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公認会計士協会の新会長就任の手塚氏、中央青山でのつらい経験を糧に

加藤 裕則

 日本公認会計士協会は7月22日、東京都内で総会を開き、関根愛子会長が退任し、監査法人トーマツのパートナーだった手塚正彦氏が新会長に就いた。不正会計が相次ぐ中、企業の財務諸表の信頼性を確保する「最後の砦」ともいわゆる会計士はガバナンスの再生にどうとりくむのか、任期は3年。業界をどう舵取りしていくのかを聞いた。

手塚 正彦(てづか・まさひこ)
 1961年生まれ。東京大学経済学部を卒業し、86年に監査法人中央会計事務所に入り、02年に中央青山監査法人代表社員を経て06年に理事長代行。07年に監査法人トーマツパートナー。16年から日本公認会計士協会常務理事を務めた。
 趣味はサッカーとゴルフ。
 朝日新聞のインタビューに「監査の信頼を回復させたい」と語った。写真は2019年8月9日午後3時、東京・九段南の日本公認会計士協会で撮影。
 ――どのような思いで会長になられたのですか。

 これまでの経験を業界のために役に立てたいと思って立候補しました。その経験とは、2006年5月に業務停止命令を受けた中央青山監査法人で経営にたずさわり、その後も監査法人トーマツで経営の一翼を担ったことです。
 中央青山では、法人を再生させるため、2005年10月に44歳で理事になり、理事長代行も務めました。業務停止で上場会社との監査契約を30%ほど失ったのですが、社員や職員は再生のために必死で頑張ってくれました。しかし、その後も監査を担った会社の不祥事が相次いで発覚し、結果的に自ら解散を決定せざるを得ませんでした。必死で頑張った人たちの思いが無になってしまっただけに、つらいものがありました。株主、投資家、クライアントらにも大変なご迷惑を掛けました。資本市場の信頼を揺るがしました。あのようなことは二度とあってはいけません。

 ――会長として何をめざしますか。

 一番は監査の信頼を確立させることです。4年前にあった大手電機メーカーの不正会計をはじめとして、20年ほど前の金融危機以降、監査法人が行政処分を受けるケースが少なからず発生しています。社会にはまだその影響で監査の信頼性に対する疑念が残っていると思います。信頼の確立のためには、ステークホルダー(関係者)の皆さんに、監査がしっかりと行われていると評価していただく必要があります。そのためには、協会や監査人の取り組みを理解してもらい、監査の品質向上に協力をいただかないといけません。つまり、関係団体と建設的な議論ができるようなより良い関係を築きたいと思います。新しい関係の枠組みをつくりたい。そのために、コミュニケーションを担う担当の常務理事や担当の副会長をおきました。

 ――信頼回復のため、ほかにはどのような考えがありますか。

 「現場力」をどう強化するかを考えています。「現場力」とは「現実を正しく認識し、問題を発見し、その原因を究明し、問題の解決に貢献する力」です。そのためには監査の現場がITやデータ分析技術をうまく使えるよう支援していきたい。
 この20年余りで多くの制度ができました。2021年3月期から、監査報告書にKAM(監査上の主要な検討事項)の記載が加わります。これは監査の透明化を図るものです。仕組みは相当、整ったので、これからは現場への定着に力を入れていきたい。新たな仕組みを作っても、現場において形式的になってはいけません。例えば、財務報告に係る内部統制報告・監査制度については、効果が認められる半面、一部「形骸化している」という認識が関係者の間にあるように思う。

 ――内部統制報告制度を改革するのですね。

 2016年3月に金融庁の「会計監査の在り方に関する懇談会」で、内部統制報告制度の運用状況について必要な検証を行い、制度運用の実効性確保を図っていくと出ています。本当に内部統制のあり方を考えるには、いまある仕組みを現場でうまく回して、形式主義に陥らないようにしなければなりません。そのために協会や監査人や企業が何をするのかが問われていると思います。

 ――金融庁は今年1月にも「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会(充実懇)」の報告書をまとめています。これについての対応は。

日本公認会計士協会の定期総会後に記者会見する手塚正彦新会長。「より開かれた、より透明な会の運営で、関係各位と議論しながら協会が社会の役立てるようにしたい」などと抱負を述べた=2019年7月22日午後6時、東京・内幸町の帝国ホテル
 充実懇で鍵になるのは、監査人の守秘義務だと考えています。これについては、協会にプロジェクトチームを設置して検討しています。論点整理は終わっています。これから実質的に、何が秘密にあたるのか、守秘義務が解除される場合は具体的にどんな場合なのかを議論していきます。公益とのバランスを考え、守秘義務が解除される場合があるという考えは分かります。ただ、いろんなパターンを想定して具体的に示していかないと、実務的ではありません。例えば、株主総会で株主から監査人に説明を求められた場合のように、法律に規定されていても対応が難しいこともあります。法律などに規定されていない場合はさらに難しい議論になると思われますので、監査人はどういう姿勢で臨むべきなのかをしっかりと考えたい。

 ――企業不祥事があった場合、監査法人はマスコミに対し、守秘義務を理由に取材に門戸を閉ざしてきたと思います。話せないことがあるのは理解しており、取材を通じて、その分野の知識や背景を教えてもらえれば、それだけでもありがたいものです。

 マスコミに対して、(監査法人が)最大限の努力をしているということが分かることでしょうか。(マスコミの取材対応は)どうあるべきか、関根・前会長も考え、定例会見を始めました。危機のときにどこまでしゃべれるかは非常に難しい問題です。多くの人の利害にかかわることです。ただ、普段から理解を得られるようにしておけば、そういう場での対応もよくなるのではないかと考えています。監査法人も努力していますよ。

 ――金融庁で監査法人のファームローテーション(強制交代制度)が検討されています。

 これには様々な意見がありますが、個人的には、メリットよりもデメリットの方が大きいと思っています。膨大なコストがかかるためです。大企業の場合、日本企業は特に子会社も多く、監査人がその企業全体のことを理解しようと思ったら、1年間では難しい。2、3年はかかります。現在採用されているパートナーの交代制では、主要メンバーを一度に変えることはありません。したがって、個人だけではなく組織としての知見は蓄積されつつ、パートナーが交代することで新たな目で監査が実施されます。一方で会計不祥事が起きると様々な意見が出てきます。監査人の間でも、意見を統一することは難しいのではないかと思います。

 ――不正の発見は監査の目的でしょうか。

 不正の発見について、監査の一義的な目的ではないことは、不正リスク対応基準にも明記されています。ただ、重要な虚偽表示が不正を原因としたものであれば、それを指摘できなかったその責任は監査人にあるのかどうかを自省する必要があり、外部からもチェックされます。監査人は不正とは無関係ではないことは明らかです。不正に目を向けて、発見する、予防するんだ、という意識を持ち、市場からの期待に応える努力をすることが大切です。

 ――会計士の仕事はおもしろいですか。

約3万1千人の公認会計士が所属する日本公認会計士協会=2019年8月22日、東京・九段南
 会計士業務がほかの資格と違うのは、保証をするところです。これだけ多数の人に経済的な影響を与える情報について保証を与える仕事はほかにはないと思います。それが公認会計士の価値を高めています。だから、監査以外の仕事をしても会計士は信頼してもらえるのだ、と考えています。また、企業全体を広く、かつ、深く見ることができます。様々な規模、業種の会社を見ることもできます。
 時々、財務諸表が適正に開示されるというのは奇跡に近いことなのではないかと思います。企業は、よくもこれほど精緻な情報収集と開示のシステムをつくったなと感じています。例えば、鉄鋼メーカーでは、巨大な敷地に高炉や転炉、圧延などの膨大な設備を有していますが、これらを適切な単位にまとめて一つ一つ帳簿に載せています。鉄鉱石と石炭などの材料が次々と運ばれ、加工されて製品になっていきます。膨大な設備と取引が集計されます。
 それらのどこかに大きな間違いはないのか、監査で十分に検討して心証を得ていても、いざ監査報告書にサインする際には手が震えるような気持ちになることがあります。監査人はみんな頑張ってやっています。結局、監査人と企業は、最後は運命共同
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