2018年09月12日
西村あさひ法律事務所
弁護士 有吉 尚哉
なお、2018年3月に開催された20か国財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)の共同声明で「Crypto Assets」の表現が用いられたこともあり、近時、(通貨の特性を有するとは言い難い)取引・利用の実態を踏まえて「仮想通貨」ではなく「暗号資産」の用語が使われることが増えている。金融庁も2018年8月以降は「仮想通貨」に代えて、あるいは「仮想通貨」と併記して「暗号資産」の用語を使っている。このように用語の使い方の過渡期にあるといえるが、以下では従来の語法に従って「仮想通貨」の用語を使うこととする。
仮想通貨の取引量は特に2017年後半から世界的に急増しており、時価総額の合計額も2018年1月に最高値を付けた後、乱高下をしているものの、2016年以前と比べると大幅に高い水準で推移をしている。こうした中、国内では2017年12月末までに16の業者が仮想通貨交換業者の登録を行い、そのほかにも10を超える業者がいわゆる「みなし登録業者」として仮想通貨交換業を営む状況にあった。
もっとも、大手仮想通貨取引所のコインチェックからの仮想通貨NEMの不正流出事案が発生したことにより、国内の仮想通貨交換業者を取り巻く状況は一変する。2018年1月26日に、コインチェックより、当時の取引価格で約580億円に相当する仮想通貨NEMが不正に流出するという事案が生じた。関東財務局はコインチェックに対して報告徴求を行った上で、同月29日に業務改善命令の発出を行っている。その後、金融庁はみなし登録業者を含む全ての仮想通貨交換業者に対する一斉検査を実施し、2018年6月までに順次、業者に対して行政処分の発令を行い、仮想通貨交換業を営んでいた業者の大半が処分を受ける事態となった。また、2018年3月23日に、金融庁は、世界的には大手の仮想通貨取引所であるが、日本の資金決済法の仮想通貨交換業の登録は受けていないBinanceに対して、インターネットを通じて、日本居住者を相手方として、無登録で仮想通貨交換業を行っていたとして警告書を発出している。
このような状況の下、金融庁は仮想通貨交換業の規制運用を厳格化し、仮想通貨交換業者に求められるセキュリティやコンプライアンス態勢の水準は大幅に高められることとなった。規制運用の厳格化に加えて、前述の既存業者に対する検査のために当局の人的リソースが割かれたこともあり、新たな仮想通貨交換業者の登録手続は進んでおらず、仮想通貨交換業に新規参入を希望している業者は100社以上という報道もあるが、2017年12月26日にBITOCEANが登録を受けた後、本稿の執筆時点まで新規の登録は行われていない。さらに、登録申請を行っていたみなし登録業者の大半は経営管理態勢が整わないことなどを理由に、登録申請を取り下げ、仮想通貨交換業から撤退している。また、金融機関・企業グループが仮想通貨交換業者やみなし登録業者を子会社としたり、資本提携を行う事例も見られるようになってきている。
【仮想通貨交換業者に対する主な出資事例】
一方で、業界の適正な発展に向けて、仮想通貨交換業者の側での自主的な取組みも進んでおり、2018年3月29日に仮想通貨交換業の登録を受けた業者を正会員とする日本仮想通貨交換業協会(JVCEA)が一般社団法人として設立された。JVCEAは、認定資金決済事業者協会の認定を受けるために、2018年8月2日に認定申請書を金融庁に提出している。かかる認定が行われた後は、JVCEAが仮想通貨交換業者の自主規制機関として、業界や業者の規律を図っていくことが期待される。
金融庁は2018年8月10日付で仮想通貨交換業者等の検査・モニタリングで把握した実態や問題点を「仮想通貨交換業者等の検査・モニタリング 中間とりまとめ」として公表した。
その中では、まず、全体的なビジネスの実態として、(1)仮想通貨交換業者の会社規模(総資産)が急拡大していること(登録業者13社、みなし登録業者4社から提出された資料に基づく統計では、前事業年度比で平均して553%拡大)、(2)少ない役職員で多額の利用者財産を管理していること(業者によりばらつきがあり、預かり資産のない業者も3分の1程度存在しているが、登録業者16社、みなし登録業者16社から提出された資料に基づく統計では、平均して1名で33億円相当の預かり資産を取り扱っている)を指摘している。その上で、ビジネス部門(第1線)、リスク管理・コンプライアンス部門(第2線)、内部監査部門(第3線)とカルチャー及びコーポレート・ガバナンスについてそれぞれ検査等で把握された実態をまとめている。
ビジネス部門に関して認められた主な事例としては、(a)取り扱う仮想通貨ごとにセキュリティやマネロン・テロ資金供与等のリスクを評価していない、(b)自社が発行する仮想通貨について不適切な販売を行っている、(c)内部管理態勢の整備が追いつかない中、積極的な広告宣伝を継続しているといった点を挙げている。リスク管理・コンプライアンス部門については、(a)多額取引についての取引時確認、分別管理などが遵守できていない、(b)マネロン・テロ資金供与対策についてビジネス部門にアドバイスを行うのに必要な専門性や能力を有する要員が確保されていない、(c)セキュリティ人材が不足している、(d)外部委託先の管理ができていないなどの点が挙げられている(なお、2018年8月17日に金融庁が公表した「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の現状と課題」においても、仮想通貨交換業者について、取引時確認や疑わしい取引の届出の要否が適切に判断されていない事例や、マネロン・テロ資金供与対応についてリスクに応じた内部管理態勢を整備していない事例などが認められたことが指摘されている)。