2018年09月18日
8年前の2010年6月中旬、私は大阪の自宅を取材で訪れ、応接間のソファで奥村さんに話を聞いたことがある。自らの研究テーマを「会社学」と定義し、「会計学や経営学では会社のことは分からない。会社はたくさんの国民がかかわることで、これを研究する必要がある」と語った。私が朝日新聞大阪本社経済部で働いた2007年4月~2011年3月の間、自宅を何度か訪ねた。そのたびに「会社は寝なくていい。食べなくてもいい。人間とは違う。それが法人としてまるで人格を持ったように行動する。そういう意味では何をしでかすか分からない存在だ。人間がコントロールしなければ」と聞かされた。
8年前の私のノートを見ると、民主党政権下での政治献金のあり方を取材している。企業献金に対する主張は一貫していた。企業の政治献金を合法とした最高裁の判決(八幡製鉄事件)を批判し、「資金力のある企業が政治に金を出せば、企業寄りの政治が行われかねない」と述べた。生身の人間を中心においた会社や社会制度の必要性を訴え、会社が人を支配するような風潮を「法人資本主義」「会社本位主義」と呼び、警鐘を鳴らした。
会社がなぜ力を持つのか。日本の企業社会を分析した結果、日本特有の株式の持ち合いに目を着けた。複数の会社が株式を一定の割合で持ち合いをした場合、株主総会では役員の選任や剰余金処分など互いの議案に対し、無条件で賛成票を投じる。つまり、互いの経営者を信任し合うことで、株主をないがしろにして、経営者に主権があるかのような統治を実現する。これは株主総会をいわゆる「シャンシャン総会」化させる行為で、なれあいの経営につながる。奥村さんはこれの解消を強く叫び続けてきた。今春になって金融庁が主導するコーポレートガバナンス・コードの改訂によって、株式の持ち合い解消に向けた動きがやっと本格化した。社会がやっと奥村さんに追いついた形だ。
奥村さんは岡山県倉敷市出身で岡山大学法文学部卒業。元産経新聞記者。日本証券経済研究所大阪研究所の研究員として、二十数年間、金融市場を見続けてきた。龍谷大や中央大の教授も務めた。
次男でフリーの経済ライター、奥村研さん(55)によると、昨年8月11日に自宅近くの病院で息を引き取った。1カ月半ほど前に体調を崩し、入院していた。老衰だったという。私が最後にもらった名刺には「会社学研究家」とあった。最後まで会社とは何かを考え続けた。
株主オンブズマンは1996年2月の設立。活動をまとめた冊子「会社ウオッチ 10年の歩み」によると、8つの目的がある。①開かれた株主総会のためのキャンペーン②企業の違法・不正事件に対する株主代表訴訟③企業の政治献金の中止を求める代表訴訟④企業の透明性と社会責任を問う株主提案⑤粉飾決算事件に対する損害賠償請求訴訟⑥障害者法定雇用率の達成を求める運動⑦上場企業に対する種々の調査活動と提言⑧海外調査と国際交流、と活動は多岐にわたった。
マスコミが注目したのは、ソニーに対して求め続けた役員報酬の個別開示だ。日本の上場企業は取締役全体の報酬総額を開示すればいいが、個々の報酬も株主に公開すべきだという主張だ。02年の株主総会に出して27%の賛成率。それ以来、少しずつ賛成する人が増え、07年には44・3%の賛同を得た。金融庁は10年から、1億円以上の役員について開示を義務づけているが、この制度創設に向けた流れをつくったといえる。00年に食中毒事件を起こした雪印乳業(現・雪印メグミルク)にも働きかけ、全国消費者団体連絡会の関係者を社外取締役に採用させ、経営のチェック機能を高めることに成功した。
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