2018年11月07日
西村あさひ法律事務所
弁護士 千葉 悠瑛
FIRRMAは、CFIUSによる審査の対象となる取引の範囲を拡大する内容なども含んでいるところ、日本からの対外直接投資に占める米国向け投資の割合は大きく、現にこれまでもしばしば日本企業が関与する取引はCFIUSによる審査の対象となってきた状況を踏まえると、同法の成立が日本企業に与える影響は小さくないと考えられる。
FIRRMAの規定の一部は同法の成立と同時に施行される一方で、その全面施行は関連規則等が整備された後、或いは同法の成立から最大でも18ヶ月後とされているが、CFIUSは早くも2018年10月10日にCFIUSの審査対象取引の範囲を拡大するFIRRMAの規定に関する暫定規則を公表し、同年11月10日から同規定を施行するパイロット・プログラムを実施することとしている。
本稿では、日本企業にとって特に重要と考えられる点を中心に、FIRRMAによる米国の外国投資規制の改革の概要を紹介する。
CFIUSは、1975年に、フォード米大統領の大統領令(注2)により、米国における外国投資の影響の評価等を担当する組織として設置された。1988年には、1988年包括通商・競争力法(Omnibus Trade and Competitiveness Act of 1988)に盛り込まれたいわゆるエクソン・フロリオ条項により、大統領に対し国家安全保障を脅かす一定の米国への外国投資を阻止する権限が与えられるとともに、レーガン米大統領の大統領令(注3)により、CFIUSに対しエクソン・フロリオ条項の下での外国投資の審査等を実施する権限が委譲された。エクソン・フロリオ条項の成立につながった背景として、当時急増していた米国への外国投資が米国経済に与える影響に対する懸念や、特に、1987年に計画されたシュルンベルジェ(Schlumberger)傘下の半導体企業フェアチャイルド・セミコンダクター(Fairchild Semiconductor)の富士通に対する売却が、当時の日米間の貿易摩擦や米国の国際的な経済的地位の低下に対する危惧を理由に米国議会において強い反感を買ったことなどがあるとされている(注4)。その後、エクソン・フロリオ条項を改正した2007年外国投資及び国家安全保障法(Foreign Investment and National Security Act of 2007)の制定により、それまで大統領令に基づいて創設及び運営されてきていたCFIUSに対し法律上の根拠が与えられた。
CFIUSは、取引当事者による申請に基づいて、又は申請がない場合であっても職権で取引の審査を開始することができる。CFIUSによる審査のプロセスは第1次審査及び第2次審査に分かれており、第1次審査又は第2次審査を経て取引が承認されれば審査は終了するが、第2次審査を経た結果CFIUSにより国家安全保障に対する脅威があると判断された案件については、CFIUSから大統領に対し案件差止めの勧告が出され、これを受けて、大統領は当該案件を差し止めるか否かを判断することになる。CFIUSが案件を承認するにあたっての前提として、一定の技術や情報等へのアクセスができる者の範囲を限定したり、一定のセンシティブな資産を取引の対象から除外したりするなどの、国家安全保障上の脅威を軽減するための代償措置を採ることを要求される場合もある(条件付承認)(注5)。
CFIUSの設置以来、米大統領は取引を阻止する権限を計5回発動してきた。主に中国企業が直接又は間接に関与する取引がその対象となっており、例えば、オバマ政権下においては、中国の大手建設メーカーの役員2名(いずれも中国籍)が所有する米国企業であるRalls Corporationが、米国オレゴン州のバタークリーク風力発電所計画に関与する米国企業4社を買収しようとした案件に対し、大統領により買収の中止及び既に買収済みの4社に関する権利や財産の処分等が命じられた事例(注6)に加え、中国の福建芯片投資基金による、ドイツを拠点とし、米国に資産を有する半導体企業アイクストロン(Aixtron)の買収の禁止が命じられた事例(注7)があった。また、近年CFIUSによる審査が活発化してきており、既にトランプ政権下でも、キャニオン・ブリッジ・キャピタル・パートナーズ(Canyon Bridge Capital Partners)によるラティス・セミコンダクター(Lattice Semiconductor)の買収及びブロードコム(Broadcom)によるクアルコム(Qualcomm)の買収の2件が大統領により差し止められている(注8)。
