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企業法務の弁護士は「オタク」か?

乙黒 亮祐

企業法務の弁護士は「オタク」か?

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
乙黒 亮祐

乙黒 亮祐(おとぐろ・りょうすけ)
 2008年東京大学法学部卒業。2010年東京大学法科大学院(法務博士(専門職))修了。2011年、司法修習を経て弁護士登録。2012年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2020年1月、同事務所パートナーに就任。
 何を隠そう、私はオタクである。手は右手と左手しかないのに、筆記用具を両手で持ちきれないくらい買ってしまう。同じ種類のペンの色違い・限定バージョンの購入歴を挙げたらきりが無い。親の影響で聴き始めたヘビーメタル・ハードロックは、いつのまにかCDが増えすぎて部屋に置けなくなり、トランクルーム付の部屋に引っ越した。テレビアニメも大好きだ。テレビアニメは、たいてい3か月毎に新しい番組が始まるが、数多くの番組からどのアニメを録画して見ようかを考えるのが至福の時間である。また、お気に入りのアニメキャラクターの絵柄のタペストリー(普通の人からすればただの布)、アクリルスタンド(普通の人からすればただのプラスチック)を買い漁ることで忙しい(昨年は神田明神にまで買い付けに行った。)。そうこうしているうちにアニソン・アイドルにも手を出してしまった。トランクルームはいつの間にかアニソンのCDであふれ出した。こんな弁護士、あまり見当たらない。

企業法務の弁護士の「オタク」な側面

 しかしながらだ、よく思うことがある。企業法務の弁護士は多かれ少なかれ「オタク」なのではないかと。私が取り扱うファイナンスの世界では、とにかく経験がものをいう。数多くの事例(先例)の中から、目の前の案件に近いもの、応用できるものを見つけてきて参考にすることが多い。先例の探索は、目の前の案件を、積み重ねられた取引の慣行からかけ離れないようにし、当事者や投資家が納得するソリューションを提示するために必須の作業であると考えているが、この作業は、語弊を恐れずに言えばまさにオタク的行為そのものである。すなわち、先例の探索というものは、目の前の案件の特徴を捉え、条件に合致しそうな先例を必死に探すものであり、自分の目当てのグッズを頭にきっちりたたき込んで、物品販売に突撃したり、インターネットのサイトにおいてお目当てのグッズを探し回ったりする感覚に近い。そして、経験を積んだファイナンス弁護士は、知識を積み重ねることで、専門性の高い弁護士となる(専門外の弁護士から見れば「オタク」に見える。)。また、私の所属する弁護士事務所においては、誰かからの法的問題に対するお尋ねに対して、様々な弁護士が自分の意見を述べることで活発な情報交換がしばしば行われるが、専門的知見に基づき、自身の信念に従って熱く語る姿は、やはり「オタク的」情報発信(自分の専門分野になると熱くなって語りが止まらない状態)に思えてくることがある。皆、この分析は否定するだろうが。

 最近では、社会における「オタク」の位置づけが変わっているようである。廣瀨涼「Z世代の情報処理と消費行動(5)若者の「ヲタ活」の実態」(ニッセイ基礎研究所)によれば、従来の「他人から根暗である等のイメージを伴ったレッテル」として、オタクであると言われる位置づけから、趣味等に熱心に打ち込むことを自らが「ヲタ活」をしていると称するように、決してマイナスではないイメージとして「オタク」が位置づけられつつあるようだ。そうであれば、企業法務の弁護士=「オタク」と言っても、それは褒め言葉であり、プラスにとらえられるべきことなのではないか?

