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金沢大学で起きた厚労省「臨床研究倫理指針」違反の抗がん剤療法の背景

金沢大学病院「倫理指針逸脱の先進医療」(1)

出河 雅彦

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第3弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた問題である。この臨床試験は、抗がん剤の効果を増強させるためのカフェインを併用した化学療法を、骨軟部腫瘍の患者に試すもので、厚生労働省の「先進医療」の対象になっていた。「同意なき臨床試験訴訟」の終結から8年後、ずさんな臨床試験によって再び問題を起こした金沢大学病院の責任を問う声は強く、厚生労働省はこのカフェイン併用化学療法を先進医療から削除した。この問題は、臨床試験の管理に対する金沢大学の意識の低さだけでなく、薬や医療機器の製造販売承認を得るために行う臨床試験(治験)のみを法的に管理し、それ以外の臨床試験に対しては強制力のない行政指針で対応してきた厚生労働省の政策の矛盾をも露呈させた。第1回では、カフェイン併用化学療法がどのような経緯で先進医療に選ばれたかをたどる。

「臨床研究に関する倫理指針」違反の報道発表資料
 国立大学法人金沢大学(当初は国)が損害賠償を請求された「同意なき臨床試験訴訟」では、最高裁が2006年4月に患者遺族の上告を棄却し、医師の説明義務違反を一部認めた名古屋高裁金沢支部の判決が確定した。この裁判終結から8年後の2014年4月22日、金沢大学は記者会見を開き、同大学の医師が開発し、先進医療に指定されていたカフェイン併用化学療法が、厚生労働省が定めた「臨床研究に関する倫理指針」に違反していたことを明らかにした。

 金沢大学が記者会見で配布した資料には、カフェイン併用化学療法について次のように記されていた。

 カフェインは強心利尿薬であるが、DNA修復阻害作用があり、種々の抗がん剤の作用を増強する可能性がある。今回のカフェイン併用化学療法は、悪性骨軟部腫瘍に対して抗がん剤を投与する際に薬事法上の適応外使用にあたる高用量のカフェイン注射剤を試験的に併用投与することの、有効性・安全性を評価・確認する臨床試験として実施された。

 カフェイン併用化学療法の臨床試験は、「臨床研究に関する倫理指針」にどのような点で違反していたのか。金沢大学の記者会見資料は次の3点を挙げていた(元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた。以下、同様)。

  1. 金沢大学附属病院に設けられた倫理審査委員会(正式名称・臨床試験審査委員会)の承認を得た試験期間が平成24年(2012年)3月31日に終了した後も、新規の患者様の治療を実施していたこと(平成25年〈2013年〉12月28日以降はすべて中止した。)。
  2. 試験計画で定めた「被験者の適格基準」を満たさない患者様に対しても治療を行っていた可能性があること。
  3. 患者様の死亡に際して、インシデントレポート(病院内での安全管理のために各種の事象〈インシデント〉が生じた際に報告を義務付けているレポート)以外に必要とされる報告が行われていなかったこと。

 また、記者会見の資料には今後の対応として、「速やかに外部の有識者の参画を得た調査委員会を設置し、事実関係の究明とルール違反等の問題点の明確化、再発防止策の策定のための検討を開始する予定であり、早急に中間報告をまとめる所存である」と記されていた。

 カフェイン併用化学療法の臨床試験を行っていたのは、医学部整形外科学教室の土屋弘行教授らの研究グループだった。その臨床試験が、記者会見の前年の2013年12月に中止された当時の附属病院長は土屋教授の前任の整形外科学教授だった富田勝郎氏で、同氏は金沢大学が倫理指針違反を公表する直前の2014年3月31日までの8年間、病院長のポストにあった。富田氏の後任として2014年4月1日から病院長になったのは、泌尿器科の並木幹夫教授だった。

 前述したように、金沢大学は記者会見で、倫理指針違反の一つとして、2010年3月に死亡事例があったにもかかわらず、必要とされる報告を怠っていたことを挙げた。

 2003年7月に定められた厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」は2008年7月に全面的に改訂され、金沢大学でカフェイン併用化学療法を受けた患者が死亡する約1年前の2009年4月1日に施行されていた。その改訂指針は、研究責任者の責務の一つとして、「臨床研究に関連する重篤な有害事象及び不具合等の発生を知ったときは、直ちにその旨を臨床研究機関の長に通知しなければならない」と定めていた。また、臨床研究機関の長の責務の一つとして、研究責任者から重篤な有害事象や不具合等の通知がなされた場合には「速やかに必要な対応を行うとともに、当該有害事象及び不具合等について倫理審査委員会等に報告し、その意見を聴き、当該臨床研究機関内における必要な措置を講じなければならない。また、当該臨床研究を共同して行っている場合には、当該有害事象及び不具合等について、共同臨床研究機関への通知等を行わなければならない」と定めていた。さらに、通常の診療を超えた、侵襲性を有する臨床研究で、予期しない重篤な有害事象及び不具合等が発生した場合の「臨床研究機関の長の責務」として、「対応の状況・結果を公表し、厚生労働大臣又はその委託を受けた者に逐次報告しなければならない」と規定していた。

