2020年05月06日
弁護士・NY州弁護士
本柳 祐介
リーマンショックの傷が癒えた後、低金利が続いたこともあって投資ファンドに多くの資金が流入した。アベノミクスから始まった景気拡大局面においては投資ファンドも総じて好調であり、投資家から多くの資金を集めたが、今般の新型コロナウイルスのパンデミックにより、世界的に景気後退が深刻化し、風向きは大きく変わりつつある。
投資ファンドのうち、バイアウトファンドやベンチャーファンドは基本的にロングの投資を行うものであり、景気後退期においてはネガティブな影響を受けるのが一般的である。特に、投資した有価証券を処分するエグジット(exit)については、買い手候補の投資意欲減退により十分な買い手がいない、又は投資先企業の事業見通しの悪化により想定した価格でのエグジット(IPOに伴う株式売り出しによるものを含む。)が実現できないという事態が生じる。
投資家サイドにおいても、景気後退期においては、自らの財務的な健全性のために、投資ファンドの持分を現金化したいニーズ、又は投資ファンドに対するさらなる出資を避けたいというニーズが生じる。
このように、景気後退期においては投資ファンドを取り巻く状況に大きな変化が生じ、これに伴って投資ファンドに関連して様々な論点が生じるが、以下では、投資事業有限責任組合やLimited Partnershipなどの組合型のファンドを前提として、重要な論点について概要を整理する。
投資ファンドはそれぞれ投資方針を有するが、景気後退により、投資方針を変更するニーズが生じることがある。即ち、景気後退期においては、投資機会発掘の面では、企業の将来成長に期待するような投資機会は減少し、他方で企業の事業再生に期待するような投資機会が増えるなど、投資ファンドに期待される役割に変容が生じてくる。また、ファンドの投資先企業に資金ニーズがあり、追加出資を実行しようとする場合にも、リスク分散の観点から、1つの投資先企業に対する出資額の上限が問題になることがある。
ファンドの運営方針を変更しようとする場合には、まず、それがファンド契約上で許されているかを検討する必要がある。多くのファンド契約においては、ファンド運営者(投資事業有限責任組合であれば無限責任組合員、Limited PartnershipであればGeneral Partner)には投資方針や投資ガイドラインを遵守する義務が課されているが、そのような場合には、運営方針変更のためにファンド契約の変更が必要となる。この点、投資に関する基準についてファンド契約に組み込まれている場合でも、「原則として」と例外を許容する書き方がされていることがあるが、どの範囲で例外を許容する趣旨であるかについては関係者間で理解が異なっている可能性があり、許容される例外に該当するか否かを確定するためには、契約締結時における当事者の合意内容がどのようなものであったかを検討する必要がある。そして、景気後退期においては、ファンド運営者とファンド投資家(投資事業有限責任組合であれば有限責任組合員、Limited PartnershipであればLimited Partner)の利害は一致しないことが多いことからすると、ファンド運営者としては、契約締結時のみならず、運営方針変更の判断をする時点におけるファンド投資家の期待をも含めて、慎重に検討することが望ましい。
投資方針や投資ガイドラインがファンド契約に組み込まれていない場合には、ファンド運営者にはファンドの運営方針について広い裁量が認められるが、これらがファンドの勧誘資料に記載されていた場合には、ファンド投資家へのファンド持分の取得勧誘時における説明が不正確なものではなかったかが問題となり得る。また、変更することがファンド投資家に対する善管注意義務・忠実義務・信認義務に違反するものではないかも問題となり得る。
また、経済環境の変動によって投資機会の拡大が見込まれる場合や投資先企業に対する追加出資を行うニーズがある場合には、ファンドのサイズを大きくすることも検討され得る。ファンド投資家の出資約束金額(Capital Commitment)を増額することや新規にファンド投資家を追加することは、仮にファンド契約によって許容されていなくとも、ファンド契約を事後的に修正することによって随時実行することは可能である。もっとも、それが適切な判断か、別の新規ファンドを組成すべきではないかが問題となるため、既存のファンド投資家の同意を得るのは容易ではない。また、ファンド投資家の出資約束金額の増額や新規投資家の追加がファンド投資家の同意を得て実行可能になったとしても、それはファンド持分の新しい募集となるため、各種の規制法規により、届出その他の手続が必要となる可能性がある。したがって、これらの実行前には適用ある法規制についても確認が必要となる。
景気後退期において、ファンド投資家が投資ファンドに魅力を感じなくなった場合やファンド投資家が持分を現金化したい場合、当該投資ファンドからエグジットする方法としては、ファンド持分を第三者に売却することが考えられる。この方法によるエグジットが可能となるには、購入を希望する者が存在すること及び購入を希望する者と売買価格について合意できることが大前提となる。加えて、ファンド契約上又は法令上、ファンド持分の譲渡先に制限が設けられていることが多く、その制限の範囲内で購入希望者を探す必要があることにも注意が必要である。さらに、ファンド契約上、譲渡についてファンド運営者の承諾が必要とされていることが多いため、ファンド運営者の承諾を得られるかも問題となる。
