2019年07月31日
西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原 多
近時、複数の金融機関の不祥事が社会的な問題となり、「不動産融資に傾注しすぎた」であるとか「反社会的勢力と関係があった」等々の報道が広くなされている。
その度に、(日本企業は)「ガバナンスが効いていない」等の議論がなされるが、日本においてコーポレート・ガバナンスが叫ばれるようになってから果たしてどれだけの年数が経っているのであろうか?
流石に昨今では、一歩進んで、「社外取締役が機能しないのは何故なのか」「情報を知り得たかどうかで責任の重さが変わる日本特有の事情に問題があるのではないか」等に光を当てる議論がなされるようになってきている(例えば後者については2019年6月14日の日本経済新聞朝刊「社外取締役、知らぬが仏?-相次ぐ不祥事、第三者目線働かず」等を参照のこと)。
他方で、この問題を考えるにあたっては、わが国金融機関の(特に現場の銀行員の)メンタリティーにも目を向ける必要があるように思える。そこで以下では、外部の目から見た日本の金融機関の置かれている状況について考察していく。
(1)日本銀行のマイナス金利政策を始めとする超低金利政策
周知のとおり、近年、日本では「金融緩和」の状態が長く続いている。もちろん、その背景にはデフレ脱却を目指した政府・日本銀行(日銀)による大規模な量的緩和政策が存在するわけであるが、ここでいう「金融緩和」とは、金融機関による企業に対する積極的な貸し出しという意味である。
その意味での「金融緩和」が生じている要因としては様々なものが考えられるが、主たる要因としては、まずは、マイナス金利政策(2016年から実施されている)に代表される日銀の超低金利政策が挙げられるであろう。同政策は、インフレ目標の早期達成のために始められた政策であるが、その副作用は無視できない。
即ち、マイナス金利政策の下では、金融機関は資金を手許に置いているだけでは損失が生じるだけであるので、(多少無理をしてでも)資金を貸付け等に振り向けざるを得ないが、貸出金利がゼロに極めて近い状態では、貸し付けても貸し付けても金融機関は十分な利息収入を得ることができない。そればかりか、金融機関にとって、貸出残高の減少は死活問題となるので、多少の問題点には目をつぶってでも、トップラインを上げるために積極的に貸付けを行うというインセンティブが生まれかねず、また、現にそのようなインセンティブが生まれているように見える(その他の日本銀行のマイナス金利政策の問題点については木内登英「マイナス金利政策は日本に何をもたらしたか?」https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2019/fis/kiuchi/0208参照のこと)。
また、金融機関内部においても、貸出先を増やす営業担当は優秀と評価され、慎重な判断をする審査担当は必ずしも重要視されないという状態に陥りかねず、また、現にスルガ銀行のケースでは、そのような事態が現実化したものと考えられる(営業偏重への回帰であって、ある意味、バブル当時と似通った状況である)。
(2)金融円滑化法の影響
金融機関による企業への貸出しを(更に)促進させた要因としては、(リーマンショック後の)2009年に(当時の)亀井静香金融担当大臣の肝煎りで制定された(いわゆる)金融円滑化法の影響も大きいと思われる(「金融担当大臣談話(中小企業金融円滑化法の施行にあたって)」はhttps://www.fsa.go.jp/common/conference/danwa/20091204.html参照のこと)。
金融円滑化法の制定は、ある意味大きな効果を上げており、これによって、金融機関による中小企業からの(強引な)引き剝がしはかなり減少したように思える。
他方で、金融円滑化法は、金融機関による債務者へのディシプリン(規律付け)を弱め、結果として「隠れ不良債権」を増大させている可能性も否定できない。それが現実であれば、地方金融機関は、潜在的に多額の不良債権を抱えていることになり、それが地方金融機関の財務状況を潜在的に悪化させている可能性も高い(この点の研究については、例えば近藤隆則「「円滑化法」が中小企業金融に与える影響についての実証研究」http://www.jsmeweb.org/en/en_journals/pdf/vol.36/full-paper-36jp-kondo.pdf参照のこと)。
(3)銀行員の置かれている状況
更に無視できないのが、銀行員個人の置かれている状況の変化である。
第一に、IT・AIの影響である。一見、「審査は人でなくても、IT・AIを駆使すればできる」と思われがちであるが、短期的には、そこに重大なリスクが存在する。
