2019年05月08日
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士 諸井 領児
2011年3月11日に生じた東日本大震災を契機に、再生可能エネルギーの導入拡大の機運が高まり、2012年7月1日に「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(その後の改正を含み、以下「再エネ特措法」という。)が施行された。再エネ特措法の下では、認定(注1)(以下「認定」という。)を受けた太陽光発電設備から発電される電気について、電力会社が20年間、固定価格にて買い取り、電力会社の買取費用は電気を購入する国民が広く薄く負担する仕組み(以下「固定価格買取制度」という。)がとられている。特に制度導入当初の3年間は発電事業者の利益を考慮した買取価格が設定されていたこともあり、固定価格買取制度を利用して電気を売電することにより長期の安定的なキャッシュフローが見込まれることから、制度開始当初から想定を上回るスピードで国内における太陽光発電所の開発が進められるに至った。
かかる急速な太陽光発電設備の導入拡大により、国民負担となる賦課金の総額は年間2.4兆円にまで達しているものの(注2)、制度開始初期に比較的高い固定価格で売却する権利を得た事業者の中には諸事情により案件の開発を今日までに行えずにいる事業者も存在する。そのため、このような未開発・未稼働の案件が今後開発されるとすると、近時の太陽光パネル等の価格の下落を踏まえ、当初高い価格で売却する権利を得た事業者に過剰な利益が生じることになり、また、電力会社の系統が長期間使われないにもかかわらず他の事業者に割り当てられない状態が続くため、適切な電源開発が進まない等といった問題が生じていた。
こうした問題はこれまでも議論されてきており、かかる問題への対応策として、①2017年4月1日までに電力会社との間で発電設備の系統連系に係る接続契約(以下「接続契約」という。)を締結できていない案件を原則として失効させたり、②2016年8月1日以降に接続契約を締結した案件に、原則として認定から3年間の運転開始期限(かかる運転期限を課すルールを以下「3年ルール」という。詳細については後記参照。)を設けたりすることにより一定の対応がされてきたところである。こうした対応により、約1,700万kWの事業用太陽光発電に係る認定が失効しており、一定の成果はあったものの、なお、3,000万kWを超える未稼働の事業用太陽光発電に係る認定が存在したことから、2018年10月15日に資源エネルギー庁は「既認定案件による国民負担の抑制に向けた対応」と題する資料(注3)(以下「新ルール当初案」という。)を公表し、未稼働の事業用太陽光発電の対応に係る考え方を示し、パブリックコメントの手続が実施された。
新ルール当初案は、2012年度、2013年度及び2014年度に認定を受けた40円/kWh、36円/kWh及び32円/kWhの調達価格(再エネ特措法第3条第1項。固定価格買取制度の下での売電価格を意味する。以下同じ。)にて電気を売電することの可能な案件のうち、3年ルールの規制を受けない案件(以下「新ルール対象案件」という。)を対象とした、厳格な内容の改正案を含んでおり、太陽光発電設備の設置工事が概ね完了しているような場合を除き、対象となる設備に適用される調達価格が引き下げられるリスクが高い制度設計となっていた。これにより、事業用太陽光発電事業に関する業界全体に危機感が高まったものの、パブリックコメントの結果を踏まえて2018年12月5日に公表された方針(以下「新ルール改訂案」という。)においては、当初の厳格な内容が一定程度排除された内容となっており、業界全体にも落ち着きが戻ったように見受けられる。なお、新ルール改訂案の内容は、細かな技術的な修正が加わった点を除けば、ほぼそのままの内容で再エネ特措法施行規則及び平成29年経済産業省告示第35号に反映され、2019年4月1日より施行されている。
新ルールの内容を説明する前に、まずは2017年4月1日に導入された3年ルールの内容について説明する。
3年ルールは2017年4月1日に施行された再エネ特措法の改正法に基づき導入された概念であり、かかる導入により2016年8月1日以降に接続契約を締結した案件に、原則として再エネ特措法上の認定(当該改正前の再エネ特措法に基づき認定を取得した案件については当該改正後の再エネ特措法の下で認定を取得したとみなされる日)から3年間の運転開始期限が設けられることとなった。かかる運転開始期限を遵守することができず、運転開始期限を徒過した場合には、月単位で調達期間(再エネ特措法第3条第1項。固定価格買取制度の下での売電期間を意味し、10kW以上の太陽光発電においては20年となる。以下同じ。)が短縮されることになる(注4)。
今回策定・施行された新ルールの内容は以下の通りである。
1. 適用対象
新ルールは、原則として、①2012年度、2013年度又は2014年度に係る再エネ特措法上の認定を取得した事業用太陽光発電(10kW以上)であり、②3年ルールの対象となっていない(すなわち、2016年7月31日までに接続契約を締結した)、③未稼働案件(すなわち、運転開始に至っていない案件)に適用されることになる。