「オタク」だけでは足りない企業法務の弁護士像

 とはいえ、やはり企業法務の弁護士は単なる「オタク」では無いのだろうとも思う。いわゆるオタクは、変化に対して消極的であると考えられている。これは、脳科学者である中野信子先生の「メタル脳 天才は残酷な音楽を好む」によると、幸せホルモンである「オキシトシン」が多分に影響していると考えることができるそうだ(この本は、ヘビーメタル・ハードロックが好きであることに対する深い考察がなされた本であるが、ヘビーメタル・ハードロックに限らずオタク全般に当てはまる分析であるように私自身は感じている。)。しかしながら、企業法務の弁護士は、日々の情勢の変化に敏感に反応し、変化に柔軟に対応しなければならない。先例がないこともざらである。幸せホルモンを求め、好きなことだけを追求していればよいわけではなく、また、変化に対して文句を言っている場合ではない。さらに、オタクの世界では、たいてい教祖みたいな人がいて、その人の情報発信をまずスタンダードとして自分の好きな風に受け止めればよいが、新しい未知の分野の法的問題は、日々の経済活動を担っている企業等のクライアントと直接の関わりがある企業法務の弁護士が最初に対応を求められ、確定した見解もない中で迅速かつ正確な法的判断が必要となることが多い。そのために必要な能力は、基本的な法律の知識がまず根底にあるべきことはもちろんだが、正確な最新情報の収集・分析も非常に重要な要素であるように思われる。法改正を含む実務の変化に関する情報収集は、日頃の業務をこなすのに精一杯の状態では、相当な目的意識を持たないと、なかなか行うことができるものではない。いかに日頃から目的を持って情報収集をしているかが力量の差になっているように思う。オタクのように、好きなものを極めていればよい、というわけではないのだ。

 私自身もアソシエイト時代は、どうしても目の前の業務に対応するので精一杯であり、また、オタク的気質も相まって、なかなか新しい法律問題に取り組むことができずにいたが、年次を重ねるにつれて、自然と余裕ができるようになり、身近に感ずる変化に、なんとか追いついて対応すべく日々奮闘している。直近では、民法の大改正が今年の4月から施行されたことに伴い、実務上何が変わるのか(それとも変わらないのか)、契約書の条項にどのように盛り込んでいくべきかの問題について、検討を求められることが多くなった。法務省の見解等だけでは判然としない部分も少なからずあり、また、ファイナンス案件特有の問題点も指摘されつつあり、実務の積み重ねが待たれる中で、事務所内外の勉強会等を通じて検討が進められている。また、近時、いわゆるブロックチェーン等の分散台帳技術を用いた有価証券の組成、移転、権利行使等の電子的な記録を活用した資金調達(セキュリティートークン・オファリング)の実現への道が法令改正によって開けつつあり、従来の不動産ファイナンスの新たな可能性を模索する取組が始まりつつある。一方で、これまでの法律解釈と矛盾しないようにするために、検討を要する論点も出てきているように見受けられ、最先端の技術と既存の法律解釈の融合に際して検討を丁寧に行う必要性もあるのではないかと考えられている。外国為替及び外国貿易法(外為法)の関連法令の改正も迫っている。さらに、喫緊の課題となったコロナウイルス問題は、様々な新しい法律上の検討事項を生み出し、既存の法律解釈の枠内で、合理的な解決策を編み出そうと事務所をあげて情報収集・分析・クライアント対応に取り組んでいる。在宅勤務の広まりという勤務スタイルの変更や突然の職場閉鎖のニュースからすると、書面の原本の提出が求められていたこれまでの手続も変わってくる可能性もあるかもしれない。なお、余談ではあるが、私の自宅は在宅勤務に適したIT環境が整っているものの、誘惑も多すぎるのが悩みである。在宅勤務がはかどると話す非オタク系の同僚がうらやましい。

結論:「オタクに企業法務の弁護士としての成功は難しい」

 結局のところ、企業法務の弁護士は、「オタク」な一面を持ちつつも、それだけにはとどまらない人間性も必要とされているようである。企業法務の弁護士=「オタク」を結論づけようとして書き始めたこの文章も私のこじつけにすぎないという、誰もが納得する結論になりそうである。仕事と趣味の取り組み方は、別物として私自身が変わらないといけないと自分への戒めとともに筆を置くことにする。