2020年05月20日
西村あさひ法律事務所
髙橋 洋行
足下では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡がりにより世界規模で経済活動の停滞が継続しており、我が国においても収束の兆しは見えていない。経済活動の停滞による「需要の蒸発」やサプライチェーンの途絶等は、様々な事業者の事業活動、資金繰り、財務状況等に多大な影響を及ぼしており、これをうけ、民間金融機関・政府系金融機関は一丸となって、COVID-19の影響を受けた事業者に対する様々な資金繰り支援を行っている。すなわち、各民間金融機関は、COVID-19の影響による資金需要(予防的なものも含む)や返済条件の変更等に対応すべく、コミットメントラインの設定や優遇金利による長期貸付け(注1)を積極的に行うのみならず、融資条件変更手数料の免除、輸入信用状(L/C)・為替予約の延長に係る手数料の免除等、平時とは異なる特別な対応を実施するところもみられる。
また、政府系金融機関においては、利子補給による一定期間の実質無利子貸付やセーフティネット貸付、危機対応業務としての貸付等、信用保証協会においては、(通常の保証と別枠の)セーフティネット保証(4号・5号(注2))及び危機関連保証の設定、信用保証付融資における保証料・利子減免、信用保証付既往債務の制度融資を活用した実質無利子融資への借換等の資金繰り支援策を進めている(注3)。
さらに、全国銀行協会は、COVID-19の影響によって、資金不足により不渡となった手形・小切手について不渡報告への掲載・取引停止処分を猶予すること等(注4)の東日本大震災以来の特別措置をとることとした。
加えて、中小企業再生支援協議会は、最近1ヶ月の売上高が前年又は前々年の同期と比較して5%以上減少した者等を対象企業の目安として、今後6ヶ月間の資金繰りの見通しが認められることや相談企業の元金返済猶予の要請を行うことが事業改善に向けて有用であると判断した場合等に、1年間の資金繰り計画策定や政府系金融機関及び民間金融機関からのニューマネーの調達を後押しする制度を創設した(注5)。
これらの対応・施策により、足下の資金繰り破綻を回避するとともに、当面(1年程度)の元本弁済猶予の支援を受けられる事業者は相当数にのぼるものと思われるし、期待されるところである。
もっとも、基本的に、国(経済産業省)が進める持続化給付金(上限:中小企業200万円、個人事業100万円)や雇用調整助成金等の各種助成金を除けば、つなぎ資金は事業者においては借入等の債務の増加を伴うものであり、事業の先行き次第では、財務状況の悪化を招くおそれも否定できないところである。今後の事業再生実務はどのように展開されていくであろうか。
今後、COVID-19が収束し、事業者の収益力がV字回復の上、安定的に推移した場合には、今般の資金繰り支援が所期の目的を達することになる。その一方で、とりわけCOVID-19の影響を受ける以前から収益力が低下している事業者にあっては、回復ペースが穏やかにとどまり、その結果、資本の毀損が生じるないし進むケースも想定される。換言すれば、COVID-19の影響により、事業再生が必要となる段階が上がる事業者の増加が想定され得るということである。もとより、COVID-19以前から既に事業再生が必要な段階にある事業者にあっては、COVID-19収束後もさらなる収益力の低下に陥るおそれもあろう。
資本の毀損に対しては、中長期的な事業の正常収益力が一定程度見込める場合には、追加出資や資本性ローンを受ける、売却益の見込める遊休資産や優良事業を売却する等の方策により対応可能な事業者もあろうが、事業の正常収益力の見込みが不透明であったり、変動要素が多かったりする場合には、債務の一部免除や資本性ローンへの転換等を伴う、債務の抜本的なリストラクチャリングが必要になるケースも生じるであろう。
そのようなケースでは、取引金融機関の理解を得られる自主再建計画を策定することが困難な事業者について、新たなスポンサーのもとでの事業再建が求められることも多々あり得る。ただ、経済環境の回復が弱い場合には、スポンサーの候補者自体が減る(場合によっては候補者が出てこない)、スポンサーが支援する事業対象を厳選する、スポンサーによる支援額が保守的に見積られ低額となるといった可能性が高まるであろうし(それ故、経済環境の回復状況を見定めるまでリスケジュールを行うというケースや長期の自主再建計画が合意されるケースも考え得る。)、とりわけ法的再建手続による事業再建を図る場合には、取引先の連鎖倒産のおそれに加え、法的再建手続開始に伴う相応の事業価値の毀損が織り込まれるため、債権者の債権回収(経済合理性)の観点からは、より一層厳しい結果となる事態が懸念される。
株主や取引金融機関或いは(経営権の取得及び将来の投資リターンに関心をもつ)ファンド等にとっては、事業性の目利き力が問われる場面であるが、取引金融機関をはじめとする大口債権者にとっては、より厳しい弁済計画・配当が想定される法的倒産手続ではなく、私的整理手続による事業再生(事業承継)を積極的に検討すべき必要性・合理性が一層高まることが考えられる。
もっとも、私的整理手続を進める時間的猶予もなく破綻するケースや事業譲渡なり会社分割により事業を移転の上、破産手続で処理せざるを得ないケースが増加する可能性もあり、取引金融機関においては、事業者の資金繰り状況についてのきめ細やかなモニタリング及び抜本的な事業再生について適時迅速に判断する力が一層重要となってこよう。
私的整理手続による事業再生といっても、債権者に対して既存債務のリスケジュールを依頼するものから、一部債務の免除依頼を伴うものまで、その内容は様々であり、事業規模・内容等に照らし手法も様々である。もっとも、債務免除依頼を伴う抜本的な事業再生に際しては、支援依頼を受ける債権者の納得性の観点から、大規模・中堅規模の事業者については事業再生ADR、中堅規模から中小企業については中小企業再生支援協議会や簡易裁判所による特定調停手続といった第三者機関を介して進めることが実効的な選択肢となっているのが実務の現状である。なお、実務上、多用されているいわゆる第二会社方式(継続事業を新たな法人ないしスポンサー法人に事業譲渡・会社分割により承継させ、もとの事業者の法人を(特別)清算する手法)によらず、事業者の既存法人に対する直接的な債務免除・Debt Equity Swap等による事業再生を図る場合には、企業再生税制等による当該債務免除等に伴う債務免除益課税への対応が必要となるほか、金融支援の内容に公的な制度融資に係る債務免除や債権の不等価譲渡を伴う場合には都道府県の議会又は知事の承認が必要となり得、実務上、非常に高いハードルを超える必要がある(注6)。制度融資を含む今般のCOVID-19に関連する資金繰り支援も、将来の事業再生のスキーム選択に一定の影響を与える可能性がある。
このような抜本的な事業再生時のスキーム選択に関しては、新たな動きがある。すなわち、東京地方裁判所(注7)では、本年4月1日から、企業の私的整理に関する特定調停について、
等を対象に、調査事項を限定する等して迅速かつ低コストで、必要に応じて、調停に代わる決定(民事調停法第17条)を積極的に活用する等を内容とする新たな運用を開始するとしている(注8)。なお、他の準則型私的整理手続と同様、この新たな運用においても、企業の経営者等の個人の保証債務の取扱いについて経営者保証に関するガイドライン(平成25年12月公表)に則った特定調停を進めることとされている。
足下ではCOVID-19の影響で裁判所の運営に制限がみられるものの、上記特定調停は、公正性及び透明性の確保された公的な第三者機関である裁判所による非公開の倒産処理手続であり、事業価値の毀損を回避することが可能となり得、また、東京地方裁判所は新たな運用にあたり当事者の合意を基礎としつつ、企業を取り巻く状況に柔軟に対応する旨を表明しており、今後、事業再生の有力な選択肢となる可能性がある。
なお、現段階で詳細は明らかではないが、政府は、COVID-19の影響をうけた全国の中堅企業の経営支援に、官民ファンドである株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)を活用する検討に入ったとのことであり、近年その再生支援業務の運用を抑制してきた同機構による私的整理手続の活用も選択肢になってくる可能性がある。とりわけ、同機構は、一般に私的整理手続の難易度が高いとされる地方公共団体が対象債権者に含まれる私的整理案件や医療法人等に係る事業再生の実績(注9)を蓄積しており、今後の検討の行く末が注視される。
本年4月1日に、(既に施行されている一部のものを除く)改正民法が施行され、譲渡制限特約付債権の譲渡が原則有効とされた。これにより、改正前民法下において、私的整理手続の実務上、債権者の担保対象外と扱われていた譲渡禁止特約付債権(債務者の承諾を得ていない債権の譲渡は無効と解されていた)についても、本年4月1日以降に債権譲渡担保契約等が締結されたもの(注10)については担保対象として担保価値が評価されることとなろう。なお、破産手続(注11)において当該債権の譲受人が債務者に当該債権の全額に相当する金銭を供託させることが可能となったこと(民法第466条の3)は担保価値や清算価値を考えるにあたり重要な点となろう。
また、事業に係る債務についての保証契約の特則(民法第465条の6から465条の10まで)が定められ、保証人となろうとする一定の個人について、保証意思宣明公正証書の作成がない場合の(根)保証契約が認められないこととなった(注12)。もっとも、一般の中小企業における個人保証は、例外的に保証意思宣明公正証書を不要とされる、経営者(取締役等)ないし過半数の議決権を有するオーナーであることが多く、実務上の影響は大きいものではないと思われるが、なかには、経営者でもなく事業にも関係のない第三者が保証人とされる保証契約もいまだに散見されるため、事業者の主債務と保証人の保証債務の一体整理を図る案件に際しては保証契約の有効性も確認事項になってこよう。
足下では先ずもってCOVID-19の影響による事業者への資金繰り支援が重要であるが、早晩、抜本的な債務のリスラクチャリングの必要性に直面する事業者もでてこようし、廃業支援が必要となる事業者も増加するであろう。対する金融機関においては、長期化が見込まれるCOVID-19の影響を踏まえた取引先の与信管理・引当て等の困難な対応に加え、事業再生/承継・廃業支援の見極めも求められることになる。フィンテック企業の金融業への進出の動
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