以上をクリアして、ファンド持分の購入希望者が見つかり、売買価格について合意できた場合、売買当事者間で譲渡契約を締結することになるが、この場合には、ファンドに対する権利義務の帰属について明確に合意することが必要となる。ファンド持分の売買の実行までの間にファンドがファンド投資家に対して出資を求める(キャピタルコールを行う)場合やファンドが資産を処分して投資家に手取金を分配した場合等ではファンド持分の価値が大きく変動することになるため、売却価格の算定の基礎とした状況をベースとして、変動がある場合における調整又は精算条項を定めておく必要がある。
なお、ファンド持分の売却に関して、ファンド投資家がファンド運営者に対して購入希望者の探索など助力を求めることもあるが、他者のファンド持分の売買の成立のために尽力する行為は、ファンド持分の売買の「媒介」として第二種金融商品取引業に該当し、金融商品取引業者としての登録が必要となり得る。そのため、第二種金融商品取引業を行う金融商品取引業者としての登録を行っていないファンド運営者は、自らの行為がファンド持分の売買の「媒介」に該当しないよう留意する必要がある。
景気後退期において、ファンド投資家がファンドに魅力を感じなくなった場合やファンド投資家が持分を現金化したい場合における他の選択肢として、ファンドから脱退して出資した資金の償還を受けることができないかが問題となる。
投資ファンドからの脱退の可否はファンド契約において定められているが、多くのファンドでは、極めて限定された場合にのみ脱退を認めている。ファンド運営者の同意があればファンドから脱退できるとする契約も存在するが、流動性の低い資産に投資するファンドの場合には、ファンド資産の売却は容易ではなく、ファンドが脱退者に支払うだけの現金を持っている場合を除き、ファンド投資家への払戻しは困難であることから、特に景気後退期においては、ファンド投資家の脱退についてファンド運営者の同意が得られない、又はファンド資産の売却まで払戻しを受けることができないケースが多くなるものと見込まれる。
もっとも、「やむを得ない」場合には組合から脱退できるとする民法678条2項は当事者の合意によって変更することができない強行法規であると解されており(最判平成11年2月23日民集第53巻2号193頁)、これは「やむを得ない場合を除いて、組合を脱退することができない。」とする投資事業有限責任組合契約法11条にも妥当すると考えられる。したがって、民法上の組合や投資事業有限責任組合においては、「やむを得ない」場合には投資ファンドから脱退することができ、例えば、多数決によって決まったファンドの方針変更が少数のファンド投資家に著しい不利益を与えるものである場合には、脱退が認められる可能性がある。しかしながら、どのような場合に「やむを得ない」と解釈されるかについて判例・裁判例の蓄積があるわけではなく、他者の脱退によって影響を受ける他のファンド投資家とのバランスから判定されることになると考えられるため、「やむを得ない」であるとして脱退が認められる範囲は限定的なものになると解される。
景気の悪化によってベンチャー投資ができる状況にないなど環境の変化によって投資ファンドの新規投資が期待できない場合やファンド投資家の財政状態によってファンドに対する新規出資を止めたい場合には、出資約束金額(Capital Commitment)の減額も問題となる。ファンド運営者が受領する管理報酬(Management Fee)は出資約束金額を基準にしていることも多いため、出資約束金額の減額は管理報酬を減らす効果も持つ。
出資約束金額の減額の可否はファンド契約に従うこととなるが、投資活動が思うように進まない場合に備えて出資約束金額の減額に関する規定が設けられることがある。経済産業省の公表する投資事業有限責任組合契約のモデル契約においても、一定の判定時期において投資が進んでいない場合には有限責任組合員が出資約束金額の減額を求めることができるとしている。
ファンド契約に出資約束金額の減額に関する規定がない場合や規定があっても適切に利用できない場合には、ファンド契約の当事者間の合意によってファンド契約を変更して出資約束金額を減額することが考えられる。多くのファンド契約において契約変更にはファンド運営者の合意が必要とされており、当該ファンドのことだけを考えるとファンド運営者が出資約束金額の減額を受け入れるメリットはほとんどないが、ファンド運営者としても景気回復後のファンド組成を考えるとファンド投資家の要請を真摯に検討する必要があり、ファンド運営者とファンド投資家の交渉によって出資約束金額の減額が決まることとなる。
なお、出資約束金額の減額により、ファンドに出資されている出資履行金額(Contributed Amount)よりも少ない金額を出資約束金額とすることも法的には不可能ではないが、出資履行金額が出資約束金額を上回る部分についてはファンド投資家に対する払戻しが必要となり、一部のファンド資産の処分を強いられることになることから、ファンド運営者及びファンド投資家の双方にとって望ましくない結果となることが多いと考えられる。
ファンドを取り巻く環境の変化によってファンド運営者が不適任であると判断される場合には、ファンド運営者の交替が検討されることがある。例えば、経済状況の変動によって十分な投資機会の発掘ができなくなった場合や、ファンド運営者に景気後退期において必要となる事業再生に関するスキルが足りていない場合には、ファンド投資家からファンド運営者を交替させたいとの希望が出る場合がある。
