の多くは課徴金など行政処分のみで処理を終わらせる対象であり、告発事件は、年に数件だけだ。検察が「告発対象事件」と思っていても、公取委が課徴金事件だと判断して告発しなければ、検察は立件できない。必然的に、検察はその事件の関係者と司法取引をできない、と考えられてきたのだ。
大手事務所の弁護士は「今回のゼネコン談合で事情が変わった」と言う。検察は独禁法違反ではなく、偽計業務妨害という刑法犯の容疑でゼネコンに切り込み、独禁法違反で摘発されると受け止めさせて2社を公取委への談合申告に追い込んだ。
特捜部は内偵捜査の段階から公取委と連携し、合同捜索の主導権もとった。ゼネコン関係者の取り調べも検察がやっている。検察が起訴と決めれば、公取委は粛々と告発する関係となっている。この検察主導の状況が今後も続くなら、独禁法違反で司法取引は成立する、というのだ。
「例えば、ある談合事件で申告が1位にならなかったゼネコンが、別の工事で談合していた情報で検察と司法取引をしたいと考える。検事に、別の工事で談合していたと供述するので、本件の罪を減じてくれないか、と申し出る。検察がそのゼネコンの供述をもとに立件する気になれば、公取委は告発せざるを得ず、司法取引は成立する」
そのゼネコンは、公取委に対しても、当然、別工事の談合を自主申告する。1位を確保できれば課徴金と告発を免れることになる。
それを知ったほかのゼネコンも、「持ちネタ」を使って司法取引に動くだろう。そうすれば、芋づる式に談合摘発は進むことになる。
10年あまりの歴史がある課徴金減免制度も新たに導入される司法取引も、そのルーツは米国にある。
米国では、カルテル(談合)は基本的に刑事事件として処理される。担当するのは司法省の反トラスト局。公取委と検察が一緒になったような組織で、独禁法専門家が、司法取引やおとり捜査などを駆使して捜査を行う。
課徴金減免制度のモデルとなったリーニエンシー制度は1970年代に原型ができたが、本格的な運用が始まったのは、1990年代に司法省が「申告受理段階で当局の裁量は入れない。申告1位は無条件で減免する」との原則を確立してからだ。
カルテルにかかわっていた企業が申告し、黒鉛電極カルテルやリジンカルテルなど大型の国際カルテルが次々に摘発された。
さらに、米国には「アムネスティ・プラス」というリーニエンシーと司法取引を組み合わせた制度もある。リーニエンシーのための申告をした企業が当局との司法取引を通じ、別の製品のカルテルを一番先に申告すれば罰金が減免される。これがカルテルにかかわった企業同士の申告競争を生み、次々と別の製品や業界に飛び火する仕組みだ。自動車部品カルテルでは、日本企業が多数、摘発された。
余談だが、米・ワシントンD.C.のシンクタンクで客員研究員をしていた2002年、米司法省の反トラスト局のリーニエンシー担当課長にインタビューしたことがある。
研究テーマのひとつが、米国の司法取引を含む刑事手続きだった。日本の検察庁に在籍したことのある米国人検事に相談したら、それなら、と課長のインタビューを設定してくれた。小柄な女性課長は、こちらの英語
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