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接待で文科事務次官ら辞職、霞が関ブローカーめぐる腐敗の根は深い

村山 治

 幹部職員2人が東京地検に収賄容疑で摘発された文部科学省で、事務方トップで職員の綱紀に目を光らせるべき事務次官ら6人が、贈賄容疑で起訴された同じ業者から飲食店や銀座のクラブで接待を受けていたことが発覚。次官ら2人が辞職した。その乱脈ぶりに20年前に取材した大蔵接待汚職事件を思い出した。同事件を摘発した東京地検幹部は、大蔵(現財務)官僚が金融機関の接待漬けになっていた様を「接待の海」と評した。あれと同じような退廃がまた起きているのだろうか。

●事件の概要と出国した贈賄指南役

文部科学省の事務次官を辞職した戸谷一夫氏=2018年9月21日午後0時38分、東京・霞が関、山本裕之撮影
 まず一連の文科省汚職事件について簡単に振り返る。

 東京地検特捜部は7月24日、佐野太・前文部科学省科学技術・学術政策局長を受託収賄罪で起訴した。佐野氏は、同省官房長だった2017年5月、都内の飲食店で東京医科大の臼井正彦前理事長と鈴木衛前学長から私立大支援事業の申請で東京医科大側に便宜を図ってほしいとの請託を受け、見返りに18年2月の入試で息子の点数を加算して合格させてもらった、とされる。不正合格という無形のサービスを賄賂と見立てるのは珍しい。

 特捜部は、臼井、鈴木両氏を贈賄罪で在宅起訴し、併せて、佐野氏と臼井氏を仲介した医療コンサルタント会社の谷口浩司元役員を受託収賄ほう助の罪で起訴した。

 続いて特捜部は8月15日、川端和明・前文科省国際統括官を収賄罪で起訴した。JAXA(国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構)理事だった2015年8月~17年3月、都内の飲食店で谷口氏から20数回の接待を受け、タクシー券をもらうなど計約150万円相当の賄賂を受け取ったとされる。併せて谷口氏を贈賄罪で追起訴した。

 川端氏は、谷口氏の依頼で、東京医科大学が開いた講演会に宇宙飛行士を派遣したり、谷口氏がJAXAの人工衛星を使った災害対策事業を大手流通会社に提案する際、助言したりしていたとされ、特捜部は、それを賄賂の見返りと見立てた。

 さらに、特捜部は、贈賄側の谷口氏の「指南役」とみられるコンサル会社の元役員について川端氏への贈賄の共犯容疑で逮捕状をとった。元役員は政官界に太いパイプがあるとされ、元役員の特捜部への供述次第では、事件が政界や他省庁に広がる可能性もあるが、元役員は谷口氏が7月25日に逮捕された後、東南アジアに出国。検察側は、国内の知人を通じて帰国するよう働きかけている模様だが、10月25日現在、帰国・出頭の動きはない。

 法務省から通報を受けた外務省は8月27日、元役員にパスポートを返納するよう命じている。

●報告書概要

文科省が公表した資料
 文科省は、2つの汚職事件摘発を受けて8月中旬、「文部科学省幹部職員の事案等に関する調査・検証チーム」を設置。全職員2617人に対し、贈賄側の谷口氏との会食、接待の有無を調査した。その結果、同省事務方トップの戸谷一夫・事務次官、次官の有力候補とされる高橋道和・初等中等教育局長ら幹部6人が谷口氏から飲食の接待を受けていたことが判明した。

 これを受けて林芳正文科大臣は9月21日、調査の第一次報告を公表するとともに、戸谷次官ら4人に国家公務員法99条違反(信用失墜行為)などがあったとして、▽戸谷次官を減給1割3月▽高橋局長を減給1割2月▽義本博司・高等教育局長を減給1割1月―とする懲戒処分を行った。また、柿田恭良・大臣官房総務課長を訓告処分とした。

 報告によると、戸谷氏は、文科審議官時代の15年10月29日、谷口氏らと四谷の飲食店で会食。1万円を超す接待を受けた後、銀座のクラブでも5万円超の接待を受けた。移動のタクシー代を含め供応接待の額は少なくとも計6万2千円あった。戸谷氏は同省職員の綱紀をチェックする「倫理監督官」(事務次官が兼務)として部下の接待についての監督責任も問われた。