なお、新ルールにおいては認定から4年以上運転開始をしていないものがその対象となることから、1年毎に対象年度を1年度ずつ拡大していくことが想定されている。
2016年7月31日までに接続契約を締結 | 2016年8月1日以降に接続契約を締結 | |
2012年度認定 | ||
2013年度認定 | 新ルールに基づく今回の措置の対象 | 3年ルールの対象 |
2014年度認定 | ||
2015年度認定 | 1年後に新ルールの措置の対象となる可能性あり | |
2016年度認定 | 2年後に新ルールの措置の対象となる可能性あり |
* 資源エネルギー庁「既認定案件による国民負担の抑制に向けた対応(事業用太陽光発電の未稼働案件)」2018年12月5日 5頁の図を筆者にて加工
2. 例外的に新ルールが適用対象外となる案件
新ルールの措置の対象となる太陽光発電案件であっても、開発工事に本格的に着手済みであることが公的手続によって確認できる場合には、そもそも新ルールの対象とはならない(注5)。新ルールの適用対象外となる場合には、従前と同様に運転開始期限は設定されないことになる(注6)。適用対象外となる案件は主に以下の2つがある。
(1) 2018年12月4日までに、工事計画届出(注7)が既に受理されている案件。
(2) ①(2018年12月4日までに工事計画届出が受理されていなくとも)同時点までに森林法第10条の2第1項に規定する開発行為の許可を受け、条例に基づき当該開発行為に着手する旨を届け出て当該開発行為を開始し、②2019年9月30日までに工事計画届出が受理され、③2019年10月31日までに当該工事計画に係る電気工作物の設置工事に着手したことが確認できた案件。
上記(2)については、林地開発に着手したことで開発工事に本格的に着手していることが証明できることから、工事計画届出の提出までに一定の猶予期間を与えることで、上記(1)と同様に新ルールの適用対象外としたものである。なお、森林法上の開発行為の許可が不要な案件であっても、2018年12月4日までに、(i)条例に基づく小規模林地開発行為の着手に係る手続を完了し、森林法第10条の8第1項に規定する伐採及び伐採後の造林の届出書を提出して、立木の伐採を開始している場合や、(ii)開発工事に本格的に着手していることが法令(条例を含む。)に基づく手続により証明可能である場合には、上記(2)と同様に新ルールの適用対象外となる。
3. 新ルールの内容
(1) 系統連系工事着工申込み
新ルールの適用対象となる場合には、既に運転開始準備段階に入っていることを示すために、所定の期限までに系統連系工事着工申込書を提出する必要がある。「系統連系工事着工申込み」は今回の新ルールで新たに設けられた概念である。かかる系統連系工事着工申込書が一定の受領期限までに受領されている場合には適用される調達価格の変更はない。かかる受領期限は、案件の規模や特殊性を踏まえて区別されており、実務上の提出期限及び受領期限は下表の通りと定められた。下表からも明らかなように、大規模案件においては運転開始までに時間を要することについて一定程度の配慮が示された形となっている。
事業規模 | 系統連系工事着工申込書の実務上の提出期限 | 系統連系工事着工申込書の受領期限 |
2MW未満 | 2019年2月1日 | 2019年3月31日 |
2MW以上 | 2019年8月末頃 | 2019年9月30日 |
条例による環境影響評価手続 | 2020年2月末頃 | 2020年3月31日(注8) |
(2) 系統連系工事着工申込みの要件
系統連系工事着工申込みは、既に運転開始準備段階に入っていることを示すものであり、開発行為において通常完了しているであろう手続を完了していることが必要となる。具体的な要件は、主として以下の2つである(注9)。
(3) 系統連系工事着工申込みの受領期限を徒過した場合の取扱い
系統連系工事着工申込書を受領期限までに提出することができず、提出が遅れた場合には、当該案件に適用される調達価格は、系統連系工事着工申込書の受領日の2年前の年度の調達価格に変更されることになる。その結果、例えば、条例に基づく環境影響評価手続を求められない2MW以上の太陽光発電案件について、2019年8月末頃までに系統連系工事着工申込み手続を行うことができず、提出が2019年12月頃になってしまった場合には、当該案件に適用される調達価格が当初は40円/kWh、36円/kWh又は32円/kWhであったとしても、2019年度の2年度前である2017年度の調達価格である21円/kWhに変更されることになる(注10)。
(4) 系統連系工事着工申込み後の手続
a. 要件1.又は2.不充足の判明
送配電事業者に対して系統連系工事着工申込書の提出が行われた後に、上記(2)に記載の要件1.又は2.が充足していないことが判明した場合には、再度の系統連系工事着工申込書の提出が必要となる。この場合、系統連系工事着工申込書が不備なく受領された日の2年前の年度の調達価格が当該案件に適用されることになる。
b. 変更認定申請を行った場合
