2018年07月05日
西村あさひ法律事務所
弁護士 須河内 隆裕
一般に、サイトブロッキングとは、ユーザーにインターネットアクセスを提供するISP等が、ユーザーの同意を得ることなく、特定のウェブサイトへのアクセスを遮断する措置をいう。サイトブロッキングには技術的に複数の手法が存在するが、このうちISP等にとって最も導入が容易といわれているのは、「DNSブロッキング(DNSポイズニング)」という手法である。
私たちがウェブページを閲覧しようとする際には、当該ウェブページが格納されたサーバに割り当てられたIPアドレス(例えば、210.148.47.171)を特定する必要があるが、IPアドレスは機械的な数字の羅列であって、ウェブページを識別する目的で利用するには不便であるため、IPアドレスに対応したドメイン(例えば、jurists.co.jp)を利用してそれにアクセスすることが通常である。DNS(Domain Name System)とは、このIPアドレスとドメインとの紐付けを行うシステムである。
そして、DNSブロッキングは、ユーザーがDNSに対して特定のドメインをこれに対応するIPアドレスに変換する処理(名前解決)を要求した際に、当該ドメインが予めISP等が指定したリストに存在した場合には、実際のIPアドレスを応答せずに、例えば警告を行う別のウェブページのIPアドレスを応答することで、特定のウェブページへのアクセスを遮断する方法である。
このように、サイトブロッキングにおいては、ISP等が、ユーザーの同意を得ることなく、ユーザーのアクセス先を網羅的・機械的に検知する仕組みが用いられる。
このような仕組みでなされるサイトブロッキングについては、以下のとおり、「通信の秘密」を侵害するものであるという問題点が指摘されている。
即ち、電気通信事業法には、日本国憲法21条2項後段を受けて、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」として、通信の秘密を保護する規定が設けられている(同法4条1項)。そして、電気通信事業法上、通信の秘密を侵害する行為は、刑事罰の対象となり得る(同法179条1項、2項)。
一般的に、ここでいう通信の秘密の範囲は広く解されており、通信の内容(電話の通話内容やメールの本文)のみならず、例えば、送信者・受信者、宛先の住所・電話番号・メールアドレス、通信の個数や通信日時等、通信の外形的事項も含まれると考えられている)。また、通信の秘密を侵害する行為には、①通信当事者以外の第三者が、積極的に通信の秘密を知ろうとする意思のもとでこれを知得しようとすること(知得)、②本人の意思に反して自己又は他人の利益のために用いること(窃用)、及び、③他人が知り得る状態にしておくこと(漏洩)の三類型があるという見解が一般的である。
そして、サイトブロッキングは、ISP等が、ユーザーの同意なく、すべてのユーザーによるアクセス先(通信の外形的事項)を積極的に知得し、かつ、ブラックリストに該当するアクセス先への通信を遮断するという目的でこれを利用するものと評価できる。そのため、サイトブロッキングは通信の秘密を侵害する行為に該当し得ると考えられている(注2)。
さらに、上述のとおり、通信の秘密は憲法上保護されていることから、国が法令等によりISP等にサイトブロッキングを義務付けた場合には、当該法令が憲法に違反しないかについても別途問題となる。また、憲法21条2項後段が、国に対して、電気通信事業者に通信の秘密を遵守するよう求める法令を制度として定めることを義務付けているという見解に立てば、電気通信事業法を改正して、サイトブロッキングを実施したISP等の免責規定を設けることは、憲法21条2項後段に違反するという結論が導かれることにもなり得る(注5)。
その他、憲法との関係では、サイトブロッキングが、国民の表現の自由や知る権利を制限する側面があることも指摘されている。
このように、わが国では、サイトブロッキングは通信の秘密を侵害する行為であるとの見解が支配的であると思われるが、他方、わが国においては、2011年4月から、ISP等による自主的な取り組みとして、児童ポルノサイトのブロッキングが実施されている。
児童ポルノのサイトブロッキングが適法であると考える法的根拠としては、緊急避難(刑法37条1項)による違法性阻却が挙げられる。
