2020年02月14日
内藤: 電力が原子力(発電所)用に先行取得している用地は全国にたくさんある。関電の場合、輪島の北にたくさんある。この土地がどうなっているのかを調べたら天地がひっくり返る。
2013年12月30日。初めて内藤宅を訪ねた朝日新聞記者に対し、内藤は、関電が原発用地として先行取得しながら、建設計画が中断し、塩漬けとなっている広大な土地について、こう語った。内藤は1980年代初めから半ばにかけて関西電力の原発立地の元締めである環境立地本部長兼副社長などを務め、それらの土地の扱いに忸怩たる思いを抱いていた。
1970年代から反公害、反原発の運動が世界的に勃興。日本国内でも勢いを持ち、電力会社は原発立地に苦労するようになった。
そうした中、反原発世論を恐れる電力会社は立地の意図を隠し、ゼネコンなどを使って秘密裏に二束三文のへき地の土地を高値で買い取った。その「地上げ」には、仲介名目で政治ブローカーから暴力団、地域の顔役らが暗躍。地権者らによる脱税や国土利用計画法違反まがいの行為も横行した。
せっかく秘密裏に用地を先行取得しても、いざ原発建設に向けた動きが表面化すると、激しい反原発運動が起きた。電力会社は泣く泣く、計画を保留にせざるを得なかった。
こうして先行取得した用地の多くは、堂々と公表できない「不良資産」となった。内藤が言う「輪島」というのは石川県の能登半島にある輪島市のことで、「輪島の北」の原発計画は、能登半島の先端に位置する石川県珠洲市で関電が建設を目指してきた「珠洲原発」を指す。
内藤: 電力会社を本気でスリムにしたければ、ストックしている土地をどうするのか。先行取得した土地で、いま問題になっているのは、珠洲原発。中止になった。それまでに固めた土地はどうするのか。(14年1月21日、内藤の自宅)
内藤: いま一番問題になるのは、珠洲原発の後始末。その取材なら、みんな受けるでしょう。(14年1月27日、リーガロイヤルホテル大阪ジム)
内藤は、13年12月から14年8月まで計27回、朝日新聞記者のインタビューに応じたが、当初、繰り返し、珠洲原発の先行取得土地問題について記者の問題意識を喚起した。
原発事業は、立地や電力会社発注工事などをめぐり政官業の利権の温床になりやすく、また不都合な事態が起きれば責任のなすり合いになりがちだった。内藤の目に、先行取得土地問題は、原発事業の矛盾を象徴するものとして映っていたと思われる。
電力3社は、立地対策でテレビCMを流し、祭りに使う山車の収納庫の建設や維持管理などに金を惜しみなくつぎ込んだ。しかし、珠洲市は立地推進派と反対派に二分され、県議選、市長選、市議選などのたびに激しい対立を繰り返した。
93年4月の市長選では、推進派の現職が、原発の白紙撤回を訴える候補に僅差で勝利したが、反対派が名古屋高裁金沢支部に選挙無効訴訟を起こし、最高裁は96年5月、選挙を無効と判断。市長は失職した。しかし、やり直し選挙では推進派の新顔候補が当選するなど混迷が続いた。
そうしている間に、用地先行取得をめぐる裏金疑惑に関する朝日新聞の報道があり、反対派の動きもより強くなり、送電線敷設のコスト増などもあって、関電は他の2電力とともに2003年暮れ、計画凍結を正式発表し、今にいたる。福島原発事故後の政策転換もあり、建設計画が日の目を見る可能性はなくなった。電力会社が去った後、地元の市民の間に深い対立の溝だけが残った。
朝日新聞が、珠洲原発の用地先行取得をめぐる裏金疑惑を報道したのは、内藤インタビューから遡ること15年前の1999年秋。筆者は、東京社会部の遊軍記者としてその報道に関わった。端緒は、東京国税局査察部が横浜地検に刑事告発した神奈川県の医師の脱税事件だった。
医師は珠洲原発の建設予定地付近の土地155筆、約10万7千平方メートルを所有する不在地主だった。医師は1994年2月、清水建設などゼネコン4社の関連会社に土地を売却する契約を結んだ。医師に7億5千万円が支払われた。東京都内の会社役員らへの仲介手数料を含めると計11億8千万円のカネが動いた。
医師はこの取引で4億4700万円の土地譲渡収入を得たが、土地を担保に仲介業者から金を借りた形にして隠し、所得税など1億3300万円を免れていた。医師が売却代金でマンションを買ったことから「アシ」がついた。
査察部は、医師らの供述から、脱税の裏付けのため、清水建設のほか、医師と土地買収の折衝をしていた関電などを反面調査。関電から「当社が将来、時期をみて買収する」との文言のある内部文書などを押収。清水建設から、関電から建設用地の買収などの協力依頼があったことを示す文書などを領置した。関電の文書には当時の副社長らが了解したことを示す手書きの記述もあった。関電は分割した土地を、段階を追って申告する税務申告案まで作成し、医師に渡していた。
東京国税局から告発を受けた横浜地検は、関電社員の査察部に対する供述や関係資料から、関電がエンドユーザーとして土地を引き取る約束をし、原発反対派の追及をかわすため建設会社をダミーにして土地取引を隠す中で、脱税事件が起きたと見立てた。
医師は脱税で起訴され、一審の横浜地裁は罰金3千万円を言い渡したが、二審の東京高裁は02年11月、一審判決を破棄、懲役1年、執行猶予3年、罰金3千万円を言い渡し、確定した。
清水建設も示し合わせたように「当社がこの土地取引に関与しているという事実はない。関西電力から買収の要請を受けた事実もない」などと関与を全面否定した。他のゼネコン3社は「わからない」「コメントは遠慮する」などと答えた。
一連の取引について「地域の平和のためにも秘密裏取得は必要だった」と説明。ほかの発電所でも同様の工作を繰り返していることを認めたが、医師の土地の取得の経緯については、国土法対策のための分割譲渡などの手法はゼネコン側が考えたことで「関電は関与していない」と主張。ただし、こうしたやり方について、関電の現場の担当者が当時、知っていたことは認め、幹部への報告メモが存在することを明かした。
もう一方の当事者である清水建設は、それでも「当社は関与していない」とコメントするだけで、一切の取材に応じなかった。得意先の関電をかばったものとみられるが、2000年7月、横浜地裁で開かれた医師の所得税法違反事件の公判で、同建設の担当社員が、土地を取得するため同建設が7億9100万円を支出していた、と証言。身内の「造反」でウソがばれる形となった。
清水建設と関電との間では、珠洲原発あるいは他の関電工事を受注するという密約があったと思われる。そうでなければ、清水建設は、見通しのない無謀な投資をしたことになり、株主から責任を追及されることになるからだ。
筆者は今回、改めて関電と清水建設に対し、医師の土地取引への関与について見解を尋ねた。
関電広報室は「当社からゼネコン等に対して買収依頼した事実はございません。なお、医師の脱税、公判については、当社は当事者ではなくお答えする立場にないため、回答は差し控えさせて頂きます」と回答した。
一方、清水建設コーポレート・コミュニケーション部の今村秀夫報道グループ長は「弊社としてコメントすることはございません」と答えた。
関電は、なぜ
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