2019年09月25日
万が一、サプライズ(有罪判決)があったら、それこそ、どうなるか、と少し心配していた。判決はまあ、常識的な結論だったのではないか。
判決言い渡し後、この原発事故の捜査に携わった検察幹部の一人は筆者にこう語った。
2011年3月11日に発生した東日本大地震に伴う巨大津波が引き起こした未曾有の事故だった。同原発の運転・安全管理に責任を持つ東電の経営陣の刑事責任を問う捜査は、検察にとって前例のない難しい捜査だった。
震災発生から数か月たつと、東京地検や福島地検には東電経営陣らの刑事責任追及を求める告訴・告発が殺到した。当初、検察は、部内に「誰もが予測できないような大災害。個人の刑事責任を問うのは難しい」と立件に消極的な意見があり、静観していたが、結局、組織を挙げて事故の真相解明と東電経営陣の責任追及に取り組むことを決断。12年8月、本格的な捜査に着手した。
2010年秋に発覚した大阪地検特捜部の不祥事で世論の厳しい批判を受けた検察は、捜査手法など検察改革の真最中だった。不祥事発覚後、検察の士気は落ち、捜査に消極的になっているのでは、との批判も出始めていた。そうした中で検察は、原発事故の責任追及を求める国民の声を無視できなかったとみられる。
3人とも特捜検事経験が長く、八木検事は、東京地検特捜部長として08年の防衛事務次官の汚職事件などを摘発。堺検事も特捜部長として12年のオリンパス粉飾決算を摘発した。山上検事は、06年の福島県知事汚職事件の主任検事として佐藤栄佐久元知事の取り調べなどを担当。東京地検公安部長の後、同特捜部長になった。ばりばりの特捜ラインだった。
堺検事は、その後、東京地検次席検事に昇進。13年9月に東京地検が東電旧経営陣3人を不起訴処分にした時にスポークスマン役を務めた。今回の強制起訴事件の判決も、検事総長を補佐する検察現場の要である次長検事として迎えた。山上検事も、9月2日、東京高検次席検事から、原発事故をフォローする最高検公安部長に就任した。
自然災害がらみの巨大事故。捜査や裁判に携わるプロの多くが、東電旧経営陣の刑事責任追及は難しいのではないか、と考えた。検察首脳や現場検事らはどう受け止めていたのか。捜査にかかわった検察幹部は言う。
検察としては、腹をくくったということ。(起訴、不起訴の)結論は別にして、事実関係を固める捜査については最大限、ちゃんとやろうと。事実だけはちゃんと固め、過失の有無の評価はあとで決めようというスタンスだった。最終的に不起訴判断をすれば、検察審査会に持ち込まれ、強制起訴になる可能性があることも意識していた。ならば、市民に見られても恥ずかしくない捜査をしなければならない、と。
2009年5月に施行された強制起訴制度は、市民で構成する検察審査会が2度「起訴すべき」と判断すれば、検察が不起訴とした人が強制的に起訴される仕組み。原発事故捜査開始時には、小沢一郎・元民主党代表が政治資金規正法違反の罪で、JR西日本の歴代3社長らがJR福知山線脱線事故の業務上過失致死傷の罪で強制起訴されていた。
東電経営陣に対する原発事故をめぐる業務上過失致死傷事件についても、不起訴になれば検察審査会に持ち込まれ、市民の目で捜査をチェックされることが予想されていた。
実際、東京地検が東電旧経営陣3人を2013年9月、不起訴処分にすると、告訴団の申告を受けて審査した東京第5検察審査会が15年7月までに2回目の起訴議決し、経営陣3人は検察官役の指定弁護士によって16年2月、起訴された。
経営陣だけでなく事故に対応した現場の職員らも告発されていたが、検察は、現場の職員の責任は問わない方針だった。
あんな状態では、誰が現場対応をしたってうまくいかない。責任を問うのは無理だった。だから事故が起きる前の過失責任に絞った。
もっとも、ゼロからの捜査ではなかった。実は、原発の敷地の高さ(10メートル)を上回る津波を予測できたのに対策を怠って事故を招き、避難を余儀なくされた病院の入院患者ら44人を死亡させるなどした――とする強制起訴の前提となる事実関係の骨格は、事故の発生原因や事故対応などを調査・検証した政府の事故調査・検証委員会(委員長=畑村洋太郎・東大名誉教授)の調査で浮かんでいた。
同委員会の事務局長には最高検検事だった小川新二氏が就任。補佐役で捜査経験豊富な検事2人が出向し、調査の中枢を担った。検察の捜査チームはそこに焦点を当て、問題点を整理した。
事件の構造は結構、シンプルだとわかった。畑村委員会の報告書を素直に読めば、そこが(事件になるかどうかの)焦点だとわかった。(発電機が)水に浸かって使えなくなると、電気がなくなり、原子炉の冷却ができない。できないと、炉心が過熱して溶融し、爆発や放射能の漏洩が起きる。(津波対策に関わった東電や国の関係者は)みんなわかっている。何が原因でこうなったか、わかっている。だからこそ、(彼らは)大変なことになった、まずったな、と思っていた。そこを衝かれると(彼らは)痛い。検事たちは、資料をもとに事実関係を整理してそこを攻めて行った。
捜査チームは、東電や原子力安全・保安院、電気事業連合会などで津波対策にかかわった関係者から詳細な供述を引き出した。東電経営陣らが長期評価を受けて津波対策工事を計画しながら、先延ばしした事実関係は固まった。
法廷に提出され、その後、株主代表訴訟や各地の避難者訴訟にも使われている証拠を見ると、検察は不起訴前提の証拠収集ではなく、かなり突っ込んだ取り調べをしたことが分かる。東電関係者らの供述調書も詳細だ。だから指定弁護士は無理なく起訴できた面があったと思われる。
被害者参加弁護士の海渡雄一氏は「原子力資料室通信」No.536の記事で「この事件については、検察は一時期までは起訴前提の厳しい捜査をしていたことが明らかになりました。捜査検事が必死で捜査に当たっていると私たち告訴代理人に説明していた言葉は決してウソではなかった」と記している。
検察幹部は振り返る。
事実を固める検察の捜査に対しては(検察審査会や公判でも)批判が出ていないでしょ。捜査についてはちゃんとやったと思っている。ただ、事実が固まったからといって、過失による刑事責任を認定できるわけではない。過失の有無をめぐる評価は、時代によっても、状況によっても、業界によっても変わる。起訴したときの影響も大きい。
別の検察幹部によると、国の
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください