2020年06月17日
西村あさひ法律事務所
清水 拓也
わが国においては、人口の減少・高齢化の進展、地方から都市等への人口移動を背景とする、土地の利用ニーズの低下や所有意識の希薄化等を原因として、所有者不明土地(不動産登記簿等の公簿情報等により調査してもなお所有者が判明しない、又は所有者が判明しても連絡がつかない土地(注1))や管理不全の土地が増加しているといわれる。これらの土地は、生活環境の悪化、インフラ整備・防災上の支障等様々な場面で問題となっている(注2)。かかる所有者不明土地に関する対応について、近時の動向を概観する。
所有者不明土地を巡っては、平成30年6月6日、「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法」(平成30年法律第49号)が成立し、同月13日に公布された。
同法は、所有者不明土地について公共目的での利用を念頭に、①反対する権利者がおらず、建築物(簡易な構造で小規模なものを除く。)がなく現に利用されていない所有者不明土地に関し、(a)公共事業における収用手続の合理化・円滑化(国、都道府県知事が事業認定した事業について、収用委員会に代わり都道府県知事が権利取得裁決及び明渡裁決について裁定手続を行うことができる。)や、(b)地域福利増進事業の創設(地域住民等の福祉・利便の増進に資する事業について、都道府県知事が公益性を確認し、一定期間の公告に付した上で、利用権(上限10年間)を設定することが認められた(注3)。)を行うものである。
また、同法により、②土地所有者の探索のために必要な公的情報(固定資産課税台帳、地籍調査等)について、行政機関が利用できる制度や、長期間相続登記等がされていない土地について、登記官が、職権で長期相続登記等未了土地である旨を登記簿に記録すること等ができる制度(注4)や、③所有者不明土地の適切な管理のために特に必要がある場合に、地方公共団体の長等が家庭裁判所に対し財産管理人の選任等を請求可能とする制度も創設された。
令和元年5月17日、「表題部所有者不明土地の登記及び管理の適正化に関する法律」(令和元年法律第15号)が成立し、同月24日に公布されている。同法は、所有者表題部所有者不明土地(旧土地台帳制度下における所有者欄の氏名・住所の変則的な記載が、昭和35年以降の土地台帳と不動産登記簿との一元化作業後も引き継がれたことにより、不動産登記簿の表題部所有者欄の氏名又は名称及び住所の全部又は一部が正常に登記されていない土地をいい、全国に多数(注5)存在するとされる。)について、その登記及び管理の適正化を図るために必要となる措置を講ずることにより、その権利関係の明確化及びその適正な利用を促進しようとするものである。具体的には、①表題部所有者不明土地の登記の適正化を図るための措置として、登記官に所有者の探索のために必要となる調査権限を付与するとともに、所有者等探索委員制度を創設するほか、所有者の探索の結果を登記に反映させるための不動産登記法の特例を設け、②所有者の探索を行った結果、所有者を特定することができなかった表題部所有者不明土地について、その適正な管理を図るための措置として、裁判所の選任した管理者による管理を可能とする制度が設けられた(注6)。
更に、所有者不明土地を円滑・適正に利用する仕組みとして、民法の共有制度、財産管理制度及び相隣関係規定の見直し、並びに、所有者不明土地の発生を予防するための仕組みとして、相続登記申請の義務化、土地所有権の放棄、遺産分割の期間制限等が検討されており、冒頭のとおり「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」という。)が取りまとめられた。以下、中間試案で示された提案のうち、所有者不明土地問題との関連性が比較的大きい事項について紹介する。
(1) 通常の共有における共有物の管理
現行民法上、共有物の変更については、共有者全員の同意(第251条)が要求され、共有物の管理については、共有持分の価格に従い、その過半数で決するとされている(第252条本文)。また、共有物の保存行為については、各共有者が単独で行うことができるとされている(同条ただし書)。
中間試案では、かかる現行民法のルールは基本的に維持しつつ、実際上、かかるルールにも拘わらず、慎重を期して共有者全員の同意をとらざるを得ず、共有者の一部に所在が不明な者がいる等により全員の同意をとることが困難な事態が生じていることを考慮し、共有者全員の同意が必要か否かについての明確化や、共有者全員の同意が必要と解されている行為の見直しが提案されている(第1部第1 1(1))。具体的には、①共有物を使用する共有者(共有物の管理に関する事項の定めに従って共有物を使用する共有者を除く。)がいる場合であっても、その者の同意を得ることなく、共有持分の過半数をもって、共有物の管理に関する事項を決定することができること、②共有物の管理に関する定めを変更するときにも、共有持分の価格の過半数で決すること(但し、かかる定めを変更することにより、共有者に特別の影響を及ぼすべきときは、当該共有者の承諾を得なければならない。)、③第三者に対して共有物の賃借権その他の使用又は収益を目的とする権利(以下「使用権」という。)を設定する場合には、共有物の性質等に応じて一定の期間を超えることができないこと(注7)、が提案されている。
(2) 共有物の管理に関する行為についての同意の取得方法
中間試案は、①共有者が共有物の管理に関する行為(注8)について他の共有者の同意を得る場合に、相当の期間を定めて同意するか否か催告できること、②他の共有者又はその所在を知ることができないときに、一定の期間を定めて公告できること、③当該一定期間内に他の共有者が同意するか否かについて確答しないときは、確答をしない共有者以外の共有者全員の同意(共有物の変更又は処分(但し、共有者が共有持分を喪失する行為は含まない。)について)又は共有者の持分の過半数(共有物の変更又は処分以外の事項について)により決することができることが提案されている(第1部第1 1(3))。公告によることや確答がなかった場合の処理について明確になることにより、一部の共有者又はその所在が不明な場合を含め、共有物の管理に関する行為についての意思決定を促進することになると考えられる。
