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ゴーン事件で検察が描く構図 リーマンショックが不正のきっかけ?

村山 治

 日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏に対する東京地検特捜部の5カ月に及ぶ捜査が大詰めを迎えている。中東・オマーンの販売代理店に送金した約5億6300万円の日産資金を自らに還流させたとしてゴーン氏を会社法の特別背任の容疑で4月4日に逮捕した事件は、検察にとって乾坤一擲の仕掛けだった。この事件を軸にこれまでに摘発された一連の事件を俯瞰すると、ゴーン氏が2008年のリーマンショックで多額の損失を出し、それを取り戻すため会社の私物化に走った、と見立てる検察の図式が見えてくる。

 ■「メーンディッシュ」の事件

東京拘置所に入る車=2019年4月4日午前10時16分、東京都葛飾区、長島一浩撮影
 「メーンディッシュだった。あとは、デザートを食べるかどうか、だけ」

 4月4日のゴーン氏の逮捕について検察幹部はこう語った。

 検察は、日産の資金を自らのポケットに入れたとする「オマーンルート」立件を、一連のゴーン氏の事件の「本丸」と位置付けていたが、勝手のわからない中東でのペーパーカンパニーを使った資金操作の解明は困難を極めた。検察幹部の軽口には、そのハードルをやっと超えた、という安ども感じられた。

 特捜部が発表した「被疑事実の要旨」は以下のようなものだった。

 被疑者(カルロス・ゴーン・ビシャラ、1954年3月9日生まれ)は、日産自動車の代表取締役として、日産の業務全般を統括し、日産に損害を与えないよう忠実にその職務を行うべき任務を負っていたものであるが、日産の完全子会社であるA社から海外における日産車の販売代理店であるB社名義の預金口座に送金した資金の一部につき、自己が実質的に保有するC社名義の預金口座に送金を受ける方法により自己の利益を図る目的で、その任務に背き、

  1.  平成27年12月から平成29年1月までの間、A社名義の預金口座から、B社名義の預金口座に対し、前記方法による自己の取得分125万米ドルを含む合計500万米ドルを送金し、日産に125万米ドル(約1億4700万円)の損害を加え
  2.  同年7月、A社名義の預金口座から、B社名義の預金口座に対し、前記方法による自己の取得分125万米ドルを含む500万米ドルを送金し、日産に125万米ドル(約1億3900万円)の損害を加え
  3.  平成30年7月、A社名義の預金口座から、B社名義の預金口座に対し、前記方法による自己の取得分250万米ドルを含む500万米ドルを送金し、日産に250万米ドル(約2億7700万円)の損害を加えた。

 検察が匿名にしているA社は、日産子会社「中東日産」(アラブ首長国連邦)。B社は、オマーンの販売代理店「スヘイル・バウワン・オートモービルズ」(SBA)。C社は、レバノンの投資会社「GFI」を指す。

 ■CEOリザーブ(予備費)とGF(ゴーン・フレンド)

弁護人の事務所を出るカルロス・ゴーン前会長=2019年4月3日夜、東京都千代田区、仙波理撮影
 検察が、一連の不正の舞台になった、と見ているのが、最高経営責任者(CEO)だったゴーン氏が日産の中東での事業にからめて2009年ごろに創設したとされるCEOリザーブ(予備費)と、日産社内で「GF(ゴーン・フレンド)」と呼ばれているゴーン氏の中東での友人ネットワークだ。

 関係者によると、CEOリザーブは、アラブ首長国連邦(UAE)にある日産の子会社「中東日産」で管理され、自然災害に伴う見舞金など規模の大きな支出に充てることを予定していたとされるが、実際には、ゴーン氏の知人が経営するサウジアラビア、オマーン、レバノンの3つの会社に少なくとも計約65億円が販売促進費名目などで支払われていたとされる。

 レバノン出身のゴーン氏は、中東各国の政官財の有力者と親しいとされる。GFには、SBAオーナーのスヘイル・バウワン氏のほか、1月に特別背任罪で起訴された「サウジアラビアルート」で、ゴーン氏の私的な損失の債務を保証した謝礼として日産から16億円の支払いを受けたとされるサウジの富豪ハリド・ジュファリ氏らも名を連ねる。