文部科学省の初等中等教育局長を辞職し、頭を下げる高橋道和氏=2018年9月21日午後0時41分、東京・霞が関、山本裕之撮影
 高橋氏は、スポーツ庁次長だった17年5月、同庁の委託事業である「スポーツ界のコンプライアンス強化事業」(約400万円)について、谷口氏が監事を務める一般社団法人「スポーツ・コンプライアンス教育振興機構」の応募申請を採択。同機構発足記念会が開催された同年6月29日夜、新橋の飲食店で谷口氏や野党参院議員が参加して開かれた懇親会に出席。少なくとも2万円程度の供応接待を受けた。

 義本氏は、高等教育局長就任後の17年9月15日、新橋の飲食店で谷口氏らと会食。その後、銀座のクラブでの二次会にも参加し、タクシーチケットをもらって帰宅した。代金の合計は10万円を超えた。その後、谷口氏は10月2日に義本氏を訪問し、厚労省幹部との懇談をセットするよう依頼。厚労省幹部は会費制を条件に応諾し、義本氏は同月10日、神田の飲食店で谷口氏、厚労省幹部らと会食。義本氏は会費として5千円を支払ったが、会食費は2万円で1万5千円の接待を受けた。2回の接待総額は11万5千円を超すと認定された。

●接待仲介役は前文科省国際統括官

 報告では、いずれの接待も、収賄罪で起訴された川端氏が「国会議員が参加する懇親会があるので、参加してほしい」などと声をかけ、接待にも同席していた。

 戸谷氏らは「政治家は、国家公務員倫理法及び倫理規程上の利害関係者には該当しないとの認識だったので出席した」と弁明したが、報告書は「政治家等であっても、本人が事業者である場合や利害関係者の代理人等である場合には、問題になる」と指摘した。戸谷、高橋の両氏は辞職し、義本氏は職にとどまった。

 柿田氏は同省会計課長時代の17年4月7日、川端氏から「会計課長就任祝いをしたい」と誘われ、新橋の飲食店で谷口、川端氏らと会食。銀座のクラブでも接待を受けた。総額は10万円を超すとみられるが、先輩の川端氏が払ってくれていると認識していたと弁明。訓告処分となった。

 さらに、文科省は10月19日、高橋氏とともに谷口氏の会合に出席し接待を受けたとされる当時のスポーツ庁参事官の由良英雄氏(現・経済産業省職員)を、高橋氏と同じ減給1割2月の懲戒処分にした。

 文科省によると、スポーツ庁は「スポーツ界のコンプライアンス強化事業」に応募した事業を技術審査し、上位2件を採択する予定だった。谷口氏の関連団体の事業は技術審査採点で3番目だったが、由良氏は、件数を増やした方が多角的な取り組みができるとして、技術審査委員の同意なしに採択件数を2件から3件に増やし、谷口氏の事業が採択されるようにした。

 由良氏は、谷口氏関連の事業を採択した後に、同庁次長だった高橋氏とともに谷口氏から少なくとも2万円の接待を受けており、文科省は「行政の公正さが疑われる行為」と認定した。

 文科省は併せて、スポーツ庁の鈴木大地長官についても管理監督責任を問い、厳重注意とした。そのほか、この調査で、課長・室長級職員2人が谷口被告以外の利害関係者とゴルフをしていたこと、別の課長・室長級職員2人が利害関係者にタクシー代を払ってもらっていたことが明らかになり、いずれも国家公務員倫理規程違反で厳重注意した。 

●中央省庁の接待スキャンダル

 中央省庁の官僚の接待スキャンダルは、ほぼ10年おきに表面化している。

 文部(現文科)、労働両省とNTTを舞台に政官界の汚職事件に発展したリクルート事件は、バブル崩壊前夜の1988年夏に発覚した。

 このとき、文部省は、元事務次官がリクルート社側からリクルートコスモス未公開株1万株の譲渡を受け収賄罪で起訴された。そのほか、初等中等教育局職業教育課の教科調査官がリ社側から30数回、100万円相当の飲食のもてなしを受けたことが判明。調査官と上司の課長ら計3人が停職や戒告の懲戒処分を受け、また、リ社から接待を受けた局長を含む9人が口頭での厳重注意を受けた。

