上村教授「会社は人間がより良く生活するための道具立て」
2019年03月18日
――最終講義で「人間復興」を掲げました。どんな意味を持つのでしょうか。
――お金を持った人の声ばかりが大きくなることも懸念しているようでした。
「お金を持った人というよりも、人のにおいがしない組織が、人の社会を支配していることの問題について申しました。真っ当な存在理由を有するファンドもありますが、株主総会における議決権を通じて人間を支配する根拠がほぼゼロなものも多いと思います。人間との関わりの薄い法人を、生身の人間並みに扱いすぎると人間は阻害されます。マーケットで株式を買えたというだけで人間社会の主権者になるわけではありません。おカネがあれば買えるのです。また、わずか、1万分の数秒という世界で売買を繰り返すような者を株主扱いして良いのでしょうか。機械とカネが人間を支配していることに鈍感すぎるのではないでしょうか。匿名性の問題もあります。日本の著名な鉄道企業の株式を買い集めたあるファンド(サーベラス)を調べたことがありますが、買収者は半年前にケイマンで設立された100株しか有しないファンドで、有限責任パートナーシップという形態であるためにジェネラル・パートナーの名前と連絡先しか明らかでなく、14のその他関係者であるオランダのファンドが1億株以上を有していましたがまったくの匿名です。匿名の大株主による支配などは決して認めてはなりません。議決権行使とは人間のありようを規定するデモクラシーの関与権ですが、そもそも匿名のデモクラシーという観念はないのです」
――「市場とデモクラシー(民主主義)の調和」という主張をしてきました。どのような意味なのですか。
「株式には、財産権と議決権という二つの側面があります。財産権は配当や株式価値のことで、株式市場を中心にその価値が評価されます。議決権はデモクラシーの問題です。もっと簡単に言うと、お金と支配の問題です。会社法は、財産権ないし市場とデモクラシーの調和の歴史なのです」
――公開会社法の構想も訴えてきました。どんな考え方なのでしょうか。
「本来、株式会社というのは証券市場を使いこなせるための仕組みとして形成されてきた会社形態です。けれども,戦後の日本の企業社会は証券市場を意識しないできました。大企業については、いわゆる銀行による間接金融でやってきて,証券市場はメインなテーマになっていませんでした。株式会社の大半が小規模で同族的なものだったという状況もありました。したがって株式会社とは証券市場を使う仕組みなんだという問題意識が乏しかったわけです。言い換えると、株式会社本来の姿を想定しないで株式会社を論じてきたのです。それが、現実にいよいよ証券市場と真正面から向き合う時代になっていったのですが、証券市場を規律する法と株式会社法は別物という感覚を変えることができないできました。株式会社制度の構築・運営に経験豊富な諸外国ではこの二つの法領域は一体のものに決まっています。不特定多数の投資家・株主にとって、『いつでも、どこでも、買いたいときに買うことができ、売りたいときに売ることができ、しかも公正な統一的な価格であること』の要請は本質的な問題ですから、公正な株式市場の存在があっての株式会社制度です。投資家が頻繁に使う有価証券報告書は金融商品取引法に基づいていますが、会社法上の事業報告は会社法で、それぞれの法律を所管する金融庁と法務省も完全な縦割りでやってきています。二つの法律が併存するといっても実態は株式等の金融商品にとっては金融商品取引法の優先適用に他なりません。そのことを素直に認めて法制化しようという公開会社法の構想は諸外国では当たり前のことを一気に実現させようという主張なのです」
――最近のコーポレート・ガバナンス(企業統治)は金融庁が主導している観があります。
「金融庁設置法にはコーポレート・ガバナンスという項目はありません。設置法違反を指摘する学者もいます。実際、2015年6月に始まったコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は東証の上場規程の別添という位置づけで、いかなる意味で上場のためのルールとされるのかははっきりしません。私は、この設置法違反だという指摘に対し、半分正しく、半分間違っているように思います。金融庁は様々な金融商品を扱います。金融商品には必ずガバナンスがついています。信託型であれば信託の、会社型投信であれば会社のガバナンスが必要で、情報開示や会計や監査をちゃんとやれるガバナンスかどうかを金融庁が問うことは正しいと思います。ですが、何となくみんながガバナンスと言っていることを全て金融庁がやるんだということになると、業務が拡散して小手先になってしまい、これでは『何となくガバナンス』と言わざるを得ません。金融庁が本来持っているミッションは、資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成などです。金融商品の質を維持するためのガバナンスです。しっかり真実の価値を把握できるようにすることです。『何となくガバナンス』の状態では金融庁設置法違反ではないかと思っています。どこまでも株式という金融庁所管の金融商品に係る会計・監査・内部統制等を確実に実行できるガバナンスであって欲しいというスタンスを維持し、公正な価格形成の確保という最大のミッションの実現に邁進する姿勢が必要だと思います」
――金融庁のコーポレートガバナンス・コードについてはどのように考えますか。
――コーポレートガバナンス・コードというソフト・ロー(指針や規範など)よりも、会社法という強制力のあるハード・ローを重視すべきですか。
「コーポレートガバナンス・コードは英国のコードを参考にしています。ただ、ソフト・ローと言いますが、イギリスはハード・ローにすごく熱心な国です。100年も前から必ず20年おきに大改正しています。ハード・ローに熱心な国だからこそソフト・ローを語る資格があ
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