 4月5日の朝日新聞朝刊に載った記事「ゴーン前会長、4回目逮捕 5.6億円、自らに還流容疑」によれば、「バウワン氏は、約10年前にヘッドハンティングしたインド人幹部に、前会長の資金管理を命じた。幹部は15年4月、レバノンにGFIを設立。SBAに入った日産のCEOリザーブを、自分の個人口座から複数の口座を経由してGFIに送金したという」。

 ■「自己図利」の構図

 会社法960条1項は「取締役が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定める。

 犯罪立証上のポイントのひとつが、条文前段の「図利(とり)加害目的」だ。犯罪の動機、犯罪の悪質さを判断する材料にもなるものだが、それにとどまらず、犯罪の構成要件そのものになっており、つまり、それが欠けると、任務に背いて会社に損害を加えても罪にならない。

 逮捕を受けた4日の記者会見で、東京地検のスポークスマンである久木元伸次席検事は、日産の資金が流れた先であるC社について、ゴーン前会長が「実質的に保有する」と認定した根拠について具体的な説明を避けたが、「一般論では資本関係とか会社の行動、意思決定にどのように関与しているか、会社の業務に関係しているか、お金がどのように使われているか、などを検討する。脱税事件でも代表者はお飾りということはよくありえる」と述べ、「日産の完全子会社から払わせた金が自分のところに還流させたと理解していただければ」とゴーン氏による日産資金の「私物化」を強調した。

 ゴーン氏は、「サウジアラビアルート」で特別背任罪に問われたことについて「支出は会社の利益のためだった」と主張してきたが、オマーンルートの容疑が固まれば、ゴーン氏は苦しい立場となる。

 弁護団の弘中惇一郎弁護士は「合理性も必要性もなく逮捕に踏み切ったのは暴挙だ」と捜査を批判。ゴーン氏が逮捕前に「私にかけられている全ての嫌疑について無実だ」などと主張する様子を録画したビデオを9日に公開した。

 ゴーン氏は、サウジルートなどでの取り調べでは検察側の取り調べに応じ、容疑を否認する供述を繰り返してきたが、今回の容疑については、弁護団のアドバイスを受け、検察の取り調べに対し完全黙秘しているとされる。

 ■立件、強制捜査にいたるまでの検察部内の葛藤

 オマーンルートに到る検察の捜査には紆余曲折があった。

 そもそも、一連の事件は、2018年春ごろの日産側から検察への通報が捜査の端緒だった。

 不正疑惑の資料を得た特捜部は、多額の日産資金が流出した疑いのあるゴーン氏の中東コネクションの解明を目指したが、その多くは、海外を舞台にしたもので、裏付け捜査が難航した。そのため、国内捜査で完結する、ゴーン氏が役員報酬を過少申告したとする金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)を最初の「ヤマ」に選び、ゴーン氏の側近だった秘書室幹部ら2人と、容疑を裏付ける供述をする代わりに罪を減免する司法取引を結んだ。

 特捜部は同年11月19日、ゴーン氏と側近の日産前代表取締役のグレッグ・ケリー氏を逮捕。容疑は、共謀のうえ2010~14年度のゴーン氏の役員報酬を計約50億円過少に有価証券報告書に記載したとするものだった。

 役員報酬の個別開示義務は、2008年のリーマンショックの後、投資家や株主への情報開示が強化される一環で導入された。財務諸表に虚偽を記載するだけでなく、企業のガバナンスの要である役員の報酬を隠すことも犯罪になることを示す、意味のある摘発だった。

 証拠が固く法律的理論武装も万全だと考えていた検察首脳からは、「この金商法違反事件だけで事件を終結してもいい」との意向も漏れ始めていたが「著名経営者を形式犯で摘発してよいのか」などの反響もあり、特捜部は、ゴーン氏の身柄拘束中に日産の資金流出にからむ不正を立件すべく関係者に対する捜査を進めた。

 ■裁判所の勾留却下で急遽、特別背任容疑を立件

 同年12月10日、金商法違反でゴーン氏らを起訴し、さらに15~17年度の報酬についても過少に記載した、としてゴーン氏らを再逮捕したが、まもなくハプニングが起きる。

 通常、逮捕事件で検察側が裁判所に求める被疑者の勾留は、10日間ずつ計20日間認められることが多い。ところが、東京地裁は、同月20日、「(最初の勾留の)10日間で必要な捜査は尽くされた」として検察側が求めた10日間の勾留延長を認めなかった。著名な特捜事件で否認している被疑者について裁判所が勾留延長を認めないのは特に異例だった。

 ゴーン氏の身柄を放したくない特捜部は、翌21日、急遽、ゴーン氏を、私的な損失を日産に付け替え、また、付け替えに際し、知人のジュファリ氏に約30億円の債務の保証をしてもらった謝礼として約16億円を日産から支払わせ、日産に損害を与えたとして、会社法の特別背任の容疑で逮捕した。

 日産のカネが流れた先のジュファリ氏に対する事情聴取もできていなかった。ゴーン氏は「現地販売店とのトラブル処理などに対する正当な報酬だった」などと主張。その主張は日産側に対する捜査で崩せても、特別背任罪の成立に必要な「業務の対価ではない」との証明ができない恐れがあった。

 この逮捕について検察首脳らは反対しなかった。特捜部は19年1月11日、ゴーン氏をサウジルートの特別背任罪と、虚偽記載罪で追起訴し、余罪としてオマーンルートの特別背任容疑での捜査に全力を上げた。

 その間に、ゴーン氏の弁護人は元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士から、「無罪請負人」の異名をとる弘中惇一郎弁護士らに交代。弘中氏らから制限住居にビデオカメラを設置するなどの保釈条件の提案を受けた東京地裁は、証拠隠滅や逃亡の恐れがないとして3月6日、ゴーン氏の保釈を認めた。公判前整理手続きも始まっていない中、特捜事件で否認している被告人の保釈が認められるのも異例だった。

 ■4回目の逮捕をめぐる検察部内の葛藤

 日産側の協力で、GFIの口座からゴーン氏側への資金移動が記録されたことを示唆すメールを入手したのが捜査の転機となった。特捜部は、3月末から、ゴーン氏をオマーンルートの特別背任容疑で逮捕すべく検察部内の協議を始めた。

 検察首脳らは、勾留延長請求や起訴後の保釈に対する裁判所の判断を「反検察的」と受け止め、戦線拡大には消極的だった。一時、「立件見送り」の意向も示したとされる。特捜部は、サウジルートで有罪を獲得するためにも、同じCEOリザーブから出金され「私物化」の疑いがより濃いオマーンルートの立件が必要だと強調。検察首脳らは、立件自体には同意した。

 しかし、ゴーン氏の逮捕については、検察首脳は「逮捕しても裁判所が勾留しなければ検察がダメージを受ける」として在宅での取り調べを求めた。特捜部には受け入れられない話だった。GFIからゴーン氏の妻のキャロル・ゴーン夫人の会社に資金が流れた疑いがあった。その夫人は保釈後の制限住居でゴーン氏と同居しており、在宅捜査では証拠隠滅の恐れがある、と考えたためだ。特捜部や東京地検幹部は検察首脳への説得を重ね、4月3日夕、ようやく逮捕の了承が得られたという。

 その間に、読売新聞が4月3日朝刊で「ゴーン被告 オマーンルート立件へ 東京地検 特別背任、近く判断」と報道。3日午後2時すぎには、産経新聞がウェブニュースで「ゴーン被告を4回目逮捕へ 東京地検特捜部、最高検と協議 会社法違反罪」との記事を配信した。

