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人事労務弁護士が妊娠・出産・育児を通じて労働法を改めて見てみた

西内 愛

人事労務弁護士が妊娠・出産・育児を通じて労働法を改めて見てみた

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
西内 愛

 1.はじめに

西内 愛(にしうち・あい)
 2009年3月、慶應義塾大学法学部卒。2011年3月、東京大学法科大学院修了(法務博士(専門職))。2012年12月、司法修習(65期)を経て、弁護士登録(第一東京弁護士会)。2012年12月から2015年11月まで狩野・岡・向井法律事務所(現・杜若経営法律事務所)勤務。2015年12月、当事務所入所。
 私は、使用者側専門の人事労務関係のブティック事務所で3年間経験を積んだのち、弊所に入所した。弊所でも、人事労務関係の案件を中心に担当している。
 そんな私も、昨年2017年11月に長男を出産し、初めての育児がスタートした。2018年4月半ばからは、職場にも復帰し、育児をしながら仕事をしている。
 今回は、自分自身の妊娠・出産・育児を通じて労働法関連法規を改めて見てみたいと思う。

 2.妊娠

 (1)労働基準法上の妊娠中の女性従業員への対応義務

 労働基準法は、第6章の2などに、「妊産婦」(妊娠中の女性及び産後1年を経過しない女性をいう。以下同じ。)である従業員のための規定をいくつか置いている。例えば、以下のものがある。

 雇用主は、妊娠中の女性従業員が請求した場合には、他の軽易な業務に転換させなければならない。例えば、外回り中心の仕事から、内勤中心に変更してもらうなどがありうる(軽易業務への転換。労働基準法65条3項)。
 また、雇用主は、妊産婦が請求した場合には、時間外労働、休日労働や深夜業(午後10時から午前5時までの業務)をさせてはならないこととなっている(労働基準法66条)。

 私の場合、妊娠が判明してほどなく、つわりが始まった。つわりの時期は、匂いに敏感になったり、食べられるものも限定されてきて、オフィスで食事を取る際にも難儀した。また、毎日寝起きして生活するだけでも精いっぱいで、疲れやすかったように思う。上記のように必要に応じて軽易業務への転換や、残業をさせないようにすることは、確かに妊娠している従業員にとっては必要なものだと感じた。

  

 (2)妊娠中及び出産後の健康管理措置

 妊娠・出産にまつわる規定は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)にもある。

 雇用主は、女性従業員が保健指導又は健康診査を受けるために必要な時間を確保することができるようにしなければならない(均等法12条)。

 妊娠が分かると、母体や胎児の健康のため、定期的に保健指導や健康診査を受ける必要がある(母子保健法)。健診では、超音波検査、感染症への感染等を検査するための血液検査等、様々な項目がチェックされる。定期的な健診により、母体や胎児に異常が見つかった場合にも、早期に対応することができるため、健診は母親の健康状態の悪化や死産、早産、母子感染の予防にも寄与している。

 また、雇用主は、女性従業員がこの保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするため、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない(均等法13条1項)。

 妊娠した女性従業員が医師等から通勤緩和(例えば時差通勤、交通手段や通勤経路の変更)や休憩などの指導を受けた場合、その指導内容が雇用主に的確に伝えられるようにするため、「母性健康管理指導事項連絡カード」(https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/josei/hourei/20000401-25-1.htm)(以下「母健連絡カード」という。)を利用できる。この母健連絡カードが提出された場合は、雇用主は母健連絡カードの記載内容に応じた適切な措置を講じる必要がある。

 私の場合、お腹が大きくなってくるにつれて、混雑した通勤電車が辛くなった(経験上、マタニティマークを付けていても、お腹が大きくても、朝の電車では席を譲ってくれる人はほとんどいなかった。)。時差出勤ができて比較的空いた電車で通勤できるだけでも、負担はだいぶ和らぐように思った。

 

 3.出産

 無事に妊娠時期を過ごし、出産予定日が近づいてくると、出産へ向けて「産休」に入ることとなる。

 (1)産前・産後休業

 出産予定日の6週間前(双子以上の場合は、14週間)の女性から請求があった場合には、休業させなければならない(労働基準法65条1項)。また、産後8週間は、原則として女性を就業させてはならない(産後6週間経過後、本人の請求があった場合において、医師が支障ないと認めた業務に就かせることは差し支えない。)(同条2項)。

