2019年03月11日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
髙橋 玄
1.はじめに
幼き頃から色々な世界を見せてもらった。3歳の頃、初めて海を渡った。父親の仕事の関係であったが、チーズステーキとリバティ・ベルで有名な、米国東海岸の古都フィラデルフィアにて2年間の充実した時間を過ごした。人間は何とも浅薄な生き物であり、当時の記憶と言えば、家のガラス扉を誤って粉々に打ち破ったことや、大好きだった近所のバーガーキングが火事で燃えたことくらいしかないが、思えば、今の業務で必要とされる国際的感覚の基礎を醸成したのはこの2年間であったのかもしれない。
30年の時を経た今。長女がちょうど私が米国で過ごした年齢になっている。30年前、日本語を解さない「変てこな」少年の米国での淡い思い出は、5歳で帰国するや、大都市東京で残酷なまでに打ち砕かれたものであるが、豪州生まれ、シンガポール育ちの長女は、自分のバックグラウンドを存分に生かして人生を楽しんでいる。5歳になった長女の保育園で流行っている(長女が流行らせた?)のは世界各国のシンボル、国旗である。
かくいう私も、東京砂漠に呑み込まれて過ごした内気な少年時代、国名や国旗を覚えるのが大好きであった。外に遊びに出かける友達に脇目もふらず、地図と国旗を眺めて一日を過ごしたこともあった。このように人を虜にする国旗の魅力について、法律家の視点を交えつつ、問答形式で紹介しよう。
2.入門編~個性豊かな国旗
問:国旗にはいったい何種類あるの?
答:日本政府が承認している国の数は、日本を含め、昨年3月時点で196ヶ国。そのそれぞれに個性的でカラフルな旗が存在するのであるから、物の色や形を覚えることに興味を持ち始めた子供にとっても魅力的に映るわけである。ちなみに、国旗の本を見ると、国連旗、欧州旗、台湾等の未承認地域の旗が掲載されている場合もある。それらを含めると、約200の旗が異なる200の個性を発揮しているのだ。
国旗は、それぞれの国・地域の文化や宗教、歴史を色鮮やかに表現する。法律家の観点で言えば、国旗がそれぞれ個性を有するのと同様、それぞれの国の法制度もバラバラ。グローバル化、ボーダーレス化が叫ばれる中、地域統合の流れは着実に浸透しつつあるとはいえ、クロスボーダー案件を扱う上では、法域ごとの法律の特徴のみならず、文化や交渉スタンスの特徴を十分に念頭に置きつつ案件に挑まなくてはならない。
その意味で、様々な法域の案件を担当していると、勉強の毎日だ。一例を挙げれば、インド人の交渉スタンス。本格インドカレーを食べながらのリラックスした打ち合わせの開催は笑い話として、日本人にない粘り強いこだわりの交渉スタンスには学ぶべき部分も多い。私が2年間を過ごし、業務の柱にも据えるシンガポール案件でのシンガポール人のバランス感覚も実に尊敬に値する。中華系住民が大部分を占める国家ならではの金銭的な感覚の鋭さに、東南アジア独特の「オッケー、ラー」という絶妙に力の抜けた掛け合いが混じり、海に囲まれた都市国家としてわずか50年余りでここまで成長してきた国家の凄味を感じ覚えるのである。ちなみに、(勝手に)国際派を名乗る私でも、訪れたことのある国は、恥ずかしながら50にも満たない。長女は、既に140ヶ国くらいの旗を覚えたらしい。
3.中級編~国旗の変更
問:現在、国旗のデザイン変更を検討している国はあるか?
答:実はフィジーをはじめ、国旗のデザイン変更を検討している国がいくつもあることをご存知だろうか。前述のとおり、国旗は各国・地域の文化や宗教、歴史の違いを表す一方、その歴史の遺物をあえて消したい場合や国のポリシー自体が変更になった場合に、国旗を変更する場面があることは想像に難くないだろう。フィジーは日本人にとっては美しい島国で観光のイメージが強い国であるが、長年政情の不安定が続き、この10年以内に国名変更も経験した。現在では、左上に鎮座する英植民地時代由来のユニオン・ジャックを外した新たなデザインが真剣に検討されている。ちなみに、世界情勢に詳しい方であれば、ニュージーランドで近年国旗変更に関する国民投票が行われたものの、否決されたことをご記憶かもしれない。このときも、ユニオン・ジャック外しが検討されていた。
国旗のデザイン変更同様、法律の世界でも変更・改訂は日常茶飯事である。歴史的背景から、旧宗主国からそのまま拝借していた法律を、自らの国の発展に伴い、独自のものに進化させていく過程も後発国ではよくみられる。クロスボーダー案件を扱う法律家にとって、法律の変更は大きなチャレンジの一つ。日本の法律であれば、すぐにフォローすることが可能であろうが、他国の法律の変更、はたまたそれに至らない解釈の変更や新たな政府方針の発表などには、相当感度の高いアンテナを張らないと対処できない。それゆえ、各国の法律事務所と友好な関係を築き、重要な変更等が生じた場合には、すぐに情報をもらえるようにしておくことが肝要である。そういえば、前述のフィジーの話は、実は長女がドヤ顔で教えてきた話である。情報提供には感謝するが、他国の弁護士には、極東弁護士の無知にももう少し寛容でいていただきたいものだ。
4.上級編~似て非なる国旗
問:インドネシアとモナコの国旗の違いは何か?
答:インドネシアとモナコの両国の国旗は、いずれも上半分が赤、下半分が白のデザインだ。長女がこれに気付き、調べる(調べさせられる)私。結論からすると、縦横比が異なる。前者は縦横が2:3、後者は4:5である。ちなみに、赤白逆のポーランドは、縦横が5:8らしい。本や地図上同じに見える(便宜上同じにしてしまっている例も多いだろう)縦横比が実は異なっているというのは実に面白い。ちなみに、有名なジグザグな形のネパール国旗は唯一四角でない国旗であるが、これは近く変更の可能性があるそう。
法律の世界でも、「違い」には敏感でなければならない。1本の契約書の中で微妙に違う2つの表現があったとしよう(例えば、契約書の中で、日本語に直せば同じになりそうな「shall」と「will」とがあえて区別されている場合もあり、要注意である。)。本当は同じことを表現したかった場合でも、相手方は後からあえて違う表現にして違うことを意味したのだと主張するかもしれない。その先には紛争が待ち受ける。国際的案件を扱う場合には、言うまでもなく、相手方、投資先の法制度、文化の違いを理解することが重要だ。投資先として洗練されたシンガポールでの経験を生かし、同じ契約、同じ交渉スタンスで隣国(海を隔てて高速船で30分程度)のインドネシアに投資しようとしても、失敗は避けられまい。
5.おわりに
私の弁護士生活は瞬く間に10年を超えた。米国ニューヨークでの留学、豪州シドニーの法律事務所での研修、シンガポールオフィスでの勤務と、5年弱に渡る海外生活を過ごした後、クロスボーダーの企業法務案件、M&Aをはじめとするコーポレート案件を業務の中心に据え、現在は東京オフィスにて、パートナー弁護士として、各種案件に従事している。
最後に。国旗にはまっている5歳児の現在のお気に入りは、トーゴ、ベラルーシ、ウズベキスタン、クック諸島、ベネズエラだそう。「今度連れてってー」との無邪気なおねだりに対し、まずはうまい切り返しを考えねば、と悩む今日この頃である。
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