2019年02月27日
西村あさひ法律事務所
弁護士 淀川 詔子
2018年8月13日、トランプ大統領がジョン・S・マケイン国防権限法(John S. McCain National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019)に署名し、同法が成立した。これにより、いずれも同法の一部として成立したのが、外国投資リスク審査現代化法(Foreign Investment Risk Review Modernization Act of 2018、以下「FIRRMA」という。)及び輸出管理改革法(Export Control Reform Act of 2018、以下「ECRA」という。)である。
この一連の法整備は、米国が国家安全保障の強化を技術に注目して行うものである。すなわち、FIRRMAは、重要技術(critical technologies)の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う米国企業に対する外国人及び外国企業による投資について、一定の要件を満たす場合には当該外国人又は外国企業による支配権の取得に至らずとも対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States、以下「CFIUS」という。)の審査の対象とするものであり(これはCFIUSの審査権限が従前より拡大されるということである。)、またECRAは、最先端及び基盤的技術(emerging and foundational technologies)(注1)の輸出、再輸出及び国内移転(以下「輸出等」という。)の管理制度を新たに設けることを定めた規定を含むものである。
FIRRMAによるCFIUSの権限拡大については、本連載の2018年11月8日の記事(千葉悠瑛「米政府の対米外国投資委(CFIUS)の審査制度が改正されてどうなるか」)をご参照頂くこととして、本稿ではECRAに基づく最先端及び基盤的技術の輸出等の管理制度を取り上げ、その概要及び日本企業が今後取るべき対応について考察する。
ECRAは前半及び後半に分かれており、前半が輸出管理法(Export Controls Act of 2018、以下「ECA」という。)、後半がアンチボイコット法(Anti-Boycott Act of 2018、外国政府が米国の友好国に対して課したボイコットに米国人及び米国企業が同調することの禁止等を目的とする法律。)となっている。
ECAの政策的な目的はその1752条に規定されており、同条は、国家の安全保障のために一定の品目(注2)の輸出等並びに米国人及び米国企業による一定の活動の管理が必要であることを述べつつも、①こうした輸出等の管理は、それによる米国経済への影響を十分に考慮した上でのみ行うこと、②国家安全保障のための管理は、米国の安全に対する重大な脅威をもたらすために用いられ得る基幹技術(core technologies)及びその他の品目に焦点を当てて行うことを明記している(ECA 1752条(1)項及び(2)項(G)号)。
(1) ECAの規定
上記目的を達成する手段の1つとして、ECAは、大統領が、商務長官、国防長官、エネルギー長官、国務長官及びその他の連邦機関トップと連携して、最先端及び基盤的技術のうち、米国の国家安全保障に不可欠(essential)であり、かつECA 1703条により改正された国防生産法(Defense Production Act of 1950)721条(a)項(6)号(A)(i)から(v)において重要技術として規定されていないものを特定しなければならないと規定している(ECA 1758条(a)項(1)号)。
このようにして特定された最先端及び基盤的技術について、ECAは商務長官に対し、その輸出等に関する適切な管理制度を輸出管理規則(Export Administration Regulations)の下で設けるよう求めている(ECA 1758条(b)項(1)号)。
この管理制度の内容についてはECAは具体的に定めておらず、前述の政策的目的の下、国防長官、国務長官及びその他の連邦機関トップと連携しつつ、輸出等を許可(license)に係らしめることも含め、適切な管理の程度を商務長官が決めることとされている(ECA 1758条(b)項(2)号(A))。もっとも、最低限の要求として、米国が通商禁止(embargo)を課している国への上記最先端及び基盤的技術の輸出及び再輸出並びに当該国における国内移転に関しては、許可を必要としなければならないことが明記されている(ECA 1758条(b)項(2)号(C))。
他方で、他の法律により輸出規制が禁じられている技術等は、ECAに基づく輸出等の管理の対象から除外されている(ECA 1758条(b)項(4)号(A))。
なお、上記のようにして特定された最先端及び基盤的技術の輸出等であっても、以下の取引形態である場合には、商務長官は当該輸出等に対し、ECAに基づく管理を及ぼすことを義務づけられない(shall not be required)(ECA 1758条(b)項(4)号(C)(i)から(v))。
(i) 最終製品の販売又はライセンス及びそれに伴う技術の提供であって、取引当事者である米国人又は米国企業が当該最終製品及び付随技術を通常、顧客、代理店(distributors)又は再販売業者に提供している場合。