一般に、緊急避難が成立するための要件は、①自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難があること(現在の危難)、②危難を避けるためにやむを得ず行った行為であること(補充性)、及び③避難行為から生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったこと(法益の権衡)の3つであると解されている。
この点、①ウェブサイト上に児童ポルノがアップロードされて、誰もが閲覧可能となっている状況においては、被写体となった児童の権利侵害を拡大する「現在の危難」があり、②削除要請によっても発信者が児童ポルノを削除しない、あるいは、警察による検挙が困難である等、その他に執るべき実効的な手段がない場合には「補充性」も認められ、かつ、③当該児童ポルノの内容が被写体となった児童の権利を著しく侵害するものである場合には、通信の秘密と比較して、「法益の権衡」も認められると考えることが可能である。児童ポルノサイトのブロッキングを緊急避難によって適法に行い得るという見解は、そのような厳格な要件を充たした場合に限って、サイトブロッキングの実施が電気通信事業法に違反しないと考えるものである(なお、児童ポルノのサイトブロッキングに関する法的問題点については、民間団体である安心ネットづくり促進協議会・児童ポルノ対策作業部会が2010年3月30日に公表した「法的問題検討サブワーキング報告書」で詳細な検討がなされている)。
現在、児童ポルノのサイトブロッキングは、上記の見解を踏まえた上で、国民からインターネット上の違法・有害情報に関する情報を受け付けるインターネット・ホットラインセンターからの情報提供に基づき、一般社団法人インターネットコンテンツセーフティ協会(ICSA)が、一定の基準に合致するウェブサイトのアドレスリストを作成し、ISP等に対してそのリストを提供するという手続を経て、ISP等による自主的な取組みとして実施されている。
本政府見解は、サイトブロッキングが、通信の秘密を形式的に侵害する可能性があるとしつつ、仮にそうであるとしても、①著作権者等の正当な利益を明白に侵害するコンテンツが相当数アップロードされた状況において、②削除や検挙など他の方法ではその権利を実質的に保護することができず、③その手法及び運用が通信の秘密を必要以上に侵害するものではなく、かつ、④当該サイトによる著作権者等の権利への侵害が極めて著しいなどの事情に照らし、緊急避難の要件を満たす場合には、海賊版サイトのブロッキングについて違法性が阻却されるとした上で、ブロッキングの対象としては特に悪質な海賊版サイト(具体的に3つのサイトが挙げられている)に限定することが適当であるとするものである。また、本政府見解においては、緊急避難としての海賊版サイトのブロッキングは、「法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置」であると位置づけられると共に、速やかに法制度の整備に向けて検討を行うという方針も表明されている。
本政府見解に対しては、概ね、①著作権の侵害は、事後的に金銭賠償による填補が可能であり、そのような性格を有する財産権と通信の秘密との間には(緊急避難の要件である)「法益の権衡」が認められない、②サイトブロッキングは通信の秘密を侵害する措置であるにもかかわらず、立法手続を経ることなく、政府がISP等に対してブロッキングを行うよう(事実上)要請することは、法治国家の原理と相容れない上、政府が特定のサイトを指定してブロッキングを要請することは、憲法上絶対的に禁止されている(憲法21条2項前段)検閲に該当するおそれもある、③ユーザーからの訴訟リスクやブロッキングに要する費用を含め、ISP等に不合理な負担を課すことは不合理であるといった反対意見が唱えられているようである。
さらに、本政府見解で述べられているように「法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置」として緊急避難を理由としてサイトブロッキングを実施することが許容されるとすると、明確な法令上の根拠なく、例えば名誉毀損やプライバシー権を侵害する情報を含め、違法・有害情報全般を理由とするサイトブロッキングを行うことが許容されることにもなりかねないと懸念する意見も見られる。