大蔵省に家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官たち=1998年1月26日午後4時40分、東京・霞が関で
 その10年後の1998年に摘発された大蔵接待汚職事件では、大蔵省金融検査部の検査官ら3人と元証券局総務課長補佐の計4人が3百数十万~5百数十万円の飲食、ゴルフ接待を受けたとして収賄罪で起訴された。「ノーパンしゃぶしゃぶ」など風俗接待もあり、霞が関の中の霞が関といわれた大蔵省の権威を失墜させた。

 金融機関は「MOF担」と呼ばれる大蔵省との連絡役の職員を置き、有力幹部に対し、連日のように、飲食やゴルフ接待を繰り返していた。大蔵省は、次官候補といわれた銀行局担当審議官を停職、証券局長ら17人を減給とするなど計112人に対する処分を行った。

 2007年には、元防衛事務次官が特捜部に摘発された。防衛装備品の納入で防衛専門商社側に便宜を図った謝礼として、2003年から07年にかけて120回にわたってゴルフ接待を受けたほか、妻名義などの銀行口座に364万円の送金を受けた、として収賄と議院証言法違反(偽証)の罪で起訴された。懲役2年6月、追徴金約1250万円の実刑判決を受けて服役した。

 翌年には、文科省汚職も摘発されている。文科省文教施設企画部の元部長(沼津工業高専校長)が国立大などの施設整備情報を漏らす見返りに建設会社側から現金計270万円を受け取ったとして、警視庁に逮捕された。

 文科省はこの事件に関連して文教施設企画部参事官ら3人を、贈賄業者から繰り返しゴルフなどの接待を受けたほか、ゴルフクラブやエアコンなどを受け取ったとして、国家公務員倫理法違反で懲戒免職処分にしたほか、ゴルフ接待を受けていた職員4人も減給や戒告の処分にした。

●繰り返す文科省の不祥事

 そして、今回の文科汚職事件に伴う接待スキャンダル。過去の文科省のそれとの違いは、事務次官や次官候補の局長など省のトップが軒並み、接待にまみれていたことだ。大蔵汚職に比べると、1人当たりの接待額は少ないが、退廃ぶりではひけをとらない。

 大蔵汚職の直後には、当の大蔵省(財務省)をはじめ霞が関の官庁では、官民や官官の接待を自粛する空気が広がった。お灸が効いた財務省は、こと接待についてはいまも敏感だが、他の省庁については、自粛ムードは一時のことだったようだ。

 思い出したように収賄事件が摘発され、付随して官僚の接待漬けが明らかになって処分を受ける。その繰り返しだ。

 「官僚立国」日本の中央省庁の官僚は、事実上、国の事業の許認可権や補助金の決定権を持ち、民間には喉から手が出るほどほしい政策情報も持っている。強大な権力者といえる。

 英国の歴史家、ジョン・アクトンは「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」との格言を残した。その「公理」は、ここでも貫徹している、ということなのか。

●2万円の接待で辞めた初等中等教育局長、11万円で居座った高等教育局長

 行政処分を受けて、初等中等教育局長の高橋氏は2万円の接待で辞職し、11万5千円の接待を受けた義本高等教育局長が職にとどまった。それに違和感を持った読者がいたのではないだろうか。

 義本氏が二次会の銀座のクラブにまで繰り出して豪遊したのに対し、高橋氏は一次会にしか出席していない。金額の多寡や供応内容でいえば、義本氏の方がより悪質と見えるからだ。

 しかし、実は、国家公務員倫理法や倫理規程上は、高橋氏の方がより責任が重いことになる。ポイントは、接待者との職務に関する利害関係の有無だ。それによって責任の重さが違ってくるのだ。

 高橋氏は、スポーツ庁次長として、谷口氏や国会議員らが設立した一般社団法人「スポーツ・コンプライアンス教育振興機構」に対し、スポーツ庁の事業を委託した。利害関係は明白だ。

 検察は、贈収賄事件で「賄賂の対価性」、つまり、その職務行使が賄賂の見返りだったかどうかを重視する。その点で、この事業委託は、検察にとって「筋のいい話」に見えたはずなのだ。

 その時代の社会通念なども加味して摘発される接待汚職には、「接待額がいくら以上なら訴追」というような摘発基準はないが、さすがに、2万円の接待だけで高級官僚を立件対象にはしない。しかし、谷口氏らが受託した事業の金額が一桁違い、接待額が100万円に達すれば、検察が、単純収賄や一段責任の重い受託収賄などの容疑で摘発対象にしてもおかしくなかったと思われる。

