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企業の持続的成長か短期利益か 欧州でのアクティビスト・ファンド規制

菅 悠人

欧州における企業の持続的成長とアクティビスト・ファンドの活動
  ~フランスにおける最近の動向を中心に~

  

弁護士・フランス共和国弁護士・NY州弁護士
菅 悠人

菅 悠人(すが・ゆうじん)
 2009年弁護士登録。2008年東京大学法科大学院卒業。2016年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2017年パリ第二大学修士課程卒業(LL.M. de droit français, européen et international des affaires)。2017年フランス・パリ弁護士会登録、2018年ニューヨーク州弁護士登録。2017年より2018年までウィルマーヘイル法律事務所(ロンドンおよびブリュッセルオフィス)へ出向。
 欧州の会社法制は、短期的利益の追求から、企業の持続的成長を保護する方向へと発展してきている。近時においても、上場会社の株主の権利について定めた欧州連合の株主権利指令(Shareholders Rights Directive)(注1)の改正が2017年に成立するなどの動きがみられる(注2)。SRD Ⅱの名前でも知られるこの改正は、リーマン・ショックにおいて、短期的に大きな利益とリスクテイクを求めるいわゆるショートターミズムが金融危機を引き起こしたとの反省に基づき、行き過ぎた短期的利益の追求は弊害をもたらすことの方が多いという観点から、株主や取締役が会社の中長期的な利益を追求するよう動機付ける内容になっている。特に、この改正により、欧州の上場会社は、一定の割合を超えて上場会社の株式を保有する株主について、上場会社から株主に関する情報を取得する権利を有すると定められた点が注目される(注3)。かかる権利は、株主による敵対的買収やアクティビスト活動に対する上場会社側の防衛ツールとしても利用される余地があると解される。

 他方で、欧州の会社法制や規制当局がアクティビスト・ファンドの活動に対して一概に否定的な態度を示しているわけではない。むしろ、フランスにおいてはアクティビスト・ファンドの活動は増加傾向にあるともいわれ、2019年にはかかる活動に前年比で75%の増加が見られたとの報告もある。持続的成長の重視は短期的に大きな利益を生み出す態様の取引を規制することにつながるものの、そのこと自体は、株主が会社の経営に対して積極的な提言をすることを否定するものではない。

 とはいえ、アクティビスト・ファンドの活動による経営効率化の可能性を受け入れつつも、アクティビストが短期的に大きな利益を得ようとする活動は規制するという欧州の発想は、二律背反とはいえないまでも、両者のアウフヘーベン(止揚)は容易に実現できるものでないことも確かである。この点については、欧州の立法者や規制当局も手探りで実務を進めているというのが実態に近い。以下では、最近のフランスにおいて、①金融規制当局である金融市場庁(Autorité des marchés financiers)が最近公表した株主アクティビズムに関する報告書の内容と、②金融市場庁が世界的なアクティビスト・ファンドであるエリオット・マネジメント(Eliott Management Corporation)のグループ企業に対して制裁金を課した事例について紹介する。

1 金融市場庁による株主アクティビズムに関する報告書

 フランスの金融市場庁は、近時の動向を踏まえて、株主アクティビズムに関する提言を盛り込んだ報告書(以下「本報告書」という)を2020年4月28日に公表した(注4)。金融市場庁は、長年、会社経営陣への提言や買収を活発化させるアクティビスト側と、アクティビストからの防衛を試みる会社経営陣側の間で板挟みになる形で、株主アクティビズムに関する立場を明らかにしてこなかったといわれている。しかしながら、本報告書では、欧州における持続的成長重視の潮流を考慮し、また、フランスにおいて積極的な株主行動が増加傾向にあることを受けて、フランスにおけるアクティビスト・ファンドの活動に制約を課す方向で、以下のような提言がなされている。

 (1)大量保有の報告を義務付ける閾値の引き下げ

 本報告書において、金融市場庁は、アクティビスト側の活動の透明性を高めることを目的として、現在フランスにおいては5%に設定されている大量保有報告に係る法令上の閾値を、3%程度にまで引き下げることを提案している。また、上場会社の定款において、株主が一定割合以上の株式を保有するに至った場合には当該上場会社にその旨を通知することが義務付けられている場合(通常、定款でかかる通知義務が定められる場合には、そのトリガー割合としては、法令上の閾値である5%よりも低い割合が定められることが多い)、上場会社は、かかる通知を株主から受領した場合にはこれを公表すべきとしている。加えて、報告の際に提出すべき事項についても、プット・コールオプションの保有の有無なども含めて報告させることで、報告内容を充実させるべきとの指摘もなされている。

 (2)株主と会社の対話の促進

 本報告書では、株主と会社との間で透明性のある態様で定期的に行われる開かれた対話は、過剰なアクティビスト活動による弊害を防止する効果を持つとされた上で、株主と会社との適切な対話を促進する立場が示されている。その上で、会社側が、少数株主も効果的に参加できるような対話の場を設けることが推奨されるとしている。また、アクティビストによるいわゆる「キャンペーン」が開始された場合でも、会社とアクティビストそれぞれの議論の内容は公開されるべきで、双方に十分な反論の機会が与えられるべきであるとされ、会社はインサイダー規制や相場操縦規制に反しない範囲で必要な情報を市場に提供できるものとされている。

 (3)ショート・ポジションについての報告義務の強化

 現在、欧州レベルでは、EU法に基づいて、一定割合以上のショート・ポジション(空売りポジション)を保有する者は、これを規制当局に報告することが義務付けられているが、本報告書では、かかる報告義務を補完する形で、報告者が保有する債券やクレジット・デフォルト・スワップについても開示させることが望ましいと指摘されている。

 (4)規制当局の権限強化

 本報告書の中では、上記の各事項に加えて、増加傾向にある株主アクティビズムを念頭に、金融市場庁が違反事案の調査や制裁の審査に要する時間を短縮させるプランにも言及されている。そのための方策として、法令に違反したアクティビストに対する和解手続の活用、金融市場庁による制裁金賦課権能の強化や、報告義務に違反したアクティビストに対して報告の追完・修正を命じる権能の付与などが提案されている。

 本報告書は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴ってフランスでとられた会社法分野の緊急対策立法とは直接関係を有するものではない(注5)。もっとも、本報告書がロックダウンの最中である本年4月28日に公表されたことは、金融市場庁が株主アクティビズムの問題に重大な関心を寄せていることの証であるともいえる。また、ロックダウン解除により株価が回復することに伴って関心は薄れつつあるものの、新型コロナウイルスの感染拡大により主要企業の株価が低下した機会に乗じて外国投資家が欧州企業を不当な安価で買収する懸念も依然として払拭されていないことから、本報告書を公表することで、投資家側が株式の取得に際して適切な手続を遵守することの重要性を内外に改めて示す意図もあるのではないかと考えられる。

2 エリオットに対する制裁金賦課事例

 フランスにおける株主アクティビズムに関するもう一つの動向として、2020年4月に決定されたエリオット・マネジメントのグループ企業に対する制裁金賦課事例が挙げられる。エリオット側に課された制裁金は総額2,000万ユーロに上るが、この額は、金融市場庁により制裁金が課された過去事例の中で最高額レベルであるといわれている。

 問題となったのは、2015年にフランスで実施されたTOBに関するもので、米国の物流大手であるXPOロジスティクス(XPO Logistics, Inc.)が2015年6月にフランスの物流会社ノルベール(Norbert Dentressangle SA)に対してTOBを開始したという事案である。この事例において、XPOロジスティクスは、TOB開始前の時点で、ノルベールの発行済株式の66.71%を取得しており、TOBによって更なる株式取得を行い、スクイーズ・アウトを通じてノルベールを完全子会社化する意図がある旨を公表していた。これに対してエリオット側は、実務上許容されていた手法を用いてノルベール株式の一定割合(最終的には発行済株式の約9%程度)を取得した上で、ノルベールの真の企業価値はXPOロジスティクスが示している価格よりも高いと主張し、最終的にはXPOロジスティクスが提示していたTOB価格(一株217.5ユーロ)よりも高い価格(一株260ユーロ)で、自ら取得したノルベール株式をXPOロジスティクスに売却した。エリオット側は、かかる売却によって3,800万ユーロの利益を得たと報道されている。
 この件でエリオット側は、ノルベールの発行済株式の5%を超える取得を行った時点で開示のために必要な報告を行ったものの、金融市場庁は、①その開示内容に不備があった(エリオット側が保有していたノルベール株式に係る金融派生商品に関して、「エクイティ・スワップ」(equity swap)と表示すべきところを、「CFD(差金取引契約)」(contract for difference)と表示した)ことと、②TOBの開始後にエリオット側が当該TOBに応じる意思がないことを1ヶ月近く遅れて公表したことを問題視し、制裁金の賦課を決定した。当該決定では、金融市場庁が事実関係を調査するにあたってエリオット側は十分な情報を適時に提供しなかったとして、調査妨害があった旨の認定もされている。

 この事例において、エリオット側は、当初よりXPOロジスティクスによるノルベールの完全会社化を妨害する目的を有していながら、これを秘してノルベール株式を取得し、高値でXPOロジスティクスに売りつけることで不当な利益を得たとの批判に晒されている。また、エリオット側に株式を売却したノルベール株主からすれば、XPOロジスティクスとエリオット側のいずれに株式を売却すべきかについて十分な情報が与えられていなかったとの問題があり、XPOロジスティクスとしても、エリオット側の動きを知るために必要な情報開示を十分に受けられなかったという指摘もある。
 他方、金融市場庁が主張するエリオット側による開示の不備やTOBに関する態度表明のタイミングに関する問題は、現地法に照らして必ずしも明確に違法とまではいえないとする見解もみられ、金融市場庁による上記制裁の妥当性につきフランスでも論争となっている。
 いずれにせよ、この制裁金賦課事例は、上記で紹介した金融市場庁による本報告書の内容にも大きな影響を与えたと考えられているところである。

3 結 語

 冒頭で紹介したとおり、欧州全域においてショートターミズムの抑制と企業の持続的成長の重視とが大きな潮流となり、立法にも反映されつつある現況において、各国の立法者および規制当局は株主アクティビズムに関して微妙な舵取りを強いられている。上記で紹介した本報告書と制裁金賦課事

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