2019年08月13日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
藤田 将貴
日本ではまだまだ身近とはいえないチケットのリセールだが、私にはリセールが身近だったことがある。ロースクールへの留学と法律事務所での研修のため、エンターテイメント大国であるアメリカのカリフォルニア(サンフランシスコ近郊のバークレー)とニューヨークに滞在した2015年から2017年にかけての時期である。
2016年はちょうどスーパーボウルがサンフランシスコで開催された年で、知人の中には、スーパーボウルを生で観戦できるチャンスは二度とないと奮発し、1枚30万円のチケットを購入した人もいた。また、サンフランシスコ近郊に本拠地を構えるNBAのウォリアーズのコートサイドレベルのチケットを入手し、まさに目の前で試合を観戦した人もいた。アメリカでは、こういった一般的には入手困難と思われるチケットもリセールサイトで入手可能である。リセールサイトといっても怪しげなものではなく、興行主公認のリセールサイトがあり、チケット引渡しの保証やイベントキャンセル時の保証がついているので、安心して購入することができる。そして、電子チケットを選択すれば、たとえイベント当日であってもチケットを購入でき、スマホ片手に入場することもできる。
私もニューヨーク滞在時に、全米オープンテニス決勝のチケットをリセールサイトで入手し、家族で試合を観戦した。チケット購入を思い立ったときには試合まで1週間を切っていたが、横並びの席も結構な数が売りに出されていた。表示される各席からのコートの見え方の写真と値段とを納得するまで見比べてチケットを選び、期限どおりに届くことはおよそ期待できないアメリカの郵便事情を考慮して、電子チケットを買ったことを思い出す。なお、リセールサイトでの販売価格は、売りに出す人によって当然異なり、驚くような強気の値段設定をする人(業者?)もいれば、定価を下回る良心的な価格で売り出す人もいる。すべては需要と供給で決まるので、人気イベントの特等席であればどんなに高い金額を設定してもおそらく売れるであろうし、あまり人気のないイベントの最後列の席をイベント当日に売ろうと思えば、投げ売りに近い金額でない限り売れ残ることになる。
リセールサイトを許容することについては、拝金主義につながるとの指摘もあるが、アメリカでは、低価格のチケットをファンが入手できるよう、一定の配慮がなされている。たとえば、毎日公演があって公演数が多いという性質を有するミュージカルでは、割引価格で販売される当日券や、くじで格安のチケットを提供するロタリー(lottery)の制度を設けている作品が多い。ロタリーと言っても、くじを買うわけではなく、メールアドレスを登録して当選メールが届くのを待ち、当たれば劇場に行って本人確認書類を見せ、格安の代金を支払うだけである(行けなくなったのであれば、単にチケットを買わなければよい。)。ロングラン作品などでは、ロタリーに当たる確率もそれなりに高い。私はロタリーをうまく活用して、ライオンキング、キャッツなどいくつかのミュージカルを子連れで観劇した。子供の分のチケットも公式サイトやリセールサイトで買おうとするとかなりの金額になってしまうので、ロタリー制度には大変助けられた。値段は、通常の席の定価が100~150ドル程度の公演が15~40ドル程度だったと思う。さすがに特等席とはいかず、1階席の端の方や2階席であることが多かったが、それでも見通しは十分あって満足度はとても高く、子供も楽しんでいた。
ただ、当日券やロタリーを設定していない作品ももちろんある。また、ロタリーを設定している作品であっても、転売価格が高い場合は皆がロタリーに殺到するので、当選確率は宝くじ並みとなってしまう。たとえば、2016年のトニー賞11部門を受賞したハミルトンは、当時最も入手が困難なチケットと言われ、転売価格は1枚2000ドル以上、オーケストラ中央の最上席に至っては1枚5000ドル超まで高騰していた。私はミュージカルの常識を覆す革新的な内容という評判のハミルトンをどうしても観たいと思い、妻と2人で何か月間も毎日のようにロタリーを申し込んでいたが、まったく当たる気配はなかった。かといって、リセールチケットはあまりに高額で手が出なかったため、結局、公式チケットで売り出された1年近く先の公演のチケットを買った。1年も先の予定などわからなかったが、他に購入する術がなく、買えただけ幸運といえた。
ところで、米国にも、転売目的でチケットを大量購入するいわゆる「転売ヤー」が存在する(ticket scalperと呼ばれている)。近年、インターネット上でチケットを大量に購入するプログラム(いわゆる「ボット」)の登場により、チケット販売開始と同時に多くのチケットが転売業者に買い占められてしまうという問題が深刻化していたが、これに対しては、一定の立法措置が講じられた。もともと、ニューヨーク州やカリフォルニア州など一部の州で法律による規制がなされていたが、2016年には、連邦レベルで、Better Online Ticket Sales Act of 2016(いわゆるBOTS法)が成立した。これは、ボットに対するセキュリティ措置を回避することを禁じるとともに、ボットによって購入されたチケットと知りながら州際通商において転売することなどを禁止するものである。またアメリカでは、立法措置だけでなく、席の位置や特典の有無によってチケットの値段を大きく変えたり(ステージの最前列エリアを確保できて限定グッズも手に入る「VIPパッケージ」なるものを売るアーティストもいる)、ダイナミック・プライシング(需給状況等に応じて価格を変動させる方式)を採用したりする等、売出し時点のチケットの価格設定にも工夫をこらして、転売対策を講じている。
日本でも、転売ヤーによるチケットの高額転売が問題となっていたが、2019年6月に「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(通称「チケット不正転売禁止法」)が施行された。興行入場券のうち一定の要件を満たす特定興行入場券について、業として、興行主の事前同意なくして定価を上回る価格で販売する行為、および、そのような転売を目的として特定興行入場券を譲り受ける行為が禁じられており、違反した場合、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方が科せられる可能性がある。東京オリンピックのチケットも、特定興行入場券に該当する場合はチケット不正転売禁止法の規制が及ぶため、高額転売には一定の歯止めがかかると思われる。
話を東京オリンピックに戻すと、定価でのチケットリセールであれば、早い者勝ちや場合によっては抽選制となる可能性があるように思われる。先着順のチケット争奪戦には苦い記憶しかなく、くじ運もあまりない私としては、多少高い金額(ただし限界はある)を出してでもチケットを手に入れたいと思ってしまうが、残念ながら、東京オリンピックのチケットに関しては難しそうである。善行を積むため、日頃おろそかになりがちな家族サービスに努めながら、残りの抽選に望みを託したいと思う。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください