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国境を越える社内調査で「秘匿特権」に気をつけるべきこと

勝部 純

クロスボーダーの要素を含む社内調査と秘匿特権(プリビレッジ)の留意点

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 勝部 純

勝部 純(かつべ・じゅん)
 2006年弁護士登録、2013年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2014年ニューヨーク州弁護士登録、2017年カリフォルニア州弁護士登録。2014-2016年三井物産株式会社法務部アジア・大洋州法務室出向。会計不正、競争法違反、品質不正事案のクロスボーダーの危機対応案件等を中心に手掛ける。

1. はじめに

 本年6月に成立した独占禁止法の改正法において、事業者の自主的な調査協力の度合いに応じて課徴金の減算額を決定する、いわゆる裁量型課徴金制度が導入されるとともに、同制度をより機能させる目的で、事業者が調査協力を効果的に行うために外部の弁護士に相談する際の秘密を保護する、限定的な「秘匿特権」類似の制度が導入されることとなり、「秘匿特権」という概念が日本においても昨今注目を集めている。

 秘匿特権(プリビレッジ(privilege))とは、依頼者と弁護士の間の相談内容について、民事訴訟手続、刑事訴訟手続、仲裁等の裁判外紛争解決手続、行政庁による調査手続等で開示を拒否することができる権利であり、主にコモンローの法体系に属する国々において古くから認められてきた権利である。昨今の企業不祥事は日本国内だけの問題にとどまらない場合が多く、クロスボーダーの要素を含む事案において企業が社内調査を行う際には、社内調査関連資料に対して秘匿特権が適用され、それが維持されるよう、留意して対応することが肝要である。

 以下では、諸外国における秘匿特権の考え方を概説するとともに、秘匿特権に関する諸外国の注目すべき裁判例を紹介したうえ、クロスボーダーの要素を含む社内調査を行う際に秘匿特権の適用・維持を図るための留意点について述べる。

2. 諸外国における秘匿特権の考え方

 (1) 大陸法諸国

 ドイツ、フランス等の大陸法の国々においては、依頼者の権利としてではなく、弁護士の職業上の秘密の反射的効果として、依頼者の弁護士に対するコミュニケーションが秘密として取り扱われており、依頼者の権利としての秘匿特権の概念は存在しない。

 例えば、ドイツにおいては、弁護士が負う職業上の守秘義務の観点から、弁護士に対し証言等の拒否が認められている。

 なお、アジアにおける大陸法系の法システムを有する国としては、日本のほか、中国、韓国、インドネシア、タイ、ベトナム等がある。

 日本においては、民事訴訟手続、刑事訴訟手続における弁護士の証言拒絶権(民事訴訟法197条1項2号、刑事訴訟法149条)や、弁護士が業務上委託を受けて保管・所持する物についての押収拒絶権(刑事訴訟法105条)等が弁護士の拒絶権として存在している。

 大陸法諸国において特筆すべき近時の事例として、ドイツのフォルクスワーゲン社の排ガス不正事件に関して、フォルクスワーゲン社の社内調査を行った米国法律事務所(ジョーンズ・デイ)のミュンヘンオフィスに対して、2017年3月にドイツ検察当局が強制捜査を行い、同事件に関する資料を押収した件がある。当該事件については米国司法省も捜査を行っていたところ、フォルクスワーゲン社及びジョーンズ・デイは、秘匿特権によって保護されるべき資料が当該強制捜査で押収されたため、当該強制捜査は違法である旨主張したが、2017年5月、ミュンヘン地方裁判所は当該強制捜査は適法であると判断した。フォルクスワーゲン社及びジョーンズ・デイは、それぞれドイツ連邦憲法裁判所に対して上訴を行ったが、2018年7月6日、ドイツ連邦憲法裁判所は、米国法律事務所であるジョーンズ・デイはドイツ憲法に関する違憲審査を申し立てる資格を有しないとし、また、フォルクスワーゲン社は当該強制捜査の対象ではなくドイツ憲法上の権利を侵害されていないとして、当該強制捜査はドイツ憲法に違反しないと判断した。加えて、ドイツ連邦憲法裁判所は、フォルクスワーゲン社らが主張するように(すなわち秘匿特権を認める形で)証拠の収集・利用を禁じることは、効果的な法執行を大きく制限することになると付言した。

 (2) コモンロー諸国

 ア 英国(legal professional privilege)

 英国法系に属する諸国において、秘匿特権は「legal professional privilege」と呼ばれている。なお、「legal professional privilege」という呼称ではあるものの、かかる権利は弁護士の権利ではなく、あくまで依頼者が有する権利である。legal professional privilegeは、①legal advice privilegeと②litigation privilegeに分類される。

 legal advice privilegeは、弁護士と依頼者の間における、リーガルアドバイスを求める/提供することを目的とした秘密のコミュニケーションに対して適用される。他方、litigation privilegeは、legal advice privilegeよりもその対象が広く、弁護士と依頼者の間の秘密のコミュニケーション、又は弁護士若しくは依頼者と第三者(証人等)との間の秘密のコミュニケーションについて、その主要な目的(dominant purpose)が実際の又は予期される訴訟(刑事手続における捜査や行政手続における調査も含む。)についてアドバイスを求める/提供する、又は証拠を得ることである場合、保護の対象となる。