系統連系工事着工申込書の提出後、運転開始までの間に、再生可能エネルギー発電事業計画(注11)(以下「事業計画」という。)の変更認定申請(事業計画の変更届出(軽微変更)は含まれない。)(注12)が行われた場合には、上記a.と同様、再度の系統連系工事着工申込みが必要となり、系統連系工事着工申込書が不備なく受領された日の2年前の年度の調達価格が適用されることになる(注13)。なお、事業計画の「変更届出」(注14)が行われた場合には、調達価格の変更は行われない。この点について、例えば、案件の事業者を変更せざるを得なくなった場合、発電設備の設置場所となる地番の追加又は削除を行う場合、保守点検責任者に変更があった場合等については、従前は、調達価格に影響のない変更認定として再エネ特措法上は整理がされてきたが、今回の新ルールの下では、こうした変更により系統連系工事着工申込み時から運転開始時までの間に変更認定がされた場合には、調達価格が変更されることになる点に留意が必要である。
c. 連系開始の遅延
送配電事業者に対して系統連系工事着工申込書の提出が行われると、送配電事業者は当該案件の連系開始予定日を定めることになる。今回、パブリックコメントの結果を踏まえて新ルール当初案から大きく変わった点の1つが、かかる連系開始予定日までに実際に連系を開始できなかった場合の効果である。新ルール当初案では、送配電事業者側の都合以外の理由により、系統連系開始予定日までに実際の連系を開始できなくなった場合には、系統連系工事着工申込書を提出しなおす義務があるとされ、かかる再提出日の2年前の年度の調達価格に、当該案件に適用される調達価格が変更される仕組みが想定されていた。しかしながら、資源エネルギー庁から2018年12月5日に公表された資料においては、不可抗力等の事由により適用される調達価格が変更となるリスクを最小化する観点から、仮に連系開始予定日までに実際の連系が間に合わない場合であっても、再度の系統連系工事着工申込みは不要とされ、系統連系予定日までに連系を開始できなかったことに起因する調達価格の変更は生じない建付けが採用されるに至った。かかる変更が行われたことで、当初は事業の継続の目途が失われかけた案件についても、再度事業の継続の目途が立った案件も多いようである(注15)。
(5) 運転開始期限
上記の系統連系工事着工申込書の受領期限までに遅滞なく系統連系工事着工申込みが行われた場合であっても、当該受領期限から1年以内(条例に基づく環境影響評価手続の対象案件については9ヶ月以内)に運転開始日を到来させる必要がある。
また、上記の系統連系工事着工申込書の受領期限までに系統連系工事着工申込みを行うことができず、新ルールの施行期日以降に当該着工申込みが行われた場合には、最初の系統連系工事着工申込書の受領日から起算して1年以内に運転開始日を到来させる必要がある(注16)。
なお、調達価格等算定委員会での意見を踏まえて、かかる運転開始期限に間に合わなかった場合には、超過分につき、月単位で買取期間が短縮されることになる(注17)。運転開始期限を整理すると以下の通りとなる。
系統連系工事着工申込みのタイミング | 事業規模 | 運転開始期限 |
期限までに提出 | 2MW未満 | 2020年3月31日 |
2MW以上 | 2020年9月30日 | |
条例による環境影響評価手続 | 2020年12月31日 | |
期限に遅延して提出 | ―― | 最初の系統連系工事着工申込書の受領日から1年以内 |
(6) 太陽光パネルの変更
なお、3年ルールの下では、太陽光パネルのメーカーや種類を変更した場合であっても調達価格は変更されないこととの均衡から、新ルール対象案件についても、系統連系工事着工申込書の提出前であれば、太陽光パネルのメーカーや種類の変更を行っても調達価格が変更されないこととなった(注18)。
4. 調達価格の遡及的な変更
再エネ特措法の下では、調達価格及び調達期間の改定は「物価その他の経済事情に著しい変動が生じ、又は生ずるおそれがある場合において、特に必要があると認めるとき」(注19)に行われるとされている。今回の調達価格の変更については、主として告示の改正という方式で行われているところ、調達価格及び調達期間の改定の方法として適法であるかという点については議論があるものの、本稿ではこの点を指摘するに留め、紙面の関係から詳細な説明は省略する。
今回の新ルールが新ルール当初案と比べて緩和された内容で落ち着いたことにより、太陽光発電事業に真面目に取り組む事業者が救済されたであろうことは、我が国における太陽光発電事業の行く末を見据えても、重要なターニングポイントの1つであったと考えられる。今回の新ルールを巡り、制度面の不安定性から、太陽光発電の開発のための資金調達に現に支障が生じた案件もあるようであるが、新ルールが透明かつ予測可能性の担保された形で運用されることにより、こうした不安定性が解消されることが望ましいと考えられる。
事業用太陽光発電の調達価格は固定価格買取制度の制度開始当初と比べて半額以下となっており、太陽光発電の普及を促進する流れは当初と比べると緩やかになってきていることは事実である。もっとも、太陽光発電は、クリーンで安全なエネルギー源であり、メンテナンスも比較的容易であり、分散型電源の主要な選択肢の一つとして、今後さらに普及していくことが望ましいと考えられる。出力が不安定であることが太陽光発電のデメリットとして考えられているが、近時では蓄電
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