審査担当が企業から取得した税務申告書等を地道に分析すれば、企業による粉飾決算等を見抜ける可能性は増大する。しかしながら、入力されたデジタル情報を画面で見ても、そこから粉飾の臭いを嗅ぎ取ることは容易でない。
第二に、銀行員の勤続年数の短期化である。銀行員が長く(一つの)金融機関に勤務するのであれば、リスクの高い融資によって短期的に利益を稼いだとしても、後でしっぺ返しを喰う可能性が高いため、そのような危険な融資への抑止効果が効きやすい。しかし、銀行員の勤務年数が短くなってくると、そのようなしっぺ返しによる抑止効果が働きにくい(銀行員の平均勤続年数については転職ステーション「地方銀行の平均勤続年数ランキング」https://www.tensyokustation.jp/industry/地方銀行/cowork/参照のこと)。それだけでなく、勤続年数が短くなると(例えば10年未満となると)、以下で述べるとおり、現実に貸出先が倒産するという事態に遭遇する場面も少なくなり、「倒産リスク」という言葉の重みが肌感覚では理解できなくなることになりかねない。
第三に、好不況の景気循環のタイムラグの影響である。よく「倒産ラッシュは10年おきに起きる」と言われる(東京商工リサーチ「企業倒産で振り返る「平成」30年(前編)」https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190424_04.html参照のこと)。
確かに(平成のバブル崩壊に伴う)山一証券の自主廃業発表は1997年であり、リーマンショックは2008年である。しかしながら、リーマンショックから10年が経過したにもかかわらず、2019年現在、次の倒産ラッシュは起きていない。ということは、勤続年数10年未満の銀行員は倒産ラッシュの恐ろしさを知らないということに他ならない(ベテラン銀行員であっても責任ある立場での不良債権管理・処理のノウハウを有していない可能性がある)。
(4)世界的な金余り現象
以上の状況に更に拍車を掛けているのが、世界的な金余り現象である。周知のとおり、日本は2012年の第2次安倍政権発足と同時に開始されたアベノミクス以来金余りの状態と言われるが、世界的にも見てもこの状態は同様である。
このように、世界経済全体が「アクセル」をかけている状態であれば、世界的不況や倒産ラッシュは到来しないので「(リスクを取ってでも)貸した方が得だ」という状態に陥ることになる(上品にいうなら「市場に流動性が溢れている」状態であるともいえる)。
では、このまま世界的な好景気は持続するのであろうか?現状では、米中貿易摩擦の激化に伴って、中国経済の減速が徐々に鮮明になりつつあり、ここ数年、世界経済を牽引してきた米国でも、長短金利の逆転現象(いわゆる「逆イールド」)が生じるなど、景気は徐々に後退局面に入ってきているのではないかとする分析も出てきている。イラン情勢の緊迫化も相俟って、世界経済の不透明感は増しているように思われる。
金余りの結果として中国等で不動産バブルが破裂するなどの事態となれば、世界経済は一気に暗転する可能性も否定できないであろう。
(1)単純なブルーオーシャンは存在するのか?
話を日本に戻すと、日本経済には未曽有の少子高齢化の進行による国内市場の縮小という大きな問題が横たわっている(これに対して、大問題でないとする見解については、赤川学「人口減少は本当に危機か?大問題でないと言える「シンプルな理由」」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59159参照のこと)。
この状況を打破するために、イノベーションを起こすことの重要性が叫ばれ、わが国上場企業による(CVCを活用するなどした)スタートアップ企業への投資など、新規分野への投資が急増している。
確かに、この問題を乗り越えるためには「他人が手掛けていない分野(ブルーオーシャン)に投資したり、イノベーションを起こすこと(言い換えれば「今まで取ったことのないリスクを取る」こと)が重要である」という議論は俗耳に入りやすい。
しかし、そのような新規分野への投資が過熱し過ぎている可能性はないのであろうか?「他人がやらないことを行う」というのは素晴らしいことであるが、他方で「他人がやらない」という理由もそこには存在する(他人が怠慢からやらない場合もあれば、新規投資等には高いリスクが存在するので行わないという場合も存在する)。
その意味で本来は、「他人がやらないことを行う」ことの意義を認識しつつも、そこには「やったことのないリスクを管理する」ノウハウが必要であることを肝に銘じるべきであろう。また、それら新規投資への資金を提供する金融機関やそれを監督する金融当局の側でも、リスクを早期に検知すると共に、問題が生じた場合には、迅速に指導等の措置を講じることが求められよう。
(2)反社会的勢力との関係の断絶-モグラたたきは有効か?