 英国法においては「依頼者」の範囲は狭く解されており、企業が依頼を行う場合は、当該企業において当該企業を代理してリーガルアドバイスを受ける権限を有する者のみが「依頼者」に該当する。

 なお、アジアにおける英国法系の法システムを有する国としては、香港、シンガポール、インド、マレーシア等があり、これらの国々では依頼者の権利としての秘匿特権の概念が存在する。

 社内調査において弁護士が企業の従業員のインタビューを行った際のインタビュー録等について、秘匿特権の対象となるか否かという争点に関して、近時の注目すべき英国の裁判例として、ENRC事件がある。英国高等法院は、2017年、社内調査の過程において作成された資料は、たとえ当該企業による不正行為の疑いに関して英国重大不正捜査局(Serious Fraud Office(SFO))による捜査の可能性があり、また、実際に捜査対象となったとしても、litigation privilegeの保護対象とはならないと判断した(Serious Fraud Office v. Eurasian Natural Resources Corporation Ltd, EWHC 107(QB)(2017))。

 これに対して、英国控訴院は、2018年9月、かかる高等法院の判断を覆し、SFOによるENRC社に対する捜査も「訴訟」と解することができるとして、ENRC社による社内調査の過程で作成された資料はlitigation privilegeの対象となると判断した(Serious Fraud Office v. Eurasian Natural Resources Corporation Ltd, EWCA Civ 2006(2018))。

 他方、ENRC社は社内調査の過程で作成された資料がlegal advice privilegeの対象となるとも主張していたが、高等法院及び控訴院ともに、社内調査の過程で弁護士が作成した従業員のインタビュー録については、インタビュー対象者が当該企業を代理してリーガルアドバイスを求め、受ける権限を有していたことの立証がなされていないとして、かかるENRC社の主張を認めなかった。

 イ 米国(attorney-client privilege)

 米国における秘匿特権も、他のコモンロー諸国と同じく、リーガルアドバイスに関する弁護士と依頼者間のコミュニケーション及び訴訟を予期して作成された資料に対して適用される。米国法においては、「依頼者」の範囲について、英国法等と比較して緩やかに解釈されている。

 英国法のlegal advice privilegeに対応する概念として、米国法においてはattorney-client privilegeという概念が存在する。

 attorney-client privilegeを主張するためには、①依頼者と、②弁護士の間の、③リーガルアドバイスを求める/提供するためのコミュニケーションであって、④当該コミュニケーションが秘密とされることの合理的かつ継続的な期待があるという要件を満たすことが必要である。

 社内調査の過程で弁護士が作成した従業員のインタビュー録もattorney-client privilegeの対象となり得ると考えられているが、Upjohn事件(Upjohn Co. v. United States, 449 U.S. 383 (1981))を踏まえ、attorney-client privilegeの対象となるためには、「privilegeを有するのは従業員個人ではなく依頼者たる企業であること」、「当該企業はその判断でprivilegeを放棄することができること」等を当該従業員に通知する、いわゆるUpjohn警告をインタビューの際に前もって行っておくことが必要である。

 また、米国法においては、英国法のlitigation privilegeに類似する概念として、work productの法理があり、当該法理の下では、訴訟を予期して弁護士が作成した資料については開示を拒絶することができる。もっとも、work productの法理にはattorney-client privilegeの場合のような絶対性はなく、裁判所が特に必要と判断した文書については開示を拒絶することはできない。従業員のインタビュー録等、社内調査の際に弁護士が作成し、又は弁護士の指示によって作成された資料の多くは、work productの法理による保護対象ともなると考えられる。

3. クロスボーダーの要素を含む社内調査における留意点

 (1) 弁護士の早期の関与の必要性

 近時の企業不祥事は日本国内だけの問題にとどまらない。例えば、グローバルに事業展開を行っている企業が、海外での贈収賄の疑いについて社内調査を行う場合がある。たとえ米国や英国以外の国における贈収賄の問題であっても、米国の海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act(FCPA))や英国の贈収賄防止法(Bribery Act)の域外適用が米国・英国当局によって外国企業に対しても積極的に域外適用が行われているため、米国・英国当局による捜査・調査対象となり得ることについて留意する必要がある。また、日本国内で製品を製造・販売する企業が、当該製品の品質不正に関して社内調査を行う場合がある。この際、かかる製品が米国等に輸出されている場合は、将来的に詐欺罪等を理由に米国等の海外当局による捜査対象となったり、米国等の消費者によりクラスアクションが提起されたりする可能性もあることを留意する必要がある。

 したがって、このようにクロスボーダーの要素を含む事案について社内調査を行う場合は、海外の当局対応・訴訟対応も見据えて、社内調査の過程で作成される資料について、依頼者と弁護士との間のコミュニケーションに関する資料として秘匿特権の保護対象となるよう、初期段階から弁護士を関与させて社内調査を行うことが肝要である。

 (2) 社内での情報共有の際の留意点

 秘匿特権の対象となる資料であっても、秘匿特権がその権利者である依頼者によって放棄されてしまえば、秘匿特権の保護は失われてしまう。そして、かかる秘匿特権の放棄は明示的に行われる場合もあれば黙示的に行われる場合もある。また、社内担当者が独自に作成した資料は、そもそも秘匿特権の対象とならない可能性がある。

 弁護士が行った社内調査の結果をタイムリーに社内で共有することは、当該企業が非常時の状況下において迅速かつ適切な判断を行うために重要であるが、情報を広く拡散することで秘匿性を失ってしまい、意図せず黙示的な放棄とみなされてしまったり、秘匿特権の対象とならない資料を意図せず作成してしまうリスクもある。

 そこで、社内調査に関する情報について、秘匿特権による保護を及ぼすとともに、意図せぬ秘匿特権の放棄を防ぐための、社内での情報共有を行う際の実務上の留意点として、例えば以下のような点が挙げられる。

  •  弁護士とのメール等での交信には「Privileged and Confidential」等のprivilegeの文言を入れる。
  •  弁護士作成メモランダムや従業員のインタビュー録など、リーガルアドバイスを含む資料・メール(すなわち秘匿特権で保護され得る資料・メール)については、社内で不必要に転送・拡散することで秘匿性を失って秘匿特権の放棄とみなされないよう、当該社内調査関与者以外に対して転送・拡散を行わない。
  •  対策会議等の社内会議体において、弁護士のリーガルアドバイスに関わる内容の会議資料や会議報告書は基本的に作成しない。弁護士のリーガルアドバイスに関する資料をどうしても配布する必要がある場合、弁護士作成メモランダム等そのものを配布し、企業の担当者が自ら要約した資料を作らない。
  •  弁護士によるリーガルアドバイスを要約する内容の社内メールは送信しない。
  •  弁護士との間の秘密のコミュニケーションに該当しない社内資料、メール、手書きメモ等は全て当局等から証拠として開示を強制される可能性があるという前提で対応を行い、その認識を社内で徹底する。

 (3) 調査結果の公表の際の留意点

 企業の不祥事についてステークホルダーの信頼を回復するため、社内調査の結果について、かかる調査結果を踏まえた原因分析や再発防止策と併せて公表するという対応をと取ることがある。日本取引所自主規制法人の2016年2月24日付け「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」の4項においても、「迅速かつ的確な情報開示」が求められている。

 調査結果の公表により、株主、取引先等のステークホルダー、ひいては社会の信頼回復を図ることが企業にとって重要であることは言うまでもない。もっとも、場合によっては、国内外の当局やクラスアクション等の原告弁護士の関心を引き、これらの者がかかる調査結果を捜査・調査・訴訟手続において利用し、さらには、裏付けとなる調査関連資料の開示を求めてくることも考えられる。このような場合に、対象企業の当該資料に関する秘匿特権が、調査結果の公表により放棄されているとみなされてしまうリスクがあるため、かかる観点から慎重に公表の方法及び内容について検討する必要がある。

 調査結果の公表と秘匿特権の放棄の有無が争点になった米国の裁判例をいくつか紹介すると、まず、秘匿特権の放棄を認めなかった裁判例として、Dayco事件(In re Dayco Corp. Derivative Securities Litigation, 99. F.R.D. 616 (S.D. Ohio, 1983))がある。当該事件においては、Dayco社によって起用された法律事務所が、Dayco社の詐欺行為に関して社内調査を行い、Dayco社は調査結果に関して2ページの要約を公表したが、具体的な事実関係や法律事務所の調査報告書は公表しなかった。その後の証券訴訟において原告がDayco社に対して調査報告書及び関連資料の開示を要求したが、裁判所は、Dayco社による調査結果の要約の公表においては、法律事務所の調査報告書の「かなりの部分(significant part)」が公表されているわけでもなく、当該訴訟においてDayco社が秘匿特権を主張することは不公平ではない旨判示し、当該公表によって秘匿特権は放棄されないと判断した。

 他方、秘匿特権の放棄を認めた裁判例として、Kidder事件(In re Kidder Peabody Securities Litigation, 168 F.R.D. 459 (S.D.N.Y., 1996))がある。当該事件においては、Kidder社及び当時の親会社であったGeneral Electric社は、Kidder社における巨額の投資損失に関して法律事務所を起用して社内調査を行った。General Electric社は、法律事務所による調査結果と再発防止策の提言を要約した報告書を公表し、かかる報告書においては、インタビュー対象者の発言の引用や、インタビューの際に用いられた資料の要約が含まれていた。裁判所は、インタビュー対象者の発言の引用やインタビューの際に用いられた資料の要約を公表することによって、秘匿特権の対象となり得るコミュニケーション・資料の内容が開示され、秘匿特権が放棄されたと判断した。

4. 終わりに

 上述のとおり、昨今の企業不祥事は日本国内だけの問題にとどまらない場合が多く、クロスボーダーの要素を含む事案において企業が社内調査を行う際には、海外当局等による将来の捜査・調査や海外でのクラスアクションへの対応も念頭に置いて、社内調査関連資料に対して秘匿特権が適

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