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会社法「株式交付」制度の創設と自社株対価M&Aに関する規制緩和

太田 洋

株式交付制度の創設と自社株対価M&Aに関する規制緩和

 

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
太 田    洋

太田 洋(おおた・よう)
 1991年、東京大学法学部卒業、1993年に弁護士登録(司法修習45期)。2000年、ハーバード・ロースクール修了(LL.M.)、2001年に米国NY州弁護士登録。2001年~2002年に法務省民事局付(参事官室商法改正担当)、2007年に経済産業省「新たな自社株式保有スキーム検討会」委員。2013年~2016年に東京大学大学院法学政治学研究科教授。現在、西村あさひ法律事務所パートナー、金融審議会ディスクロージャーWG委員。

一 株式交付制度の創設と制度の概要

1 はじめに

 既に法制化されている産業競争力強化法(以下「産競法」という)に基づく主務大臣の認定を受けた自社株対価TOB(以下「認定自社株対価TOB」という)その他の自社株対価を用いたM&Aに関する各種の規制緩和に加えて、2018年2月14日付けで法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会が取りまとめて公表した中間試案では、産競法のような会社法の特則としてではなく、自社株対価TOBを行いやすくなるための制度として、会社法の本則に「株式交付」制度を創設することが提案されている。そこで、以下、この制度の概要を、現時点で判明している限度で簡単に解説することとしたい。なお、最終的に次期の会社法改正においてこの制度の創設が盛り込まれるか、盛り込まれるとしてもどのような制度内容となるかについては、引き続き注視する必要がある。

2 株式交付制度の概要

 中間試案において提案されている「株式交付」制度の概要は、以下のとおりである(詳細については、中間試案第3部第2参照)。

 株式交付とは、ある株式会社(以下「株式交付親会社」という)が、他の株式会社(これと同種の外国会社を含む。以下「株式交付子会社」という)を自らの子会社とするために、当該株式交付子会社の株式を譲り受け、それと引換えにその譲渡人に対して株式交付親会社の株式を交付することをいうもの、とされている。ここで、「株式交付子会社」となり得る会社にはわが国の株式会社と同種の外国会社を含むものとされているため、株式交付制度を外国企業の買収(国際的M&A)に用いることも可能である。この点は、一般に国境を越えた買収には用いることができないと解されている株式交換とは異なる。

 株式交付は、いわば部分的な株式交換として、それまで親子会社関係が存しなかった株式交付親会社と株式交付子会社との間に親子会社関係が創設される組織法上の行為と位置付けられており、そのため、中間試案では、性質上株式交換とは異なる規律とすることが適当と考えられるものを除き、基本的に株式交換と同様の規律を設けることが提案されている。そのため、株式交付については、その基本的な性質は、対象会社(株式交付子会社)株式の現物出資による買収会社(株式交付親会社)の新株発行又は金庫株処分(以下、便宜上、「自社株対価相対株式取得」と略記する)と共通する部分があるものの、株式交換の場合と同様に、会社法199条3項及び同項の適用を前提とした有利発行規制や、現物出資財産に係る検査役の調査(会社法207条)、募集株式の引受人及び取締役等の財産価額塡補責任(同法212条、213条)に係る規律は適用されないことが前提とされている。

 なお、株式交付制度は、会社法の本則に規定される制度となることが予定されているため、産競法平成30年改正前の旧産競法の下における認定自社株対価TOBに関する会社法の特例措置の場合(旧産競法34条)と異なり、他の株式会社の株式等を、TOB手続を経ずに自社株を対価として取得する場合にも利用できるものとされているため、対象会社が非上場会社である場合にも利用できるものとされている(この点は、産競法平成30年改正後の産競法の下における会社法の特例措置の場合と同様である)。その結果、自社株対価TOBの利用を妨げてきた会社法上の現物出資規制等の緩和の対象が、認定自社株対価TOBに限らず、自社株対価TOBの大半にまで拡大されることになる。

