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訴訟記録廃棄を当面すべて見合わせ、最高裁が全国の裁判所に指示

奥山 俊宏

 歴史の史料として価値の高いものも含め著名な民事訴訟の記録の多くが裁判所によって廃棄されていた問題で、最高裁事務総局は2019年11月18日、全国の裁判所に対し、現に保管中の訴訟記録の廃棄を当面見合わせるよう事務連絡の文書で指示した。「重要な民事裁判の事件記録が確実に保存されるようにするため、どのような実効性のある運用例がありうるのか検討することとした」と、その理由を説明している。最高裁事務総局の総務局長は同月15日の衆院法務委員会で「いろいろ反省をし、見直していくべきところがあろうかと思う」「運用上考え直さなければいけない点があり、問題があった」と述べており、これまでの記録保存・廃棄の運用を抜本的に見直すことになりそうだ。

 ■「記録保存の運用例を検討する」

拡大山尾議員がツイッターで公表した最高裁事務総局の事務連絡文書
 文書は「事件記録等の廃棄留保について(事務連絡)」と題され、事務総局の総務局第三課長から各高裁や地・家裁の首席書記官にあてて送られた。山尾志桜里(しおり)衆院議員(立憲民主党)が2019年11月27日、事務総局から説明を受け、ツイッターで明らかにした

 文書は「近年、公文書を含め史料の歴史的な価値や保存の必要性の認識が社会的に高まっている」と指摘。「史料又は参考資料となるべきもの」を特別に永久保存する制度の運用例などについて最高裁から連絡があるまでの間は、記録の廃棄を原則として留保するよう求めている。最高裁事務総局の広報課によると、保存期間がいつ経過したかを問わず、裁判所に現に保管されている事件記録は、この廃棄留保指示の対象となる。「特別保存の運用例等について連絡する予定」の時期や方法については、「現時点ではお答えできることはない」という。

 指示の趣旨については、2019年11月27日、広報課は取材に次のように説明した。

 重要な憲法判断が示された事件などの事件記録が全国の裁判所において廃棄されていたことが広く報道され、最高裁においても、一定の事実関係を確認したところでございますので、今後、各庁の実情の把握に努めるとともに、重要な民事裁判の事件記録が確実に保存されるようにするため、どのような実効性のある運用例がありうるのかということを検討することとしたため、いったん事件記録の廃棄を留保することにした


 ■調査報道で問題発覚

 著名な事件の訴訟記録が東京地裁によって廃棄されていた問題は2019年2月5日に朝日新聞の報道で発覚した。これを受けて3月5日、ジャーナリストの江川紹子氏、青山学院大学の塚原英治(えいじ)教授、龍谷大学の福島至(いたる)教授が共同代表を務める司法情報公開に関する研究会が「憲法判断がなされた著名事件の記録があっさり処分されていたことは衝撃」としたうえで、「廃棄を保留した上で、第三者の意見を踏まえて廃棄か特別保存かを判断すべき」と是正を最高裁に請願した。3月8日の衆院法務委員会では井出庸生(ようせい)議員(無所属)が「国民、研究家からしたら歴史的な資料ですので、そういう視点で保存をしていってほしい」と最高裁に求めた。さらに、東京地裁だけでなく、全国の裁判所でも、憲法判例をかたちづくった訴訟記録の9割近くが廃棄されていたことが共同通信の調査で8月4日に明らかになった。

 この報道を受けて、最高裁の事務総局は独自に実情を調査し、9月17日にその結果を取りまとめた。

 それによると、『憲法判例百選第6版Ⅰ・Ⅱ』(有斐閣)に掲載されている事件のうち刑事事件を除く134件について記録の存否を調べたところ、87%にあたる117件の記録が廃棄済みとなっていた。長沼ナイキ訴訟、沖縄代理署名訴訟、寺西判事補分限裁判などの重要事件が多数含まれていた。記録が廃棄された117件の裁判所別の内訳は以下の通りだった。

拡大東京地裁、東京高裁の入る庁舎=東京都千代田区霞が関
 東京地裁39件、同八王子支部1件
 東京高裁11件
 大阪地裁11件
 札幌地裁4件、同小樽支部1件
 神戸地裁4件、同尼崎支部1件
 千葉地裁4件
 京都地裁4件
 仙台高裁3件
 広島地裁3件
 新潟地裁2件
 静岡地裁2件
 名古屋地裁2件
 富山地裁2件
 熊本地裁2件
 名古屋高裁1件
 広島高裁1件
 福岡高裁那覇支部1件
 旭川地裁1件
 山形地裁1件
 福島地裁郡山支部1件
 水戸地裁1件
 浦和地裁1件
 甲府地裁1件
 奈良地裁1件
 和歌山地裁1件
 福井地裁1件
 鳥取地裁倉吉支部1件
 徳島地裁1件
 松山地裁1件
 高知地裁1件
 福岡地裁1件
 福岡家裁1件
 長崎地裁1件
 鹿児島地裁1件
 伊丹簡裁1件