 私は、個人事業主の立場だが、この労働基準法の定めを目安に、出産予定日の約7週間前から休業に入った。私の場合、休業に入る頃には、お腹の中の子どももどんどん成長してお腹が重くなり、できればずっと休んでいたいような状態だった(個人差があるが、臨月には妊娠前と比較して7~15キログラム程度体重が増加する。)。いわゆる「安定期」(妊娠5ヶ月頃)に入ると妊娠初期の頃よりも流産のリスクは低くなるとされているが、妊娠中期~後期でも、無理をしてしまうと早産等のリスクがある。

 また、仕事をしていると、市区町村や産院等が提供している出産や育児への準備を学ぶための母親学級などにも出席しづらいし、入院用品やベビー用品の買い物や自宅のセッティングもなかなか進まないため、産前休業に入ってから本格的にこのような出産準備を進める人も多いと思う。また、産前休業に入る頃から、妊婦健診の頻度も上がるため、病院に行く機会も増える。

 そして、無事出産した後には、いよいよ待ったなしの育児が始まる。産後休業は、上記のとおり、原則産後8週間である。私の実感としては、産後1~2か月程度は、自分の身体も出産を経てガタガタになっている状態で、赤ちゃんも3時間に1回程度ミルクを必要とするし、かつ夜も寝ないうえ、家族のサポートがあったとしても、日々必死な状態だった。産後2か月間程度は最低限の休業期間として必要だという印象であった。

 

 4.育児

 育児休業その他育児に関する雇い主としての措置については、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児介護休業法」という。)に定められている。

 (1)育児休業

 男女問わず、従業員は、子が1歳になるまで、一定の要件のもと、育児休業を取得できる(育児介護休業法5条)。そして、待機児童問題を背景に、保育所が見つからない場合などには、最大2年間育児休業を取得できることとなっている(育児介護休業法5条3項、4項)。

 私は、最近出産した弁護士の先輩方の話を聞き、妊娠6か月頃から保育園の見学を始め、認可外保育所で申し込めるところには申し込んでおいた(いわゆる「保活」。)。認可保育所にも申し込んだが、当然のごとく落選した。しかし、事前の保活の甲斐もあってか、幸運にも預け先が見つかり、今年4月には入園ができた。子どもは、入園当初は、まだ生後5ヶ月弱だったので、大丈夫か心配だったが、保育園の先生方に優しく接していただき、保育園にすっかりなじめているようだ。

 

 (2)子の看護休暇

 従業員は、小学校入学前の子がいる場合、1年度に5日を限度に看護休暇を取ることができる(育児介護休業法16条の2)。

 我が家の場合は、4月の復帰から1か月ほどして、子どもが熱を出し、1週間程度保育園に行けない状態が続いた。私の住んでいる地域の自治体の場合、病児保育は少なくとも前日に連絡を入れないと利用できないため、熱が出た当日は自分や家族か、あるいはベビーシッターを呼んで対応せざるを得ない。ベビーシッターも、病児対応の場合は費用も高いし、また、対応できる方の人数も少ないため、必ずしも手配できるとは限らない。小さい子どもは病気をすることが多いので、年次有給休暇のほかにも、欠勤にはならず看護休暇という形で休める日数が一定程度確保されることは、働きながら育児をするためには必要であろうと感じる。

 

 (3)所定外労働・時間外労働・深夜業の制限

 従業員は、子の養育のため、3歳未満の子がいる場合には所定労働時間外の労働につき、小学校就学前の子がいる場合には制限時間を超える時間外労働(1か月について24時間、1年について150時間)及び深夜業(午後10時から翌午前5時まで)につき、一定の要件のもと制限することを請求することができる(育児介護休業法16条の8、17条、19条)。
 また、雇用主は、3歳未満の子を養育する従業員に関して、1日の所定労働時間を原則として6時間とする短時間勤務制度等の措置を設けなければならないこととされている(育児介護休業法23条)。

