2018年12月10日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
松村 卓治
反社会的勢力との一切の関係遮断
反社会的勢力の定義に関しては、平成19年6月に犯罪対策閣僚会議幹事会申合せとして策定された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(以下、政府指針)に記載されている。
暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに、暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。
反社会的勢力とは、「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」をいい、具体的には、「暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、政治活動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団等」という属性要件と、「暴力的な要求行為、法的な責任を超えた不当な要求」といった行為要件にも着目して認定することになるのである。
その上で、政府指針は、「反社会的勢力とは、取引関係を含めて、一切の関係をもたない。また、反社会的勢力による不当要求は拒絶する。」と述べている。
このうち、後段部分、つまり、企業に対して反社会的勢力による不当要求があった場合に、毅然とした対応を取るのは企業として当然の対応である(蛇の目ミシン事件の最判H18.4.10)。
他方、「反社会的勢力とは、取引関係を含めて、一切の関係をもたない。」の部分は、企業にコペルニクス的な転換を求めるものであった。というのも、不当要求対応では、トラブルシューティング的に、不当要求事案が生じた場合に対応すれば足りたのであるが、一切の関係遮断が求められるようになった結果、仮に取引の相手方が不当要求を行っていなくとも、相手方が反社会的勢力だという属性が判明すれば、会社のほうから積極的にアクションを起こして一切の関係を遮断しなくてはならないこととなったのである。
つまり『当たり前のことである「不当要求の拒絶」から一歩進んで「一切の関係遮断」へ』、これが政府指針の核になるメッセージである。この不当要求の拒絶から一歩進めた「一切の関係遮断」という概念は、企業の社会的責任(CSR、Corporate Social Responsibility)に根ざすものである。つまり、取引の相手方が反社会的勢力であるのに取引の継続を選択することは、反社会的勢力に資金を供給し、反社会的勢力の活動を援助・助長することでしかない。そうすると、CSRの観点からは、当該取引に経済合理性があり、不当な利益を与えていないという反論は、なんの弁解にもならない。
政府指針制定後の暴力団排除条項
政府指針2(2)「平素からの対応」には、『「反社会的勢力とは、一切の関係をもたない。そのため、相手方が反社会的勢力であるかどうかについて、常に、通常必要と思われる注意を払うとともに、反社会的勢力とは知らずに何らかの関係を有してしまった場合には、相手方が反社会的勢力であると判明した時点や反社会的勢力であるとの疑いが生じた時点で、速やかに関係を解消する。」(第3段落)』と記載され、また、政府指針のパブリックコメントでは、「通常必要と思われる注意を払う」には、「当然取引開始時の属性判断を行うことも含んで」いるとされた。
これを受けて、各団体、各企業をはじめとして、(不当要求の有無にかかわらず)反社会的勢力との関係を一切遮断するための内部統制の在り方が議論され、また同時に、相手方が反社会的勢力だと事後的に判明した場合に契約を解除できるように、様々な暴力団排除条項(以下、暴排条項)が検討された。
このうち、特に有名なものとしては、全国銀行協会(以下、全銀協)が平成23年6月に発表した融資取引および当座勘定取引における暴排条項参考例がある。
下記の同参考例(銀行取引約定書)では、政府指針でいう属性要件と行為要件が適切に規定されたほか、元暴5年条項や共生者5類型も定められることとなった。
② 私または保証人は、自らまたは第三者を利用して次の各号の一にでも該当する行為を行わないことを確約いたします。 1.暴力的な要求行為 2.法的な責任を超えた不当な要求行為 3. 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為 4.風説を流布し、偽計を用いまたは威力を用いて貴行の信用を毀損し、または貴行の業務を妨害する行為 5. その他前各号に準ずる行為 |
