2019年03月13日
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士 野澤 大和
金融審議会が設置したディスクロージャーワーキング・グループ(以下「WG」という)において、2018年6月28日に、「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告-資本市場における好循環の実現に向けて-」(以下「WG報告書」という)が公表された。WG報告書の提言を受け、2019年1月31日に、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年内閣府令第3号)(以下「改正府令」という。また、「企業内容の開示に関する内閣府令」を「開示府令」といい、改正後のものを「改正開示府令」、改正前のものを「旧開示府令」という)が公布・施行された。また、WG報告書の提言を受け、2018年12月21日に、金融庁から「記述情報の開示に関する原則(案)」(以下「ガイドライン案」という)が公表され、パブリックコメントの手続に付されていたが、2019年2月1日に同手続は終了した。
本稿では、改正開示府令及びガイドライン案を踏まえて、有価証券報告書の記載事項の改正及び実務上の留意点について概説することとしたい。
企業情報の開示は、投資家の投資判断の基礎となる情報を提供することを通じて、資本市場における効率的な資源配分を実現するための基本的インフラであり、投資判断に必要とされる情報を、十分かつ正確に、また適時に分かりやすく提供することが求められる。
WGでは、我が国の企業情報の開示がこのような役割を十分に果たしていくために、①我が国企業の事業活動のグローバル化、情報通信技術の発展等に伴い、経営環境の変化のスピードが増すとともに、経営上の課題が複雑化・多様化していること、②資本市場における株式の保有構造をみると、機関投資家・海外投資家の株式保有割合が上昇するとともに、引き続き個人投資家が重要な地位を占めていること、③近年、コーポレート・ガバナンス改革や会計監査の信頼性確保に向けた取組みが更に進められていること、及び④欧州や米国をはじめ、諸外国において記述情報を含む開示の充実に向けた取組みが進められていること等を踏まえ、有価証券報告書における開示を念頭に、その他の開示(会社法開示、上場規則、任意開示等)との関係にも配意しつつ、企業情報の開示の包括的な検討が行われ、WG報告書が取りまとめられた。
「財務情報及び記述情報の充実」、「建設的な対話の促進に向けた情報の提供」及び「情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組」に向けて、適切な制度整備を行うべきというWG報告書の提言を踏まえ、金融庁は、2018年11月2日に改正開示府令案を公表し、2019年1月31日に改正開示府令が公布・施行された(有価証券報告書の記載事項の改正部分と適用開始時期の概要は下記表参照)。また、「ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促すため、開示内容や開示への取組み方についての実務上のベストプラクティス等から導き出される望ましい開示の考え方・内容・取り組み方をまとめたプリンシプルベースのガイダンスを策定すべきである」というWG報告書の提言を踏まえ、金融庁は、2018年12月21日にガイドライン案を公表した。
表 有価証券報告書の改正部分と適用開始時期
改正項目 | 有価証券報告書の記載事項の改正部分 | 適用開始時期財務情報及び記述情報の充実 |
財務情報及び記述情報の充実 | 経営方針、経営環境及び対処すべき課題 | 2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用。但し、2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から任意適用可 |
事業等のリスク | ||
経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(会計上の見積りや見積りに用いた仮定を含む) | ||
建設的な対話の促進に向けた情報の提供 | 役員の報酬等 | 2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用 |
株式の保有状況(政策保有株式の開示) | ||
コーポレート・ガバナンスの概要 | ||
情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組 | 監査役監査の状況 | 2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用。但し、2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から任意適用可 |
会計監査の状況 | 2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用。但し、一部の改正については、2020年3月31日以後に終了する事業年 |