 ■異例づくめの逮捕劇

 特捜部は、翌4日午前6時前、記者たちが詰めかける中、ゴーン氏が保釈後に過ごしていた都内の制限住居の捜索に着手した。ゴーン氏逮捕が発表されたのは4日午前7時半ごろ。特捜部の捜査対象は政治家や企業の経営者などが多く、早朝の逮捕は珍しい。

 特捜部が早朝の強制捜査に踏み切ったのは、マスコミ各社が強制捜査を予期してゴーン氏の居宅前に前夜から張り込み、一種のメディアスクラム状態になったためだ。「近隣への迷惑を考えて早朝に突入せざるを得なかった」と検察幹部は振り返る。

 それにもまして、異例だったのは、東京地裁が「証拠隠滅や逃亡の恐れがない」としてゴーン氏の保釈を認めたのに、勾留を認めたことだ。

 関係者によると、地裁は、サウジルートの特別背任罪での起訴についてゴーン氏の起訴後勾留を認めていたが、弁護側の請求を受け、「罪証隠滅の恐れは、弁護側と裁判所が決めた保釈条件でなくなった」として3月6日、ゴーン氏の保釈を認めた。

 ゴーン氏の弁護人の弘中弁護士は逮捕後の4日の記者会見で「起訴されている事件と一連の事件。裁判所で、事件について罪証隠滅もないし、逃亡の恐れもないとはっきり確認されたゴーンさんを逮捕したわけで、身柄拘束を利用して被告に圧力をかけるという意味で人質司法だ」と捜査を厳しく批判した。

 これに対し、東京地検の久木元次席検事は「1月に公判請求した特別背任事件とは、送金先の会社は別であり、特別背任の態様、目的も登場人物も違う別の事件。(裁判所の)保釈(判断)は前の事件の判断。(今回は)別の事件なので、(検察として)別の判断をした」と反論した。

 弁護側は東京地裁に対し、検察側の勾留請求を認めないよう申し入れたが、地裁は4月5日、ゴーン氏に対する10日間の勾留を決定。弁護側の準抗告も退けた。弁護側は、さらに最高裁に特別抗告したが、これも退けられた。

 しかし、地裁は4月12日、検察側が求めた10日間の勾留延長については、8日間だけ認める決定を出した。勾留延長は、さらに捜査が必要とする「やむを得ない事由」がある場合に限り最大で10日間認められる。地裁は、特捜部の捜査の進み具合や弁護側の主張などを検討したうえで、8日間の延長で十分と判断したとみられる。

 ■カギ握るゴーン氏の妻

 今後の捜査の焦点は、日産からGFIに流れたとされるカネの使途の解明だ。

 4月6日のNHKニュースは次のように伝えた。

 ゴーン前会長はオマーンの代理店に支出させた資金の一部をみずからが実質的に保有するレバノンのペーパーカンパニーの口座に送金させ、この口座からは前会長の息子が経営するアメリカの投資関連会社「Shogun Investments」におよそ30億円が送金されたほか、ゴーン前会長の妻が代表を務める会社「Beauty Yachts」におよそ9億円が送金されていたということです。こうした資金移動はスイスの金融機関など複数の口座を経由しているということで、妻の会社に送金された資金は前会長らが使用するイタリア製のクルーザーやボートの購入費に充てられていた疑いがあるということです。このため特捜部は中東各国のほか、スイスやアメリカなどの当局にも捜査共助を要請し、海外を舞台にした複雑な資金の流れの全容解明を進めています。

東京拘置所を出るカルロス・ゴーン前会長の妻キャロルさん=2019年3月6日、東京都葛飾区、恵原弘太郎撮影
 特捜部はゴーン氏を逮捕した4月4日、同居中の妻のキャロル・ゴーン夫人に対し、参考人として出頭するよう求めたが、キャロル夫人は翌5日、フランスに出国した。このため、特捜部は、東京地裁に対し、事件の参考人などが出頭や供述を拒んだ場合、公判が始まる前に検察官が裁判所に証人尋問を請求できる刑事訴訟法226条の「公判前の証人尋問」を求めた。

 地裁の召還を受けてキャロル夫人は日本に戻り、11日、東京地裁で英語の

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