 2010年3月の死亡事例発生当時、カフェイン併用化学療法の研究グループの中心にいた土屋氏は整形外科学教室の准教授で、教授の富田氏は、前述したように病院長を兼ねていた。

 金沢大学が記者会見で公表した死亡事例の報告問題について、報道各社は次のように伝えた。

 「治療中に患者1人が亡くなっているが、因果関係はないとみられるという」(4月23日朝日新聞)

 「10年3月には患者1人が亡くなったが、倫理審査委への報告も怠っていた」(同毎日新聞)

 「(臨床試験は)同大倫理審査委員会で2008年3月~12年3月の期間で承認され、カフェイン剤を抗がん剤と併せて投与し、有効性などを検証していた。だが、グループは試験期間が過ぎた後も約50人の患者に対し、臨床試験を継続。昨年12月に前病院長の富田勝郎氏の指示で中止されたが、公表はしていなかったという。また、グループは同委員会の適格基準を満たさない患者にも試験を行ったほか、10年3月に適格基準外で臨床試験を受けていた患者1人が死亡した際、同委員会に報告しなかった。当時、医療事故とは判断されなかったという」(同読売新聞)

 「教授らは、先進医療の適用基準を満たさない患者(最大で80人)にもこの療法を実施した可能性があるという。さらに臨床試験が認められた期間に患者1人が死亡する事例があったが、倫理審査委への報告がなかったことも判明。病院側は『治療自体に問題はない』とし、死亡との因果関係は否定している。並木幹夫病院長は記者会見で『ルールを厳守せず患者にリスクを負わせてしまった』と謝罪した」(同日本経済新聞)

 「治療中に患者1人が死亡する事例があったが、倫理審査委への報告がなかったことも確認されたという」(4月22日共同通信)

 これらの記事からは、金沢大学は、①患者死亡とカフェイン併用化学療法に因果関係はない、②死亡事例を報告すべき倫理審査委員会に報告していなかった――などと説明したことは見て取れる。だが、この死亡事例については、患者の遺族の刑事告訴を受けた石川県警が、記者会見の約3カ月前の2014年1月に土屋教授ら3人の医師を業務上過失致死容疑で金沢地検に書類送検していた。また、カフェイン併用化学療法は、厚生労働省の「先進医療制度」の対象になっていたにもかかわらず、金沢大学病院は同制度に基づく厚生労働省への有害事象報告も怠っていたことがのちに明らかとなるが、それらについては後述する。

金沢大学病院
 倫理指針違反の詳細について取り上げる前に、そもそもカフェイン併用化学療法とは何か、金沢大学が同療法の臨床試験を実施するまでにどのような経緯があったのか、について触れてみたい。

 筆者は2015年1月、情報公開法に基づき、国立大学法人金沢大学に対し、カフェイン併用化学療法に関する大学や附属病院内での倫理審査に用いられた研究実施計画書や、厚生労働省に対する高度先進医療(のちの先進医療)の適用申請に用いられた文書の開示を求めた。

 その請求に対して金沢大学が開示した文書によると、土屋弘行医師は2000年12月15日に病院長宛ての臨床試験申請書を提出している。土屋氏は当時、整形外科の助教授だった。申請書には「金沢大学医学部附属病院における医薬品等の院内臨床研究取扱要項に基づき、下記のとおり医薬品等の臨床試験を実施したいので申請します」と記され、「研究題目」は「骨軟部悪性腫瘍患者へのCaffeine投与」、「目標症例数」は「100症例」、「研究期間」は「平成13年(2001年)1月~平成18年(2006年)1月」となっていた。

 この申請書には研究内容の詳細が記された「臨床試験計画書」が添付されていた。同計画書には、研究の背景、目的として次のようなことが書かれていた。ここで「in vitro」というのは、試験管内で行われる実験を指す。