(3) 所在不明共有者又は不特定共有者の不動産の共有持分の取得等
中間試案では、不動産が数人の共有に属する場合において、共有者の所在を知ることができない場合に、共有者が、所在不明共有者の持分の時価(共有対象の不動産を第三者に譲り渡す権限の付与を受ける場合には、当該不動産の時価を所在不明共有者の持分に応じて按分した額)を供託することにより、所在不明共有者の持分を当該共有者に譲り渡し、又は所在不明共有者以外の共有者の同意を得て共有対象の不動産の所有権を第三者に譲り渡す権限を当該共有者に付与する規律を設けることについて、引き続き検討するとしている(第1部第1 2(2)ア)(注9)。具体的な権利の行使方法や登記手続等検討を要する事項も多いと思われるが、実際に導入された場合には所有者不明土地問題の解消に資するものであると考えられる。
なお、一部の共有者を知ることができない場合に、同様(注10)の規律を設けるか否かについては、共有持分の割合だけでなく、共有者の総数が分からないケースもあり得ると考えられるため、引き続き検討するとされている(第1部第1 2(2)イ)。
(4) 財産管理制度
中間試案では、所有者不明土地について、裁判所が、利害関係人の申立てにより、土地管理人に管理を命ずる処分をすることができる旨が提案されている(第1部第2 1(1)ア)。現行民法上、不在者の財産管理制度(第25条)や相続財産管理制度(第952条第1項)も活用されているところではあるが、これらの制度は不在者の財産又は相続財産全般を管理することになるため、特定の財産のみを対象とし得る制度として導入が期待されるところである。
(5) 相隣関係
現行民法も、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するために必要な範囲で、他人の所有する隣地を使用することを請求できる旨を規定するところではあるが(第209条)、上記以外の場合に隣地の使用を請求できるか明らかではないことから、中間試案では、越境した枝の切除や境界標の調査又は境界を画定するための測量のために隣地を使用することを請求することを認め、更に隣地所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合において、隣地の使用目的、場所、方法及び時期等を公告し、相当期間内に異議がない場合、又は急迫の事情がある場合に隣地を使用することができる旨が提案されている。
また、隣地における崖崩れ、土砂の流出、工作物の倒壊、汚液の漏出又は悪臭の発生その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、隣地の所有者に、その原因の除去をさせ、又は予防工事をさせることができ、更に隣地が使用されていない場合には、隣地の所有者に対して原因の除去又は予防工事をすべき旨を通知又は公告し、相当期間内に異議がないときや急迫の事情があるときは、自ら原因の除去又は予防工事を行うことができる旨も提案されている。
(6) 遺産分割の期間制限等
中間試案では、遺産の管理や遺産分割についても、様々な提案がなされている。現行民法上遺産分割の期限は特に定められておらず、所有者不明土地の中には、被相続人の名義のまま長期間放置された結果、遺産分割の当事者の死亡等が相次ぐことにより、所有者又はその所在が不明となっているものが存在することから、中間試案では、遺産分割手続の申立てがなされないまま相続開始時から10年が経過したときは、具体的相続分の算定の基礎となる特別受益や寄与分等の主張をすることができないとする規定を設けることについて引き続き検討するとされている(注11)。
また、中間試案では、遺産分割の期間を制限することを前提に、当該期間の経過後において、相続人の一部又はその所在を知ることができない時に、上記(3)で述べたのと同様の方法を取ることができることも提案されている。
(7) 土地所有権の放棄
人口減少・高齢化等の進展に伴う土地利用の担い手の減少や利用意向の低下により、将来適切に管理されなくなる土地が増加することが予想され、かかる土地は相続があった場合に、適切に相続登記がなされず、所有者不明土地となり得る。現行法上、土地所有権の放棄については明示の規定はないため、権利関係に争いがないことや管理が容易であること等一定の条件を満たす場合に、自然人に限り土地所有権の放棄を認めることを検討する旨が中間試案では述べられている。土地の所有は不法行為や相隣関係に関する責任を伴うものであり、土地の所有権の放棄を認めることは、かかる責任を国が負担することとなるため、無条件でこれを認めることは問題であろうが、条件付で土地所有権放棄の制度を明確に定めることにより所有者不明土地の増加を一定程度抑える効果があると考えられる。
この他にも、農業経営基盤強化促進法の改正(平成30年11月16日施行)により、所有者不明の農地につき相続人の一人が、農地委員会の探索・公示手続を経て、不明な所有者の同意を得たとみなして農地中間管理機構への利用権を設定することが認められた(注12)。また、森林経営管理法(平成30年法律第35号)が制定され、市町村が不明な所有者・共有者の探索・公告の上、経営管理権(注13)を設定できる等の施策も行われている。更に令和2年2月4日には、「土地基本法等の一部を改正する法律案」(注14)が閣議決定されている。所有者不明土地問題は不動産取引・開発の障害となることも少なくなく、不動産取引・開発の活性化のためにも引き続き対策が取られることが望まれる。
▽注1: 20
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