反社会的勢力との関係断絶が重要であることは改めて強調するまでもないし、金融機関が反社会的勢力に対して積極的に接待を行ったりすることはもちろん言語道断だが、それが地下に潜って(暗渠化して)、水面下で却って拡大することがないようにするための配慮も必要である。
単に「反社会的勢力とは付き合うな」というお題目を繰り返す一方で、(少子高齢化が進む中で)貸出額を増やしている金融機関は素晴らしいと賞賛することは、問題を地下に埋没させることになる可能性がある。
情報化が進んだ昨今では、「あの金融機関が派手に営業を行っている」といった情報はすぐに聞こえてくる。そういった巷の情報を丁寧に拾い上げることや新しい形のモニタリングを行うことも、金融監督当局には当然に期待されるところである。
経営の実態の深部にまで分け入ることなく、不祥事を起こした金融機関だけをモグラたたきのように批判しても、問題の抜本的な解決には至らず、金融機関の不祥事はいつ迄経ってもなくならない可能性が高い。
(3)金融機関とマネーロンダリング(マネロン)
このような悩ましい問題は、過剰な不動産融資の問題や反社会的勢力との関係の問題に限らない。例えば、近時、一部の地銀や信金・信組で問題となったマネロン等の問題も同様である。
マネロンは悪いことなので「金融機関はマネロンに手を貸すな」と口煩く言っても、何故悪いことかを丁寧に説明しない限り、金融機関、特に現場(支店)の銀行員の理解は得られない(コンプライアンスは、ある意味「知識ではなく、意識の問題である」とも言われる)。
金余りの状態の中で、ただでさえ銀行員は融資先を探すのに非常に苦労している。ましてや、企業の海外進出が盛んになると海外関係の取引は必然的に増加する。海外関係の取引が増加する中で、抽象的に「マネロンに気をつけろ」と叫んでも、問題取引を検出するためのノウハウや知識がない中では、現場の銀行員は単にマネロン違反の問題を見過ごしてしまうだけの可能性が高い。
このような問題は、何も日本の中小の金融機関に限らない。(少し方向性は違うが、)例えばHSBCは、大規模なマネロン違反で米国連邦司法省と和解に至っている(ロイター「HSBCの資金洗浄問題、米司法省の訴追見送りに介入せず=英中銀」https://jp.reuters.com/article/britain-boe-hsbc-idJPKCN0ZS1B7 なお当該和解に対しては手ぬるいとの批判もあるようである)。ヨーロッパの金融機関も、ロシア絡みのマネロンへの関与が取り沙汰されている(SankeiBiz「欧州銀のマネロン疑惑拡大、ロシア絡みなど…」https://www.sankeibiz.jp/macro/news/190330/mcb1903300901002-n2.htm)。
マネロン違反を防ぐためには、抽象的なお題目を叫ぶばかりでなく、2018年に金融庁が各金融機関に配布した「緊急チェックシート」(同チェックシートでは、マネロンやテロ資金供与の可能性が疑われる多額の現金の送金に該当する目安として「1000万円以上」といった具体例が例示され、不審な送金目的の例として「1カ月分の生活費として1000万円以上の送金」、疑わしい口座の利用形態の例として「個人による1カ月間に5人以上に対しての送金」等が示されたと報じられている)のような形で、マネロンに該当し得る送金等の取引を検出するためのノウハウを蓄積し、常に営業現場にそれに基づくチェックの重要性を徹底するといった具体的な施策を地道に講じていくことが必要であろう。
(4)小括
以上で述べたような現実に即して考えれば、本当の意味で金融不祥事を防止するには、「コーポレート・ガバナンスが」といった大上段な議論ではなく、金融機関(の現場)が置かれている具体的な状況を十分に理解した対応が必要であるように思われる。具体的には、①貸出金額の増加偏重主義を改め、組織的なチェック・牽制体制(リスク管理体制)を構築・強化すべきこと、②コンプライアンス上の問題点が拡大する前に、経営レベルでストップをかけられる体制を構築すべきこと、③貸出金額が急激に増加している貸出先や業種に対するモニタリングを重視すべきこと、④形式的なコンプライアンス重視ではなく、コンプライアンス違反に対しては(例えば、社内リニエ
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