 もっとも、株式交付親会社の株式が、別途わが国の金融商品取引法所定の要件にヒットする場合には、当該株式交付親会社の株式の交付は、別途、金融商品取引法上の発行開示規制の適用対象となることがある旨が前提とされているほか、株式交付子会社の株式に流通市場が存在する場合(例えば、株式交付子会社が上場会社である場合)には、当該株式交付子会社の株式の取得には、別途、当該流通市場を規律する証券規制(TOB規制)が適用されることになる。従って、株式交付子会社が、例えばわが国の上場会社である場合には、金融商品取引法の定める他社株TOBに係る規制(同法27条の2以下)のうち、いわゆるエクスチェンジ・テンダー・オファーに係る規制が適用されることになる。

 そして、対象会社(株式交付子会社)が外国会社である場合には、国際証券法の一般原則に従って、株式交付親会社の株式の交付が、対象会社の所在地国の証券規制の下で発行開示規制の適用を受ける場合には、株式交付親会社は、かかる発行開示規制を履践する必要があるし、対象会社(株式交付子会社)の株式に流通市場が存在する場合(例えば、対象会社の株式がその所在地国の証券市場に上場されている場合)には、対象会社株式の取得については、別途、当該流通市場を規律する証券規制(典型的には、TOB規制や英国におけるThe City Code on Takeovers and Mergers等の買収規制)が適用される場合がある。

 つまり、株式交付制度による対象会社(株式交付子会社)の買収には、日本を含む対象会社所在地国における発行開示規制及びTOB手続が必要とされるものと、それらが必要とされないものとが存在することになる。

 株式交付制度は、上記のとおり、他の株式会社の株式を、TOB手続を経ずに取得する場合にも利用できるものとされているため、産競法の下で行われる認定自社株対価M&Aと同様に、買収対価の全部又は一部を買収会社(株式交付親会社)が発行する新株又は処分する金庫株とする形で、対象会社側においては英国やアイルランド、オーストラリア、カナダその他の英国法系の諸国において利用可能な「スキーム・オブ・アレンジメント(scheme of arrangement)」を、買収会社である日本企業側では株式交付制度をそれぞれ用いて、それら諸国の対象会社を子会社化することも、可能ではないかと思われる。もっとも、中間試案では、株式交付は株式交付親会社と株式交付子会社の株主との間の譲渡に係る個別合意を前提したものであると説明されている(中間試案補足説明57頁参照)ことから、(必ずしも個別の合意に基づかないものと解される)英国等のスキーム・オブ・アレンジメントと株式交付制度とを組み合わせて英国企業等を対象とする自社株対価M&Aを実行することができるか否かについては、若干の疑問が生じる余地があるかも知れない。この点、中間試案では、株式交付の定義においては、単に「譲渡」や「取得」とされているのみで、必ずしも個別の合意を前提とした文言になっていないことから、英国等のスキーム・オブ・アレンジメントと株式交付制度とを組み合わせて英国企業等を対象とする自社株対価M&Aを実行することも可能であるように思われるが、この点については、株式交付制度の法制化の際に、解釈の明確化がなされることを期待したい。

二 株式交付の手続

1 株式交付親会社における決定事項

 株式交付親会社は、株式交付をしようとするときは、株式交付計画において、(a)①株式交付子会社の商号及び住所、②株式交付により譲り受ける株式交付子会社の株式の数(株式交付子会社が種類株式発行会社である場合にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)の下限、③株式交付子会社の株式の譲渡人に対して当該株式の対価として交付する株式交付親会社の株式の数又はその数の算定方法並びに増加する資本金及び準備金の額に関する事項、④株式交付により、株式交付子会社の株式の譲渡人に対して当該株式の対価として株式交付親会社の株式以外の財産を交付するときは、当該財産の種類に応じ、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法等、⑤株式交付子会社の株式の譲渡人に対する上記③の株式の割当てに関する事項、⑥株式交付子会社の株式の譲渡しの申込みの期日(以下「申込期日」という)、⑦株式交付がその効力を生ずる日(以下「効力発生日」という)を定めなければならず、また、(b)上記(a)②所定の下限は、効力発生日において、株式交付子会社が株式交付親会社の子会社となるように定めなければならない(但し、株式交付親会社が株式交付子会社を新たに会社法施行規則3条3項1号に掲げる場合に該当する子会社としようとするときに限られるため、株式交付完了後における株式交付親会社の株式交付子会社に対する議決権割合は50%超でなければならない)ものとされている。

