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激動の欧州から東京のICIJ租税回避地取材班に異動して見たもの

吉田 美智子

 2017年5月、激動の欧州の現場から、突然の帰国命令を受けて、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のパラダイス文書取材班に放り込まれた。北アメリカ大陸の東の大西洋にある英領バミューダ諸島やカリブ海の同ケイマン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立された法人や組合に関する1340万件、1.4テラバイトに上る電子ファイル群「パラダイス文書」は、その前年に世界に衝撃を与えた「パナマ文書」と同様、南ドイツ新聞(独ミュンヘン)が入手し、ICIJがデータベース化し、朝日新聞など世界各国の報道機関が共有して、分析と取材に取り組んでいた。それに参画することになったのだ。11月6日の報道開始予定日まで半年。文書を読みあさり、記事になりそうな情報を見つけ出すという過酷なミッションに取り組む一方で、文書の流出元の法律事務所を直撃するため、大西洋の英領バミューダ諸島にも飛んだ。その軌跡を連載で報告する。本稿はそのプロローグ。

■ブリュッセルからパラダイス文書取材班に

EU(欧州連合)欧州委員会の庁舎の前に立つ吉田美智子記者
 ベルギーのブリュッセルから東京に異動したのは2017年5月。朝日新聞のブリュッセル支局には3年赴任したが、その間、欧州は揺れに揺れた。2014年3月のブリュッセル着任の少し前、欧州連合(EU)加盟を熱望していたウクライナの南部クリミア半島がロシアによって併合された。欧州各地で、中東の過激派「イスラム国」(IS)から帰国した若者によるテロが相次ぎ、内戦が続くシリアからは大量の難民が欧州に押し寄せた。2016年6月には、英国が国民投票でEUからの離脱を決め、離任直前に英国とEUの交渉が始まった。

 東京での勤務先、朝日新聞特別報道部には、黄金週間明けの5月8日に出勤した。が、私の頭の中はまだ欧州どっぷり。「EUは崩壊するのか」「欧州のポピュリズムはどうなるのか」など、租税回避地と関係ないことばかり考えていた。赴任が遅れたのも、4月29日に、英国を除くEU27加盟国が首脳会議を開き、英国との離脱交渉の指針を議論したためだ。

 段ボールを抱えて、特別報道部の部屋に入ると、大量の資料が乱雑に置かれた机が目に入った。編集委員の奥山俊宏記者の机だ。ブリュッセルから小倉直樹特別報道部長にあいさつの電話をかけた時、奥山記者と極秘プロジェクトに取り組むことになると聞かされていた。奥山記者のとなりに陣取ることに決めたものの、奥山記者の席には、情報公開で入手したらしい資料や、企業の決算報告などがうずたかく積まれ、三つ隣りまで占拠している。資料をかきわけて、なんとか二つ隣りにスペースを確保した。

 そうこうしていると、小倉部長が「吉田さん、ちょっといいですか」と、隣のいすをひいて、座ってきた。小倉部長は経費精算の方法など、ひととおり事務的な説明をした後、こう告げた。

 「吉田さんには奥山さんと一緒に、パナマ文書の後継をやってもらいます。極秘プロジェクトということで、僕も詳しいことは知りません。奥山さんに聞いて下さい」

 私は「分かりました」とだけ答えた。このときは、後でどれほど困難な作業が待っているのか、全くわかっていなかった。

■欧州でもパナマ文書など大々的に報道

 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が報じたパナマ文書などタックスヘイブン(租税回避地)をめぐる一連の報道は、欧州でも、連日、新聞の一面トップを飾るなど大々的に報じられていた。

 2016年のパナマ文書の報道後、アイスランドのグンロイグソン首相が辞任に追い込まれた。グンロイグソン氏や妻が株主だったタックスヘイブンの会社はアイスランドの銀行に投資していたが、グンロイグソン氏は、国会議員になった後も、その資産を公表していなかった。

ルクスリークスの文書の流出元とされる会計事務所PwC=2016年5月
 ただ、欧州では、2014年に報じられた通称「ルクスリークス」の方が、インパクトが大きかったように思う。ルクスリークスでは、大手会計事務所PwC(プライスウォーターハウスクーパース)のルクセンブルク法人から流出した内部文書によって、多国籍企業が国境を越える出資や融資に同国の法人を介在させることで、税を回避する複雑な手口が浮き彫りになった。問題とされたのは、企業が事前に同国の税務当局に税優遇について相談し、税務当局が「お墨付き」を与えていたことだった。

 文書には、米飲料水大手「ペプシ」など米国だけでなく、世界最大の家具量販店「イケア」やドイツ銀行など多くの欧州企業の名前があった。また、企業によっては、課税額が本来収めるべき税金の1%未満に抑えられていた。欧州各国の所得税や付加価値税の税率は高い。一部の大企業だけを優遇するようなやり方は、世論の猛反発を呼んだ。

■ルクセンブルク・リークスの関係者を取材

ユンケル欧州委員長
 ルクセンブルク首相を2013年まで18年間にわたって務めたのが、EUの首相にあたるユンケル欧州委員長だ。首相になる前は財務相だったこともあり、租税回避のスキームづくりを主導したとの疑いをもたれても仕方なかった。だが、ユンケル氏は関与を否定し、EUとして、租税回避の防止に取り組むことを明確にした。

 一方で、ルクセンブルクの捜査当局は、会計事務所から情報を持ち出した元従業員を窃盗などの罪で訴追し、ルクスリークスの中心を担ったフランスの放送記者をその共犯の罪で訴追した。これに対しても、世論は猛反発し、EUの欧州議会は後に内部告発者の保護を求める決議を採択した。

ルクセンブルク財務省=2016年5月
 私はルクスリークスから一年後、ルクセンブルクの税務当局に取材する機会を得た。担当者は「(納税額を事前に相談するのは)どの国もやっていることで違法性はない」「当局から税額を抑える方法を企業に指南したわけではない」と説明した。

 実際のところ、ルクセンブルク国内では、多国籍企業の税優遇について、政府を非難する声はそれほど大きかったとはいえない。人口60万弱の小国ルクセンブルクが、欧州屈指の高い経済力、生活水準、低失業率を実現できたのは、税優遇などによって、政府が多国籍企業の誘致に成功したことが大きいと考えていたからかもしれない。

 内部告発した元従業員の代理人弁護士も、私の取材に「ルクセンブルクはやり過ぎたかもしれないが、同じような例はどこにでもある。税の優遇は、税金という『果実』をとりあうための国家間の競争だからだ」と理解を示していた。一方で、「租税回避の恩恵を被るのは大企業だけで、普通のサラリーマンや個人商店の店主には何のメリットもない。税の不公平を改めるには、全世界で取り組むしかない」と話した。

■「インフラ整備」に四苦八苦

 2017年6月12日、奥山記者、木村健一記者、西川圭介デスクとのミーティングが開かれた。まだ、文書の正式名称も決まっていない。会議の名前はとりあえず「パナマ会議」。奥山記者がICIJの記者の間の情報交換の方法や、パラダイス文書の分量、それまでに名前が見つかっていた海外の有力者、日本企業について説明した。

 「取材班に加わる」と一言でいっても、ICIJのプロジェクトは、そのための「インフラ整備」がややこしい。ICIJとの情報交換に使われる暗号化メールを設定したり、パラダイス文書のデータベースにアクセスするため、アカウントを作成したりするのに、かなりの時間を要した。

 その後は、日本人や日本企業の名前を片端からデータベースで検索

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