⇒②は、政府指針にいう行為要件が規定された条項である。 |
*一般社団法人全国銀行協会「融資取引および当座勘定取引における暴力団排除条項参考例の一部改正について」(平成23年6月 2日)https://www.zenginkyo.or.jp/news/2011/n3156/
この参考例の改訂に伴い、「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」という元暴5年条項が入った。また、①1.~5.に定められた5つの類型は、いわゆる共生者 5類型といわれるものである。このような元暴5年条項や共生者5類型の暴排条項への導入を提案したのは、平成23年当時の警察庁の暴力団排除対策官であった清野憲一氏(検事、45期)である。清野対策官は、元暴力団員も、偽装離脱や偽装破門等により組織・活動を潜在化させ、また暴力団を離脱した者が依然として暴力団との関係を維持していることが多い社会実態を踏まえ、各業法から過去5年以内に暴力団員で有った者を業の主体から排除している点に着目して、元暴5年条項を提唱した。また、同時に、共生者を利用した暴力団の資金獲得活動の実態に着目し、公共工事における指名停止基準による排除対象(平成22年5月18日付け警察庁丁暴発第69号)を参考にして、共生者5類型を暴排条項に規定することを提唱されたのである。この共生者5類型は、かかる事実が認定されれば、その者が暴力団の共生者であると認定できる基準として、広く暴排条項に採用されることとなった。
なお、近時は、警察により、いわゆる半グレと呼ばれる「準暴力団」 の実態解明・取締りの強化がなされているところであるが、かかる準暴力団については、共生者5類型及び行為要件にて対応することが想定される。
「暴力団員等と社会的に非難されるべき関係を有すること」とは
共生者5類型のうち、特に問題となるのが「暴力団員等と社会的に非難されるべき関係を有すること」、即ち、密接交際者という基準であり、要旨下記の判示をする裁判例がある。
「暴力団員と社会的に非難される関係」とは、例えば、暴力団員が関与する賭博や無尽等に参加していたり、暴力団員やその家族に関する行事(結婚式、還暦祝い、ゴルフコンペ等)に出席し、自己や家族に関する行事に暴力団員を参加させるなど、暴力団員と密接な関係を有していると認められる場合をいうと解するのが相当である。また、具体的な事案の当てはめにおいては、入札参加資格者と暴力団員とが関係を有するに至った原因、入札資格者が当該関係先を暴力団員であると知った時期やそのあとの対応、暴力団員との交際の内容の軽重、その他事情を総合して判断すべきである。・・過去に・・外形上密接な関係があったと認められるから、真実絶交したのであれば、それを外部に向かって表明しない限り、従前の関係が継続していると推定される・・(大阪高決平成23.4.28、平成22年(ラ)第852号仮処分申立却下決定に対する抗告事件、抗告棄却、判例集未登載、大阪地決平成22.8.4、平成22年(ヨ)第644号通報撤回等仮処分申立事件、判例集未登載)
なお、密接交際者については、東京都の暴力団排除条例第2条4号にも、「暴力団関係者」(暴力団員又は暴力団若しくは暴力団員と密接な関係を有する者)という形で規定が設けられており、同条例第18条1項では、相手方が暴力団関係者でないことを確認すべき努力義務を定め、同条2項では、相手方が暴力団関係者であることが判明した場合には、契約を解除できるような暴排条項を設ける努力義務を定めている。
反社会的勢力の情報提供
暴排条項に規定されている類例のうち、暴力団や暴力団員については、所定の手続を経れば、一定の要件の下で警察から情報提供がなされるが、その他の属性の者の情報提供に関しては、一定のハードルがある。
即ち、警察庁の「暴力団排除等のための部外への情報提供について」(平成25年12月19日付け警察庁丙組企分発第35号、丙組暴発第13号)においては、『「暴力団員と社会的に非難されるべき関係」とは、例えば、暴力団員が関与している賭博等に参加している場合、暴力団が主催するゴルフコンペや誕生会、還暦祝い等の行事等に出席している場合等、その態様が様々であることから、当該対象者と暴力団員とが関係を有するに至った原因、当該対象者が相手方を暴力団員であると知った時期やその後の対応、暴力団員との交際の内容の軽重等の事情に照らし、具体的事案ごとに情報提供の可否を判断する必要があり、暴力団員と交際しているといった事実だけをもって漫然と「暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者である」といった情報提供をしないこと。』と規定している。