ファンド運営者の交替に関するルールは基本的にファンド契約の規定に従うが、ファンド運営者に帰責事由がある場合だけでなく、そのような理由がない場合もファンド投資家の多数決によってファンド運営者を解任できると定められていることがある。このような規定がない場合には、当事者間の合意が必要となるが、ファンド運営者が自らの交替に同意する可能性は低い。
新しいファンド運営者を連れてくるためにはその者に十分な報酬を支払う必要があるが、ファンド契約にファンド運営者の交替に関する規定がある場合、この点については元のファンド運営者に有利に設定されていることが多い。具体的には、元のファンド運営者が投資した案件についての報酬又はキャリード・インタレスト(carried interest)は元のファンド運営者が受領できるものとしている例などがある。このような規定がある場合、新しいファンド運営者を連れてくることは難しく、新たなファンド運営者に対して追加的な報酬を与えて引き受けてもらうことなどが検討されることとなる。
経済環境の変化によってファンドが思うように運営できない場合、ファンドを解散することも選択肢となる。ファンドの解散は、ファンド運営者及びファンド投資家の全員の同意によって行うことができるほか、ファンド契約によっては、多数決で解散を決定できる場合もある。例えば、経済産業省の公表する投資事業有限責任組合契約のモデル契約においては、「無限責任組合員が、総有限責任組合員の出資口数の合計の[ ]分の[ ]以上に相当する出資口数を有する有限責任組合員の同意を得た上、本組合が第5条に定める本組合の事業の目的を達成し又は達成することが不能に至ったと決定したこと」が解散事由とされている。また、ファンド運営者を解任した上で期限内に後任のファンド運営者を選任できなかった場合も解散事由とされている。
ファンドが解散となった場合には清算が必要となるが、投資対象の有価証券を換価しようにも、経済環境が良くない場合には換価は容易ではなく、換価できたとしても低廉な価格での換価となることは避けがたい。この点、ファンド契約において清算時の現物分配を認めるものも多いが、現物分配が望ましいか、あるいは低廉な価格であっても有価証券を換価した上で金銭で分配することが望ましいかについては、難しい判断が必要となる。ファンド契約により清算人に現物分配を行う権利が与えられている場合、ファンド投資家としては現物分配を拒むことはできないため、清算人と別途合意することによってのみ、金銭で分配を受けることが可能となる。この場合、清算人としては不利な経済環境の中での換価を強いられるため、有価証券等の換価に際しての価格の適切性に関する免責など、清算人の換価に関する責任を限定する合意がなされることが多い。
ファンド契約の変更等に際しては、ファンド投資家の意思の結集が必要となるほか、契約外においても、ファンド運営者に一定の働きかけを行うためには、ファンド投資家の意思の結集が必要となる。かかる意思の結集のためにはファンド投資家間における意思疎通が必要になるため、他のファンド投資家が誰であるかを特定する必要がある。この点、投資事業有限責任組合の場合には、契約当事者の名称は契約書に記載されるため、ファンド投資家は他のファンド投資家が誰であるかを相互に把握することができるが、海外のファンドには、他のファンド投資家が誰であるかを投資家には開示しないものもある。その場合、ファンド投資家としてはファンド運営者に対して開示を求める必要があり、ファンド契約に基づく情報開示権により開示を求めることができないかを検討することとなる。他方、ファンド運営者としても、ファンド契約上開示が明示的に認められていない場合には、他のファンド投資家との関係で法令又は契約により開示が禁止されることになるのかにつき、慎重に検討することが必要となる。
上記の各対応を行う場合、ファンド又はファンド運営者に関する許認可上の手続きが必要となる可能性がある。例えば、適格機関投資家等特例業務として行っているファンドの場合には届出事項に変更がある場合には変更届が必要となるほか(金商法63条8項)、適格機関投資家等特例業務届出者の地位を承継した者は届出が求められる(金商法63条の2第2項)。また、ファンドの投資家に特定投資家以外の投資家がいる場合、契約変更に際して契約締結時交付書面又は契約変更書面の交付(金商法37条の3)が必要とされないかも問題となる。さらに、投資事業有限責任組合であれば変更登記の要否も確認する必要がある(投資事業有限責任組合契約法18条)。
景気後退期においては、経済状況の変動に伴ってファンド運営者及びファンド投資家がそれぞれ置かれた状況に大きな変化が生じる。そして、かかる状況変化に対してファンドがどのような対応をするかで、当事者間で利害の対立が生じ得る。この点、あらかじめファンド契約において利害調整に関する規定が定められていれば、その規定によって対処することが可能であるが、ファンド契約の規定では適切に対処できないことも多く、実際には、ファンド運営者及びファンド投資家の間での協議が求められることも多い。かかる協議は1対1で行われるものではなく、多数の当事者間における協議が必要となるほか、景気回復後にはどのように対処するかも見据えてなされる必要がある。そのためには、リーマンショック時になされた対応等、過去の経験や他のファンドにおける動向なども踏まえ、大局観を持って協議を行うことが欠かせないと思われる。
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