 このうち、上記(b)の要件は、株式交付が、それまで親子会社関係が存在しなかった株式交付親会社と株式交付子会社との間に新たに親子会社関係を創設するものとして組織法上の行為と位置付けられ、そうであるが故に新株発行(会社法199条1項の募集により株式を発行する場合)と異なる規律を適用することになると解されているところ、このために設けられている「株式交付子会社をその子会社としようとする場合」という要件が満たされることを担保すべく、株式交付の規律の対象となる株式の交付の範囲を、客観的かつ形式的な基準によって定める趣旨で設けられている。言い換えれば、株式交付子会社に対する議決権割合が40%以上50%以下で、会社法施行規則3条3項2号イからホまでのいずれかの要件に該当するという場合には、会社法上は親子会社関係が創設されることになり得るにも拘らず、株式交付制度を利用できる要件を満たさないこととなる。また、親会社が会社法施行規則3条3項1号に該当する既存の子会社の株式を買い増す場合にも、株式交付制度を利用することはできないが、既存の子会社が同項2号に該当する子会社の場合には、当該子会社を同項1号に該当する子会社にしようとするときは、株式交付を利用することができる。

 なお、株式交付は、株式交付親会社の株式を対価として株式交付子会社を買収するための制度であり、この手続の中で株式交付親会社の株式を全く交付しないことは想定されていない。そのため、株式交付計画においては、株式交付により株式交付子会社の株式の譲渡人に対して当該株式の対価として交付することになる株式交付親会社の株式の数又はその数の算定方法並びに増加する資本金及び準備金の額に関する事項を必ず定めなければならないものとされている(上記(a)③参照)。即ち、株式交付によっていわゆる三角株式対価TOB(株式交付親会社の親会社が発行する株式のみを対価とする親会社株対価TOB)を行うことはできない。この点、産競法の下で行われる認定自社株対価TOBについては、その一環として、親会社株対価TOBを実施することも認められているのとは異なっている(なお、親会社株対価TOBについては、産競法及びその前身の「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」の平成23年改正により認定自社株対価TOBが認められる以前の2007年に、フリージア・マクロスの子会社であったフリージアトレーディングが、親会社であるフリージア・マクロスの株式を対価とするエクスチェンジ・テンダー・オファーにより、技研興業を買収した事例がある)。

 もっとも、株式交付親会社は、株式交付親会社の株式と併せて当該株式以外の財産をも対価とすることができることが前提とされており(即ち、「一部現金交付株式交付」のようなものも認められている。上記(a)④参照)、また、株式交付子会社が種類株式発行会社である場合には、一部の種類の株式交付子会社の株式についてのみ株式交付親会社の株式を対価とした上で、その他の種類の株式については無対価とし又は株式交付親会社の株式以外の財産を対価とすることができることも前提とされている。

2 株式交付子会社の株式の譲渡しの申込み等

 株式交付親会社は、株式交付子会社の株主等に対し、上記1(a)①から⑦までの事項を定めた株式交付計画の内容等を通知しなければならず、株式交付子会社の株式等の譲渡しの申込みをする者は、譲り渡そうとする株式等の数その他の事項を記載した書面を、株式交付親会社に交付することとされている。譲渡しを行うか否かは、株式交付子会社の株主等の任意の裁量に委ねられている。その意味で、株式交付制度の下における株式交付は、組織法上の行為として位置付けられてはいるものの、取引法上の行為としての性格も一部帯びている。

 株式交付親会社は、譲渡しに係る申込者が申込期日において申込みをした株式の数の総数が下限に満たない場合を除き、効力発生日の前日までに、申込者に対して、当該申込者から譲り受ける株式等の数を通知することとされている。これに対して、申込者は、効力発生日に、株式交付親会社が通知した数の株式等を給付しなければならず、効力発生日に株式交付親会社が給付を受けた株式の総数が下限以上である場合には、当該給付をした申込者は、効力発生日に株式交付親会社の株主となる。

 大要、以上のような手続を経て、株式交付子会社の株主のうち申込みをした者に対して株式交付親会社の株式が交付されるが、株式交付親会社においては、以上の手続を通じて、会社法199条3項及び同項の適用を前提とした有利発行規制や、現物出資財産に係る検査役の調査(会社法207条)、募集株式の引受人及び取締役等の財産価額塡補責任(同法212条、213条)に相当する規律が適用されることはない旨定められている。

3 株式交付親会社におけるその他の手続

 株式交付親会社において必要となり得るその他の手続としては、株式交換完全親会社の手続に準じて、㋑株主総会の特別決議による上記1(a)①から⑦までの事項を定めた株式交付計画の承認、㋺反対株主による株式買取請求に係る手続、㋩一定の場合における債権者異議申述手続、㋥事前備置書類の備置き等が挙げられる。

 もっとも、上記㋑については、株式交付子会社の株主に対して交付する株式交付親会社の株式その他の財産の価額が株式交付親会社の純資産額に占める割合が20%以下である場合には、株主総会の特別決議は不要(取締役会決議のみで実行可能)とされている。このように、株式交付親会社において、いわゆる簡易手続によることも認められている(いわゆる簡易株式交付)。

 なお、株式交付手続を通じた株式交付子会社の株式の取得については、前記一で述べたとおり、金融商品取引法上の公開買付規制の適用が別途あり得ることが前提とされているところ、株式交付子会社が有価証券報告書提出会社である場合には、上記1のとおり効力発生日において株式交付子会社が株式交付親会社の子会社(会社法施行規則3条3項1号に掲げる場合に該当する子会社に限る)となるように定めなければならないとされている結果、自ずから買付け等の後の株券等保有割合が3分の1超となるため、株式交付制度を利用すると、常にTOB手続(対価が株式となるため、いわゆるエクスチェンジ・テンダー・オファーとなる)を履践する必要があることになる(金商法27条の2第1項2号)。

4 株式交付子会社における手続

 株式交付子会社においては、株式交付について、株主総会の決議や取締役会の決議等の特段の手続を要しないものとされている。株式交付制度においては、株式交付子会社の株主等は、自らの申込みに基づいて、自らが有する株式交付子会社の株式等を譲り渡すものとすることが想定されていることから、株式交付子会社において株主総会決議を要求するなど、株主の保護に関する手続を要求する必要は特にないと考えられているためである。

 もっとも、株式交付子会社については、わが国株式会社と同種の外国会社でもよいとされているところ、株式交付子会社が外国会社である場合には、当該外国会社側の手続は、国際私法(国際会社法)の一般理論に基づき、当該外国会社の従属法である同社の設立準拠法において必要な手続も、別途履践される必要がある。

三 他の自社株対価M&Aの手法との比較

 以上で述べた株式交付制度を用いて行う買収が、株式交換を用いて行う買収、自社株対価相対株式取得を用いて行う買収、及び認定自社株対価TOBを用いて行う買収と、その利用可能範囲及び利用した場合における効果の点で、どのように相違しているかを表にまとめると、【表1】のとおりとなる。

 株式交付は、対象会社(株式交付子会社)による手続が通常不要である点を除き、概ね手続的には株式交換と同様であるが、部分買収が可能である点が株式交換と異なっていることが看て取れる。

 他方、株式交付は、部分買収が可能である点では認定自社株対価TOBと同様であるが、単なる買い増しには利用できない点や、一定の場合に買収会社(株式交付親会社)側で債権者保護手続が必要となる点が認定自社株対価TOBと異なることも看て取れよう。

 【表1】 自社株を対価とする各買収手法の比較

  株式交換自社株対価相対株式取得(会社法上の現物出資による買収会社の新株の発行等)認定自社株対価TOB株式交付

買収会社

日本法上の株式会社・合同会社

日本法上の株式会社・合同会社・合資会社・合名会社

日本法上の株式会社

日本法上の株式会社

対象会社

日本法上の株式会社のみ(外国会社の買収には利用不可)

制限なし

日本法上の株式会社・外国法人

日本法上の株式会社・それに相当する外国会社

全部/部分買収

全部買収のみ

両方可能

両方可能

両方可能

買い増しへの利用の可否

不可(但し、子会社を完全子会社とすることは可能)

可能

可能

不可

現物出資規制(検査役調査・財産価額塡補責任)

不適用

適用され得る

不適用

不適用

買収会社における決定機関・決議要件

原則:株主総会特別決議
簡易要件充足:取締役会決議のみ

公開会社の場合
原則:取締役会決議のみ
有利発行に該当:株主総会特別決議
非公開会社の場合
株主総会特別決議

原則:株主総会特別決議
簡易要件充足:取締役会決議のみ

原則:株主総会特別決議
簡易要件充足:取締役会決議のみ

買収会社の反対株主の株式買取請求権

あり

なし

あり

あり

買収会社株主による差止請求権

会社法796条の2

会社法210条

会社法210条

あり

対価に株式等以外の財産が含まれる場合の債権者異議手続

あり

なし

なし

あり

買収会社の親会社株式を用いることの可否
(子会社による親会社株式の取得禁止規制の適用の有無) 

 

可能
(いわゆる三角株式交換)

原則不可

可能
(いわゆる親会社株対価TOB)

不可

対象会社における決定機関・決議要件

原則:株主総会特別決議
略式要件充足:取締役会決議のみ

機関決定不要
(但し、対象会社が外国会社である場合にはその設立準拠法上の手続が必要)

機関決定不要
(但し、対象会社が外国会社である場合にはその設立準拠法上の手続が必要)

機関決定不要
(但し、対象会社が譲渡制限会社であるときは別途譲渡承認手続が必要。また、対象会社が外国会社である場合にはその設立準拠法上の手続が必要)

対象会社株主への課税繰延措置の存否

あり

あり

あり(限定的)

なし

米国Form F-4規制(後記四参照)の回避可能性

不可

可能

可能と解される

可能と解される?

わが国上場会社が買収に用いた実例

多数

多数 そーせいによる英アラキス買収(2005)
オリックスによる蘭ロベコ買収〔対価の一部のみ〕(2013)等

本稿脱稿日現在なし

N/A

四 今後の課題

 既に別稿(拙稿「産競法平成30年改正及び平成30年度税制改正により利用しやすくなった自社株対価TOB 」)で詳述したとおり、平成30年度税制改正によって、特別事業再編計画について主務大臣による認定を受けた場合に限ってではあるが、認定自社株対価TOBを用いて買収がなされる際に、当該TOBに応募した対象会社の株主に課税繰延べ(株式譲渡益への課税の繰延べ)が認められる余地が拓かれた。つまり、米国やドイツなどのようにエクスチェンジ・テンダー・オファーを用いたM&A取引について広く課税繰延べが認められている国に所在する企業を日本企業や外国企業が買収する場合と同様、わが国でも、買収会社が日本の株式会社であることが条件とはなるものの、特別事業再編計画について主務大臣から認定を受けた認定自社株対価TOBを利用することで、現金で買収を行う場合に比べて、対象会社の株主にとって、税務上より有利な形で買収を実行することが可能となっている(現金を対価として買収を行う場合には、わが国でも他国でも対象会社の株主に課税繰延べは認められていないため)。

 しかしながら、認定自社株対価TOBが用いられた場合における対象会社株主に対する上記の課税繰延措置は、特別事業再編計画について主務大臣から認定がなされることが条件となっているのみならず、租税特別措置法に基づく時限措置(2021年3月末までに特別事業再編計画について主務大臣による認定を受けた認定自社株対価TOBのみに適用)とされている。

