2018年05月14日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
神尾 有香
<居住国の変遷>
最も強く感じた日本との違いは、海外では、妊娠、出産、育児の主役が母一人ではないことだ。父と母が等しく親としての役割を担い、喜びも苦労も共に分かち合うものという意識が根付いている。日本で最近流行りの「ワンオペ」育児とは対照的に、「ジョイントオペレーション」がごく自然に行われている印象を受けた。
(1)妊娠期
アメリカ留学中、テレビCMを見ていて印象に残ったシーンがある。妊娠していることが分かった女性が、興奮しながらパートナーに対し、「We are pregnant!」(私たち妊娠してるのよ!)と報告していた。男性のお腹には何もいないのに、なぜ「I am pregnant.」ではなく「We」なのかと、当時は不思議に思った。
しかし、そのすぐ後、クラスメイトのメキシコ人男性も、妊娠した妻に寄り添いながら、「We are pregnant.」と話していたのである。母親だけでなく父親も、妊娠を自分自身の問題として捉えるものなのだと知った。
妊娠中期までアメリカの産院に通ったが、周りを見渡すと、平日でも二人で一緒に健診に来ている夫婦をよく見かけた。私が夫と一緒に健診に行った時も、当然のように夫も診察室や検査室に入り、一緒に医師の話を聞いた。
妊娠6ヶ月で日本に一時帰国して驚いたのは、産院の妊婦健診の際、男性は限られた場合にしか診察室に入れてもらえないことだ。お腹の中でピコピコ動いている赤ちゃんをエコーで見られるのは、基本的に母親だけ。そのため産院の待合室も女性ばかり。男性に、自分は蚊帳の外という潜在意識が芽生えるのも無理はない。
区役所で行われた両親向けの出産・育児学級では、そもそも父親の出席率は芳しくなかった上に、母親は教室の前方に、父親は後方に分かれて座らされ、主役グループと脇役グループのような構図に感じられた。父親グループからは、「子どもが生まれたら、家の中が散らかっていても妻に文句を言わないようにします」など他人事的な発言が上がり、母親グループの失笑を買っていた。
妊娠8ヶ月でシドニーに移住した後の妊婦健診では、アメリカにいた時と同様、普通に夫も一緒に健診に同行できた。突然お腹の子どもが逆子になり、帝王切開にすべきか、外回転術という技を使って正常な位置に戻すことに挑戦するか、という選択を迫られた時も、医師は、私だけでなく夫にも時間を掛けて真剣にリスクの説明をしてくれた。
また、シドニーの産院でも出産・育児学級に参加したが、父親の出席率は100%。スピーカーの助産師の質問や問いかけにも、父親たちも主体的に考え、母親よりむしろ父親の方が積極的に発言していたのに驚いた。そしてここでも、多くの父親が、「Our due date is 24 December.」(私たちの出産予定日は12月24日です。)などと、自分も含めて「we」、「our」と表現していたのが印象的だった。
(2)出産
夫婦でよく話し合い、予定帝王切開で出産する決断をしたのであるが、帝王切開でも夫が立ち会うことができた。念のため医師に、「本当に夫も立ち会っていいのですか?」と事前に聞いてみたが、「of course!」という返事。出産方法がどんな形であれ、出産は父親と母親の共同作業なのだということを再認識した。
(3)育児
日本では、母親が里帰り出産をして出産後しばらく実家で子育てをすることがよくある。
一方、オーストラリア人男性と結婚してシドニーに住んでいたママ友達から、こんな話を聞いた。友人は、日本で里帰り出産をしたいと夫に話したところ、「そんなことしたら、僕が産まれた子どもの育児をできなくなっちゃうじゃないか」と言われたそうだ。オーストラリアでは、子どもが産まれたら父親も paternity leave (休暇) を取って新生児の育児に専念することがごく普通である。産まれたその日から父母が共に育てるのが当たり前のようだ。そのため、日本ほど里帰り出産は一般的でない。また、オーストラリア人は普段から日が暮れる頃には仕事を終えて家路につく人が多いので、新生児期だけでなくその後も、父親が主体的に育児をする時間が十分にある。
オーストラリア人の親は、妊娠、出産、育児のスタート時点から共に同じペースで歩み、感動も悩みも分かち合っているせいか、気持ちに余裕があるように見えた。母親が一人で重責を抱えることも少ないのだと思う。
シンガポールの育児もまた、ジョイントオペレーション。しかし一味違うのは、両親だけでなく、メイドさんも有力なプレーヤーとなっている家庭が多いこと。食事の用意や家事など力仕事はプロに任せ、親は心と時間に余裕を持って子どもと一緒に余暇を過ごす。保育園の送迎もメイドさんがやってくれるので、親が目の前の仕事を強制終了して慌てて保育園に駆け込む必要もない。
育児をする親にとってはなんとも心強い環境ではあるが、周辺国から出稼ぎに来たメイドさんを低賃金で雇うことができるシンガポールならではの文化であり、日本で同じことはなかなかできない。2年以内に本帰国することが予定されていた我が家は、メイドさんのいる生活に慣れたら後が辛いので、メイドさんを雇わなかった。
日本でも、法制度上は、父母がジョイントオペレーション育児を行うことが可能である。母親が産休・育休中であっても、父親も少なくとも1年間は育休を取得して育児に専念することができる。雇用保険の被保険者であれば、その間原則として給与の67%(休業6ヶ月以降は50%)の育児休業給付を受けられる。復帰後も、子どもが3歳になるまで、男女問わず、時短勤務や残業免除等の措置を受ける権利がある。また、子どもが就学するまでは、残業や深夜業の制限措置を受ける権利がある。しかし実際、これらの制度を利用して、平日も母親と同等に育児に携わっている父親がどれだけいるだろうか。
父親自身の意識の問題が一つ。しかしそれ以上に、父親が育児の主役であることについて、まだまだ日本の職場の理解が追い付いていないことが一番の問題だと思う。仕事は大事で、自分を信頼して仕事を託してくださる人がいる以上、精一杯、全力で取り組むべきである。一方、親が子を育てることも、人として当たり前のことである。男も女も関係ない。
父親が事実上育児の主力になれないと、母親が踏ん張るしかない。私が子どもたちを保育園に迎えに行くと、周りも圧倒的多数がお母さん。保育園から、「○○ちゃんが熱を出しました」と連絡を受けて迎えに行くのも、大概、お母さん。その結果、母親は、キャリアアップや仕事上のチャンスを諦めざるを得なくなる。「働きながら育児をするお母さんはすごい」とよく言われるが、「お父さんだって親なのに。どうしてお母さんだけ特別なんだろう」といつも心の中で呟いてしまう。
目下政府が取り組んでいる「働き方改革」。法案の内容はさておき、「働き方改革」というワードが世の中に浸透し、各自が、自らや職場全体の働き方を見直そうと考える契機となりつつあることは、よいことだと思う。日本の多くのお父さん達が、育児の主役になれる社会になりますように。そして、子を育てながら働くお母さん達もお父さん達と対等に、存分に活躍できる社会になりますように。
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