 戦後の最高裁大法廷で違憲の判決や決定が下された民事訴訟10件のうち、薬事法距離制限訴訟や森林法違憲訴訟、愛媛玉串料訴訟など2008年以前の7件で記録が廃棄されていた。

拡大最高裁事務総局の庁舎=東京都千代田区隼町
 最高裁自身が定めたルールである事件記録等保存規程の9条2項は「記録又は事件書類で史料又は参考資料となるべきものは、保存期間満了の後も保存しなければならない」と各裁判所に義務づけており、その対象となる具体例は、92年の事務総長通達で、「重要な憲法判断が示された事件」「重要な判例となった裁判がされた事件など法令の解釈運用上特に参考になる判断が示された事件」「世相を反映した事件で史料的価値の高いもの」「全国的に社会の耳目を集めた事件」などと例示されている。ところが、このルールに基づいて特別保存になっているのは、『憲法判例百選第6版Ⅰ・Ⅱ』掲載134件のうちわずか8件(大阪地裁、東京家裁、津地裁、山口地裁、大阪地裁、札幌地裁、熊本地裁、横浜地裁)、国立公文書館に移管されたのは1件(東京地裁、皇居前広場事件)だけだった。

 このほかに、保存期間経過後も記録を事実上保存している事件が8件(東京地裁6件、名古屋地裁1件、最高裁1件)あった。

 事件記録等保存規程の手続きを経ることなく保存期間満了後も事実上保存状態にある記録については、最高裁事務総局は9月上旬、各高裁に電話し、「廃棄を留保し、現状そのまま凍結せよ」との指示を下級裁判所に周知するよう求めた。しかし、「保存期間を昨年度に経過し、今年度中に廃棄されるべき記録」については、その対象に含めておらず、従来の通常運用で廃棄される恐れがあった。

 これについて、11月15日の衆院法務委員会で、山尾議員が「その通常のルートに乗っていたら、134件中、117件が捨てられてしまったという話なんですよ」と問題点を指摘し、「止めた上で、仕組みをきちっと構築して」と最高裁に求めた。これに対して、最高裁事務総局の村田斉志・総務局長は次のように答弁し、「どういう対応ができるかを整理して文書を早急に発出したい」と約束した。

 重要な裁判に関する記録が多数廃棄されていたということに対してのご批判を受けているところでございまして、下級裁を支援・指導する立場にある最高裁として、そのご指摘は真摯に受け止めているところでございます。通達上は「重要な憲法裁判が示された事件」あるいは「重要な判例となった裁判がされた事件など法令の解釈運用上特に参考になる判断が示された事件」等は特別保存に付するということで通達上されておりまして、この趣旨に沿った運用がされていたかどうかという観点では反省すべき点もあるかなというふうに考えておりまして、最高裁としてどのような形で下級裁を支援・指導できるかについて検討してまいりたいというふうに考えております。(中略)
 運用が適切でなかったという報道あるいは委員のご指摘その他ご批判を受けているところでございますので、いろいろ反省をし、見直していくべきところがあろうかと考えております。(中略)
 総体として申し上げると、運用上考え直さなければいけない点があると、問題があったというふうに考えております。(中略)
 昨年度保存期間を経過して、本年度中に廃棄されるべき事件記録については、大量の事件記録の保管場所を確保し続けなければならないという問題がございまして、今年度中に通常どおり廃棄すべき予定のもの全ての事件記録の廃棄を留保するというところまではなかなか難しいかなと思っておるところでございます。しかしながら、通達の趣旨に沿った運用が必ずしも行われていなかったのではないかという現状のもとで廃棄手続きを進めていくことは問題だとご指摘を頂きまして、廃棄を留保することができるか否か早急に具体的な検討を進めているところでございまして、できる限り早くまとめて対応をしてまいりたいというふうに考えております。

(下線はAJ編集部で引いた)

 11月18日の最高裁事務総局の事務連絡文書は、こうした検討を経たものだとみられる。事務連絡文書は「特別保存の運用例等について連絡するまでの間」の記録廃棄見合わせを指示しているが、その「連絡」の時期などについては、最高裁事務総局の広報課は取材に次のように答えた。

 最高裁としては、可能な限り早く知らせたいと考えているところではあるのですが、その時期や方法といったことについて現時点でお答えできることはございません。

 検討はすでに始まっている。

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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