(ii) 製品の販売又はライセンス、及びインテグレーションサービスその他類似のサービスの提供であって、取引当事者である米国人又は米国企業が当該サービスを通常、顧客に提供している場合。
(iii) 設備及び当該設備の稼働のための付随技術の提供が行われるものの、受領者である外国人又は外国企業において、当該設備を重要技術の生産のために使用することができない場合。
(iv) 取引当事者である米国人又は米国企業による、外国人又は外国企業からの物品又はサービス(製造サービスを含む。)の調達であって、当該外国人又は外国企業が、調達対象である物品又はサービスの供給以外の目的のために、当該米国人又は米国企業から提供された技術を使用する権利を有しない場合。
(v) 取引当事者である米国人又は米国企業が業界団体に対し、規格又は仕様(完成しているか策定中かを問わない。)に関連して、何らかの規格策定団体(商務長官が規則により定義する。)のルールに従い、知的財産のライセンス又はライセンスの約束を含む、何らかの貢献及びサポートを行う場合。
(2) 最先端及び基盤的技術の特定の現状
上記のECAの規定に基づき、2018年11月19日、商務省の産業安全保障局(Bureau of Industry and Security、以下「BIS」という。)が、国家安全保障に不可欠な最先端技術を定義し、特定するための基準(criteria)に関するパブリックコメント募集を公告した(注3)。コメントの提出期限は当初、公告から1か月後の同年12月19日に設定されていたが、その後、更なる公告により2019年1月10日に延長された(注4)。
パブリックコメント募集の公告においてBISは、米国の国家安全保障に不可欠な最先端技術が存在するか否かを特定すべき技術分野として、以下を挙げている。
上記募集に応じて提出された最先端技術の定義基準に関するパブリックコメントは、米国政府のウェブサイトにおいて公開されている(注5)。
日本からは、一般財団法人安全保障貿易情報センターがコメントを提出し、以下の点を要望している。
以上は、厳密には先端的技術の「定義基準」に関するコメントとは言い難い内容も含んでいるが、いずれも有益な指摘であり、BISが今後、新たな輸出等の管理制度の策定を進めるにあたり、これらを踏まえた対応をするか否かが注目される。
(3) 今後の動き
最先端技術の定義基準に関するパブリックコメント募集の公告には、別途、基盤的技術の特定に関するパブリックコメント募集を行うことを予定している旨が記載されているが、2019年2月21日現在、まだ当該パブリックコメント募集は公告されていない。
今後は、上記の基盤的技術の特定に関するパブリックコメント募集が行われた後、国家安全保障に不可欠な最先端及び基盤的技術を特定するための定義が作成され、当該定義により特定された技術の輸出等の管理に係る具体的な規則が策定されると考えられる。
BISが最先端及び基盤的技術の定義及びその輸出等の管理に係る規則を策定した際には、当該規則もまた、改めてパブリックコメント募集の手続を経るだろうと予測されている(注6)。
なお、最先端技術の定義基準に関するパブリックコメント募集の公告の中でBISは、「最先端技術と基盤的技術とを異なる種類の技術として取り扱うことに関してパブリックコメントを募集する」と述べている。このため、最終的に商務省がECAに基づく輸出等の管理に係る規則を制定する際、最先端技術及び基盤的技術を別個の技術と定義づけるか、それとも両者の定義を重畳的に適用し「最先端かつ基盤的技術」という概念を構成するかは、現時点では未知数であるようにも思われる。
もっとも、 上記パブリックコメント募集の公告の中でBISが、最先端技術の定義基準における考慮要素の一つとして「輸出管理の検討を正当化し得る技術の成熟の程度(maturity level of an emerging technology that would warrant consideration for export control)」を挙げていることから、最先端技術の定義に「未だ成熟していない」という要素を含めることを提案するコメントも提出されており(注7)、これが採用されると、最先端技術は未だ成熟していない技術であって一定の要件を満たすもの、基盤的技術は成熟した技術であって一定の要件を満たすもの、とそれぞれ別個に定義されることになると考えられる。なお、全米大学協会及び全米医科大学協会を含む5つの研究・教育機関の連合組織が共同で提出したコメントには、「我々(上記5つの連合組織)は、BISが基盤的技術とは既に実用化されている成熟した技術を指すと考えているものと理解している」との記載がある(注8)。
最先端及び基盤的技術の定義は、冒頭で言及したFIRRMAによるCFIUSの権限拡大とも関連している。
すなわち、従来CFIUSが審査の対象としていた外国人及び外国企業による対米投資は、当該外国人又は外国企業が米国事業の支配権を取得することになる投資であったが、FIRRMAにより、投資対象の米国事業が以下のいずれかに該当する場合には、支配権取得に至らない投資であっても、一定の要件を満たす限り(注9)、CFIUSによる審査の対象になり得ることとなった(FIRRMA 1703条(a)項(4)号(B)(iii)(I)から(III))。
