2018年07月09日
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士 石﨑 泰哲
この株主課税に関する制度転換により、旧制度の下では普及しなかった日本の上場株式を対象とする自社株対価TOBによるM&Aが広がるのではないかとも指摘されている。特に、自社株対価TOBを利用したM&Aにより、日本企業を悩ましていた米国証券法の規制対応の負担(Form F-4問題)を解消できるのではないかという点が、大きく注目されている。
自社株を対価とするM&Aのニーズが存在しているにも拘わらず、これまで自社株対価TOBが選択されなかった要因の一つには、同じように株式対価型の上場会社の買収手法である会社法上の株式交換制度との比較において、株式交換では株式交換完全子会社の株主について課税が生じないのに対して、自社株対価TOBでは株主課税(譲渡所得課税・譲渡益課税)が避けられないという問題があったと指摘されてきた。
しかしながら、新制度の下においては、産業競争力強化法上の特別事業再編計画の認定を受けた場合には、自社株対価TOBにおいても課税繰延べが可能となったため、当該認定を受けられる場合には、少なくとも株主課税の論点はこの両スキームを決定する重要要素ではなくなったことになる。
両スキームの特徴を簡単に比較すると、以下の表のとおりとなる。
産強法に基づくTOB +スクイーズ・アウト手続 | 株式交換 | |
---|---|---|
産競法の認定 | 必要 | 不要 |
株主に対する課税 | 特別事業再編計画の認定を受けた場合はなし | なし |
法人に対する課税 | なし | 適格株式交換の場合はなし |
買主側の株主総会決議の要否 | 株主総会の特別決議 但し、簡易要件を満たす場合は取締役会決議 |
株主総会の特別決議 但し、簡易要件を満たす場合は取締役会決議 |
対象会社側の株主総会決議の要否 | 不要(スクイーズ・アウトの方法によってはスクイーズ・アウト手続に関する株主総会の特別決議が必要) | 株主総会の特別決議 |
100%化のための別途の対応 | 通常TOBに応募しない株主がいるのでスクイーズ・アウト手続が別途必要 | 不要 |
対象会社株式の一部取得の可否 | 対象会社が関係事業者となるに足る株式数以上であれば可能 | 不可能 |
米国証券法対応 | 不要と整理することが可能 | 必要 |
日本法の観点からは、株式交換との比較で、自社株対価TOBを選択する動機として注目されるのは、対象会社株主総会の要否や対象会社株式の一部取得の可否という側面であろう。もっとも、より大きな実務上の観点としては、米国証券法の規制対応の負担(Form F-4問題)を解消するため、株式交換ではなく自社株対価TOBを選択するという可能性がより大きなインパクトを有するのではないかと予想される。
(1) 株式交換への米国証券法の適用可能性
米国の1933年証券法の下では、組織再編に関して行われる証券の発行等は同法上の売出し又は募集に該当することになり、原則として米国の証券取引委員会(SEC)への登録が必要となる。日本法に基づく組織再編であっても、同法の適用下にあると解されており、株式交換を例にとれば、株式交換完全子会社において米国株主が存在する限りは、同法に基づく登録を行う必要がある。
この場合、上記の登録には、SECがForm F-4として定める書式に基づき、登録届出書を提出する必要があるところ、その過程で株式交換完全親会社について(規模によっては株式交換完全子会社も含め)米国基準又は国際財務報告基準(IFRS)による財務諸表の作成及び監査が必要となり、相当な労力と費用を費やすことを余儀なくされる場合があるといわれている。加えて、登録届出書についてはSECへの事前相談を経ることになるところ、かかるSECの書類審査が完了する時期はM&Aの当事者である企業側からの予測が難しく、取引スケジュール上の不確定要素が増えることとなるなど、取引への影響が非常に大きい。
なお、株式交換完全子会社の米国株主の保有比率が10%以下である等の要件を満たす場合には、1933年証券法ルール802に基づく、いわゆるクロスボーダーエグゼンプションににより、簡易な手続によることが可能であるが、保有比率10%の計算も単純ではなく、例えば株式交換完全親会社の保有株式については、分母からも除外する必要があるなど留意点は多い。
(2) 自社株対価TOBの場合の考え方
このように、株式交換による場合には1933年証券法の適用を受けることを前提に実務は動いているが、自社株対価TOBの場合にはどのように考えるべきであろうか。
実は、TOBによる投資家への勧誘行為と米国規制との関係については、日本における通常のTOB(現金対価TOB)について、米国法上のTOB規制が適用されるかという文脈で、伝統的に議論されてきた経緯がある。そしてかかる論点については、SECが示す一定の解釈指針に準拠するかたちで、日本の公開買付け実務上、米国内の株主を公開買付けから除外し、米国を経由した応募を受付けないことを公開買付届出書に注記する等の方策を採ることで、米国のTOB規制の適用を免れるという対応が確立しているところである(なお、常任代理人からの応募は受け付けられる。)。
現金対価TOBでは、米国TOB規制の適用の有無のみが問題となるが、自社株対価TOBについては、対価として自社株を交付する点について、株式交換と同様、1933年証券法の適用可能性が併せて問題となる。しかしながら、現金対価TOBにおいて、米国株主をTOBによる「買付け等」から除外する対応が可能なのであれば、「買付け等」の対価たる「自社株の交付の勧誘」も米国株主に対してはなされていないこととなり、自社株の交付について米国証券法の規制は及ばない、との考え方が論理的な帰結となろう。したがって、日本で自社株対価TOBが実施される場合には、米国株主をTOBによる「買付け等」から除外することにより、基本的には米国の1933年証券法の適用はないとの解釈が妥当することになり、Form F-4の登録等の手続もなされない実務となることが予想される。
TOBに応募しなかった米国株主が存在する場合(常任代理人による応募もなかった場合)、他の残存株主を含め、現金対価のスクイーズ・アウトを実施することで、完全子会社化を行うことが可能となる。このように、自社株対価TOBと現金対価スクイーズ・アウトのスキームを組み合わせることによって、株式交換とは異なり、米国の1933年証券法の規制を受けないかたちで、(スクイーズ・アウトの局面で一部現金を利用することにはなるものの、)自社株を対価として完全子会社化を実現することが可能となると考えられるのである
自社株対価TOBとスクイーズアウトを組み合わせる場合の対価の決定方法についてはどのような実務となるであろうか。この点は、種々の要素を勘案する必要があるが、基本的な方向性としては、(1)株式交換等の株式対価取引で行われるように当事会社両社の株式価値から交換比率を算定する方法(交換比率型)、(2)現金対価取引で行われるように最初に対象会社株式の価値を金銭評価する方法(金銭評価型)が考えられる。
(1)の交換比率型においては、具体的には以下のようなイメージで価格を決定することになると考えられる。
交換比率型は、株式交換における対価設定の考え方に近いものである。
なお、この方式をとる場合、TOBに応募した対象会社株主は、買収者株式の価値上昇を通じてシナジーを享受できる立場にあるため、現金対価取引に比してプレミアムは低くてもよい(あるいはプレミアムは不要である)という考え方が妥当する可能性があり、この考慮要素は対価決定に影響を与える可能性がある。もっとも、現実的には、アクティビストを含む投資家(潜在的な株主を含む。)から価格の適切性は厳しく見られることも踏まえ、一定のプレミアムは付す対応が多くなるであろう。
他方、(2)の金銭評価型においては、具体的には以下のようなイメージで価格を決定することになると考えられる。
この算定方式は、買収者株式は市場価格で現金に転換可能であることを踏まえて、買収者株式を現金代替物と評価するという考えが根底にあり、現金対価取引に近い考え方である。従って、(1)の交換比率型よりも多くのプレミアムを付すという発想となる。近時の株式交換において、親会社株式の価値を市場価値のみで評価している事案も多く、このような事案は親会社株式を現金代替物として評価している可能性もあため、この金銭評価型についても、株式対価のM&Aにおいて実務的に違和感なく受け入れられる可能性がある。
現時点では、株対価取引と金銭対価取引を組み合わせる事案の先例に乏しいことから、具体的な価格決定方法やプロセス、開示の在り方については、実際の事案に応じて今後も議論が続くであろう。個人的には、(1)の交換比率型の方が実務的に馴染みやすいのではないかと考えているが、今後の実務の動きには注目が必要である。なお、いずれの方式においても、DFC法等による株式評価に基づく対価の合理性の裏付けが必要となる点では、現在行われている現金対価M&Aや株式対価M&Aと異なる点はないであろう。
上記のような、完全子会社化を目的とする自社株対価TOBの実施にあたって、一点留意すべきは、株主課税の繰り延べが受けられる要件として、特別事業再編計画の認定を受ける必要があるという点である。特に、特別事業再編の場合には、①買収者の株式のみを対価とすること(対価要件)、②買収対価の額が買収者の余剰資金を上回ること(余剰資金超過要件)、③新事業活動であって、一定の事業活動を行うことにより、当該事業活動に係る商品又は役務の新たな需要を相当程度開拓するものであること、等の要件を満たすことが必要である。
①については、スキームや計画の認定の受け方に一定の留意が必要であるが、現状の議論状況に鑑みれば大きな問題にはなりにくいと思われる。②の要件については、基本的には、事業年度末(有価証券報告書提出会社については四半期末)をベースに、現預金からワーキングキャピタルを控除した額が買収対価を上回るかで判断される。一見すると、制度の使い勝手を相当に狭めるように見えるが、ワーキングキャピタルが大きな会社については、この要件が制約にならないことも考えられる。自社株対価M&Aを検討する各企業は、平時から、自社にとってこの要件が足かせとなるかを確認するため、「余剰資金」について試算しておくことも有用であろう。
③については、一定の事業活動は、(i)新市場開拓事業活動(想定される例としては、自動車部品メーカー(自動運転)、メガベンチャー等)、(ii)価値創出基盤構築事業活動(想定される例としては、プラットフォーマー等)、(iii)中核的事業強化事業活動(想定される例としては、多角化している大企業、大規模業界再編を行う企業等)のいずれかである必要がある。取引の目的・絵姿の検討や、これを受けた開示内容の検討の際には、上記の各要件を意識すべきこととなると考えられる。
以上のよ
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