内部監査部門については、(a)内部監査が実施されていない、あるいは、内部監査計画がリスク評価に基づくものになっていない、(b)必要な内部監査要員が確保されていないなどの点が挙げられている。そして、仮想通貨交換業者のカルチャー及びコーポレート・ガバナンスに関しては、(a)内部管理よりも広告宣伝に多額の支出を行うなど、利益を優先した経営姿勢が見られる、(b)代表取締役に権限が集中するなど、取締役及び監査役の牽制機能が発揮されていない、(c)金融業に対する知識を欠いた経営者が多く、役職員にも金融業としてのリスク管理の知識を有する人材が不足している、(d)利用者保護の意識や遵法精神が低い、(e)経営情報や財務情報の開示に消極的であるといった厳しい指摘が並んでいる。
今後の金融庁による規制運用や制度の見直しに当たっては、このような仮想通貨交換業者の実務上の課題を踏まえた取組みがなされていくものと思われる。
仮想通貨に関するもう一つの動きとして、2016年ころから、Initial Coin Offering(ICO。トークンセールなどと呼ばれることもある)と呼ばれる手法による資金調達事例が登場したことが挙げられる。国内では2017年後半にICOとして資金調達を行う事例が散見されたが、規制の適用関係が必ずしも明確とはなっていなかったことに加えて、前述のコインチェックからの仮想通貨NEMの不正流出事案以降、仮想通貨交換業者が新たな種類の仮想通貨を取り扱うことが難しい状況が続いていたこともあり、ICOの実施例は増えていないものと思われる。他方で、米国などの海外では数十億ドル規模の資金調達を行うICOの事例も現れるなどICOによる資金調達額が急増している。もっとも、詐欺的な事例も少なくないと言われているほか、資金調達は成功したもののプロジェクトの進捗が滞っている事例も多いようである。
金融庁は、2017年10月27日に公表した「ICO(Initial Coin Offering)について~利用者及び事業者に対する注意喚起~」と題する文書において、「ICOとは、企業等が電子的にトークン(証票)を発行して、公衆から資金調達を行う行為の総称」と定義している。Initial “Coin” Offeringと呼ばれるとおり、ICOで発行されるトークンは資金決済法上の「仮想通貨」に該当する場合が多いものと考えられるが、トークンの法的性質はスキームごとに異なり、必ずしも「仮想通貨」に該当するとは限らず、ファンドの持分や商品券(電子マネー)に近似する性質のトークンが発行されるICOなどもありうる。ICOにおいて発行されるトークンが資金決済法上の「仮想通貨」に該当する場合には、トークンの発行者などに仮想通貨交換業の規制が適用されうることになる。
2017年半ばには、規制の適用関係が必ずしも明確ではないこともあり、何らの金融規制の適用対象ともならないという整理の下、国内の投資家に対してトークンの販売勧誘を行うICOの事例も見受けられた。これに対して、金融庁は、前述の「ICO(Initial Coin Offering)について~利用者及び事業者に対する注意喚起~」と題する文書を公表し、その中では、利用者(投資家)に対して、ICOで発行されるトークンを購入することについて、価格下落の可能性や詐欺の可能性があることを注意喚起するとともに、事業者に対して、ICOの仕組みによっては、資金決済法や金融商品取引法等の規制対象となることを明示した。また、2017年11月10日に公表された平成29事務年度金融行政方針33頁では、金融行政におけるICOに関する取組方針が言及されており、その中では、「ICOで発行される一定のトークンは資金決済法上の仮想通貨などに該当すると考えられ、その実態を十分に把握していく」ことや、「詐欺的なICOに対しては、関係省庁と連携して対応していくとともに、業界による自主的な対応の促進や利用者及び事業者に対するICOのリスクに係る注意喚起等を通じて、利用者保護を図っていく」ことが述べられた。この金融行政方針では、現行の法制度を前提に、関係省庁や業界の運用による対応によってICOに対処していく方針が示されており、この時点ではICOに対応するための制度改正は想定されていなかったものと思われる。
なお、2018年2月13日には、マカオを所在地とするBlockchain Laboratory Limitedに対して、日本国内でICOに関するセミナーを頻繁に開催し、日本語のサイトでトークンの購入を募っていたことを捉えて、インターネットを通じて仮想通貨の売買の媒介を行っていたものとして、金融庁が警告書を発出している。
以上のような仮想通貨や仮想通貨交換業者に関する状況の変化を受けて、金融庁は仮想通貨交換業研究会を設置し、2018年4月10日より仮想通貨交換業等を巡る諸問題について制度的な対応を検討するための審議を進めている。仮想通貨交換業研究会が設置された背景については、仮想通貨交換業制度の導入後の以下のような動きを踏まえたものと説明されている。
2018年7月より金融庁の組織再編がなされたことや、人事異動の時期を挟んだこともあり、本稿の執筆時点ではまだ具体的な制度改正の方向性は明らかになっていない。もっとも、仮想通貨交換業研究会での検討が始まる際には、金融庁が不適切なICOの差止めも含めてICOの規制を検討する方針であることが報じ
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