改正開示府令における改正内容は、「財務情報及び記述情報の充実」、「建設的な対話の促進に向けた情報の提供」及び「情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組」に分けられる。以下、当該項目ごとに改正内容の概要を解説する。
1 財務情報及び記述情報の充実
財務情報及び記述情報の充実に係る有価証券報告書の記載事項の改正内容の概要は、以下のとおりである。
また、ガイドライン案は、企業による情報開示を巡る現在の課題を踏まえ、財務情報以外の開示情報である、いわゆる「記述情報」(非財務情報)について、望ましい開示の考え方、開示の内容、開示に対する取り組み方をまとめたプリンシプルペースのガイダンスである。ガイドライン案は、記述情報の中でも、特に、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業との深度ある建設的な対話につながる項目である、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題」、「事業等のリスク」並びに「MD&A」を中心に、総論と各論に分けて、有価証券報告書における開示の考え方等を整理することを目的としている。
ガイドライン案の総論において、記述情報の開示に共通する事項として、以下の考え方が整理されている。
そして、ガイドライン案の各論において、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題」、「事業等のリスク」並びに「MD&A」の各開示項目について、それぞれ「法令上記載が求められている事項」、「考え方」及び「望ましい開示に向けた取組み」が整理されている。なお、ガイドライン案の各論については、該当する開示項目において関連する原則を適宜解説する。
(1) 経営方針、経営環境及び対処すべき課題
(ア) 改正理由
有価証券報告書における経営方針・経営戦略等に関する開示については、企業の中長期的なビジョンに関する具体的な記載が乏しいことや、MD&Aやリスク情報との関連付けがないこと等の問題点が指摘されていた。
そこで、WG報告書では、経営戦略について、企業構造、事業を行っている市場、市場との関係性等とも関連付けながら企業の事業計画・方針を明確に説明すべきであることや、経営戦略が目的を達成する上で適切であるかどうかの判断、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みの評価に資するような情報が提供されるようにすべきであること等の提言がされていた。また、ビジネスモデルについても、企業がどのように事業を行い、どのように中長期的な価値創造に取り組んでいるのかを明確にすべきであることや、企業の目的や経営戦略と関連付けて説明し、投資家による経営戦略の適切性や実現可能性の考察にも資するものとすべきであること等が提言されていた。
(イ) 改正内容
① 経営方針・経営戦略等(改正開示府令第二号様式記載上の注意(30)a、第三号様式記載上の注意(10))
経営方針・経営戦略等の記載に当たり、経営環境についての経営者の認識を含め、事業内容と関連付けて記載することが求められるようになった。また、経営環境の記載の例示として、「企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービス内容、顧客基盤、販売網等」が明確化された。
② 対処すべき課題(改正開示府令第二号様式記載上の注意(30)b、第三号様式記載上の注意(10))
対処すべき課題の内容及び対処方針等の記載に当たり、経営方針・経営戦略等と関連付けて記載することが求められるようになった。また、対処すべき課題として記載すべき対象について、「優先的に」という文言が追加され、「優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題」とされた。
(ウ) ガイドライン案における関連原則
① 経営方針・経営戦略等
経営方針・経営戦略等として記載が求められる事項は、企業活動の中長期的な方向性及びその遂行のために行う具体的方策とその背景となる経営環境についての経営者の認識である。
経営方針・経営戦略等の望ましい開示に向けた取組みとしては、経営者が作成の早期の段階から適切に関与することや、取締役会や経営会議における議論を適切に反映すること、各セグメントの経営方針・経営戦略等と各セグメントにおける具体的な方策の遂行に向けて経営資源がどのように配分・投入されるかの開示をすること、各セグメントに固有の経営環境についての経営者の認識を説明することが挙げられている。
② 対処すべき課題
対処すべき課題として記載が求められる事項は、経営成績等に重要な影響を与える可能性があると取締役会や経営会議が認識している事柄(例えば、市場の構造的変化、事業に与える影響が大きい法令・制度の改変等)の説明である。
対処すべき課題の望ましい開示に向けた取組みとしては、経営方針・経営戦略等との関連性の程度や、取締役会や経営会議における重要性の判断等を踏まえることや、課題決定の背景となる経営環境についての経営者の認識を説明することが挙げられている。
(エ)実務上の留意点
① 経営方針・経営戦略等
(a) 経営者の認識の開示