(I) 重要設備(critical infrastructure)を所有、操業、製造もしくは供給し、又は重要設備に関するサービスを行う事業
(II) 1つ又は複数の重要技術(critical technologies)の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う事業
(III) 国家の安全保障を脅かすおそれがある態様で使用され得る米国市民の機微な個人データを保持又は収集する事業
FIRRMAは上記(II)の「重要技術」に該当する技術を列挙しており、その中には、軍需物資や原子力設備等に加え、ECRAにより管理される最先端及び基盤的技術も含まれている(FIRRMA 1703条(a)項(6)号(A)(vi))。よって、BISが今後定める規則に従い、「最先端及び基盤的技術」に該当することとなった技術の生産、設計、試験、製造、組立て又は開発を行う米国事業に対する投資を行う日本企業は、当該投資がCFIUSによる審査の対象になる要件を充足するか否か、慎重に検討する必要がある。
前述のとおり、最先端及び基盤的技術の輸出等の管理に係る規則が制定されるまでには、基盤的技術の定義に関するパブリックコメント募集が予定されており、さらに、実際に国家安全保障に不可欠な最先端及び基盤的技術を特定するための定義及びその輸出等の管理の具体的内容を定める規則もまた、パブリックコメント募集を経ると予測されている。
このため、日本企業にとっても、自社の技術が上記最先端及び基盤的技術に該当する可能性があると考える場合には、コメントを提出することが有用になり得る。この点、前述のとおり、既に最先端技術の定義基準に関するパブリックコメント募集は終了しており、かつ最先端技術と基盤的技術との関係性が明らかでない(ものの、両者は別個の技術類型として定義される可能性が相当程度ある)中では、基盤的技術の定義基準に関するパブリックコメントの提出がどの程度有用たり得るかは予測し難い部分もある。しかし、少なくとも、実際に輸出等の管理の具体的態様を定める規則に対するコメントの提出は、検討に値すると思われる。
また、より重要な対応として、導入が見込まれる輸出等の管理制度について、対象となる技術の範囲及び管理制度の内容を分析した結果、自社の技術が管理の対象となることが予想される場合には、新制度に対応するために必要となる社内の体制構築、リードタイムを意識した取引スケジュールの策定、必要に応じて助言を求めることができる専門家の確保等を前もって進めておくことが望ましい。
なお、前述のとおり、最先端及び基盤的技術の輸出等であっても、一定の取引形態(上記第2.2.(1)で挙げた(i)から(v)の取引形態)である場合には、商務長官はECAに基づく輸出等の管理を及ぼすことを義務づけられないとされていることから、新たに導入される管理制度がこれらの取引形態を対象から除外しているか否かを確認する必要がある。義務ではないというECAの規定の文言に鑑みると、商務長官が自主的に管理の対象に含める可能性も否定はできないため、制定される規則の内容を慎重に確認することが求められる。
以上の事前対応に加え、実際に最先端及び基盤的技術の輸出等に対する管理制度が導入された後も、その運用を注意深く観察することが必要になると考えられる。
例えば、ある技術が最先端及び基盤的技術に該当するか否かは、最先端及び基盤的技術の定義次第では不明瞭になり得る。
また、上記のとおり、一定の取引形態(上記第2.2.(1)で挙げた(i)から(v)の取引形態)については新たな輸出等の管理制度の対象とすることが義務づけられていないものの、実際にこれらの取引形態が新制度の対象外となるか否かは未知数である。仮に新たな管理制度を定める規則の中に、これらの取引形態は当該新制度の対象外とする、と明記されたとしても、実際にこれらの取引形態に該当し、新制度の対象外と判断されるか否かは、BISの解釈に左右される部分も大きいと思われる。例えば、(iii)の「設備及び当該設備の稼働のための付随技術の提供が行われたものの、受領者である外国人又は外国企業において、当該設備を重要技術の生産のために使用することができない場合」について、受領者である外国人又は外国企業が問題の技術を重要技術の生産のために使用することが「できない」旨をどのようにして説明し、立証できるかという点は、輸出等を行う米国人又は米国企業にとって難しい問題となり得る(一般的に、「できる」ことの立証よりも「できない」ことの立証の方が難しいと思われる。)。
このため、新制度の施行後、具体的にどのような事案が新制度により管理される輸出等と認定されているかを継続的に観察することが、新制度の対象となる技術及び取引の範囲についてより明確な認識を持つために重要であると考えられる。
なお、ECAは商務長官に対し、毎年12月31日までに、前年度におけるECAの履行状況に関する報告書を米国議会に提出するよう義務づけている(ECA 1765条(a)項)。商務長官は当該報告書を機密指定しない形で提出しなければならないため(ECA 1765条(b)項)、この報告書から、新制度の運用について一定程度情報を得ることができる可能性もある。
▽注1:ECRA制定
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください