2019年12月12日
関電副社長時代の1987年2月、代表取締役名誉会長の芦原が「経営私物化」を理由に事実上、解任される形で退任することになり、内藤も同時に退任した。内藤はその後、関電子会社の役員に収まり99年まで務めた。しばらく表舞台から姿を消していたが、東日本大震災に伴って2011年に東京電力の福島原発で事故が発生し、それから2~3年を経た2013年から14年にかけて朝日新聞のインタビューに応じた。
長く沈黙を守ってきた内藤の重い口を開かせたのは、大阪社会部の藤森かもめ記者(その後、朝日新聞を退社)だった。「福島原発事故を見て、死を前にして正しいことは言うておかないかんな、という素朴な気持ちが湧いてきたときに、記者が訪ねてきた」という内藤は、藤森の熱心さにほれ込んだ。
筆者(村山)も途中からインタビューに参加した。筆者は、石川県珠洲市の原発用地先行取得をめぐる裏金など関電がからむ疑惑を何度か取材したことがあった。そのときの取材で解明できなかった疑惑のパズルを埋めてほしいと内藤に期待した。
内藤は当時、90歳。小柄でとがった印象の老人だった。眼光は鋭く、記憶も鮮明だった。大阪のリーガロイヤルホテルのジムのソファーで内藤お勧めの卵丼をつつきながら、いろいろな角度から話を聞いた。インタビューは計80時間を超えた。内藤は「話したことはどう使っていただいてもいい」と言った。
特に、田中には、原発立地で協力関係にある福井県知事の依頼で北陸新幹線を原発のある若狭湾岸に通すよう陳情。田中は要望を受け入れ、1973年、同新幹線の整備計画に「主要な経過地」として「福井県小浜市付近」が明記された。
もっとも、北陸新幹線はその後、オイルショック、バブル崩壊などの影響で紆余曲折をたどる。2012年、金沢市から敦賀市までの延伸が認可されたものの、小浜市から京都市を経由する「小浜・京都」ルートが正式に決まるのは2016年12月。整備計画決定から43年後のことだ。
内藤は、元右翼の豊田一夫を介して、平和相互銀行監査役の伊坂重昭から鹿児島県の馬毛島の買収を持ちかけられたことも明らかにした。伊坂は、政界を揺るがした平和相銀事件で東京地検特捜部が86年に商法違反(特別背任罪)で摘発した弁護士である。原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場にできる、との内藤の進言で、芦原が、業界団体の電気事業連合会会長だった東電の平岩外四会長に相談。平岩が「電事連で買います」と一時、明言したことなども明らかにした。
その後、電力業界による馬毛島買収は白紙になった。馬毛島は現在、米軍機の離発着訓練基地の有力候補になっており、11月30日には、防衛省が160億円で買い上げることを決めたと報道された。
内藤は、表裏の有力者との関係構築に使ったカネの原資について「すべて電気料金だった」とし、電力会社に過剰利潤が生じる公益企業の料金算定の方法などを批判した。
内藤証言は、関電の政界工作や構造的な問題提起を中心に「関電の裏面史独白」として14年7~8月に朝日新聞で連載され、書籍「原発利権を追う」(朝日新聞出版、14年)に収録された。取材時間の大半を費やした関電と裏社会との接点については、さらりと触れるだけですませた。
内藤は18年1月27日、心不全で死去。94歳だった。
今回明らかになった関電の金品授受事件を簡単に振り返っておこう。
関電幹部らの金品受領が明るみに出るきっかけは、森山が顧問だったとされる高浜町の建設会社「吉田開発」への18年1月の金沢国税局の税務調査だ。森山が原発関連工事を受注している吉田開発から約3億円を受け取り、関電の役員ら6人に約1億8千万円を渡していたことがわかった。原資は、吉田開発が複数の下請け企業との取引の中で所得を隠すなどしてつくった裏金だったとされる。
森山は、受け取った約3億円を所得として申告していなかったため、金沢国税局は申告漏れを指摘し、森山に対し追徴課税した。関電の役員の一部は、受け取った金品を「保管」していたと弁明したが、国税局は認めず、役員はみずからの所得として修正申告した。
関電は、国税当局の指摘を受けて18年7~9月に、コンプライアンス委員会の社外委員(3弁護士)の指導・助言のもとで法務部門が原子力事業本部と高浜町をカバーする京都支社の関係職員らを調査。20人が計3億2千万円の金品を受け取っていたことが判明した。
関電は、調査委員会(委員長、小林敬弁護士=元大阪地検検事正)を設置。調査結果を検証するなどし、会長、社長らの月額報酬の2割を1~2カ月返上する処分を行ったが、調査や処分の内容は取締役会にも報告しなかった。
国税局の処分が、公表を前提としない行政処分で終結したのをこれ幸いに、関電は、不祥事を闇に葬ろうとした疑いが濃厚だ。
9月27日、共同通信が、関電経営陣への金品授受の事実をスクープし、事態は一気に動き出す。関電は会長の八木誠と社長の岩根茂樹が記者会見して初めて事実を公表。公益企業である電力会社のトップらが自社の原発関連工事を担う建設会社の関係者から多額の金品を受け取っていた前代未聞の不祥事に世論の厳しい批判が集まった。
菅原一秀経済産業相(当時、10月25日、公職選挙法違反疑惑で辞任)は「事実だとすれば、極めて言語道断」と述べ、調査のうえで何らかの処分を検討する方針を表明。関電は、改めて外部の弁護士による第三者委員会を設置し、事実関係を調査せざるを得なくなった。八木ら役員7人は辞任に追い込まれ、岩根も、第三者委が報告書を提出した日に辞めることが決まった。
第三者委員会は、元検事総長の但木敬一弁護士を委員長に、調査実務を、東京の森・濱田松本法律事務所の弁護士が担当。金品授受の調査範囲を課長クラス以上の社員にまで広げ、会社法の会社役員の収賄容疑の有無などについて年末をめどに報告書をまとめる方針と発表されたが、調査の範囲を広げたため、年内は調査状況の中間報告にとどまる公算が大きくなっている。金品授受をスクープした共同通信は19年度の新聞協会賞を受賞した。
社会的地位が高く多額の報酬を得ている関電経営陣が、会社法の収賄罪などに問われるリスクを冒してまで多額の金品を受け取るのは異様だ。事件を知った多くの市民がその動機をいぶかしんだ。
関電は10月2日に公表した前年9月11日付の調査委員会の報告書で、金品受領の動機を次のように説明した。ちょっと長くなるが、引用する。
まず、森山の「人物像」について、報告書は次のように指摘している(3ページ)。
高浜町、福井県庁、福井県議会および国会議員に広い人脈を有しており、福井県の客員人権研究員として、原子力事業本部が主催する幹部人権研修に福井県幹部を招聘している。(略)県の職員を叱責することがある。(中略)機嫌を損ねると、森山氏が、地域での様々な影響力を行使し、発電所運営に支障を及ぼす行動に出るリスクがある。
報告書はそのうえで、森山の関電役職員らに対する「叱責・罵倒・恫喝の言動」として以下のような事例があったとする(4ページ)。
頻繁に面会を要請し、面会時間が長時間に及ぶことが多々あった。(略)休日であっても電話がつながらなければ激怒した。(中略)意に沿わないことがあると、急に激昂し「無礼者!」「お前は何様だ!」「お前みたいな者がわしに歯向かうのか」と長時間にわたり叱責・罵倒することが度々あった。(中略)「お前の家にダンプを突っ込ませる」などといった発言があった。また、社内では過去の伝聞情報として(略)「お前にも娘があるだろう。娘がかわいくないのか?」とすごまれた、(略)あまりに激しい恫喝の影響もあって身体を悪くし半身不随になった、(略)経緯を書いた遺書を作って貸金庫に預けていた、などの話が伝えられることがあった。
法務省人権擁護局と全国人権擁護委員連合会が企画し、財団法人人権教育啓発推進センターが2010年に制作した冊子『同和問題とえせ同和行為』によれば、同和問題は、「同和地区」「被差別部落」などと呼ばれる地域の出身であることや、そこに住んでいるというだけで、日常のさまざまな場面で差別を受ける問題を指す。国は特別措置法(1969~2002年)を定め、差別解消に向けて努力してきたが、現在でも、結婚や就職で不当な差別を受ける事例がある。一方で、同和問題を口実にして、企業や行政機関等に不当な利益や義務のないことを要求する「えせ同和行為」が横行している実情もある。こうした行為は同和問題の解決を阻害する行為であり、企業はそれを排除する姿勢を求められている。
不当要求をする人がどのような団体に所属しているかは関係ありません。差別のない暮らしやすい社会を実現させるためにも、一人ひとりが正しい理解を持って、不当要求にはき然とした態度で臨みましょう。
法務省の委託で制作された冊子『同和問題とえせ同和行為』はこのように呼びかけている。
関電の報告書は「福井県の客員人権研究員」である森山を、反差別運動を背景に恫喝や脅迫を繰り返す悪徳利権屋と位置付け、関電役員らは、その森山から無理やり金品を押し付けられた被害者だとみなしているかのようだ。
勘ぐれば、そうした構図を強調することで、金品授受もさほど不自然ではない、と社内外を納得させ、事態を収拾しようとする意図があったとも受け取れる。まさに「死人に口なし」だった。
大手の新聞やテレビ局は、この「人権研修」にはさらりと触れただけだったが、一部の雑誌やネットメディアは、部落差別の撤廃と人権社会の確立を目的とする大衆団体「部落解放同盟」と森山の関係を取り上げた。そのひとつが週刊新潮10月10日号の記事「『高浜原発のドン』呪縛の核心」だ。
その記事は「相手が畏怖の対象ゆえ金品を返せなかったとする幹部の釈明が伝えられるが、どうもしっくりこない」と指摘し、森山について「解放同盟の力を笠に着て、役場で出世」(高浜町議)、「教師が解放同盟を悪く言えばすぐに、“通報”が入り、糾弾する。関電社員もさまざまな情報を集めてくる」(高浜町役場の関係者)、「高浜原発絡みの仕事はほぼ意のままに動かせる状態に」(同前)などの話を紹介し、地元・高浜町では、森山の隠然たる力の背景に解放同盟の存在があると受け止められていると指摘した。
記事によれば、「関電の経営陣の一人だった男性」は次のように述べたという。
森山さんは自分から解放同盟という言葉を使うことはなかったですが、みんなそういう背景は知っていますから。“わしの言うこと聞かなかったら住民たきつけて原子力止めるぞ”と口にしたと報告を受けたことがあります。うちにとっては、それはもう、土下座してでもなにをしてでも辛抱しなければならない。(略)今回、問題となっている件は、本当にどうしようもなかったんですよ。
そのようにして週刊新潮記事は「以上が本件の本質」と結んだ。
原発利権の裏側で蠢く電力会社や政治家、暴力団などの実態を、関係者の生々しい証言で暴いた迫真のルポだ。
柴野はその中で、森山助役を高浜町政の「実質的なボス」と形容し、森山が自ら組織した「部落解放同盟」を指揮して、「だれかれ容赦なく“糾弾”をくり返してきた」と指摘し、町議会について、「“親衛隊”になりさがっていた」と記述した。
1970年代、小学校の女性教員が町の教育長、助役の森山らから「差別発言した」と追及され、無理やり「謝罪文」に署名させられたうえ、朗読を命じられたとも記述した。
さらに、78年の高浜町長選で、原発立地を進める現職町長に対抗して立候補を表明した町議会議長が「関電の協力金は9億円でなく、本当は25億円」と疑い、町長に対し、「協力金の内訳をいうてくれ。政治資金に流した先は、だれとだれや?残りはどうした?」と迫ったところ、「町長、助役と組んで高浜町中枢を支配し、公共事業や利権をむさぼって肥え太った韓国人」から「あんた、もし町長選に出るなら血を見るぞ。これ、覚えときな…」と凄まれたこと、「議員研修会」に引っ張り出され、いわれなき糾弾で追い詰められて脳梗塞を起こし、再起不能になったこと――などの同元議長の証言を紹介した。
当時のマスコミの大半は、人権問題がからむがゆえに、同和を騙る利権屋の実態にメスを入れるのに慎重だった。それゆえ、柴野の記事は存在感が際立つ。もっとも、共産党と協力関係にある旧全国部落解放運動連合会(全解連、現全国地域人権運動総連合)は、解放同盟から1976年に分かれ、当時は解放同盟とは激しく対立する関係だった。柴野の優れた取材力はもちろんだが、赤旗記者ゆえに書けたルポという面もあったかもしれない。
柴野はのちに連載をもとに「原発のある風景」(未来社、83年)を出版した。
週刊新潮などの報道を受けて部落解放同盟中央本部は、10月7日、「森山氏自身による私利私欲という問題に部落解放同盟としては一切の関与も存在しない」とする委員長の組坂繁之のコメントを発表した。
組坂は、森山と解放同盟の関係について次のように説明した。
森山氏は、1969年京都府綾部市職員から高浜町に入庁している。1970年部落解放同盟福井県連高浜支部が結成され、福井県内唯一の解放同盟支部の結成ということもあって、部落解放同盟福井県連合会も同時に結成されている。その結成に尽力したこともあって、森山氏は県連書記長(同時に高浜支部書記長)に就任。2年間書記長の要職に就いている。しかし、その言動が高浜町への厳しい指摘であったり、福井県に対する過度な指摘等が問題とされ、2年で書記長職を解任されており(中略)それ以後は、解放同盟福井県連や高浜町支部の運営等において関与することはなく、もっぱら高浜町の助役として原発の3号機・4号機の誘致と増設に奔走したと思われる。
ネットや週刊誌が取り上げた「1975年の女性教員に対する糾弾」についても「解放同盟福井県連・高浜支部ともにまったく知る由もない出来事であり、解放同盟が関与した差別事件ではない」と否定した。
そのうえで、このコメントは「原発の建設運営をスムーズに持って行こうとする福井県、高浜町、関西電力による忖度が、森山氏を肥大化させ、森山氏が首を縦に振らなければ原発関連の工事が進まないという癒着ともとれる関係にまで膨れあがった」と指摘した。
関電がとりまとめた調査委員会報告書にもとづく一部の週刊誌やネットでの報道について、部落解放同盟中央本部のコメントは次のように批判した。
解放同盟の関係者であるという「部落は怖いもの」とする予断や偏見を利用し、さらに森山氏をアンタッチャブルの扱いにくい人物に一部マスコミは差別を利用して肥大化させているのではないだろうか。部落と森山氏を結びつけることで、さらなる「風評被害」がネットで増大されている。(中略)明らかにされなければならないのは、原発建設を巡る地元との癒着ともとれる関係であり、それにともなう資金の流れの透明化こそが、この事件の本質であるはずだ。それを部落差別によって、事件の本質を遠のかせてしまうことになることだけは本意ではない。原発の誘致・建設に至る闇の深さという真相を究明することは棚上げし、人権団体にその責任をすり替えようとする悪意ある報道を許すことは出来ない。
森山と解
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