改正開示府令の下では、経営方針・経営戦略等の記載において、経営者の認識の開示が求められているが、実務上、その開示に当たっては、年次報告書等の他の開示書類に記載された経営者のメッセージを活用することが考えられる。
経営環境についての経営者の認識の説明に当たっては、経営者の認識の一つとして、企業の経営内容に即して資本コストについても記載することが期待されている(注1)。なお、経営環境の開示に当たり、企業秘密に該当する情報等の企業価値を損なう情報の開示は不要である(注2)。
(b) 取締役会や経営会議における議論の反映
ガイドライン案では、経営方針・経営戦略等の望ましい開示に向けた取組みとして、取締役会や経営会議における議論を反映することが期待されている。この点、実務上、経営方針・経営戦略等の遂行のための具体的な方針の記載に当たり、取締役会や経営会議において議論された中期経営計画を活用することが考えられる。その場合には、単なる中期経営計画の引用ではなく、中期経営計画の進捗状況や策定後の経営環境の変化等を踏まえて、開示時点における経営方針・経営戦略等が適切に開示されるように留意する必要がある。
(c) セグメントごとの記載
ガイドライン案では、経営方針・経営戦略等の望ましい開示に向けた取組みとして、セグメントごとの経営方針・経営戦略等の記載が期待されている。セグメントごとの記載方法としては、(i)事業全体の経営方針・経営戦略と併せて記載する方式と、(ii)経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析と共に記載する方式のいずれの方式も考えられる。いずれの場合においても、セグメントが事業全体にどのように位置付けられているかが分かるように記載することが望ましい。
② 対処すべき課題
改正開示府令の下では、対処すべき課題として記載すべき対象に、「優先的に」という文言が追加されたことから、複数ある対処すべき課題のうち、優先順位が高い「重要な課題」を記載すればよいと考えられる。
(2) 事業等のリスク
(ア) 改正理由
有価証券報告書における事業等のリスクに関する開示については、一般的なリスクの羅列となっている記載が多いことや、外部環境の変化にかかわらず数年間記載に変化がない開示例が多いこと、経営戦略やMD&Aとリスクの関係が明確でなく、投資判断に影響を与えるリスクが読み取りにくいこと等の問題点が指摘されていた。
そこで、WG報告書では、経営者視点からみたリスクの重要度の順に、発生可能性や時期、事業に与える影響、リスクへの対応策等を含め、企業固有の事情に応じたより実効的なリスク情報の開示を促していく必要があること等の提言がされていた。
(イ) 改正内容(改正開示府令第二号様式記載上の注意(31)、第三号様式記載上の注意(11))
事業等のリスクについて、「経営者が連結会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フロー(以下「経営成績等」という)の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスク(連結会社の経営成績等の状況の異常な変動、特定の取引先・製品・技術等への依存、特有の法的規制・取引慣行・経営方針、重要な訴訟事件等の発生、役員・大株主・関係会社等に関する重要事項等、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項をいう)」とされて、経営者が認識する主要なリスクであることが明確化された。
また、事業等のリスクとして記載すべき事項として、例示ではあるものの、(i)リスクが顕在化する可能性の程度や時期、(ii)リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容、及び(iii)リスクへの対応策等を記載すべきであることが明らかにされた。
さらに、事業等のリスクの記載に当たっては、リスクの重要性や経営方針・経営戦略等との関連性の程度を考慮して、分かりやすく記載することが求められるようになった。
(ウ) ガイドライン案における関連原則
事業等のリスクとして記載が求められる事項は、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものを重要度に応じて説明することであり、一般的なリスクの羅列ではなく、具体的な記載とする必要がある。
事業等のリスクの望ましい開示に向けた取組みとしては、取締役会や経営会議が、経営成績等に与える影響の程度や発生の蓋然性に応じて、リスクの重要性をどのように判断しているかを説明することや、リスクの記載の順序について、経営方針・経営戦略等との関連性の程度等を踏まえ、取締役会や経営会議における重要度を反映すること、リスク区分については、リスク管理部門がリスク管理上用いている区分に応じた記載とすること等が挙げられている。
(エ) 実務上の留意点
① 経営者の認識の反映
改正開示府令の下では、事業等のリスクは、経営者が認識する主要なリスクであることが明確化されたことから、その開示に経営者の認識を反映するためには、リスクについて取締役会や経営会議において議論すること等を通じて、経営者が早期に適切に関与することが求められる。
② リスクの重要性の判断