大統領による判断にまで至らなくても、CFIUSによる承認が得られないことを理由に取引当事者が自ら取引を中止する場合もあり、2018年に中国のアリババ・グループ傘下のアント・フィナンシャル(Ant Financial)がマネーグラム(MoneyGram)の買収を断念したのも、CFIUSの承認が得られなかったことによるものと報道されている(注9)。
そのような中、本年制定されたFIRRMAは多方面においてCFIUSの審査制度への改革をもたらしたが、そのうち日本企業にとって実務上特に重要と考えられる点は以下のとおりである。
1 審査対象の拡大
(1) 支配を伴わない投資
従来、審査の対象となる取引は、外国企業が合併、取得又は買収等により米国企業を「支配(control)」することとなる取引とされてきたが、FIRRMAにより、①重要インフラ(critical infrastructure)を保有、運営、製造若しくは供給し、又は重要インフラに対しサービスを提供する企業、②1つの若しくは複数の重要技術(critical technologies)を生産、設計、試験、製造、製作若しくは開発する企業、又は③国家安全保障に脅威をもたらす態様で利用されうる米国民のセンシティブな個人データを保持又は収集する企業に対する投資は、必ずしも当該企業の「支配」を得る場合でなくても、審査の対象に含められることとなった。すなわち、これらの企業に対する投資は、(i)米国企業の重要な非公開技術情報に対するアクセス、(ii)米国企業の取締役会等のメンバー若しくはオブザーバーとしての地位又は取締役等の指名権、又は(iii)議決権の行使によるものを除く、センシティブな個人データ、重要技術若しくは重要インフラに関する米国企業の一定の実質的な意思決定への関与を付与することとなる場合には、審査の対象に含まれる。
上記①の「重要インフラ」は、「物理的(physical)であるか仮想的(virtual)であるかを問わず、その無力化又は破壊が国家安全保障を危殆化させるような極めて重要なシステム又は資産」と幅広く定義されており、関連規則においてより詳細にその範囲が画定されることとなっている。
また、上記②の「重要技術」には、米国における安全保障輸出管理の枠組みを定めた国際武器取引規則(International Traffic in Arms Regulations)や輸出管理規則(Export Administration Regulations)に基づく規制の対象となる一定の品目等に加え、FIRRMAと同時に成立した輸出管理改革法(Export Control Reform Act of 2018)に基づいて新たに特定される先端基盤技術(emerging and foundational technologies)が含まれることとなる。
「先端基盤技術」とは、「重要技術」には該当しないものの、米国の国家安全保障にとって不可欠な技術と定義されており、その具体的な内容は今後パブリック・コメントの募集等の手続を経て特定されていくこととなる。米国国防省の国防革新ユニット(Defense Innovation Unit Experimental)が本年公表したレポートでは、現在の米国における輸出管理及び外国投資審査のレジームの下では、人工知能、仮想現実(VR)、自動運転及びドローン技術等の非軍事目的の技術開発・利用と軍事目的のそれとが曖昧な新興技術を適切に規制できていない状況が生じていることが指摘されており(注10)、「先端基盤技術」の中にこうした技術を含めることが検討されることとなるだろう。
(2) 不動産取引
また、外国企業による米国不動産取引は、従来要求されてきたようにそれが米国企業の取得を構成するものでなくても、①米軍施設や国家安全保障上センシティブな米国政府の施設・不動産に近接する一定の不動産、又は②空港若しくは港湾内に所在し、若しくはその一部として機能している不動産の売買や賃貸借については、審査の対象に含まれることとなる。
2 簡易な申請手続及び義務的申請
FIRRMAは、従来の申請手続において任意に提出されてきた申請書に代えて、5頁を超えない長さの書面を提出する「申告(declaration)」と呼ばれる手続を導入した。申告がなされた場合、CFIUSは、30日以内に、取引当事者に対し通常の申請を行うことを求め、職権で取引の調査を開始し、或いはCFIUSによる取引の審査が完了したことを通知するなどの措置を採ることができる。
申告を行うか否かは、従来の申請と同様に任意であるのが原則である。もっとも、FIRRMAによって、外国政府が実質的な持分(substantial interest)を有する外国企業が、重要インフラ、重要技術又は米国民の個人データに関する米国企業の実質的な持分を得ることとなる場合には、取引完了の45日前までに申告を行うことが義務付けられることとなった。
3 審査期間の延長