 我が家の場合、子どもを保育園に送るのは夫、お迎えは私が担当しているが、保育園の送り迎えの時間は決まっているため、時間が来れば、仕事を切り上げてお迎えに行かなければならない。もし保育時間の延長をするのであれば、事前の手配が必要であるし(もちろん追加費用もかかる)、保育園の方でも延長可能な時間には限度がある(地域によっては、ゼロ歳児については、認証保育所では延長保育が不可能なところもある。)急遽誰かに代わりにお迎えに行ってもらうことをお願いするにしても、誰かがすぐ対応できるとも限らない。
 保育園にお迎えに行って帰宅した後も、子どもにご飯を食べさせ、子どもを風呂に入れて、自分も風呂に入り、子どもを着替えさせて、子どもに絵本を読んで、子どもを寝かしつけて、これらの合間に自分もご飯を食べて、…というルーティンがあり、非常に慌ただしい。私の息子の場合の最近の状況でいうと、夜9時に寝た後、深夜12時頃と午前4時頃にお腹がすいて起きてしまうので、私や夫も起きてミルクをあげたり、あやしたりなどしなければならない。(時には、目がパッチリ覚めてしまって、深夜に1~2時間寝ないこともある。)
 ということで、小さい子どもがいると、会社に残って(特に、長い時間)残業をするというのは物理的にも、体力的にも容易ではない、ということを実感している。

 

 (4)不利益取り扱いの禁止・マタニティ・ハラスメント

 妊娠・出産・育児に関しては、労働基準法19条1項において産前・産後休業中の女性従業員につき、休業期間中及びその後30日間は解雇してはならないとされているほか、均等法9条や育児介護休業法10条、16条の10、18条の2、20条の2及び23条の2において、妊娠・出産それ自体や、出産・育児に関わる制度利用をしたことを理由として不利益な取扱いをすることが禁じられている。

 (5)雇用主のマタハラ防止措置義務

 雇用主は、妊娠・出産等の状態や育児休業等の制度の利用に対する嫌がらせ(いわゆるマタニティ・ハラスメント)により就業環境が害されることのないよう、従業員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない(均等法11条の2第1項、育児介護休業法25条)。

 個人的な実感としては、妊娠・出産・育児を巡る職場でのトラブルを防ぐためには、上司、雇用主側の理解(妊娠等の状態への理解、法制度の理解)は大前提として、相互のコミュニケーションが重要だということである。妊娠・出産・育児については、プライベートな事柄を含むし、特に妊娠してから安定期に入る頃までは、「もし何かあったら…」と、妊娠を周りの人にあまり伝えたくないと思う心理もあるが、それぞれ個々人で状況は様々であるし、上司側のバックグラウンドにもより、説明しないと分からないことも多い。

 なお、私は、妊娠中から出産後にかけて、折しも「裁判例や通達から読み解くマタニティ・ハラスメント」(労働開発研究会)のいくつかの記事を執筆していた。この執筆は、自らの体験と照らし合わせて感慨深いものがあった。ご興味のある方は、お手に取っていただけると幸いである。

 

 5.最後に

 厚生労働省の人口動態統計によると、昨年2017年の出生数は94.6万人と、戦後の第一次ベビーブームである1949年の269.6万人の約3分の1、第二次ベビーブームである1973年の209.1万人の2分の1以下となり、過去最低記録を更新した。日本において、子どもは貴重な存在となっている。

 妊娠・出産・育児は、休業等で労務提供ができない期間が生じてしまったり、残業にあまり対応できなかったり、上記のような法規制への対応の必要など、労務管理上、企業として手間がかかるものではある。他方で、企業の生産性・価値向上のためにも、多様性が重要であることが認識されたり、ICTの進化でリモートワークがより容易になって柔軟な働き方ができるようになったりと、雇用を巡る社会の変化も著しい。
 個人的には、子どもができてから、今まで行ったことのないところに行ったり、新しいサービスを使ってみたりと(例えば、保育園の連絡帳がスマホアプリで見られ、そこで子どもの写真も買える!)、視点が増えていくことを感じている。私は、人事労務に携わる弁護士として、最近のビジネスや、人の働き方、生活に関するイメージを多く持っていることは重要だと思っている。そういう意味でも、「引き出し」が増えていくので、産休・育休や育児経験も、決して無駄にはならないと思っている。