2019年07月03日
西村あさひ法律事務所
弁理士・弁護士 濱野 敏彦
(1) AI等の進展によるデータの価値の高まり
近時、いわゆるAI(人工知能)、及び、大量に集積された情報(ビッグデータ)による新たなイノベーションの創出の可能性が高まり、その結果としてデータが企業の競争力の源泉としての価値を増している。具体的には、ビジネス上の利活用の対象として、自動走行自動車用データ、気象データ、工作機械の稼働データ、消費動向データ等が想定されている。
AIにおいては、深層学習(Deep Learning)がブレークスルーとなって、大きな成果が上がり始めている。深層学習とは、多層のニューラルネットワークを用いたコンピュータによる処理(情報処理)を行うものである。ニューラルネットワークとは、人間の脳の機能や構造をまねた情報処理の体系、及びそのシステムをいう。ニューラルネットワーク自体は、30年以上前に提案され、研究され続けてきているものであるが、多層のニューラルネットワークは、膨大な計算量(コンピュータ処理)が必要になるために、従来はほとんど利用できなかった。
しかし、2012年の「ILSVRC」という世界的な画像認識のコンペティション(ある画像に写っているのがヨットであるのか、花であるのか、ネコであるのか等をコンピュータが自動で当てるタスクが課され、正解率の高さを競うもの)により状況が一変した。このコンペティションにおいて、初参加であったトロント大学のジェフリー・ヒントン(Geoffrey Hinton)氏らのチームが、深層学習の技術を使って、名だたる研究機関が開発した人工知能を押さえて圧倒的な勝利を収めたのである。このコンペティション以来、深層学習に注目が集まり、研究が急速に進んでいる。特に、画像認識の分野の成果は目覚ましく、わずか数年前までは、写真に何が写っているかをコンピュータにより当てることは非常に困難なタスクであったにもかかわらず、いまや画像認識の精度では、深層学習は人間よりも遙かに高い正解率を達成している。
また、ビッグデータについても、分析方法が改良され続けている。ビッグデータを分析する方法として、統計的な分析方法の他に、AIの中の(深層学習以外の)機械学習による分析方法(データを分析して重要なパラメータ、要素等を抽出する方法)も成果を上げてきている。
このように、深層学習の成果、ビッグデータの分析方法の改良により、深層学習に用いられるデータや、ビッグデータの価値が高まってきている。
(2) 従来の法令による保護
このように、近時、データの経済的価値が高まってきているにもかかわらず、従来の法令では保護が不十分であるため、安心して他社にデータを提供できないという懸念が指摘されていた。
たとえば、自動走行自動車用のプログラムを深層学習で作成する場合には、自動車に搭載されたカメラが取得する大量の画像(道路、道路標識、信号、他の車、人、障害物等の画像)が必要になる。なぜなら、自動走行自動車では、できる限り事故が起きないようにすることが重要であるため、大量のデータを用いて深層学習を行い、プログラムの精度を高めることが必要となるからである。
しかし、これらのデータに対する保護は、従来の法令による保護では不十分である。
まず、営業秘密(不正競争防止法2条6項)として保護されるためには、秘密として管理されていること(秘密管理性)や、公然と知られたものではないこと(非公知性)の要件を満たす必要がある。しかし、道路等の個々の画像データは、誰でも取得することができるため、秘密管理性や非公知性の要件を充足しない場合が多い。従って、営業秘密としてこれらのデータを十分に保護することは困難である。
次に、著作物として保護されるためには創作性が要件となるところ(著作権法2条1項1号)、これらのデータは創作性の要件を満たさないものが多いため、著作権法によっても十分な保護をすることはできない。ちなみに、著作権法は、データベースの著作物も保護対象としているが、データベースについても、「情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有する」ことが要件であるところ(著作権法12条の2)、道路等の画像データは、「情報の選択又は体系的な構成」について創作性の要件を満たさないものが多い。
そして、これらのデータが民法の不法行為(民法709条)の「法律上保護される利益」に該当する可能性もあり得るが、該当するか否かは必ずしも明らかではなく、また、仮に該当するとしても原則として差止請求は認められないため、十分な保護ができるとはいい難い。
