2018年03月12日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
河村 浩司
私は、主にファイナンスの取引に関与しています。
不動産、債権の流動化、ストラクチャード・ファイナンス、プロジェクト・ファイナンスなどなど。取引の種類、仕組みや呼び方は多々ありますが、ファイナンスですので、金融機関や投資家がお金を出す契約を扱うことが多いです。金銭消費貸借契約、匿名組合契約、有限責任事業組合契約、抵当権設定契約、質権設定契約などです。
投資家は、これらの契約に基づいて資金を拠出し、リターンを得ようとするわけです。投資家が多数ですと、リターンを得る方法も様々になってきます。投資家間で異なった利率を設定し、優劣関係をつけることもよくあります。リターンの安全な確保を優先する投資家には利率は低く、劣後する投資家には利率は高く、といった具合です。
投資家がお金を出すと、何事もなければお金は返ってきます。返ってくる金額は、取引の規模にもよりますが、一度に何千万円あるいは何億円にもなります。それを誰のどの債権に振り分けるのかを、契約書に規定しなければなりません。
特にファイナンスの契約書では、明確に、二義を挟まぬように規定することが重要です。扱う金額がいかに多額でも、1円単位の処理を規定します。例えば、1円未満の端数は切り捨てる、とか、端数は特定の種類の債権者に帰属させる、などという具合です。
返ってきたお金を振り分ける契約上の規定、それがウォーターフォールです。返ってきたお金は、特定の銀行口座に集められ(特定の口座に集まるように規定します)、様々な支払先に振り分けられます。一例にすぎませんが、税金、SPCの維持費用、遅延損害金、ブレークファンディングコスト、未払利息、税金リザーブの積立て、SPC維持費用リザーブの積立、元利金払リザーブの積立、優先債権者の利息、元本、劣後債権者の利息、元本、最劣後の投資家への配当資金のリリース等です。これらの支払項目を、優先するものから順に契約書に規定していきます。また、各支払項目は、お金を流す支払期日ごとに、例えば、貸付実行日、金利支払日、期限前弁済日、期限の利益喪失時、予定弁済日、最終弁済日ごとに、それぞれ規定されます。支払項目や支払期日が多い場合には、契約書に支払項目が整然と、何ページにもわたって規定されます。
実際に支払期日が到来しますと、この規定に従って、何千万、何億というお金が、あたかも滝のように、上の優先する支払項目から下の劣後する支払項目の順に流れていくわけです。お金が上から下に流れていくのが滝のようなので、ウォーターフォールと名づけられているのだと思います。
法律家が書く文章は、長くて嫌われることが多いです。
「ファイナンスでは投資家はリターンを目当てに資金拠出するものであるが、投資家も様々であり、例えば投資家間の優先劣後関係が存在することも多く、そのような場合には、契約書の規定上当該優先劣後関係を明確に規定すべきであるから、当該契約書の規定は二義を挟むことのないよう規定することが肝要なのであって、これを満たさない契約書を作成した弁護士は失敗作を作成しているに等しく、依頼者の要望を満たしておらず、従って当該弁護士は有罪である」というような文章です。
ウォーターフォールではこのような長い規定は好ましくありません。項目ごとに端的に規定することが望ましいです。ウォーターフォールといえどもナイアガラやイグアスのように量で圧倒するイメージではありません。華厳の滝のようにまっすぐに、すっとしていて、また、白糸の滝のように整然と流れていくイメージです。
お金の流れを言葉にする。
私の仕事の主な部分はこれと言ってもいいかもしれません。
しかし、やはり簡単ではありません。
仕組みが複雑なものでは、支払項目も支払期日も多数ありますし、さらに、マスター、シリーズといった資金プールの親子関係のようなものがある取引では、マスターと個々のシリーズ間での資金のやり取りを規定する必要も出てきます。このような取引では、契約書の作成開始時に、精緻でしかしパズルのような設計図(タームシート)が渡され、言葉にするのにも相当苦心します。
また、お金の流れを規定すればいいだけではありません。
売り切り型の不動産流動化や、プロジェクト・ファイナンスではあまり問題になりませんが、特に債権の流動化でウォーターフォールを扱う場合には注意が必要です。なぜなら、債権の原保有者が拠出した資金が、ウォーターフォール上、流動化対象債権の元本に充当されるような場合には、「真正譲渡性」に悪影響があると言われているからです。
真正譲渡性というのは、その資産の譲渡がその契約に基づいて本当に成し遂げられたといえるのか、という問題です。資産の売主が締結した譲渡契約に基づき、本当に資産が買主に譲渡されているかの問題です。不動産の所有権が譲渡されて法務局の登記簿に所有権移転が記載される、というような単純な取引ならば真正譲渡性が問題になることはまずありませんが、資産の流動化取引の多くはもっと複雑です。
資産の流動化取引では、資産の売主が資産を譲渡し、投資家は譲渡された資産からの収益を目当てに資金を拠出します。ですので、資産が実は譲渡されていなかったとしたら投資家は拠出した資金を回収できません。したがって、真正譲渡性は投資家にとっては一大事です。真正譲渡性が確保されていない流動化商品は失敗作です。流動化取引の契約書に関わった弁護士は、契約書上、真正譲渡性が確保されている(可能性が高い)ことを法律意見書で述べることも多いです。投資家は、このような法律意見書を確認してから資金を拠出するのです。
このように、ウォーターフォールが法律上の論点と結びついていることもあります。真正譲渡性が関係するウォーターフォールを作成又は確認する時には、特に細心の注意を払っています。
真正譲渡性が最終的に問題になるのは、資産の原保有者の破産、会社更生時です。資産の売主は普段は真正譲渡性を争ってくることはありませんが、破産、会社更生時には破産管財人等が登場します。破産管財人らから、譲渡されたはずの資産は実は売主(破産、更生会社)のものだったと主張されることも想定されるのです。ですので、真正譲渡性が問題視された場合には、最終的には自分が証人や鑑定人として法廷に立って真正譲渡性が確保されていることを主張しなければならないと思いつつ、ウォーターフォールを規定しています。
これまで、多数の流動化取引に関与してきました。その間、リーマンショックや大手消費者金融会社の破たんもありました。これらに関連する流動化取引の契約書を作成していたこともありますし、実際に破産管財人から真正譲渡性についての見解を聞かれることもありました。しかし、幸いにもこれまで真正譲渡性が否定される事態には及んでいません。
さて、もうすぐ小学校6年生になる娘にこれを説明するのは厄介です。
わかってくれるまであと10年はかかる気がしますし、もうできてしまった娘の弁護士像は私の仕事とはかけ離れすぎています。娘の弁護士像は、かっこいい俳優が法廷でさっそうと弁論し、異議を出すイメージ。締切りがあと数時間に迫った午前5時に、間に合わないと言って事務所のPCモニターの前で冷汗と半べそをかきながらウォーターフォールを作成している私の姿とはまるで違います。
娘の弁護士像を完全に破壊してしまうのもいかがなものかと思います。
私も時々刑事弁護などをやっているわけで、しばらくは、娘の弁護士像に合わせて、悪い(という嫌疑をかけられている)人を助ける仕事だと、嘘にならない範囲で言うほかないと思っています。
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