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違憲判例の刑事訴訟記録9件中8件廃棄 法務省が改善検討チームを設置

奥山 俊宏

 戦後の最高裁大法廷で違憲の判断が下された刑事裁判9件のうち8件で訴訟記録が廃棄されるなど重要な訴訟記録の保存に漏れがあることがわかり、法務省は、「刑事参考記録の指定の在り方に関するプロジェクトチーム」を設けて改善の検討を進めている。記録を原則として永久に保存する「刑事参考記録」の制度があるのに、『憲法判例百選Ⅰ・Ⅱ(第6版)』(有斐閣)に掲載された刑事裁判88件のうち訴訟記録が刑事参考記録となっているのは23件だけで、刑法の尊属殺重罰規定を違憲・無効とした裁判を含む63件で訴訟記録が廃棄されていた。

拡大法務省=東京都千代田区霞が関
 刑事裁判の訴訟記録は、公判の調書、証言速記録、証拠書類、起訴状、冒頭陳述、弁論、論告などの書面を綴じる形で裁判所によって作成され、訴訟係属中は裁判所によって保管される。確定後は、一審の裁判所に対応する検察庁、たいてい地方検察庁に引き継がれ、そこで保管される。判決など裁判書は、刑の重さに応じて100年(死刑や無期)、50年(有期の懲役・禁錮)、20年(罰金刑など)と長めの保管期間が定められているが、判決書を除いた訴訟記録の保管期間は、

  • 死刑や無期懲役だと50年(無罪の場合だと15年)、
  • 10年以上20年以下の懲役・禁錮だと20年、
  • 5年以上10年未満の懲役・禁錮だと10年、
  • 執行猶予のついた裁判の訴訟記録は8年、
  • 5年未満の懲役・禁錮だと5年(有期の懲役・禁錮にあたる罪で無罪になった場合は5年)、
  • 罰金刑は3年(無罪の場合でも3年)

というように判決書より短くなっている(注1) 。ただし、この保管期間が満了となった後も、「刑事法制及びその運用並びに犯罪に関する調査研究の重要な参考資料」については、「これを刑事参考記録として保存するものとする」とのルールになっている(注2) 。いったん刑事参考記録に指定されると、国立公文書館との協議を経なければ解除できず、原則として永久に保存されることになる。

 刑事参考記録に指定されるのは、具体的には、法務省刑事局長の通達により、

  • 死刑に処する裁判により終結した被告事件
  • 国政を揺るがせた犯罪に関わる被告事件
  • 犯罪史上顕著な犯罪にかかる被告事件
  • 重要な判例となった裁判がなされた被告事件など法令の解釈適用上特に参考となる被告事件
  • 無罪の裁判により終結した被告事件のうち重要なもの
  • 全国的に社会の耳目を集めた犯罪に係わる被告事件であって特に重要なもの

ということになっている。

 ところが、昨年、法務省刑事局が、重要な判例の抜粋を集めた『憲法判例百選(第6版)Ⅰ・Ⅱ』(有斐閣)に掲載されている刑事事件88件について記録の存否を調べ、12月25日付でその結果をとりまとめたところ、刑事参考記録に指定されていたのは23件だけだった。ほかに、検察官が特に必要があると認めた特別処分などで保管されていたのが1件、保管期間内の記録が1件あった。全体の7割あまりにあたる残りの63件の記録が廃棄済みだった。

 最高裁大法廷で違憲の判決が下された刑事訴訟9件について調べると、このうち8件で訴訟記録が廃棄されていた。保存されていたのは、「憲法の迅速な裁判の保障条項によつてまもられるべき被告人の諸利益が実質的に侵害された」として被告人を免訴とする判決が1972年12月20日に言い渡された高田事件の訴訟記録だけだった。

 民事訴訟記録については一審の裁判所が保存することになっており、法務省に先行して昨年(2019年)9月17日、最高裁判所の事務総局が全国の裁判所での記録の保存状況を調べ、その結果をとりまとめた。それによれば、『憲法判例百選(第6版)Ⅰ・Ⅱ』に掲載されている民事訴訟など134件のうち87%にあたる117件の記録が廃棄済みだった。戦後の最高裁大法廷で違憲の判決や決定が下された民事訴訟12件のうち、保存されていたのは3件だけで、薬事法距離制限訴訟や森林法違憲訴訟、愛媛玉串料訴訟など2008年以前の9件で記録が廃棄されていた(注3) 。この問題が昨年(2019年)11月15日の衆院法務委員会で山尾志桜里議員によって取り上げられ、それをきっかけに、法務省も、同様に刑事訴訟記録の保存・廃棄の状況を調べることになった。

■法務省「問題点があれば改善を図る」

拡大2.26事件の軍法会議の訴訟記録は廃棄を免れ、2016年10月に国立公文書館に移管された。2017年8月に目録が公開され、記録の公開が進みつつある
 もともと、法務省では2018年4月17日、福田政権で初代公文書管理担当相を務めた経験のある上川陽子法相(当時)が中心となって、山下貴司・法務大臣政務官、政策立案総括審議官、各局総務課長らを構成員として「公文書管理・電子決裁推進に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、そこで刑事参考記録を含む刑事裁判記録の保管のあり方について検討(注4) 。その結果、同年9月、刑事参考記録のリストを作成し、開示する方針を決定した(注5) 。従来、何が刑事参考記録に指定されているのか、そのリストが公表されたことはなく、情報公開法に基づく請求にも法務省は非開示で押し通していたが(注6) 、その姿勢を転換した。そして、昨年(2019年)12月25日、実際に764件の刑事参考記録のリストが法務省のウェブサイトに掲載され、初めて公表された(注7)

 そのリストによれば、三鷹事件、二重煙突事件、チャタレー事件、「暁に祈る」事件(東京地検)、菅生事件(大分地検)、平事件、松川事件(福島地検)、砂川事件、造船疑獄(東京地検)、恵庭事件(札幌地検)、東京中央郵便局事件(東京地検)、佐賀教組事件(佐賀地検)、全農林警職法事件(東京地検)、ポポロ事件(東京地検)、猿払事件、旭川学力テスト事件(旭川地検)、外務省秘密漏えい事件(東京地検)、石油カルテル事件(東京高検)、免田事件(熊本地検)、ロッキード事件、佐川急便事件、リクルート事件、ゼネコン汚職事件政界ルート、薬害エイズ事件(東京地検)、横浜事件(横浜地検)などの著名事件や明治時代に死刑が確定した事件の訴訟記録が刑事参考記録として保存されている。しかし、東京協和、安全の2信組事件、日本長期信用銀行事件、日本債券信用銀行事件(東京地検)の記録はリストに見当たらず、東京地検の記録担当によれば、いずれも廃棄済みだった。このほか、不当に長い拘禁の後の自白を有罪の証拠とした下級審判決を違憲・違法として破棄した最高裁判決(1948年7月19日)や、告知、弁解、防御の機会を与えるべきことの定めのない関税法の規定によって第三者の所有物を没収する下級審判決を違憲として破棄した最高裁判決(1962年11月28日)など、多くの憲法判例の訴訟記録が廃棄されていた。

 法務省刑事局総務課の担当官によると、この刑事参考記録のリストなどを作成する過程で、記録の保管・保存の状況が明らかになり、それを受けて、刑事参考記録の「指定」のあり方について検討を開始することにした。情報公開法に基づき法務省が開示した文書によれば、「刑事裁判記録の保管・保存状況を踏まえ、刑事参考記録の指定の在り方について検討を行い、問題点があれば改善を図る」のを目的として、昨年(2019年)12月25日付で刑事局総務課の企画調査室長、刑事局付、法務専門官らを構成員として「刑事参考記録の指定の在り方に関するプロジェクトチーム」を発足させた。5月17日時点で、担当官によれば、「鋭意検討中」だという。

 刑事参考記録をめぐっては、2018年9月28日の記者会見で、上川法相(当時)は、「刑事裁判記録の中にも歴史資料として重要な『歴史公文書等』に該当し得るものもあります。そうしたものについては、確実に保存し、そして将来の世代に受け継いでいくことが必要である」と述べている。森雅子法相は昨年11月15日の衆院法務委員会で、「裁判記録、刑事参考記録の意義の重さについては重々承知をしております」と答弁している(注8)

 法曹関係者からも刑事訴訟記録の保存の運用を是正するよう求める声が上がっている。喜田村洋一弁護士らが代表理事を務める公益社団法人自由人権協会は、今年(2020年)1月28日に発表した意見書の中で、裁判所の観点から永久保存に値すると評価した刑事事件記録について、最高裁から保管担当検察官に保存を求める意見を伝える制度をつくるよう提言した(注9) 。新潟県弁護士会(当時、斎藤裕会長)は2月12日に「歴史的意義を持つ刑事確定訴訟記録の適切な保管を求める意見書」を発表し、①法務省は、刑事確定訴訟記録について、近現代史や刑事法制又は犯罪の研究者、弁護士らの有識者から組織される審議会を設置し、どの記録を刑事参考記録とすべきか否かについての基準の作成や当てはめについて審議・監督させるべき、②各地検は歴史的意義のある治安維持法違反被告事件、不敬罪違反被告事件など政治犯罪、物価統制に関わる経済犯罪などについての刑事確定訴訟記録を国立公文書館に移管すべきである――と提案している(注10)

 ▽注1:刑事確定訴訟記録法2条2項。https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/viewContents?lawId=362AC0000000064_20160601_425AC0000000049#101

 ▽注2:刑事確定訴訟記録法9条。https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/viewContents?lawId=362AC0000000064_20160601_425AC0000000049#42

 ▽注3https://webronza.asahi.com/judiciary/data/2719112800002.htmlhttps://webronza.asahi.com/judiciary/articles/2719112800001.html

 ▽注4http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_01005.html

 ▽注5http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_01050.html

 ▽注6https://www.soumu.go.jp/main_content/000576781.pdf

 ▽注7http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji02_00001.html

 ▽注8https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120005206X00820191115&spkNum=117&single

 ▽注9http://jclu.org/news/%e6%9c%80%e9%ab%98%e8%a3%81%e5%88%a4%e6%89%80%e3%81%ab%e3%80%8c%e8%a3%81%e5%88%a4%e8%a8%98%e9%8c%b2%e3%81%ae%e4%bf%9d%e5%ad%98%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e6%84%8f%e8%a6%8b%e6%9b%b8%e3%80%8d/

 ▽注10: https://www.niigata-bengo.or.jp/20200212%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e7%9a%84%e6%84%8f%e7%be%a9%e3%82%92%e6%8c%81%e3%81%a4%e5%88%91%e4%ba%8b%e7%a2%ba%e5%ae%9a%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e8%a8%98%e9%8c%b2%e3%81%ae%e9%81%a9%e5%88%87%e3%81%aa%e4%bf%9d/

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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