2018年12月07日
特捜部が発表したゴーン氏とケリー氏の逮捕容疑は以下のようなものだった。
被疑者両名は、共謀のうえ、日産自動車(株)の業務に関し、平成23年(2011年)6月から平成27年(15年)6月までの間、5回にわたり、さいたま市所在の関東財務局において、同財務局長に対し、平成23年3月期~平成27年3月までの各連結会計年度における被疑者ゴーンの金銭報酬が合計約99億9800万円であったにもかかわらず、合計約49億8700万円と記載した有価証券報告書を提出し、もってそれぞれ重要な事実につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出した。
検察当局や関係者によると、ゴーン氏の日産会長としての報酬は、2010年から15年にかけ、毎年約20億円だったが、ゴーン氏は側近のケリー氏に依頼して、うち10億円を退任後に受領することにし、日産が財務省に提出する有価証券報告書には残りの約10億円だけを記載していた。
ゴーン氏は、日産側との間で、毎年、年間報酬の総額を約20億円と明記したうえで、内訳として、その年に受け取る約10億円と、退任後に受領する約10億円をそれぞれ記載した文書を作成していたとされる。特捜部は、その文書や文書作成を担当した日産社員らの供述で、この退任後の受領予定の計50億円が隠ぺいの対象だと見立てた。
金融商品取引法は、有価証券報告書の重要事項について、うその記載をした場合に刑事罰を科すと定める。法定刑は10年以下の懲役か1千万円以下の罰金だ。法人も処罰する両罰規定があり、適用されれば法人にも7億円以下の罰金が科される。
「企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」(2010年3月)で、上場企業は、1億円以上の報酬を得た役員について名前と金額を有価証券報告書で公表するよう義務づけられた。
改正内閣府令は「上場会社について、有価証券届出書、有価証券報告書等において次の事項の記載を義務付ける」と規定。「役員ごとの提出会社と連結子会社の役員としての報酬等(連結報酬等)の総額・連結報酬等の種類別の額等(ただし、連結報酬等の総額が1億円以上の役員に限ることができる)」としている。
検察の見立て通りなら、事件そのものは単純明快だ。
もっとも、先行した朝日新聞も含めてマスコミ各社の報道内容は混乱した。
NHKは逮捕翌日の11月20日のニュース「日産会長逮捕 他の役員総報酬 承認額より毎年10億円程度少額 会長に流れたか」で、「ほかの取締役に支払われなかった報酬の一部がゴーン会長に流れていた疑いがある」と伝えた。
朝日新聞は同月21日朝刊記事「日産、法人も立件へ ゴーン会長報酬、過少記載容疑 東京地検特捜部」で「日産は約50億円の差額分について、ゴーン会長が会社の投資資金や経費を私的な目的で使ったとみている」と報道した。
一方、日経新聞は「40億円分は株価連動報酬、ゴーン会長50億円不正、子会社分も不記載」(11月21日朝刊)で、「株価に連動した報酬を受け取る権利計約40億円分を付与されながら記載せず」とし、逮捕容疑の隠ぺい対象が株価連動報酬であると伝えた。
それぞれの「特ダネ」を各社が追いかけ、乱打戦の様相を呈した。
退任後の報酬50億円を記載せず隠蔽したことが容疑の核心だと伝える報道で各社の足並みがそろうのは、朝日が24日朝刊でそれを伝えてからだ。
法務・検察当局は、ゴーン氏逮捕について、ゴーン氏は政官の要人ではない、との理由で、法務大臣にも着手報告を上げていなかった模様だ。当然、官邸にも情報は伝わっておらず、逮捕後に日産幹部が官邸に報告したという。
特捜部がことさら保秘にこだわったのには理由がある。ゴーン氏は仕事で海外を飛び回り、ケリー氏はだいたい、米国にいた。国外にいるゴーン氏らに情報が伝われば、摘発を恐れて来日しなくなる恐れがあった。
国外にいる容疑者には日本の司法権は及ばない。検察としても手の出しようがなくなるうえ、ゴーン氏がテレビ会議で取締役会を開き、告発側の日産役員らを解任し、証拠も隠滅する恐れもある、と見ていたのだ。実際、捜査は綱渡りだった。
ゴーン氏が在日フランス商工会議所100周年に関連する行事への出席など日本での用事をまとめて済ませるため19日に来日することはつかんだ。特捜部が報酬隠ぺい工作のキーマンとみていたケリー氏については、ゴーン氏の来日に合せて日産側が東京で設定した会議に呼んだとされる。
特捜部がゴーン氏に接触し、関係個所の捜索を始めたとき、ケリー氏はまだ、空港から宿泊先のホテルに向かう車の中にいた。
「ケリー氏がニュースで捜査の動きを知れば、(治外法権の)駐日米大使館に駆け込む。そうなっていたら、捜査はアウトだった」と検察関係者は語る。
特捜部にとって幸いなことに、ケリー氏はニュースをキャッチしていなかったうえ、車は、高速道路の渋滞に巻き込まれており、特捜部はケリー氏の身柄を押さえることができたという。
有価証券報告書は、投資家の判断の元となる企業の各年の財務状況や役員情報を記載したもので、嘘を書くことは許されない。
日本では、2005年のカネボウ事件、2006年のライブドア、2012年のオリンパス事件などで企業のトップが有価証券報告書虚偽記載の罪に問われてきた。2005年の西武鉄道事件では大株主の持ち株比率を少なく見せかけたことが虚偽記載に問われたが、そのほかの多くは、利益を水増ししたり、損失を隠したりして業績を良く見せかけたものだった。利益や売り上げに比べ金額の小さい役員報酬を立件対象にするのは極めて異例だ。
役員報酬の個別開示は、2008年のリーマン・ショックの後、投資家や株主への情報開示が強化される一環で導入された。財務諸表だけでなく、企業のガバナンスの要である役員の報酬を公表することで、役員の企業価値を高めようとするインセンティブになっているかどうか、などを、投資家が評価できるようにするためだった。報酬の虚偽記載に目を光らせるのは、証券市場の要請にかなったものだった。
一方、日本の市場監視の歴史に詳しい金融庁関係者は、ゴーン氏の摘発に特別の想いを込める。
「日本で企業の粉飾決算事件が摘発されるたびに、日本の企業社会には隠ぺい体質がある、と欧米から批判されてきた。それを払拭したいと、我々や取引所、経済界はガバナンスの強化に努めてきたが、一方で、欧米のグローバル企業の経営者が本当にきれいなのか、と疑ってもきた。今回の事件で、決してそうでないことがわかった。その意味で、今回の摘発は、歴史的な意味がある」
虚偽記載は10年以下の懲役。刑法の詐欺や業務上横領など実質犯と同じだ。ゴーン氏の報酬隠しは最低でも50億円に上ると検察は見ている。特捜部の見立て通りにゴーン氏らが起訴され、有罪になれば、実刑判決が言い渡されてもおかしくない。
司法取引制度がないと、摘発困難な事件だった。
そういう中では、取締役ら社の幹部に現場社員らから不正疑惑の情報が寄せられても、幹部は人事面での報復を恐れて情報を無視しがちになる。ましてや、検察など捜査機関への告発には二の足を踏む。告発すれば、取締役として、ゴーン氏に不正をやめるよう勧告しなかった「善管注意義務違反」を問われ、場合によっては自らも刑事責任を問われかねない、と考えるからだ。
検察が経営トップの不正を暴くには、会社の協力が必要だ。仮に検察に現場社員らから内部告発があったとしても、会社の協力がなければ、ゴーン氏を摘発する決定的な証拠を入手するのは困難だからだ。
他人の犯罪に関する情報、つまりゴーン氏らの虚偽記載の容疑事実を提供する見返りに刑罰が減免される日本版司法取引は、ゴーン氏の専横に不満を募らせていた日産幹部らには魅力的だった。一方の検察側も、従来の捜査手法ではなかなかたどり着けなかった容疑の核心の証拠を簡単に手に入れることができた。
日産自動車の西川廣人(さいかわひろと)社長兼最高経営責任者の記者会見での説明によれば、「本件、内部の通報に端を発して監査役からの問題提起を経て社内調査を行い、行った結果、両名の主導による複数の重大不正の確認に至った」という。関係者によれば、今年3月、日産幹部がゴーン氏の不正について密かに検
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