  1. 「in vitro」に各種抗がん剤とカフェインの相乗効果を調べ、カフェインが抗がん剤の作用を増強させるものであることを報告してきた。
  2. 1989年以降、骨軟部悪性腫瘍患者の術前、術後の化学療法に対しカフェインの併用投与を行ってきた。
  3. カフェインの投与により、化学療法の効果が従来「有効」や「不変」であったものが「著効」や「有効」に移行し、とりわけ初診時転移を有しない骨肉腫に対しては局所有効率100%という結果が得られている。
  4. 術前化学療法の効果が「著効」の患者に対しては従来の切断術は不要で、患肢温存縮小手術、つまり、これまで切断しなければならなかった筋肉、腱、靱帯、神経血管、骨端部を温存することができ、良好な患肢機能が得られている。
  5. カフェインの大量持続投与に関しては、いまだ報告がなく、中毒発現濃度、致死濃度については明らかではないが、これまでの予備的検討で、当投与法では血中濃度が100μg/mLを超えることはなく、ほとんどの患者で80μg/mL以下であることが推測された。この濃度のカフェインで抗がん剤との併用に有意差が認められているため、至適濃度であると考えられる。
  6. 化学療法の効果を増強させることにより腫瘍の壊死率を100%にし、これにより縮小手術が可能となり、患者のQOLを高め、生存率を上げることができる。カフェインの有効性を臨床的に証明し、世界にカフェイン併用化学療法の有効性を認めてもらうことが目的であると考えている。

 カフェインは鎮痛剤として薬事承認を取得し、1982年10月から公的医療保険が適用される医薬品として販売されていた。抗がん剤の作用を増強するという効能・効果では承認されていなかったので、金沢大学の研究グループの臨床試験はカフェインの「適応外使用」に当たる。臨床試験での投与量も添付文書に記載された用量を上回るものだった。カフェインには動悸、頻脈、痙攣などの副作用があることから、臨床試験の計画書には「薬剤部の協力のもとにカフェインの血中濃度を24時間ごとに測定し、危険な濃度に至らないようにコントロールする予定」と記されていた。

 臨床試験の被験者となる患者への説明文書には、試験の目的、方法、予想される効果と副作用、他の治療法、臨床試験に参加しなくても不利益を被ることはなく承諾後でも撤回できること、プライバシーの保護、健康被害が生じた場合の対応、カフェインは整形外科学教室の研究費で購入し患者負担はないこと、などが記されていた。

 この試験計画書の提出から約10年後の2010年3月、カフェイン併用化学療法を受けた患者が、抗がん剤のアドリアマイシンの副作用である心筋症で死亡する事例が発生することになるが、金沢大学の研究グループは2000年当時、カフェイン併用化学療法に用いる抗がん剤の一つであるアドリアマイシンの副作用について被験者への説明文書に次のように記載していた。

 「抗癌剤(アドリアマイシン)の副作用により、心筋障害、皮膚・筋壊死、脱毛が起きることがあります。心筋障害が考えられた場合、心電図で精密検査を行います」

 臨床試験計画書の記載によれば、研究グループはこの臨床試験の申請に先立つこと11年前の1989年からカフェインを併用する抗がん剤の投与を行ってきたことになるが、そうした先行的な投与は臨床試験として大学に申請し、倫理審査を受けていなかった可能性がある。また、2000年の時点でなぜ臨床試験としての申請をしたのか、開示資料からはわからない。開示資料によれば、この申請を受けて受託研究審査委員会で審査が行われている。金沢大学が2018年7月に筆者に開示した「金沢大学医学部附属病院受託研究審査委員会標準業務手順書」(1999年10月制定)によれば、受託研究審査委員会は、「医薬品の製造(輸入)承認申請及び承認事項一部変更承認申請の際に提出すべき資料の収集のために行う治験」や「医薬品の再審査申請、再評価申請の際提出すべき資料の収集のための市販後臨床試験」について、「倫理的、科学的及び医学的見地からの妥当性」などを調査、審議するために設置されたものである。

 2001年1月10日の受託研究審査委員会ではカフェイン併用化学療法の臨床試験について以下のような質疑応答があった(「委員名」ならびに「委員長名」を「不明」と記した部分は、文書の開示の際に金沢大学が黒塗りにした箇所)。質疑応答に出てくる「in vitro実験」というのは前述のとおり、試験管内で行われる実験を指し、「historical controlとの比較」は、過去に行われた骨軟部腫瘍患者に対する治療データと比較することを意味するとみられる。

 〈質問〉 本試験実施の根拠となる結果、例えばin vitro実験、動物実験、第Ⅰ相・第Ⅱ相試験の結果などは得られているのか?(委員名不明)

 〈回答〉 ヌードマウスを用いて動物実験を行っており有効性を示す結果は得られている。(土屋医師)

 〈質問〉この試験は無作為化比較試験ではないのか?(委員名不明)