また、共生者の情報提供については、「共生者については、暴力団への利益供与の実態、暴力団の利用実態等共生関係を示す具体的な内容を十分に確認した上で、具体的事案ごとに情報提供の可否を判断すること。」と定められている。
いずれにしても、共生者や密接交際者といった情報提供は、具体的事案ごとに情報提供の可否が判断されているということとなる。そこで、仮に警察から密接交際者や共生者といった情報の提供を受けられない場合にどのように対応すべきかという点が実務上問題となるのである。この点に関しても、いくつかの裁判例があり、また私も実務上の経験を積んできた部分ではあるが、諸事情にて、本誌面で詳らかにすることは控えたい(反社会的勢力にヒントになる言動になるため)。
民暴弁護士として
私は、これまで東京弁護士会の民事介入暴力対策特別委員会の副委員長を6年務め、また日本弁護士連合会の民事介入暴力対策委員会の幹事を3年務めてきた。この関係で、公益財団法人暴力団追放運動推進都民センターの相談委員を3年、同センター委嘱の不当要求防止責任者講習の講師を4年務めた。この10年間だけでも、主に金融機関の代理人として、多くの暴力団、暴力団員、えせ右翼、総会屋、不当要求者と対峙してきたし、毎日のように暴力団員等と話している。また実際に暴力団事務所へ赴いたことも少なくない。しかし、やはり諸事情にて、本誌面で詳らかにすることは控えたい。余談だが、毎年のように反社会的勢力等から懲戒請求を受けるので同手続における答弁書の起案はとても早い。
民暴弁護士として活動する中で強く思うことは、暴力団等の反社会的勢力による被害を防止することは、人権に関わる問題であるということだ。
1日1億円、年間400億円。これがいわゆるオレオレ詐欺を中心とした特殊詐欺事犯の被害金額である。各地の弁護士会が、特殊詐欺事犯に関して、組長責任追及訴訟を提起し、一定の成果を上げているところであるが、被害はいっこうになくならず、高齢者の財産が反社会的勢力に流れているのである。財産を取り上げられた挙げ句、親族からは責められ、孤立する高齢者もおり、また最悪の事態に発展したケースも現にある。このような事態を受けて、平成30年10月に青森で行われた日本弁護士連合会の人権擁護大会にて、日弁連民暴委員会は、「組織犯罪からの被害回復~特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に~」というシンポジウムを行い、私もシンポジウムのコーディネーターとして壇上に立った。同大会では、「特殊詐欺を典型とする社会的弱者等を標的にした組織的犯罪に係る被害の防止及び回復並びに被害者支援の推進を目指す決議」が採択されたところである。(*同決議は日弁連のホームページに全文が掲載されている。
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2018/2018_2.html)
特殊詐欺のような高齢者をターゲットにした極めて卑劣な犯罪を根絶するためにも、官民一体の取組が必要だと痛感している。
この点、東京都は、特殊詐欺に関連して、「東京都安全安心まちづくり条例」を改正し(2015年7月1日公布,2015年9月1日施行)、その第32条3項において、「事業者は,商品等の流通及び役務の提供に際して,特殊詐欺の手段に利用されないよう,適切な措置を講ずるよう努めるものとする。」とした上で、33条(建物の貸付けにおける措置等)にて、建物の貸付けをする者に対し、特殊詐欺の用に供さないように書面で確認する努力義務や、特殊詐欺の用に供されていることが判明した時は当該契約を解除することができる旨の特約を定める努力義務を課している。
この条例が企業に周知されているとは言い難く、今後は、各業界団体、各企業に対して、暴排条例と同様に、東京都安全安心まちづくり条例の周知活動を展開することが重要だと考えている。
これからも民暴弁護士として取り組むべき課題は多い。
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