更に、契約により保護するという方法は可能であるが、契約による場合には、契約当事者以外の者には契約に基づく請求を行うことができないため、契約による保護では不十分である。
(3) 限定提供データの創設
このように、従来の法令では保護が不十分であるため、新たな法制度の整備を行わなければ、データの安全な流通が妨げられ、データの有益な取引が進まなくなるという問題意識から、法制面の検討が進められた。
保護対象となるデータについて新たな物権的な権利を付与するという立法の仕方も検討されたが、物権的な権利のように強い権利を与えてしまうと、権利者が利用を拒否することが増えて、データの利活用が進まなくなるのではないかとの懸念が指摘された。そこで、新たな物権的な権利を付与することはせずに、保護対象となるデータについて不正競争防止法を改正して一定の法的保護等を付与することとなった。
保護対象とするデータの範囲については、データ利活用の促進、及び第三者に与える影響という観点から検討が進められた。その結果、外部の特定の者に対して限定して提供されるデータであり、第三者による使用等を制限する旨の管理意思が明確に認識できるアクセス制御手段により管理されていること等の要件を充足するデータが、「限定提供データ」として保護することとされた。
他方、「限定提供データ」の「不正競争行為」については、データの利用者側から、過度に広範な行為を「不正競争行為」とすればデータの利活用を阻害するとの懸念が示されたため、データの提供者と利用者の保護のバランスを考慮して、悪質性の高い行為に限定することとされた。
刑事措置については、事例の蓄積が少ない中で事業者に過度の萎縮効果を生じさせないようにするという観点から、今回の改正では導入しないこととされ、今後の状況を踏まえて、刑事措置の導入の是非について引き続き検討することとされた。
このような経緯を経て、AI等によるデータ利活用促進等を目的とした「限定提供データ」の創設等を内容とする「不正競争防止法等の一部を改正する法律」(以下では同法による改正を「本改正」といい、改正後の不正競争防止法の条文は「法○○条○項○号」等として引用する)が昨年(2018年)5月23日に成立し(公布は5月30日)、本年(2019年)7月1日から施行されることとなった。また、本年(2019年)1月23日には、経済産業省が、限定提供データの各要件の考え方、限定提供データに関する不正競争行為等の具体例を盛り込んだガイドライン(「限定提供データに関する指針」)を公表している。
限定提供データとは、①業として特定の者に提供され(限定提供性)、②電磁的方法により管理され(電磁的管理性)、③相当量蓄積され(相当蓄積性)、④技術上又は営業上のものであり、⑤秘密として管理されていない情報をいう(法2条7項)ものとされている。以下、それぞれの要件の詳細について解説する。
(1) 限定提供性(「業として特定の者に提供」)
「業として」提供するとは、データ保有者(法人であるか、個人であるかを問わない)に反復継続して提供する意思が認められる場合をいう。反復継続的に提供している場合、又は、実際にはデータ保有者がデータの提供をまだ行っていない場合であっても、データ保有者の反復継続して提供する意思が認められる場合には「業として」に該当する。たとえば、データ保有者が、翌月からデータの販売を開始する旨をウェブサイトで公開している場合には、原則として「業として」に該当する。
「業として特定の者に提供」の要件にいう「特定の者」とは、一定の条件の下でデータ提供を受ける者をいう。特定されていれば、実際にデータ提供を受けている人数の多寡は問わない。たとえば、①会費を支払えば誰でも提供を受けられるデータについて会費を支払って提供を受ける者や、②データを共有するコンソーシアムが参加について一定の資格要件を課している場合において、当該コンソーシアムに参加する者も、「特定の者」に該当する。
(2) 電磁的管理性(「特定の者に提供する情報として電磁的方法……により……蓄積され、及び管理されている」)
「電磁的方法」とは、「電子的方法、磁気的方法その他人の知覚によっては認識することができない方法をいう」(法2条7項括弧書)。
限定提供データの要件として電磁的管理性が求められるのは、データ保有者がデータを提供する際に、「特定の者」に対してのみ提供するものとして管理する意思が外部に対して明確に示されることを要求することで、「特定の者」以外の第三者の予見可能性や、経済活動の安定性を確保するためである。
電磁的管理性の要件が満たされるためには、特定の者に対してのみ提供するものとして管理するという保有者の意思を、第三者が一般的にかつ容易に認識できる管理であることが必要である。