 〈回答〉対象症例が少ないためhistorical controlとの比較を行う。(土屋医師)

 〈質問〉今までの研究結果で得られた有効性を示してください。(委員名不明)

 〈回答〉有効性を示した結果はすでに論文として発表しており、本委員会の資料として提出している。また、現時点では他に報告されているいずれの治療成績と比較してもよい結果が得られている。(土屋医師)

 〈追加〉本試験実施において被験者の安全性を確保し科学的根拠に基づく治療方法を確立するため、薬剤部でもcaffeineの血中濃度測定を行う予定である。(委員名不明)

 〈要請〉動物実験での有効性を示した資料を提出してください。(委員長名不明)

 (土屋医師退席後、以下の議論が行われた)

 〈質問〉Caffeine投与は適応外使用であるが、安全性、特に投与量・投与方法などに問題はないのか?(委員名不明)

 〈コメント〉投与量は添付文書に記載されている最大投与量の約2倍である。投与方法は添付文書の用法・用量と同じ静脈内投与である。(事務局)

 〈質問〉 極量(最大投与量)の目安はどの程度と考えればよいのか?(委員名不明)

 〈コメント〉有効域と中毒域の比を指標とする考え方もあるが、これらの関係が明確化されている薬剤は比較的新しい薬剤である。(事務局)

 〈質問〉本試験は医の倫理委員会で審議されるべきではないか?今までの結果が明確に示されていないが、この委員会で試験の実施を決定してよいのか?(委員名不明)

 〈コメント〉審査資料の記載によれば、過去10年間で100症例程度の臨床使用経験があり副作用についても問題ないと回答されている。今後5年間での目標症例数は100症例とあり、今回の試験結果により客観性のあるエビデンスが得られるのではないか?(同)

 〈質問〉年齢や体重といった個人差はどのように配慮されるのか?(同)

 〈コメント〉投与量は体表面積を考慮して算出されるが、より安全性を考慮して血中濃度を個別にモニターする。(同)

 〈結論〉 研究責任医師にはここで行われた議論の内容をふまえて、十分注意して試験を実施するよう指示する。(委員長名不明)

 1995年4月に改正された「金沢大学医学部等医の倫理委員会内規」によれば、医の倫理委員会(1985年の設置時は「金沢大学医学部医学研究に関する倫理基準委員会」)は、「人間を直接対象とした医学の研究及び医療行為(以下「研究等」という)がヘルシンキ宣言(1983年ベニス総会で修正)の趣旨に沿った倫理的配慮のもとに行われることを目的」に設置されたもので、「実施責任者から申請された実施計画の内容につき、倫理的、社会的観点から審査する」ことが、その業務とされていた。

 受託研究審査委員会での質疑応答に土屋医師の発言として記録されている「有効性を示した結果」をまとめた「論文」とみられる複数の文献も金沢大学の開示文書の中にあった。その一つである「四肢悪性骨・軟部腫瘍に対するカフェイン併用動注化学療法」(「癌の臨床」1995年10月号)は、土屋医師と整形外科学教室の富田勝郎教授(1989年に教授就任)が著者となっており、骨肉腫21例、軟部肉腫26例に対するカフェイン併用化学療法の「治療成績」が紹介されている。この論文によると、骨肉腫に対しは、複数の抗がん剤とカフェインを組み合わせた二種類の併用療法が、軟部肉腫に対しては、同じく三種類の併用療法が試されていたことがわかる。論文の「考察」には次のように書かれている。

 「われわれは、生存率と局所根治性の向上を目指してカフェイン併用化学療法を考案した。現在まで得られている結果は、骨肉腫については局所有効率100%、累積生存率も初診時転移のないstageⅡB骨肉腫では平均生存期間56カ月で85%であり、また、軟部肉腫でも局所有効率65%、累積生存率はstageⅡB軟部肉腫で平均生存期間77カ月で91%と良好である。骨肉腫に対してカフェイン併用化学療法はきわめて有効であり、良好な患肢機能を追求した縮小手術を可能としている」

 「骨肉腫においては局所効果および生存率ともかなり満足のゆく結果を得ているが、stageⅢ骨肉腫の治療が今後の課題である。軟部肉腫では、生存率は良好であるが、局所効果をもっと高めて縮小手術につながるように表1(※筆者注=「試験段階のプロトコール」というタイトルがついた表で、軟部肉腫に対して試された三種類の併用療法のうちの一つが記されている)に示したような種々の抗癌剤とカフェインの併用療法を検討していきたい」

