2019年06月07日
●明文規定
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年法律第63号)の第2条2項は、「合議体の裁判官の員数は3人、裁判員の員数は6人とし、裁判官のうち1人を裁判長とする」とし、続けて「ただし、次項の決定があったときは裁判官の員数は1人、裁判員の員数は4人とし裁判官を裁判長とする」と明記している。
「次項」(同条3項)は、「第1項の規定により同項の合議体で取り扱うべき事件のうち、公判前整理手続による争点及び証拠の整理において公訴事実について争いがないと認められ、事件の内容その他の事情を考慮して適当と認められるものについては、裁判所は、裁判官1人及び裁判員4人から成る合議体を構成して審理及び裁判をする旨の決定をすることができる」と定め、それに続く第4項は「裁判所は前項の決定をするには公判前整理手続において検察官、被告人及び弁護人に異議のないことを確認しなければならない」と規定する。
要するに、「公判前整理手続きの結果、被告が起訴事実を争わない」「検察官、被告人、弁護人という裁判の当事者のいずれにも異議がない」「裁判所が事件の内容などを適当と認めること」の3要件を満たす場合、裁判体は「裁判官1人、裁判員4人」とすることができる、ということだ。
●最高裁データでは半数以上が自白事件
裁判員裁判の課題のひとつは、裁判員候補者に選ばれながら仕事などを理由に辞退する裁判員が増えていることだ。最高裁がまとめた制度10年の総括報告書によると、「辞退が認められた裁判員候補者数」を「選定された裁判員候補者数」で割った辞退率は、制度が始まった2009年には53%だったのに、18年は67%に達した。辞退率の上昇は裁判日数の増加などで裁判員の負担が重くなったことなどが原因とも指摘されている。
自白事件の多くを「3対6」でなく「1対4」で裁けば、少なくとも、裁判員2人分の社会負担が減る。公判を行う裁判所の負担も減ることになる。
もちろん、「自白」=「争いがない」というわけではない。刺殺した事実は認めていても、検察が主張するほど何度も刺していないとか、犯行に至る事情が違うとか量刑を軽くする情状につながる主張をする被告人もいるからだ。
ただ、全国の裁判所を舞台にした千差万別の6千件を超す自白事件で、「1対4」に当てはまる事件が1件もないというのは奇異としかいいようがない。不自然ささえ感じる。
おそらく、最終的な裁判体の選定で主導権を握るのは裁判官だ。裁判員裁判対象事件は全国どこでも起きる。全国の刑事裁判官は、自白事件でも「3対6」を選択するよう示し合わせているのだろうか。それとも、裁判官を束ねる最高裁が何らかの形で全国の裁判官に周知し、「統制」しているのだろうか。
●最高裁の見解
最高裁にこれらの疑問について4月17日、インタビューを申し込んだ。最高裁事務総局広報課は5月7日、「インタビューには対応しない」とし、書面での質問に口頭で回答した。(回答は太字)
●弁護士や検察幹部の「1対4」ゼロへの批判
金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)や会社法の特別背任罪に問われた日産前会長のカルロス・ゴーン氏の弁護人として注目を集めている刑事弁護の重鎮、高野隆弁護士は、日本弁護士連合会の機関誌「自由と正義」19年5月号でこの問題を取り上げた。
これまでに行われた1万件以上の裁判員裁判のなかにこの(1対4の裁判体を認める)要件を満たす事件がなかったということはありえない。むしろ、半数以上は公訴事実に争いがなく、法律解釈や訴訟手続上の問題もない事件だったと思われる。そうした事件の公判に割く人材を削ることで、否認事件や複雑な事件に対してより多くの人材やより多くのエネルギーを投入することができるようになるだろう。であるにもかかわらず、この制度の存在を裁判所は無視している。法制定者の明らかな意思を黙殺しているのである。
高野弁護士は「裁判官一人では4人の一般市民を操作することができないと考えているのだろうか」と皮肉っている。
裁判員裁判の実施準備にかかわった上、同裁判の実務をフォローしてきた元検察幹部はいう。
「1対4」は、様々な事情から封印されてきた。「個性的な裁判員に圧倒されて裁判官1人では対処できないのではないか」、「裁判官1人に4人の裁判員を相手にさせるのは怖い」というマインドが裁判所側にあったことが使われない要因の一つかもしれない。しかし、裁判員裁判の定着状況からすると、「1対4」の活用も真剣に検討する時期になってきたと思う。法曹三者は、この10年間で貴重な経験を重ねてきた。世間の荒波をくぐってきた人間力豊かな経営者など、裁判員となる庶民には日常生活に根ざした事実認定の能力、量刑感覚がある。検察の立場でもそう感じることがあった。長期化する複雑困難事件の負担を考えると、トータルでの負担軽減のためにも「1対4」を活用すべきだ。
