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野球観戦をしながら頭に浮かび消えていったものたち

小野塚 格

野球観戦をしながら頭に浮かび消えていったものたち

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
小野塚 格

小野塚 格(おのづか・いたる)
  1999年、早稲田大学法学部卒業。2004年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程(民事法学専攻民法専修)修了。司法修習(58期)を経て、2005年10月に弁護士登録、坂井・三村法律事務所に入所。2015年4月、統合によりアンダーソン・毛利・友常法律事務所。2016年4月より杏林大学総合政策学部非常勤講師。2016年4月から2018年12月まで㈱地域経済活性化支援機構(REVIC)に出向。
 ♫ 山川穂高ここで一発 高らかにアーチ描こうぜ 皆の願いバットにのせて 飛ばせ遥か彼方まで ♫
 ゆったりとしたリズムの応援歌が流れる中、バチッ、えぐい衝撃音を残して白球は一直線にスタンドで待つファンの中に消えていく。
 そんな光景をメットライフドームの内野席から眺めながら、この原稿のことを思い出し、そしてこの原稿の要綱を決めた。

 私は、1975年生まれのもうすぐ44歳。弁護士になったのは2005年の10月だから、もうかれこれ13年以上も弁護士生活を続けていることになる。
 専門は、倒産・事業再生。といっても、近時の倒産・事業再生は、事業(の一部)をスポンサーに譲渡してその対価で債権者に対する弁済を行うことが頻繁に行われていることからすれば、M&Aの要素も多分にある。また、金融の分野では、融資先が倒産状態になった場合にいかに融資を回収できるかが肝の一つであろうから、金融の分野とも密接に関連しているといえる。さらに、会社更生事件ともなれば、更生管財人は会社を経営することになるから、会社に絡むありとあらゆる法律を取り扱っていくことになる(法律のみならず会計・税務や経営学の知識も必要だが、多くの場合、それぞれの専門家の力を借りることになる。)。このように、倒産・事業再生分野は、法律の坩堝といっても過言でないくらいたくさんの種類の法律を扱う。その一方で、経営危機に瀕した会社の従業員や金融機関等の関係者と直接やり取りし、一瞬で決断し、行動に移さなければならないという、人間力や瞬発力を試される場面もある。多数の利害関係人の間で公平な仲裁者にならなければいけない場面もある。窮地であるが故に人の強さ、逆に弱さを見ることもある。そんな難しい場面もある意味楽しみながら、ここまで経験を重ねてきた。

 閑話休題。私は西武ライオンズファンである。西武ライオンズの「黄金時代」に青春時代が重なったため、同年代の多くと同様にファンになったのだ。しかし、その一部は徐々に他の球団のファンになり、そして、もっと多くは、野球に対する興味すらほとんど失ってしまった。実際、私も似たようなものだった。大学時代は、友人とほとんど週一回ペースで飲み会代わりに東京ドームや西武球場に行っていたのだが、大学を卒業してからは司法浪人生活ということもあり、たまにネットで試合結果を確認するくらいで、球場にはさっぱり足を運ばなくなった。働き始めてからも日々の生活と仕事に追われ、やはり球場に足を運ぶことはなかった。もっとも、他球団への浮気はしなかった。基本的には一途なのである。
 球場観戦を再開したきっかけは、息子が野球に興味を持ちだしたことだった。それまでは野球に全く興味を示さなかったのに、下の子が生まれる直前のある日、突然、野球を見に行きたい、と言い出したのだ。私は早速、息子を西武球場に連れて行った。久々の西武球場は、屋根を架けられてドーム球場になっていた。天然芝だった外野席は人工芝に張り替えられ、ネーミングライツの付与により球場名も変わっていた。もっとも、それ以外の部分は昔と同じだったので、違和感はすぐになくなった。
 息子は、無事(?)西武ライオンズファンになり、その後は、中学受験で半年のブランクが空いた他は、シーズン中、ほぼ毎月のように観戦に訪れている。息子は、選手の応援歌と登場曲を気に入ったようで、他球団を含め、主要な選手のものについてはほぼ全てをマスターしている。また、選手名鑑やネット上の情報を読み込んで、セイバー指標を中心に数字関係にもかなり詳しくなっており、こちらが話についていくだけでも結構大変である。反抗期真っ盛りで、なかなか親とは行動しなくなった息子も、野球観戦だけはおとなしく付いてきて、今では貴重な父子の会話の機会にもなっている。

