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改正民法・債権法の来月施行でプロジェクトファイナンスへの影響は

西谷 和美

改正民法下でのプロジェクトファイナンス

西村あさひ法律事務所
西谷 和美

西谷 和美(にしたに・かずみ)
 2003年、東京大学法学部第一類卒業。2004年、弁護士登録。2014年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒業(LL.M)。現在、西村あさひ法律事務所のパートナー弁護士。

1. はじめに

 2017年5月26日に成立した民法改正(債権法改正)は、2020年4月1日から施行される。
プロジェクトファイナンスの実務においても、必要な対応がなされているところであるが、あらためて民法改正がプロジェクトファイナンスに与える影響を検討したい。

2. 民法改正の経緯

 民法のうち、債権関係の規定については、1896年に制定されて以来100年以上にわたり抜本的な改正がなされず、概ね制定当時の内容のままであった。
この間、契約社会の変化・発展に伴い、複雑・大量の契約取引等が発生し、民法解釈に係る判例及び学説も蓄積されたことから、今般、民法が改正され、判例や通説的見解などのルールを明文化する改正がなされたとともに、実務上必要な変更がなされた。

3. プロジェクトファイナンスとは?

 プロジェクトファイナンスとは、特定のプロジェクトに対し、当該プロジェクトの収益(キャッシュフロー)を主な返済原資として融資を行う金融手法であり、例えば太陽光発電プロジェクトや資源開発プロジェクト等に対するプロジェクトファイナンスがある。プロジェクトファイナンスには、例えば資源開発プロジェクトであれば埋蔵量リスクや価格リスク等様々なリスクがあり、また、プロジェクトの事業主体となるスポンサー、プロジェクトの建設等を行う工事請負業者(EPC業者)、プロジェクトの維持管理・運営を行う業者(O&M業者)、プロジェクトから生産される製品の購入者(オフテイカー)、原材料供給業者、プロジェクト用地の土地所有者等、関係者が多岐にわたるという特徴がある。したがってプロジェクトファイナンスにおいては、プロジェクトにおけるリスクを分析し、それらのリスクをプロジェクト関係者間で適切に分配することが重要である。

4. プロジェクト関連契約に対する影響

 プロジェクトファイナンスのスキームにおいては、プロジェクトの対象となる工場等の工事請負契約(EPC契約)、維持管理・運営契約(O&M契約)、プロジェクトの成果物を買い取るオフテイク契約等多数の契約が締結される。これらのプロジェクト関連契約に影響を与える改正として以下のものが挙げられる。

 (1) 契約解除に関する改正

 改正前民法では、債務者の債務不履行があった場合に契約を解除するには債務者の帰責事由が必要とされていたため、当事者間で別途合意しない限り、債務者に帰責事由がない場合(不可抗力により契約の履行ができない場合等)には債務不履行があっても契約の解除ができなかった。この点、改正民法では、債務者の帰責事由がない場合でも債務不履行があれば債権者が契約を解除することができることを原則とした。これは、債務不履行があった場合でも帰責事由がなければ解除できないとすると、債権者は、相手方の債務不履行があっても契約に拘束され続けるため、代替の契約を締結することができず不当であるという理由で改正されたものである。
この点、本規定は任意規定であり契約上別途の定めをすれば適用されないところ、プロジェクトファイナンスにおけるプロジェクト関連契約では、事案に応じた詳細な解除規定が置かれることが多く、債務者の帰責事由がない場合の解除の可否についても明確に定められるケースが多いことから、改正の直接的な影響は大きくないと思われる。もっとも、民法のデフォルトルールが変更になったことを契機として解除事由を見直すことも考えられることから、仮に定めがない場合は債務者に帰責事由のない債務不履行の場合にも契約を解除することができるとの改正民法のルールが適用されることを念頭に置いたうえ、各プロジェクト関連契約の解除規定の内容を検討する必要がある。

 (2) 請負契約に関する改正

 改正前民法では、建築請負における建物など仕事の目的物に「瑕疵」があった場合に請負人が担保責任を負うと規定してきた。この点、改正民法では目的物が「契約の内容に適合しない」場合に請負人が担保責任を負うとし、「瑕疵」が「契約不適合」と変更された。「瑕疵」とは、「一般的な物の性質及び当事者間の合意に照らし有するべき性質・性能を有しないこと」との意味で用いられていたが、判例においても実質的には「契約に適合しないこと」という観点も踏まえた解釈がなされていた。
そのため、上記の改正により、個々の事案の結論に違いが生じることは多くないと考えられるが、今般の民法改正において「契約不適合」と変更されたことにより、請負契約において目的物の性能に関する基準を明確に定めることがより重要となると考えられる。加えて、EPC契約等のプロジェクト関連契約において「瑕疵」との表現が残っている場合には、改正民法での取扱いと整合性を確保するためには、「契約不適合」と変更し、目的物の有すべき性能に関する基準を明確化することが重要である。
また、請負人の担保責任の期間について、改正前民法では目的物の引渡し等から1年以内とされ、建物その他の土地の工作物の場合には引渡後5年又は10年の特則が設けられていたが、改正民法では目的物の契約不適合を知ってから1年以内に通知をすればよいと変更された。
上記の期間制限も任意規定であり、契約で別途の定めをすることが可能である。プロジェクトファイナンスにおいては担保責任についても詳細な定めがなされることが多く、期間についても定めが置かれていると思われるが、デフォルトルールの変更に伴い再見直しをすることが重要である。

 (3) 賃貸借契約に関する改正

 改正前民法においては、賃貸借の期間は最長20年に制限されていた。借地借家法で建物所有目的の土地賃貸借の期間は原則30年以上と修正されているが、借地借家法が適用されない賃貸借については20年超の契約を締結できず、従前、太陽光発電等の再生可能エネルギー案件の事業用地の賃貸借契約の期間が20年までに制限され、プロジェクト期間をカバーできない場合があるという問題があった。
この点、改正民法は賃貸借契約の存続期間の上限を50年に伸張した。プロジェクトファイナンスは20年以上の長期のプロジェクトが行われる場合も多いことから、最長50年までの事業用地の賃貸借契約が締結できるようになったことは太陽光発電プロジェクトを含むプロジェクトファイナンスにとって朗報であり、今後より長期にわたるプロジェクトを対象とするプロジェクトファイナンスが出現することが期待される。

5.  ファイナンス関連契約への影響

 プロジェクトファイナンスでは、プロジェクトの融資に関する契約として、融資契約(ローン契約)、債権者間契約、スポンサーサポート契約等が締結される。これらのファイナンス関連契約に影響し得る改正として以下のものが挙げられる。

 (1) 諾成的消費貸借に関する改正

 改正前民法では、金銭消費貸借の合意をしても、金銭が交付されるまでは契約が成立しない要物契約である旨が規定されていた。もっとも、判例上、合意のみによって効果が生じる諾成的消費貸借契約の成立も認められてきた。
改正民法は書面での合意による諾成的消費貸借契約を明文で認めた上、借入人は、金銭の交付を受けるまでは、契約を解除できる旨の規定が追記された。

 プロジェクトファイナンスにおけるローン契約は、諾成的消費貸借契約の形態がとられているが、今般の民法改正は従前も判例上認められてきたこれらの実務上の扱いの有効性をあらためて明文で認めたものであり、契約成立に関しては直接の影響はない。
もっとも、今般追加された貸付を受けるまでは契約を解除できる旨の規定は強行法規と解釈されているため、ローン契約に契約貸付前の解除に対応する規定を追記する必要がある。貸付人としては、貸出前にローン契約を解除された場合に損害が発生することも考えられるため、借入人が貸出前に契約解除した場合の清算金の定めを追記する必要があると思われる。

 (2) 債権譲渡に関連する改正 - 譲渡制限特約付債権譲渡に係る改正

 プロジェクトファイナンスにおいては、多数の貸付人が融資金融機関団(シンジケート団)として融資を行うケースが多く、その場合、貸付人間で融資金融機関団としての意思決定のルールを定めることが通常である。もっとも、近年はプロジェクトファイナンス債権の流動化も進んでおり、貸付人がローン債権を他の金融機関等に譲渡するケースも見られる。このような債権譲渡に影響する改正として、譲渡制限特約付債権の譲渡の効力に関する改正がなされた。

 契約に基づき発生する債権は原則として譲渡が可能であるが、実務上、債権の譲渡を禁止し、又は譲渡先を制限する等の譲渡に関する一定の制限についての特約が合意される場合がある(債権譲渡制限特約)。改正前民法では、譲渡制限特約に違反する債権の譲渡は原則無効とされていた。この点、譲渡制限特約違反の債権譲渡を原則無効とする改正前民法は債権の流動性を過度に阻害するとの批判があり、改正民法では、譲渡制限特約違反の債権譲渡も原則有効とされた。(なお、預貯金債権は例外とされている。)

 プロジェクトファイナンスで用いられるローン契約においては、貸付人がローン債権を譲渡する場合には、譲渡先を一定の適格要件を満たす金融機関に限定する等の譲渡制限特約が付されるケースが多い。そして、複数の貸付人から成る融資金融機関団は、ローン債権の弁済の回収等や貸付人間の意思決定のルール等に合意している。かかる状況において、改正民法の下では、ローン契約上の譲渡制限特約に違反して行われたローン債権の譲渡も有効となることから、無断譲渡が行われた場合に、貸付人間の意思結集のルールの取扱についての影響が問題となる。この点、実務上は、無断譲渡後においてもエージェントが弁済を受領する等の弁済ルールを変更せず従前の貸付人間の意思結集のルールや手続が適用されるよう必要な調整規定を置くことになると思われるが、今後の解釈論や契約実務の展開を注視する必要がある。

 (3) 担保契約に影響を与える改正:異議をとどめない承諾による抗弁切断の廃止

 プロジェクトファイナンスにおいては、原則としてプロジェクトに必要な全ての資産・契約に対して担保設定がなされるため、プロジェクト関連契約に基づき借入人が有する債権についても全て質権又は譲渡担保権が設定されるのが原則となる。

 改正前民法においては、譲渡人から譲受人に対し債権譲渡がなされた場合、債務者が異議をとどめずに債権譲渡を承諾したときは、譲渡人に主張できた事由(抗弁)を譲受人に主張できなくなるとされていた。しかしながら、異議をとどめない承諾による抗弁切断については、取引の安全に資する一方で債務者の不利益が大きいと批判されてきた。そこで、改正民法は異議をとどめない承諾による抗弁切断の制度を廃止し、債務者は、債権譲渡を承諾した場合であっても、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由を譲受人に対抗できることとした。

 改正前民法の下での実務では、貸付人がプロジェクト関連契約に基づく債権に担保設定する場合、第三債務者から「異議をとどめない承諾」を取得することが一般的であったが、改正民法施行後はこの方法による抗弁切断は認められないことから、抗弁切断の効果を求める場合には承諾書において第三債務者が抗弁放棄の意思表示を行う方法をとることになると思われる。この場合、法的安定性を高める観点から放棄の対象となる抗弁をできる限り具体的に記載することが望ましいと考えられるが、どの程度、概括的な抗弁の放棄が許容されるかについては未だ解釈が確定しておらず、今後の解釈論の展開に留意が必要である。

6. 最後に

 日本に

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