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職を転々として学んだ組織のお作法

三宅 英貴

職を転々として学んだ組織のお作法

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
三宅 英貴

1. はじめに

三宅 英貴(みやけ・ひでたか)
 1996年、慶應義塾大学法学部卒。司法修習(52期)を経て、2000年4月に検事に任官。東京地検、札幌地検、仙台地検、再び東京地検勤務を経て、2004年6月に弁護士登録。2010年1月から2013年7月まで証券取引等監視委員会事務局開示検査課。2013年7月から2017年3月まで新日本有限責任監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)のフォレンジック部門で勤務。2017年4月に当事務所入所。
 筆者は検事として法曹のキャリアをスタートし、刑事事件の公判立会では「被告人は職を転々としている。」などと根無し草的な身上経歴を非難するかの如く冒頭陳述をしていた。しかし、その後の自分の遍歴を見ると、まさに職を転々としていると言わざるを得ない。4年間で検事を退官して弁護士登録したものの、その後の所属先は出向先も含めると、外資系法律事務所、邦銀、外資系金融機関、証券取引等監視委員会、大手監査法人と目まぐるしく変化しており、現在はアンダーソン・毛利・友常法律事務所に落ち着いている。

 職を転々とすると、その都度、ご縁のあった所属先の組織で大切にされているその組織特有のお作法のご指導を賜る機会を得るが、どのお作法も、それぞれの組織のカルチャーや意思決定のやり方を反映していてなかなか興味深い。

 今回は、筆者がこれまで所属した組織で諸先輩方からご指導いただいたお作法の一部をご紹介したい。

2. お作法1:「訊かれたことだけに答えるべし」

 これは、検察時代に先輩検事から教わった決裁を受ける際のお作法で、上司である決裁官から事件の処理方針等についてスムーズに承認を得るためのコツである。主任検事としては、担当した事件の公判請求の決裁を受ける際など、自分の仕事の成果をアピールしたいという気持ちが働き、ついつい質問されてもいない余計なことまで饒舌に話しがちになる。しかし、同種事案を数えきれないほど処理・決裁した経験を有する決裁官は時々の判断に必要な情報を得る目的で的確な質問を投げかけてくるものである。むしろ質問した事項以外の情報は本筋とは無関係だったりするが、聞いてしまった以上はコメントや指摘を言って指導したくなるのが上司の性である。決裁を通さなければならない部下の立場からすると、決裁官から質問されたことだけに端的に答えるのが決裁を迅速かつスムーズに通すための基本動作である。

 ちなみに監査法人に勤務していた時期、互いにアイデアを出し合うブレインストーミングのような会議によく出席したが、そこでは余計なことも含めて積極的に口に出してみることは重要で、むしろ「沈黙は罪なり」がお作法となる。しかし、組織の上層部に何らかの意思決定や判断を求める場合には、検察で学んだ「訊かれたことだけに答えるべし」とのお作法は、どの組織でもある程度普遍的に妥当するようにも思われる。

3. お作法2:「どんな複雑な問題でも説明資料はA4一枚紙にまとめるべし」

 これは、金融庁の証券取引等監視委員会に勤務していた際に、練達のベテラン行政官からご指導いただいたお作法で、行政機関の幹部説明で使用する説明資料の作成の心得である。幹部クラスの行政官はとにかく忙しくて時間がなく、短時間で問題の本質を見極めて素早く判断を下す反射神経が異常に発達している。「一度資料を預かってよく読んで検討します。」などという展開はおよそ想定されないため、その場での意思決定に必要な情報をコンパクトにまとめた簡にして要を得た説明資料が求められる。さすがにA4の一枚紙では収まらない案件も多数あるが、とにかく贅肉的な文字を可能な限り削ぎ落としたペーパーの作成を心掛けることが重要である。

 法律家が書くペーパーはロジックを説明する際には原則論から丁寧に説き起こし、一文一文主語・述語のある正しい文で構成される文章で書かれがちであるが、行政官から見ると長ったらしく使い物にならないと感じることが多いようである。筆者は法曹として9年ほど経験を積んでから行政機関で働く機会を得たが、課長補佐クラスのベテラン行政官から「弁護士の書くペーパーはくどいよねえ。」と添削されて当初の大部のドラフトが跡形もなくなり、体言止めなども駆使してなりふり構わずにエッセンスが凝縮された数枚の説明資料に変貌する状況を幾度も経験したものである。

 ちなみに、監査法人に勤務した時代には、コンサルタントとして顧客向けの提案書をパワーポイントで作成する経験を何度もしたが、そこでも同じようなご指導を受けた。法律家がパワーポイントを使うと小さい字でごちゃごちゃと埋め尽くされることが往々にしてみられるが、「そもそもパワーポイントを使う意味がないのでは?」「手に取っても読む気がなくなってしまうのでは?」といった厳しいご指摘を受けたものである。コンサルタントのお作法としては、伝えたいメッセージとその理由としてのポイントをおおむね3点にまとめて短い言葉で伝えるつもりで提案書を書くように指導されることが多い。確かにプレゼンの達人ほど字が少なくてすっきりしたパワーポイントをつくる傾向があるように思われる。

4. お作法3:「No paper No work!」

 これは、監査法人に勤務していた際に、品質管理の担当者から指導されたお作法で、監査法人においては実際に作業を実施していても監査調書に記録されていなければ実施したとはみなされないという品質管理の基本的な考え方を現場に指導教育するための標語のようなものである。

 監査法人の業務は、投資者保護の公益性を担う故、個々の業務が適正に行われているかチェックを受ける機会が非常に多い。例えば、監査法人内で実施される品質管理レビュー、グローバルファームの場合にはグローバルから派遣された担当者による品質管理レビュー、日本公認会計士協会による品質管理レビュー及び公認会計士・監査審査会の検査など実に様々な機会に業務内容の検証を受ける。理解しやすいように弁護士にあてはめて例えてみると、個々の弁護士の業務について、日弁連に所属する同業者である弁護士や法務省の行政官から業務の内容や適正性を逐一チェックされるようなもので、弁護士からするとなかなか想像しがたい世界である。監査法人では、自身の仕事が後に検証されることを想定し、手続を実施したこととその詳細を説明するための証跡を残しておくことが法人自体とともに個々の会計士自身を守るためにも必要な基本動作とされているのである。

 監査法人に限らず、規制された公益性のある業務を行う組織では、こうした検査や調査を想定したお作法が徹底されていることが少なくない。

5. お作法からの学び

 筆者がご指導を受けたお作法の一部をご紹介させていただいたが、これらのお作法を学んでよかったと思うのは、様々な組織で様々なスタイルのコミュニケーションが行われていることを実体験として経験して理解したことである。平たく言うと、自分のなかでコミュニケーションの引出しが増えたということである。コミュニケーションの形は、伝える方法(口頭 vs 書面)、目的(決裁 vs ブレインストーミング)、組織の特徴(以心伝心が通用する同質性の高い組織 vs ダイバーシティに富んだ多様性の高い組織)などによって千差万別である。

 しかし、人間は自分が経験したことが全てなので、コミュニケーションのお作法も含め、どうしても自分が習得してきたやり方が普遍的なスタンダードであるはずと無意識のうちに想定してしまう傾向がある。弁護士としてクライアントに接するときもクライアントの組織としての意思決定や内部での文書作成のお作法は可能な限り把握してクライアントが食べやすい形で料理を提供してあげなければならない。弁護士としてはついつい長いペーパーを作って「精緻な分析を行ったのでクライアントもさぞ満足してくれているだろう。」などと自己満足に陥りがちであるが、実際には読み飛ばされていないか疑ってみる猜疑心は必要であろう。筆者自身は、「弁護士の書くペーパーはくどいよねえ。」とのベテラン行政官の強烈なご指摘がトラウマのように残っているが、同じ組織で働く機会を得たからこそ聞くことができた本音のコメントであり、得難い貴重な経験として今では大きな財産となっている。

 そう考えると、職を転々とするのも案外悪くないものである。