そもそも、本政府見解が公表された背景には、例えば、ある漫画の海賊版サイトの月の利用者数が約1億6,000万人(2018年2月)を超える等、海賊版サイトへのアクセスが急増していることによって、コンテンツ産業に数百億円から数千億円規模の甚大な被害が生じているともいわれているにもかかわらず、海賊版サイトを配信しているサーバが海外に所在していてわが国の法執行が及ばないため、コンテンツの権利者が、海賊版サイトに対して実効的な権利行使を行うことが困難であるという事情がある。
この点、問題となっている海賊版サイトは、海外の法人が海外に設置しているサーバを利用して提供するサービスであるため、そもそもわが国の著作権法に違反するものではないという見解も一部で唱えられているが、必ずしもそうとは考えられない。
即ち、海賊版サイトが日本語で表記されており、日本からアクセス可能である場合には、その運営者が日本国外の法人であったとしても、民事訴訟法3条の3第5号にいう「日本において事業を行う者」として、当該運営者に対する訴えについて日本の裁判所に管轄権が認められ得る。また、コンテンツが日本国外のサーバから配信されているとしても、少なくとも、その配信が日本国内のユーザーを主たる対象として行われていることが明らかであれば、「加害行為の結果が発生した地」(法の適用に関する通則法17条)は日本であって、準拠法も原則として日本法と判断されることになると考えられる。裁判例においても、運営主体が日本法人であったケースではあるが、日本国外のサーバを利用して提供されていたファイル交換サービスについて、著作権侵害行為が実質的に日本国内で行われたと評価した上で、日本法が準拠法となると判断したものがある(注3)。
従って、海賊版サイトが海外法人により海外に設置されているサーバを利用して提供されていたとしても、その運営者が、著作権者の許諾なく著作物を複製し、又は著作物のアップロードを行う等の送信可能化をしたことが認められれば、著作権者の有する複製権(著作権法21条)及び公衆送信権(同法23条1項)を侵害したとして、差止請求(同法112条1項)や損害賠償請求(民法709条)が認容される可能性が非常に高いと考えられる。
もっとも、上述したのはあくまで理論上あり得る帰結であって、実際に海賊版サイトに対して権利行使を行うに際しては、以下のような障害がある。
まず、海賊版サイトは、防弾ホスティングサービスと呼称される匿名化されたホスティングサービスを利用する等、技術的にその運営者を特定することが困難な方法で運営されていることが多い。このようなサービスの運営者に対して海賊版サイトの運営者の情報の開示を求めたとしても、開示に応じることは殆ど考えられないため、日本においてはもちろん、日本国外においても、ウェブサイトの運営者に対して訴訟を提起することが困難なケースが多数存在する。
また、海賊版サイトによっては、第三者が権利者の許諾なくアップロードしたコンテンツを閲覧できるようにしているに過ぎず、自らはコンテンツの複製又は送信可能化を行っていない(と主張する)ものも存在する。そして、この場合、運営者自身が複製又は送信可能化を行ったことを立証することが困難な場合も多い。この点、わが国の裁判例には、第三者のアップロードしたコンテンツにリンクを設定する行為について、当該コンテンツの著作権者が有する複製権及び公衆送信権を侵害するとは言えないと判断したもの(注4)があり、また、仮に無許諾でアップロードされたコンテンツを閲覧可能とする行為が公衆送信権の侵害を幇助するものとして不法行為(民法719条2項)に該当するとしても、著作権法上、幇助者に対する差止請求が認められるか否かについては、裁判例でも結論が分かれている(注5)。
従って、無許諾でアップロードされたコンテンツにインラインリンク等を設定して閲覧可能とするウェブサイトについては、仮に訴訟の提起に至ったとしても、差止請求が認められるかどうかが現状においては必ずしも明らかでない。なお、著作権者の許諾なく蔵置されたコンテンツへのリンクを提供して、ユーザーを当該コンテンツに誘導するためのウェブサイトは「リーチサイト」とも呼ばれ、その規制のための法改正が検討されている。
最後に、仮に訴訟で認容判決を得たとしても、海外の法人が海外に設置しているサーバを利用して運営している海賊版サイトに対しては、その後の強制執行が容易ではないという問題もある。
以上に鑑みると、理論上は、海賊版サイトが(日本法上も)違法であるとしても、エンフォースメント(強制履行)が困難であることも多く、現行法上、著作権者が執り得る実効的な手段に乏しいことは否定できない。