第1次審査及び第2次審査の審査期間はそれぞれ30日間及び45日間(合計最大75日間)とされていたが、FIRRMAにより、第1次審査期間が45日間に延長され、さらに、特別な事情がある場合には第2次審査の期間を15日間延長(合計最大105日間)することができるものとされた。
FIRRMAの規定の一部、例えば上記第3の3の第1次審査期間の延長等は、既に発効している。他方、FIRRMAの他の主な規定の多くは関連規則等が整備された後、或いは同法の成立から最大でも18ヶ月後に発効することとされているが、CFIUSが未発効の規定を試験的に施行するパイロット・プログラムを実施することも認められている。実際に、本年10月10日に、FIRRMAの成立時点では未発効となっていた同法の規定の一部を施行するパイロット・プログラムが発表されており(注11)、同プログラムが本年11月10日から開始されることとなった。
これにより、本年11月10日から、パイロット・プログラムの対象として特定された27の産業に関する重要技術を取り扱う米国企業への投資との関係では、現行の審査制度に対する2点の変更が適用されることとなる。1点目として、米国企業の支配の取得を伴わない一定の取引も、新たにCFIUSの審査対象に含まれることとなった。2点目として、申告制度の利用が義務付けられることとなった。これら2点は、それぞれ、上記第3の1(1)の重要技術に関する審査対象の拡大、及び上記第3の2の義務的申請制度の規定を試験的に施行するものである。
パイロット・プログラムの対象として特定された産業には、誘導ミサイル・ロケット製造業等の国家安全保障との関わり合いが強いことが明白な産業のみならず、コンピュータ記憶装置製造業、半導体製造機器製造業、蓄電池製造業、ラジオ・テレビ放送・無線通信機器製造業、ナノテクノロジーの研究開発、バイオテクノロジーの研究開発といった産業も含まれている。
米国における国家安全保障の確保を目的とした外国投資審査制度は、少なくとも近年は中国やロシアといった米国にとっての潜在的脅威国と関係のある企業が関与する取引に介入することを主眼としたものであったし、今回のFIRRMAによる同制度の改正もとりわけ中国への技術移転のリスクを意識したものと考えられ、日本企業が同制度において必ずしも懸念の対象とはされてきたわけではない。もっとも、CFIUSの職権審査による事後的な介入のリスクを回避するといった観点から、これまで日本企業による審査申請は相当数なされてきており(2013年から2015年までの3年間において、当該期間中のCFIUSに対する審査申請387件のうち日本企業による申請は約40件となっており、これは、中国(74件)、カナダ(49件)、英国(47件)に続いて4番目に多い(注12)。)、FIRRMAによる審査対象範囲の拡大は、近年のCFIUS審査の活性化と相まって、日本企業による審査申請数のさらなる増加につながるものと考えられる。実際にも、日本企業による米国企業の買収において、当該日本企業が中国等に子会社を有して積極的に事業活動を行っているなどの場合に、米国法律事務所はCFIUSに対する任意の申請を行うことを助言する例も増えている。
もっとも、CFIUSが主な懸念の対象としてきたわけではないと考えられる日本企業にとっては、従来の申請よりも簡易な手続である申告が、審査を迅速に進める手段として有用となる可能性も一方ではある。
最後に、日本企業に限られたことではないが、FIRRMAにより強化された米国の外国投資審査制度は、国際的なルールと整合的に運用されることが望まれる。例えば、WTO協定を構成するサービスの貿易に関する一般協定(General Agreement on Trade in Services、以下「GATS」という。)は、外国への投資を通じたサービスの提供という形態でのサービス貿易に対する規律も定めており、外国投資審査制度の運用にあたってはかかる規律の遵守も求められる。GATSには国家安全保障のための例外規定が存在し、一般論として国家安全保障上の理由による外国投資審査制度それ自体がGATSの下で許容されないわけではないが、トランプ政権下では、現に、GATSと同じくWTO協定を構成する関税及び貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade)の中の国家安全保障例外の規定との整合性が疑われる(注13)輸入制限措置が鉄鋼及びアルミ製品に対して発動され(注14)、多くの日本企業もかかる措置による関税引上げの影響を受けるなどしている。日本企業としては、対米投資は昨今の貿易摩擦への対処手段としても必要となり得るだけに、CFIUS審査の今後の運用に注意を払うべきであろう。
▽注1:同法は
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