 この論文が発表されたのは、土屋医師ら金沢大学整形外科学教室の研究グループが患者に対してカフェイン併用化学療法を実施し始めてから数年後のこととみられるが、臨床試験として倫理審査を受けたか否か、被験者となる患者に対する説明と同意取得がどのように行われたかは論文に記載がないため、わからない。

 カフェイン併用化学療法の臨床試験の実施が受託研究審査委員会で承認されてから1年後の2002年1月22日、金沢大学病院は河崎一夫病院長名の厚生労働大臣宛て「高度先進医療承認申請書」を石川社会保険事務局長に提出した。

 高度先進医療は、1984年の健康保険法改正で導入された制度である。健康保険法に基づき、保険診療を行う医療機関や医師の責務を定めた厚生労働省令(1984年当時は厚生省令)である「保険医療機関及び保険医療養担当規則」は「特殊な療法又は新しい療法」や保険が適用されている医薬品以外の薬の使用を原則禁止しているが、大学病院などでの新しい治療法の開発のため、「高度先進医療」として認められた場合には、新たな医療技術そのものには公的医療保険から費用を支払わないが、その医療技術を実施することに伴う診察、検査、入院などの費用については保険からの支払いを認め、保険診療と保険外診療の併用(いわゆる「混合診療」)を例外的に認めることにしたのである。保険外診療部分の費用は大学病院が研究費で賄っても、すべて患者に負担してもらってもかまわない。数例の実施例をつけて申請し、承認されれば、公的医療保険と患者の負担で新しい医療技術の安全性や有効性を確かめることができる制度だった。

 この制度をつくった当初、厚生省(当時)は、高度先進医療の中で薬事承認を得ていない医薬品・医療機器の使用や、承認を得た効能・効果とは異なる目的で医薬品・医療機器を使う適応外使用を禁止してはいなかったので、金沢大学病院もカフェインの適応外使用に当たるカフェイン併用化学療法への高度先進医療適用を申請することができた。

 しかし、健康保険制度の枠内で導入された高度先進医療制度は、医薬品・医療機器の安全性、有効性を確保するための規則を定めた薬事法(現在の医薬品医療機器法)の適用を受けない臨床試験を許容する、という矛盾を抱えていた。のちに2004年の混合診療解禁論議を経て高度先進医療制度が先進医療制度へと切り替わる過程で、未承認・適応外の医薬品や医療機器の取り扱いが重要な検討課題となり、新たな制度改革が行われる。それが、金沢大学病院の「臨床研究に関する倫理指針」違反問題の背景となるのだが、その詳細は後述することにする。

 金沢大学病院の高度先進医療の申請書類には、1989年以降、抗がん剤による化学療法にカフェインの併用を行ってきた結果、腫瘍を縮小させ、従来であれば切除しなければならなかった筋肉や腱、靱帯などを温存させることができ、生存率も上げることができる、との効果をPRする文言が記されていた。また、投与方法や副作用への対処法については次のように記載されていた。

 国際学会でも評価の高い金沢大学整形外科オリジナルのプロトコールに従い、通常、シスプラチン120mg/㎡×1日、アドリアマイシン30mg/㎡×2日、カフェイン(安息香酸ナトリウムカフェインを使用)1500mg/㎡×3日を1クールとして、術前化学療法は動注持続ポンプにて、術後化学療法は静注にて投与します。術前化学療法3クール施行後化学療法の効果判定を行い、効果があれば引き続き5クールまで化学療法を行い、再度効果判定を行い腫瘍切除範囲を決定した上で腫瘍摘出手術を行います。術後も摘出標本での壊死率を考慮しプロトコールに従い化学療法を行います。また、化学療法の効果が認められない場合にはプロトコールに従って抗癌剤をイフォマイドやメソトレキセートなどに変更いたします。術後化学療法にはイフォマイドやメソトレキセートを用いこれにもカフェインを併用します。カフェインには不眠、動悸、頻脈、痙攣、消化器症状などの副作用があり、カフェインの投与にあわせてmajor tranquilizer(ウィンタミン:Chlorpromazine hydrochioride)を随時使用するようにしています。ウィンタミンは平成13年4月にて使用できなくなり、その後はホリゾン、セレネース、ドルミカム等にて対処しています。動悸、頻脈、痙攣に対しては常時モニターにて監視を行い、消化器症状に対してはプリンペラン等で対応するようにしています。また、薬剤部の協力のもとにカフェインの血中濃度を24時間ごとに測定し、危険な濃度に至らないように血中濃度のコントロールも行っています。

 前述したように、高度先進医療の申請から約8年後の2010年3月にカフェイン併用化学療法を受けた患者が抗がん剤アドリアマイシンの副作用で死亡する。この患者が

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