他方で、海賊版サイトは、第三者の提供するCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)というコンテンツの配信に特化したネットワークを利用していることが多いとされ、CDNサービスにおいては、効率的なコンテンツの配信のために、日本国内を含む各地にキャッシュサーバが設置されていることがある。この点、当然のことながら、サーバに「キャッシュ」を保存する行為が直ちに著作権侵害に該当するものではない(むしろ、原則として著作権侵害には該当しない)が、当該サービス提供者の認識、保存されるデータの性質及びサービスの運用状況等によっては、当該CDNサービスの提供者による日本国内のサーバでの著作物の利用について何らかの権利行使が可能であるかを検討する余地もあるように思われる。
以上のとおり、海賊版サイトがコンテンツビジネスに与える影響は甚大であり、これに対する実効的な対抗措置を整備することが急務であることには異論がないように思われる。また、海賊版サイトの運営者に対する直接的な権利行使が困難であることも多いという実態や、全世界42か国で既に(法令又は裁判所の命令等に基づく)サイトブロッキングが導入されていること等を踏まえると、サイトブロッキングは、かかる対抗措置として有力な選択肢の一つといえるように思われる。他方、通信の秘密と抵触するサイトブロッキングを、明確な法令上の根拠なくして実施することに対する反対意見にも傾聴すべき点が多々含まれているように思われるため、わが国で海賊版サイトのブロッキングを導入するに際しては、やはり、明確な基準と適切な手続等を備えた法令を速やかに整備することが望ましいと思われる。
この点、政府の知的財産戦略本部は、海賊版サイトのブロッキングの法制化を含む海賊版対策について、「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」(共同座長:中村伊知哉慶大教授・村井純慶大教授)を発足させ、2018年6月22日に第1回会合を開催した。同タスクフォースは、8月末までに6回の会合を重ね、9月中旬ごろに中間取りまとめ案を提示する予定とされている。同タスクフォースでは、①正規版コンテンツ流通の拡大策、②現行法令下での海賊版対策の検証と実効性評価、③悪質な海賊版サイトに対する権利行使を可能とする法整備のあり方が検討対象とされている。そして、このうち上記②については、現行法制化でも可能な対策として、海賊版サイトの収入源の追跡や広告出稿企業への出稿取止め要請に加え、ISPと利用者とが契約する際にサイトブロッキングについての包括同意条項を入れる手法(フィルタリング)等が検討される見込みであり、上記③に関しては、サイトブロッキングは技術的に回避可能であると指摘されていることも踏まえて、サイトブロッキングの有効性について技術的検証を行う等してサイトブロッキングの法制化が検討される他、海賊版サイト対策として、米国で実施されている「ドメイン没収」等も検討される旨報じられている。
同タスクフォースが、多面的な検討を行った上で、海賊版サイト対策について、コンテンツ権利者の保護と通信の秘密や表現の自由の保護とを両立させる適切な方策を打ち出すことを強く期待したい。
▽注1: https://www.jaipa.or.jp/information/docs/180412-1.pdf
▽注2: なお、DNSブロッキングが電気通信事業法に違反しないとする見解として、Michael Schlesinger=遠山友寛「日本国におけるオンラインでの著作権侵害への対処―サイト・ブロッキングの導入に向けて―」コピライト677号(2017年)26頁がある。
▽注3: 東京高判平成17年3月31日裁判所ウェブサイト〔ファイルローグ事件〕
▽注4: 大阪地判平成25年6月20日判時2218号112頁〔ロケットニュース24事件〕、東京地判平成28年9月15日裁判所ウェブサイト〔リツイート事件〕
▽注5: 肯定例として、大阪地判平成15年2月13日判時1842号120頁〔ヒットワン事件〕及び大阪地判平成17年10月24日判時1911号65頁〔選撮見録事件第一審判決〕が、否定例として、東京地判平成16年3月11日判時1893号131頁〔2ちゃんねる小学館事件第一審判決〕及び知財高判平成22年8月4日判時2096号133頁〔北朝鮮の極秘文書事件〕が、それぞれ存在する。
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