 一方、義本氏は、職務上、谷口氏らと利害関係はなく、厚労省幹部を紹介したことも、文科省局長の職務行使とはいえない、と判断された。

 朝日新聞9月22日朝刊の記事「文科官僚、甘い意識 銀座のクラブ・車代、一晩10万円超も」は、「高橋氏は『倫理においては一段高い責任が求められる職責』と理由を説明」と報じたが、高橋氏は、委託事業者から接待を受けた重大さを十分認識していたと思われる。

●「対価性」で苦しんだ大蔵接待汚職

 接待汚職は、ある意味で古典的な犯罪だ。公務員が、その職務と関係のある業者から接待を受けたら、基本的に、収賄罪(単純収賄)が成立する。判例では、単純収賄罪については、職務の見返り=「対価性」の立証について、公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足りるとされている。ただ、20年前の大蔵接待汚職も単純収賄での摘発だったが、検察はこの「対価性」にこだわった。

 大蔵省はバブル崩壊に伴う金融機関の巨額の不良債権について適切な処理を怠ったため、停滞を長引かせ、泥沼化させた。法務・検察首脳は、金融失政の責任追及を国民から求められていた。

 検察は、大手証券や都銀の総会屋に対する利益供与事件に対する捜査の過程で、大蔵官僚や日銀職員に対する金融機関の過剰接待の事実を把握した。

 事実上の予算編成権、徴税権と金融行政権を持つ大蔵省に対し、金融界をはじめ多くの企業が「MOF(大蔵省)担」と呼ばれる大蔵省との連絡役の職員を置き、食い込みを図り、大蔵官僚を接待漬けにした。バブルが弾け、不良債権処理が始まっても、それは変わらなかった。

 当初、法務・検察の幹部たちは、そこに捜査のメスを入れるのに慎重だった。幹部らは当時の大蔵省を国家の要と認識しており、捜査が国家運営を停滞させるのではないか、と危惧したからだ。さらに、脱税告発や予算折衝などの業務を通じ、大蔵・国税幹部と親密な関係にあったことも、腰を重くした。

 捜査現場の突き上げで、法務・検察首脳はようやく摘発に踏み切る。

 今度は「接待の海」が、捜査のネックになった。裾野が広すぎたのだ。「平等」を期すならば、すべての接待を立件し、捜査しなければならないが、それは物理的に不可能だった。一罰百戒で、多くの国民が悪質だと受け取るケースだけをピックアップすることが命題となった。そのため、捜査対象を「対価性」が明白なものに絞り込むことになった。

 訴追された金融検査官らは、銀行検査の期日や対象を教えたり、不良債権の償却費用を無税扱いにする償却証明の発行などに便宜を図ったりしていた。職務権限行使の「対価性」は明々白々だった。しかし、彼らは、しょせん、金融業界に監督権限を行使する「現場」の人でしかなかった。

●「金融失政さえなければ…」と元検察幹部は振り返る

 金融失政の本当の責任は、大蔵省幹部、つまり、エリートのキャリア官僚たちにあった。国民の多くは、いじましい金融検査官の摘発だけでなく、金融行政に携わった大蔵上層部の摘発を求めていた。

 金融行政の企画立案を本務とする上層部のキャリア官僚に対し、金融検査官と同様の「職務行使」で対価性を証明するのは難しかった。キャリア官僚は職務上、階級が上がるほど、金融機関との直接的、個別的な利害関係は小さくなるからだ。

 結局、検察は、現場により近い中堅キャリア官僚の証券局総務課長補佐の摘発で折り合いをつけた。証券局証券業務課長補佐や銀行局銀行課長補佐などを務めていたときに、金融新商品の認可やMMF(マネー・マネジメント・ファンド)解約に伴う即日現金化などに便宜を図ったことを接待の対価ととらえて訴追した。金融行政にかかわった幹部キャリアの訴追は見送られた。

 「大蔵行政に対するケジメをつけなければならなかった。金融業界との癒着があることはわかったが、現金の授受が出なかったので接待だけで立件した。本来、金融失政がなければ、刑事事件でなく、懲戒

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