 これに対して、米国では、一般的に(つまり、特段の計画認定等を要することなく)、わが国でいう自社株対価TOBに相当するエクスチェンジ・テンダー・オファーは、いわゆるB型組織再編(連邦内国歳入法典368条(a)(1)(B))に該当し、買収会社が対象会社の議決権株式の80%以上かつ無議決権株を含めて発行済株式総数の80%以上を取得する等の一定の条件を充足する場合には、自社株対価TOBに応募して買収会社の株式を取得する対象会社の株主に対しては、TOBへの応募(対象会社株式の売却)時点では連邦所得税の課税がなされず、課税が繰り延べられるものとされている。また、同様の一般的な課税繰延制度は、ドイツ、フランス、オランダ等のEU諸国にも広く存在する。

 わが国で、従来、認定自社株対価TOBが利用されてこなかった原因の一つとして、合併や株式交換等といった買収会社の自社株を対価とする他の買収手法が用いられた場合と異なって、自社株対価TOBを用いて買収を実行した場合には、当該TOBに応募した対象会社の株主が株式譲渡益課税に服することになってしまうという点が考えられるのではないかということは、かねて指摘されてきた。それ故、平成30年度税制改正で、認定自社株対価TOBについて、限定的ながらも当該TOBに応募した対象会社株主への課税繰延措置が導入されたことは大きな前進であるが、会社法改正によって株式交付制度が創設され、会社法の本則に基づいて、特段の計画認定等を要することなく、一般的に自社株対価TOBを円滑に実施できるようになった暁には、M&Aの手法として(種々のメリットを有する)自社株対価TOBが積極的に活用されるようにするためにも、租税特別措置法に基づく時限措置としてではなく、法人税法及び所得税法の本則に基づく恒久的措置として、少なくとも一定の範囲内においては、当該TOBに応募した対象会社(株式交付子会社)株主への課税繰延べが認められることが望ましいものと思われる(ちなみに、株式交換については、対象会社=株式交換完全子法人の株主は、株式交換完全親法人となる会社の発行株式以外の資産(boot)の交付がない限りは、常に税務上の損益認識の繰延べが認められるものとされている)。そのような手当てを講じても、当該TOBに応募した対象会社(株式交付子会社)株主が、当該TOBの結果として取得した買収会社(株式交付親会社)株式を売却する等して換金した場合には、課税が繰り延べられていた含み益相当分を含めて当該株式の含み益全体について株式譲渡益課税がなされる以上、課税当局にとって特段の不利益が生じるわけではない(自社株対価TOBを用いた対象会社の買収がなされず、その結果として対象会社株主が株式を保有し続ければ、いずれにせよ実現主義の下でその含み益に対する課税がなされることはない)。

 なお、原稿の長さの関係上、本稿では詳述することができない(この問題の詳細については、石﨑泰哲「産業競争力強化法の改正で自社株対価M&A利用しやすく」参照)が、米国居住者が株主となっているわが国上場会社に対して、株式交付制度を用いて自社株対価TOBが実行される場合にも、日本における通常のTOB(現金対価TOB)について、米国SECが示す一定の解釈指針に準拠する形で、日本のTOB実務上、米国内の株主をTOBから除外し、米国を経由した応募を受け付けない(日本の常任代理人からの応募は受け付ける)ことを公開買付届出書に注記する等の方策を執ることで、米国の1934年連邦証券取引所法に基づくTOB規制の適用を免れることができるとの実務対応が確立していることに鑑みて、自社株対価TOBにおいても、同様の方策を執ることで、米国の1933年連邦証券法に基づくForm F-4の登録等の規制(以下「Form F-4規制」という)の適用を免れることができるのではないかと考えられる(現金対価TOBにおいて、米国居住株主をTOBによる「買付け等」から除外する対応が可能なのであれば、「買付け等」の対価である「自社株」の「交付の勧誘」も米国居住株主に対してはなされていないこととなり、自社株の交付について米国証券法の規制は及ばないと考えることが、論理的に首尾一貫するため)。株式交付制度が創設された場合、かかる解釈が確立されれば、Form F-4規制への抵触の懸念から株式交換の利用が困難なときでも、(認定自社株対価TOB又は)株式交付を用いた自社株対価TOBを利用することで、自社株を対価とするM&Aを実行することが可能となる。従

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