さらにこの元幹部は、筆者の「『1対4』を使わない運用に最高裁はかかわっているのか」との疑問に対し、以下のように指摘した。
裁判官の独立原則の観点から、最高裁からは現場の裁判官に指示はしないでしょう。とはいっても、優秀な裁判官の集合研修での発言が最高裁の方針とも符合しつつ実務をリードしてきたのではないか。優れた裁判官からの提言や検察、弁護側からの新しい動きに期待したい。
別の検察関係者は「反則制度、微罪処分、略式起訴、起訴猶予、簡易公判手続、単独裁判、合議裁判というように、立法者は、証拠構造や在体、犯情に応じて、裁判所がコスト感覚を発揮することを強制したり期待したりしている。裁判員については、それをまるっきり無視している」と裁判所側を批判した。
●はじめから使う気はなかった?-政治決着の産物だった「1対4」
そもそも、「1対4」はどうして法律に入ったのか。
裁判員裁判の裁判体の構成については、裁判員の数を極力絞りたい最高裁と、陪審裁判的なものを志向してできるだけ裁判員の数を多くしたい日弁連が激しく対立。弁護士出身の議員が多い政権与党の公明党が日弁連寄りの主張をして綱引きが続いた。
03年10月、司法制度改革推進本部の裁判員制度・刑事検討会座長が「裁判官3人、裁判員4人」とする案を公表したが、これに公明党や日弁連が反発。推進本部は「裁判官3人、裁判員6人」案に修正したが、公明党は「裁判官2人、裁判員7人」案を維持して、折り合いがつかなかった。
結局、翌04年1月、自民党、公明党の与党協議で原則「裁判官3人、裁判員6人」で、単純な事件は例外的に「裁判官1人、裁判員4人」も認める、とする案で合意。同年3月、政府が裁判員法案を閣議決定して国会に提出。5月に裁判員法が成立した。
裁判員法の法案作りに関わった法務省OBの弁護士はいう。
「3対6」でも裁判官の方が強すぎる、と公明党が主張して、なかなかまとまらなかった。同党の了解を得るため最後の段階で「1対4」案を加えることによってようやく閣議決定にこぎつけた。「1対4」を導入する理由は、事実関係に争いのないようなケースは、国民に対する負担の大きいフル装備(「3対6」)でやらなくてもいい場合をいわば例外的に設けるということにあり、「1対4」の方が「3対6」よりも良い裁判ができるというものではなかった。裁判の質について言うならば、事実関係に争いのない事件においても、裁判官と裁判員がお互いの知恵や意見を出し合ってより良い判断に達するためには、本来「3対6」の方が適当と考えていた。「1対4」は、「3対6」によって裁判員裁判が定着し、なおかつ、治安情勢の悪化などで対象事件数が増えて裁判員制度における国民負担の軽減が強く求められることなどにより、自白事件については敢えて「3対6」の体制で臨むまでもないという考え方が広がった場合に、はじめて使うことになるだろうと考えた。
「1対4」は政治的妥協の産物として名文化されたが、どうも、裁判所は「裁判の質」などを考慮して最初から「1対4」を使う気はなかった、ということのようだ。
●裁判官が「3対6」を選ぶ理由
ただ、被告人が起訴事実を認めている事件は、本質的な争いはないのだから、裁判としては簡単だ。量刑の議論が中心になる。量刑などに社会常識を反映させるのが国民の司法参加=裁判員裁判の導入理念だった。むしろ、「3対6」より、裁判員比率が高い「1対4」で裁くのが法の趣旨のようにも思われる。
なぜ、裁判所は「3対6」にこだわるのか。
法案作りにかかわった上述の弁護士は以下のように推測する。
裁判官からすれば、裁判員裁判が司法と国民を結ぶ非常に重要な制度である以上、ベストを尽くしたいと考えるのは当然だ。色々な世代やバックグラウンドを有する裁判員とのコミュニケーションを密にして充実した評議を行うためには、裁判官の側も老若のバラエティがある3人の方が良い。裁判員裁判において若い裁判官の果たす役割は大きく、その勉強にもなる。そもそも、日本の刑事裁判では、事実関係に争いがある事件と自白事件の間で、審理のやり方に根本的な違いがあるわけではない。そして自白事件であっても、裁判員裁判の対象となるのは重大犯罪であるから、その量刑の決定はできるだけ慎重、丁寧にやりたい。しかも、裁判員裁判の導入後、対象事件数は大きく減りつつある。だから、これまでのところ、「1対4」を使おうという動きは聞いたことない。
「審理のやり方に違いがない」というのは、英米においては、有罪の答弁が行われると、事実関係に対す
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