かかる管理を実現するための方法としては、様々な方法が考えられるが、代表的な方法はデータへのアクセス制限であろう。この点、アクセス制限は、通常、ユーザーの認証により行われるところ、認証の方法としては、①特定ののみが持つ知識による認証(ID、パスワード、暗証番号等)、②特定の者の所有物による認証(ICカード、磁気カード、特定の端末機器、トークン等)、③特定の者の身体的特徴による認証(生体情報等)等を用いることが考えられる。
他方、たとえば、DVDで提供されているデータについて、当該データの閲覧をすることができ、コピーができないような措置が施されているに過ぎない場合には、原則として「電磁的管理性」の要件を充足しない。なぜなら、コピーできないような措置が施されていても、DVDを取得すれば誰でもユーザー認証無しで当該データを閲覧することができる以上、特定の者に対してのみ提供するものとして管理するという保有者の意思を、第三者が一般的にかつ容易に認識できるとはいえないからである。
(3) 相当蓄積性(「電磁的方法……により相当量蓄積」)
「相当量蓄積」とは、データが、電磁的方法により有用性を有する程度に蓄積していることをいう。
「相当量」に該当するか否かは、個々のデータの性質に応じて判断されることになり、社会通念上、電磁的方法により蓄積されることによって価値を有するものが該当する。かかる判断に際しては、当該データが電磁的方法により蓄積することによって生み出される付加価値、利活用の可能性、取引価格、収集・解析に当たって投じられた労力、時間、費用等が勘案されるものと考えられる。
また、データ保有者が管理しているデータの一部が提供される場合においても、当該一部について、有用性を有する程度に蓄積していれば、相当蓄積性の要件を充足する。たとえば、携帯電話の位置情報データを全国エリアで蓄積している事業者が、特定エリア単位において携帯電話の位置情報データを販売している場合には、その特定エリアの位置情報データについても、原則として相当蓄積性の要件を充足する。
(4) 「技術上又は営業上の情報」
「技術上又は営業上の情報」には、利活用されている(又は利活用が期待される)情報が広く該当する。
他方、違法な情報や、これと同視し得る公序良俗に反する有害な情報については、不正競争防止法の目的を踏まえると、「技術上又は営業上の情報」に該当しないものと考えられる。かかる有害な情報としては、たとえば、児童ポルノ画像データ、麻薬等の違法薬物の販売広告データ、名誉毀損罪を構成するような内容のデータ等が挙げられる。
(5) 「(秘密として管理されているものを除く。)」の要件について
「秘密として管理されているものを除く」との要件は、営業秘密の要件である秘密管理性を充足する場合には営業秘密として保護し、限定提供データとしては保護しないことにより、「営業秘密」と「限定提供データ」の両方で重複して保護を受けることを避ける趣旨で定められた要件である。
たとえば、自らの生産工程の一部を外部事業者に業務委託し、生産に関するデータを当該外部事業者に提供する場合において、当該データについて秘密保持義務を負わせたときは、原則として、当該データは「秘密として管理されているもの」に該当し、営業秘密として保護され得ることになる。
他方、料金を支払えば会員になることができる会員限定データベース提供事業者が、会員に対し、当該データにアクセスできるID・パスワードを付与する場合は、原則として「秘密として管理されているもの」には該当しないため、営業秘密では保護されず、限定提供データとして本改正後の不正競争防止法の下で保護され得ることになる。
データが秘密管理性を有するか否かは、同じデータであっても、状況によって変わる可能性がある。たとえば、当初は、従業員に対して守秘義務を課しつつ、電磁的管理を行っていたデータは秘密管理性を有するが、その後、データの保有者が、第三者と共有することに価値を見出して第三者への提供を開始した場合や、そのデータの販売に商機を見出して第三者に対し所定の料金で販売をした場合には、事後的に秘密管理性が失われ、もはや営業秘密としては保護されないこととなる。その結果として、これらのデータは、「秘密として管理されているものを除く」という要件を充足することになり、限定提供データとして保護され得ることになる。
(6) 「無償で公衆に利用可能となっている情報」の除外(法19条1項8号ロ)
法19条1項8号ロは、限定
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