 そんなことを考えていると、すぐそばに、ファウルボールが飛び込んできた。ボールを手に入れるために何人かがボールに向かって手を伸ばしたり、駆け寄ったりしている。
 この光景を見て思い浮かぶのは、2016年5月20日の札幌高裁判決である。これは、野球観戦中にファウルボールが直撃し、片目を失明した女性が、球団・球場運営会社・球場所有者に対し、損害の賠償を求めて提起した訴訟の判決である。第一審は、ほぼ全面的に原告の主張を認めたが、控訴審は、「球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない」として、球場運営会社・球場所有者の責任は認めず、一方、球団が小学生を招待した企画に保護者として付き添っていた原告には野球の知識がほとんどなく、球団には「打球の危険性を告知し、安全に配慮する義務があったが、十分尽くしたとは認められ」ないとして、球団についてのみ責任を認めた(原告にも打球を見ていなかった過失があるとして過失相殺により賠償金額は減額)。この損害賠償請求は、民法709条以下に規定された不法行為に基づく損害賠償請求権を根拠とするものである(他に交通事故や医療過誤、公害等、当事者間に何らの契約関係も存在しないにもかかわらず、一方当事者の行為により他方当事者に損害が生じたときに、その損害の賠償を請求する根拠になるのが不法行為である。)。実は、司法浪人中、大学院で不法行為法の研究室に属していたので、不法行為は隠れた得意分野である。当然先の裁判例も興味深く読んだ。本件原告はこれまで一度も硬球を触ったこともなかったのであろう。硬球を触ったことのある方なら解ると思うが、硬球はほとんど石のような硬さである。そのことを体感していない限り、幾ら注意喚起を行ったとしても、意に介さないであろうことからすれば、裁判例の理屈ももっともだと思う一方で、数万の観客の中には一定数、本件原告のような硬球に一度も触れたことも興味を持ったことすらない人もいるわけで、実現が難しい高度な注意義務を球団に課したものだな、とも感ずる。
 国内外で同様の訴訟が行われていたため、この判決以前にも、観戦約款に免責条項を設け、内野席など、速い打球が飛び込む可能性のある席の前には防球ネットが設置され、ファウルボールの危険を呼びかける場内アナウンスや大型ビジョンで注意喚起を行うなどの対策はとられていたが、この判決が出て以降は、新たに防球ネットをいわゆる砂かぶり席前にも設けるなど、より一層の対策がとられることになった。企業としては当然の防衛策ではあるのだが、一方では、野球観戦の臨場感が幾分損なわれてしまったことは否めない。バランスをとるのは難しいものである。

 微妙なタイミングで盗塁がアウトになり、リクエストが行われた。その結果、判定が覆り、ファンから大歓声が起こる。
 サッカーのW杯でもビデオ判定が導入されたが、法の世界ではビデオ判定はできない。裁判では、過去の事実を裁判官に認定してもらい(反対当事者の場合には、認定の邪魔をするような証拠を提出したり、相手方の主張と両立し得ない事実の存在を主張したりすることになる。)、裁判官は、認定した事実に法を適用して、結論を出すという作業を行っている。つまり、裁判官による事実認定が裁判の帰趨に大きな比重を占めているわけだが、裁判官は過去の事象を実際に体験しているわけではない。そのため、提出された証拠と主張を元に、このような事実が存在したであろう、という推論を行っていくことになる。したがって、証拠の収集とその出し方が非常に重要になるが、都合の良い証拠が常に存在するわけではない。証拠の収集が難しいことも多く、苦労して集めた少ない証拠を上手く配置して、整合的かつ説得的なストーリーに組み上げることが、弁護士としては非常に大事な作業となる。

 試合は、西武ライオンズが劇的な逆転サヨナラ勝利を収めた。グラウンドに歓喜の輪が広がり、観客席も大盛り上がりである。
 事業再生が上手くいった際の高揚感・達成感もこれに少し似ている気がする。それが故に、私は繰り返し野球観戦に向かい、また、倒産・事業再生案件に繰り返し取り組んでいくのだと思う。

 以上が、野球観戦をしながら頭に浮かんできたことである。こんなとっちらかった駄文に最後までお付き合いいただいたことに感謝を申し上げる。
 なお、野球観戦しながら常にこんなややこしいことを考えているのかというとそんなことは全くない。たいていの場合、ビールを片手にほろ酔い加減で、プレーや同行者との会話を単純に楽しんでいるのみである。もしあなたが球場で運悪く私の隣の席になってしまったとしても、心配しないでもらいたい。