事業等のリスクの開示が、一般的なリスクの羅列にならないように、企業の成長、業績、財政状態、将来の見込みについて重要であると経営陣が考えるリスクに限定する必要がある(注3)。また、事業等のリスクとして、企業固有の事情に基づかない一般的なリスク(例えば、天災、景気の変動等)を記載する場合は、具体的にどのような影響が見込まれるかを明確にする必要がある(注4)。
③ 例示された事項の記載のあり方
「リスクが顕在化する可能性の程度や時期」については、経営者として判断した根拠が記載されること(注5)や、前年からの変化が分かるように記載すること(注6)が望ましい。
「リスクが顕在化した場合に経営成績等の状況に与える影響の内容」は、定量的な記載に限られるものではないが、リスクの性質に応じて分かりやすく具体的に記載することが求められる(注7)。なお、事業等のリスクとして例示されている、「特定の取引先・製品・技術等への依存」については、可能な限り定量的に説明することが期待されている(注8)。
「リスクへの対応策」については、実施の確度が高いものを記載することが考えられ、単に実施を検討しているに過ぎないもの等はその旨を記載し、投資者に誤解を与えないような記載をすることが必要である(注9)。
⑤ 有価証券報告書提出後の事情の変化と虚偽記載の責任の成否
事業等のリスクの開示は、将来の不確実な全ての事象に関する正確な予測の提供を求めるものではない。そのため、有価証券報告書の提出日現在において、経営者が認識している主要なリスクについて、一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合には、有価証券報告書の提出後に事情が変化し、事業等のリスクの開示内容が整合しなくなったことをもって、虚偽記載の責任に問われることはないと考えられる(注10)。もっとも、有価証券報告書の提出日現在において、経営者が認識している主要なリスクについてあえて記載しなかった場合には、虚偽記載に該当する可能性があること(注11)に留意する必要がある。
(3) MD&A
(ア) 改正理由
有価証券報告書におけるMD&Aの開示については、2018年の開示府令の改正により、2018年3月31日以後に終了する事業年度から、(i)経営成績等に重要な影響を与えた要因についての経営者視点による認識及び分析、(ii)経営者が経営方針・経営戦略等の中長期的な目標に照らして経営成績等をどのように分析・評価しているかの記載が求められている。もっとも、有価証券報告書におけるMD&Aの開示については、計数情報をそのまま記述しただけの記載であることや、ボイラープレート化した記載が多いこと等の問題点が指摘されていた。
そこで、WG報告書では、セグメント分析に際しては、経営管理と同じセグメントに基づいて、セグメントごとの資本効率も含め、セグメントの状況がより明確に理解できるような情報が開示されることが必要であることや、資本の財源及びキャッシュ・フローに関する情報については、投資判断に不可欠な情報であり、どこからどのように資本やキャッシュを調達しているのか、経営戦略の遂行上、調達した資本やキャッシュをどのように設備投資や研究開発に振り分けていくのかといった情報が、より実効的に開示されるべきであること等の提言がされていた。
(イ) 改正内容(改正開示府令第二号様式記載上の注意(32)a(e)、(f)、第三号様式記載上の注意(12))
MD&Aについて、事業全体及びセグメント情報ごとに、経営方針・経営戦略等の内容のほか、他の項目の内容と関連付けて記載することが求められるようになった。また、MD&Aのうち、キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容、資本の財源及び資金の流動性に係る情報の記載に当たり、資金調達の方法及び状況並びに資金の主要な使途を含む資金需要の動向についての経営者の認識を含め、具体的かつ分かりやすく記載することが求められるようになった。
(ウ) ガイドライン案における関連原則
① MD&Aに共通する事項
MD&Aの開示に際して求められているのは、単に財務情報の数値の増減を説明するにとどまらず、経営方針・経営戦略等に従って事業を営んだ結果である当期の経営成績等の状況について、経営者の視点による振り返りが行われ、経営成績等の増減要因等についての分析・検討内容を説明することである。
MD&Aの望ましい開示に向けた取組みとしては、事業全体とセグメント情報のそれぞれについて、以下の事項についての経営者の評価を提供することが期待されている。
また、当期における主要な取組みや実績についての評価に関し、KPI(Key Performance Indicator)と関連付けた開示(達成状況を含む)を行うことが考えられる。
② キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資本の流動性に係る情報
キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資本の流動性に係る情報として記載が求められる事項は、経営方針・経営戦略等を遂行するに当たって必要な資金需要や、それを賄う資金調達の方法、株主還元等の調達した資金の使途を含め、経営者としての認識を適切に説明することである。
キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資本の流動性に係る情報の望ましい開示に向けた取組みとしては、資金需要の動向に関する経営者の認識の説明に当たり、企業が得た資金のうち、どの程度を成長投資、手元資金、株主還元とするかについて経営者の考え方を記載することや、資金調達の方法について、資金需要を充たすために、どの程度の資金が営業活動で得られるか、銀行借入、社債発行や株式発行等により調達が必要かといった点を具体的に記載することが期待されている。さらに、これらの記載に加えて、会社としての資本コストに関する企業の定義や考え方について説明することも有用である。
(エ) 実務上の留意点
① MD&Aに共通の事項
ガイドライン案を踏まえると、MD&Aの開示に当たっては、財務情報の単なる記載ではなく、経営成績等の状況の変化の背景にある理由を分析することが重要である。
② キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資本の流動性に係る情報
キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資本の流動性に係る情報の説明については、企業ごとに様々な記載方法があり得る。例えば、(i)貸借対照表を踏まえた記載方法、又は(ii)フリー・キャッシュ・フローに焦点を当てた記載方法が考えられる。このうち(ii)の記載方法の場合、キャッシュ・フロー計算書の個別の記載事項にとらわれず、キャッシュ・インの総額及び主な内訳、キャッシュ・アウトの総額及び主な内訳(設備投資、研究開発費、M&A等の成長投資、株主還元)を記載することが考えられる。
(4) 重要な会計上の見積り及び見積りに用いた仮定
(ア) 改正理由
重要な会計上の見積り及び見積りに用いた仮定は、それらと実績との差異等により、企業の業績に予期しない影響を与えるリスクがある。また、会計基準における見積り要素の増大が指摘される中、企業の業績に予期しない影響が発生することを減らす必要がある。
そこで、WG報告書では、会計上の見積り及び見積りに用いた仮定は、投資判断・経営判断に直結するものであり、経営陣の関与の下、より充実した開示が行われるべきであること等の提言がされていた。
(イ) 改正内容(改正開示府令第二号様式記載上の注意(32)a(g)、第三号様式記載上の注意(12))
重要な会計上の見積り及び見積りに用いた仮定の不確実性の内容やその変動によって経営成績等に生じる影響等の会計方針を補足する情報の記載が求められるようになった。なお、会計上の見積り及び見積りに用いた仮定については、現行の会計基準に定めがないため、有価証券報告書の第一部第5の「経理の状況」ではなく、投資判断・経営判断に直結するものとして、MD&Aの項目として記載が求められている。
(ウ) ガイドライン案における関連原則
重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定に関して、経営者がどのような前提を置いているかということは、経営判断に直結する事柄と考えられるため、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、経営者が関与して開示することが重要と考えられる。
(エ) 実務上の留意点
① 「不確実性の内容」の記載のあり方
重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定の「不確実性の内容」の記載に当たり、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定がなぜ変化し得るリスクを有しているかを説明する必要がある。また、その説明の前提として、どのように見積りを算定したか、過去の仮定や見積りがどれほど正確であったか、どれほど変更されたか、将来変更される可能性が高いか等の分析が必要である。
④ 「その変動により経営成績等に生じる影響」の記載のあり方
重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定の「変動により経営成績等に生じる影響」の開示は、各企業においてその内容を検討するものであり、ガイダンス等で内容が縛られるものではない(注12)。会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定と実績との差異に伴う変動の影響なので、できるだけ定量的な記載とすることが望ましいと考えられる。
(5) 適用開始時期
改正開示府令における上記(1)から(4)までの改正は、2020年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用される(改正府令附則7項本文)。但し、2019年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から任意に適用することができる(同項但書)。なお、その場合には、投資者に誤解を与えないよう、その旨を記載することが考えられる。(次回に続く)
▽注1:金融庁に
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